37、安土桃山時代1582年 〜本能寺の変
長かった酒宴は、やっと終わった。
俺は、小姓さん達がいる席で、食べ残しの食事を食べていた。お寺だからかもしれないけど、あまり美味しくないと思った。かなり塩辛いものが多かったんだ。
京だから薄味なのかと思っていたけど、酒の席だからなのかな? そういえば織田信長って味の濃い田舎料理が好きなんだっけ。それに合わせているのかもしれない。
「林斗さん、そろそろ休みましょう」
「はい、かなり長い酒宴でしたね」
「ええ、まぁ」
蘭丸さんに連れられ、荷物を置いていた部屋に戻った。入ってすぐの場所に布袋が転がっていた。中身は盗られた様子はなかったが、盗もうとしたのかもしれない。部屋は荒らされ、明らかに侵入者の形跡が残っていた。
「林斗さん、荷物は大丈夫ですか」
「はい、転がっていただけです」
「私の方は、やられました。置いていた予備の懐刀を盗まれました。高価な物ではないのですが……。さっき、戻ってきたときは無事だったのに」
「大切なものなんですね」
「はい、家紋入りなので、妙な使い方をされると困ります。今夜は遅いので、明日、殿に相談してみます。やはり、あの商人か、寺の坊主か……」
蘭丸さんは、頭を抱えていた。
指輪が光っていることに気がついた。何かの連絡かと思って触れると、フッと引き戻されるような感覚のあと、俺の視点が低くなっていた。そして、コマ送りされていく。何? これ?
ふすまがスーッと開いて、年配のお坊さん数人が入ってきた。そして俺の顔を触って……。
「うわっ」
「えっ? 林斗さん、どうされました?」
「あ、いえ、大丈夫です。すみません」
今の映像は、布袋の記憶? そういえば、部屋を出るとき、指輪から光が放たれたんだっけ。
再び指輪に触れると、俺の顔を触って、投げ捨てられた。音は聞こえない。でも、その男達が、蘭丸さんが荷物を置いていた戸棚をあさり、黒い棒のようなものを抜き取ったのが見えた。
「蘭丸さん、黒いですか? 懐刀って」
「鞘は黒いです。まさか、林斗さんが? いや、そんなわけないですね。貴方はずっと酒宴の席にいたし、ここまでの道がわかっていないようでしたし」
「広すぎてわからないですよ。その黒い棒を盗んだのは、年配のお坊さんです。お坊さんに扮しているのかもしれませんが」
俺がそう言うと、蘭丸さんは怪訝な顔をした。
「林斗さんは何者なんですか」
「俺は、詳しい話は禁じられていてできませんが、ちょっと特殊なんです」
「物の怪ですか……それとも……」
「うーん、そうだなぁ、霊感が強いと思ってもらえばいいのかな? 物の記憶が見えたんですよ」
「妙な術を……忍びですか? 侵入者……ではないですね。無理矢理お引き止めしたのは殿ですもんね」
俺は、笑顔で頷いた。
「でも、巻き込まれたから、電撃をくらわない範囲で、手助けしたいと思ってます」
「デンゲキ? なんですか?」
「あ、いえ。こちらの話です」
蘭丸さんは首を傾げながらも、俺に笑顔を見せた。
「よくわからないですが、坊主ならここから逃亡もしないでしょう。明日、取り返します」
「明日……ですか」
「はい、今宵はもう遅いです。休みましょう」
そう言って、彼は刀を持ったまま、薄い布団に寝転んだ。
俺も、布団に寝転んだが眠れなかった。当然だよね。これから何が起こるか知っている。でも歴史を変えるようなことはしちゃいけない。
隣で眠る彼の寿命は残り数時間だろう。そう考えると、苦しくなった。でも、彼の家紋のついた懐刀が盗まれたんだよね。盗んだ人が、このあと火事で命を落とせば、その遺体が蘭丸さんだと判断されるんじゃないのかな。
俺が、うとうとしかけた頃、外が騒がしくなった。
「謀反だ!」
すると、眠っていたはずの蘭丸さんは、さっさと起き上がり、駆け出した。俺も、布袋を背負い、蘭丸さんの後を追った。
「誰の謀反ですか!」
蘭丸さんが叫んだ。
「桔梗だ、明智光秀だ!」
「そんな、ありえない。なぜ明智様が京に……そもそも謀反など、明智様に限ってありえない。お館様はご無事ですか」
蘭丸さんは、すれ違う人に問いながら、織田信長を捜しているようだ。蘭丸さんだけじゃない。敵兵も同じく、織田信長を捜している。
火弓が雨のように降り注いだ。
『物防バリア!』
自然の火は魔法じゃないから、魔防バリアでは防げない。俺は、自分と蘭丸さんにバリアを張った。
蘭丸さんは、俺がついてきていることにも気づかないくらい動転していた。ひたすら、親を捜す迷い子のように、必死にあちこち駆け回っていた。
敵兵に遭遇すると、刀を抜いて応戦していた。でも、あまり強くないみたいだ。
「蘭丸さん、刀を一本貸してください」
俺がそう言うと、彼は俺がついてきていることに驚いた。
「客人には関係のないことです」
「強がっていると、信長様に会う前に死にますよ」
「……転がっている兵の刀を使って。私は、あとは脇差ししか持っていません」
俺は、床に転がっていた刀を拾った。甲冑を着た人が斬りかかってきた。俺には敵も味方もない。でも、なるべく死者は、減らしたかった。
足を狙って刀を振ったが、なかなか当たらない。手が背負っている布袋に触れた。そういえば、あの幼女が、カバンの下の方に触れるとどうのと言っていたっけ。
布袋の底に手を触れると、手に、金属の塊が出てきた。
(そうか、これって、クナイだ)
俺は、斬りつけてくる兵の足にクナイを投げた。グザリと鈍い音を立てて、クナイが刺さったらしい。兵はその場に倒れた。
斬りつけてくる刀や槍は、拾った刀で受け流し、相手の隙をついてクナイを投げる。うん、これがベストだね。
ダンジョンのモンスターに比べれば、断然、彼らの動きは遅い。数が多くても、弱いから、自分のペースで戦える。
「やはり、林斗さんは、忍びなんですね。そんなに強いなんて。甲賀ですか、伊賀ですか」
「違うと言っても信じてもらえないよね。ちょっと特殊なんです。俺は信長様の命を狙っているわけじゃない。だから心配しないで」
蘭丸さんは、力強く頷いた。
ようやく、敵兵に遭遇しなくなった。蘭丸さんは、きっとこの奥だと言って、突き進んで行った。だが、突然、足を止めた。
「どうしたんですか」
「明智様……」
甲冑を着た一人の男が、歩いてきた。そして蘭丸さんを見て苦悶の表情を浮かべた。そのままスッと横を通り過ぎて行った。
蘭丸さんは、真っ青な顔をしている。
「お館様!」
そう叫ぶと、奥の部屋へと飛び込んで行った。




