36、安土桃山時代1582年 〜リント、茶器を選ぶ
「蘭丸、客人をここへ」
「はっ!」
蘭丸って、森蘭丸……だよね。大人だと思ってたら、俺と同じくらいの歳なんだ。やはり、あの男は、織田信長だ。ということは……。
ふすまをスーッと開け、蘭丸さんが俺を中へと促した。そして、俺が入ると彼も中に入り、ふすまのそばに座った。
(俺はどうすればいいの?)
部屋の中には、たくさんの小さな木箱が見えた。そしてそれ以上にたくさんの人がいる。お坊さんもいるけど、武士や商人っぽい人の方が多いかな。
一斉に、たくさんの目が俺に集中して、頭の中が真っ白になっていた。まだ、物防バリアは消えてない。落ち着こう。斬り殺されることはないはずだ。
「何をしておる、こちらに来い」
「は、はい」
織田信長らしき男に声をかけられ、こわごわ近づいた。彼の座っていた周りには、たくさんの茶器が並んでいる。
きっと高いんだろうな。もし、うっかり壊してしまったら斬られそうな気がする。
「林斗、おまえなら、どれを選ぶ? そうだな、趣きの異なるものを三つ選んでみろ」
「え? 俺は茶道は全くわからないんですけど」
「おまえが、この器で飲みたいと思う物を選べばよい」
彼は、周りにいる人をぐるりと見回した。まるで悪だくみを思いついた少年のように、楽しそうな表情をしている。
でも、どれかを選べと言われても、良し悪しなんてわからない。でも、この人、絶対にひかないよね。
俺は、まず最初に妙なエネルギーを発する器を手にした。なんだろう? 魔力でもないし……。
すると、俺が手に持つ茶器を、彼はひょいと取り上げた。そして、ジッと見ている。
「あと、二つだ」
「はぁ」
せっかちだよね。次に俺は、目を引く茶器を手に取った。クリーム色の茶碗だけど縁が金色なんだ。ティーカップみたいだな。
「ほう、それが二つめか。あと一つだ」
なぜか、彼は嬉しそうな顔で、また茶器を俺の手から取り上げた。うーん、あとは、似たようなものに見える。
俺が決められずにいると、彼は俺が選んだものをそばにいた人に渡した。
「この二つを使うとする。京の小うるさい奴らに、素人が選んだと言っておけ。どんな反応をするか楽しみだ」
「信長様、お戯れを」
商人風の恰幅の良い男が口を開いた。
「おまえの目は飾りか? いま、林斗が選ぶのを見ていただろう。素人が使いたい茶器だ。はっはっは」
俺は大失敗をしたのかな。この時代、京の小うるさい奴らって、公家の人達のことかもしれない。マズイんじゃないの?
「あ、あの、俺、何も知らないから……」
「林斗、おまえが最初に選んだ茶器は、南宋から伝わったものらしい。二つめの茶器はワシも気に入っておる、天目の茶碗だ。ふっ、どちらも名器だ」
「えっ、そうなんですか、よかった」
「蘭丸、こいつも、酒宴に呼べ。くっくっ」
そう言うと、彼は楽しそうに部屋から出て行った。この場にいたお坊さんや武士達が彼の後を追った。
残された小姓らしき人達が、広げられた茶器を布で包んで木箱に片付け始めた。
「林斗さん、そういうことですので、よろしくお願いします。殿の言葉は絶対ですので」
「えっと、その酒宴というのは?」
「まもなく茶会が開かれます。そのあとは、お客人もご一緒に、食事をしていただく予定になっております」
「そ、そうですか」
「おそらく、茶器を選んだ素人ということで、顔を出させたいだけでしょうから、お気楽になさっていてください」
「はい」
「林斗さんの部屋がご用意できないので、私と相部屋で構いませんか」
「えっ? 部屋?」
「はい、夜遅くまで酒宴は続きますので……。途中退席はできませんから、今夜は宿坊でお泊りください」
「えっと……」
「ご予定がおありでしょうが、殿の言葉は絶対ですので」
「わ、わかりました」
「では、ご案内します」
俺は、蘭丸さんに連れられ、長い廊下を歩いた。途中、外に出るために草履を履いて、また脱いで、長い廊下を歩いた。かなり広い。いや、広すぎるでしょ。
「こちらです。どうぞ、ごゆっくり。時間になりましたら、誰かに迎えに来させます」
「はい」
そう言うと、彼は忙しそうに出て行った。部屋の外の廊下には人の気配がした。俺が、ふすまを開けると、廊下には若い男の子が座っていた。
「お客人、何かご用でしょうか」
「いえ、人の気配がしたから」
「バタバタして申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です」
俺は、スーッとふすまを閉めた。すると、廊下で人が座る気配がした。
(どういうこと?)
部屋の前に人が座っているのは、安全のためなのかな。もしくは、俺が便利なように? いや、なんだか、俺が逃げないように……だという気がする。
ちょっと待って。茶会のあと、ご飯食べて、ここに宿泊するってことは、もしかして、俺、本能寺の変に巻き込まれる?
歴史が変わるようなことは、してはいけないんだっけ。ここで、織田信長が、明智光秀に討たれる。あ、いや違う。追い詰められて、自害するんだっけ?
確か、森蘭丸は、本能寺の変で討ち死にするんだよね。でも、織田信長は遺体が出てない。
案内してくれたあの人が、今夜死ぬんだ。
そう考えると、俺はゾッとした。ここは戦国時代、だから、謀反も当たり前、人が死ぬのも当たり前……。
そもそも、万年樹は何のために、俺をここに導いたんだろう。ドロップ品は、米と兵糧丸と、懐刀と、よくわからない武器みたいなもの。
まだどれも使ってない。それに、蘭丸さんと相部屋ってことは、彼を助けてもいいってこと?
確か、ここは燃えてしまうよね。火弓のせいかな。燃えてしまうのに、遺体をどうやって本人だと確認するんだろう。
俺は考えながら、うとうとしていた。部屋の外から、声がかかった。
「お客人、酒宴が始まりました。お迎えに参りました」
「あ、はい」
「荷物は、置いておいてもらって構いません。寺ですから、こんな場所で盗みをはたらく者はおりませんから」
「わかりました」
俺は、部屋の角に布袋を置き、部屋から出た。その瞬間、わずかに指輪が光った。指輪から布袋に何かの光が放たれたようだ。
盗難防止なのか、荷物が混ざらないようにするための識別なのかはわからない。けど、このタイムトラベルでは、あの布袋の中身が失くなると困る、ということのような気がした。
酒宴の席では、蘭丸さんが言っていた通りだった。たくさんの人がいる中で、茶会の茶器を選んだ素人だと紹介されただけだった。




