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35、安土桃山時代1582年 〜本能寺で会ったお武家様

「あの木は、リンゴの木ですよね」


 俺は、まだとても小さな青い実だが、すずなりになっているということは、和リンゴだよね。


 江戸時代にはお菓子として食べられていたとも伝わっているけど、明治時代に西洋リンゴがこの国に入ってきたことで、消えた品種だ。2,100年の現代では、ほぼ栽培されていない。


 戦国時代には、どういう扱いなんだろう? 酸味が強いから食べられてはいないと思うけど。観賞用かな。


「名前は、わからないです。秋になると赤い実をつけるので、茶室に飾るために植えてあるようです」


「そうなんですか。実だけを飾るのですか?」


「いえ、枝を切って、花瓶に入れたり……」


「かなり大きな花瓶に生けるのですね。あの……ん?」


 案内してくれている、つるるんとした頭の男の子は、急に引きつった顔をしていた。そういえば、さっき、言葉の途中から、固まってたような?



「ほう、その赤い実のなる木を知っているのか」


 背後から男性の声がした。振り返ると、面長で目鼻立ちの整った中年の男が居た。腰には刀を差している。お武家様だ。


 つるるんとした男の子は、彼を見て怯えているようだ。確かに、目ヂカラが強い。でも、あまり野蛮な印象は受けなかった。むしろ、文化人のようにも見える。


「はい、リンゴだと思います」


「リンゴ、だと?」


「はい、実は赤く熟すと食べられるんです。ただ、この種は酸味が強いので、少し甘く料理すると菓子として食べられますよ」


「赤い実は、毒があるものだ。わしを謀る気か」


 その男は、腰の刀に手をかけた。やだな、武士って短気なんだな。


「赤い実には毒のある実もあるでしょうが、リンゴに毒はありません。そんな先入観ですべてを見ていると、損ですよ。リンゴは美味しいですから」


「お、お兄さん、そんなことを言っては……」


「貴様、わしを愚弄するか!」


 そう言うと、男は刀を抜いた。うわっ、日本刀だ。俺の剣は指輪の中に封じられている。懐にはナイフがあるけど、ナイフを出すと下手に刺激しそうだよね。


『物防バリア!』


 とりあえず、バリアを張った。うん、時代が変わっても普通に魔法は使えるみたいだな、よかった。



「あの、どちら様か存じませんが、こんなことで刀なんか抜くんですか。俺は別にあなたを欺こうとしているわけではないです。そんなことする意味もないでしょ」


「なんだと? 貴様!」


「だいたい、そっちから聞いてきたから答えただけじゃないですか。意味わかんない」


 すると、男は刀を振り上げた。そしてブンと振った。威嚇してるわけ?


「なぜ逃げぬ?」


「あなたには殺意はない。なぜ逃げなきゃならないんですか。刀を振って威嚇ですか」


 男はすごい形相で俺を睨みつけた。でも、全然怖くない。俺のバリアを彼は貫けない。というか、彼の戦闘力はあまり高くないよね。人工魔物クラーケンの方が、この人より圧倒的に強かった。



「ふっ、あはははっ、貴様の名は? 名は何と申す?」


「俺は、リント。青空 林斗です」


「青空? 聞いたことのない家名だな。林斗という名も珍しい。見たところ、南蛮人でもなさそうだが。どこの生まれだ?」


「俺は、小さな島で生まれました」


「流刑の島で生まれた子か? ふっ、面白い。ついてまいれ」


「へ? あ、いえ、俺はここには用はなくて……」


「では、なぜここに居る?」


「ちょっと迷い込んでしまいました。いま、彼に出口を案内してもらってたんです。では、失礼します」


 俺は、男にペコリと頭を下げ、つるるんとした男の子の方を向いた。


「待て! 貴様、ワシの命に逆らう気か」


「逆らうも何も……わっ」


 男は、俺の腕を掴んだ。意外に力が強い。物防バリアって物理攻撃しか弾かないんだ。掴まれないバリアってないのかな。


「ワシは退屈なのだ。この寺には茶器をたくさん運ばせておる。おまえにも見せてやろう」


「茶器? 茶道は全然知らないです」


「よい。何も知らない素人がいると、クソ坊主達がどんな顔をするか。クックック」


 男は、なぜか悪だくみをする少年のような目になった。変なおじさんだなぁ。言い出したら聞かない感じだね。でも、俺、抹茶とか苦いものは好きじゃないんだよね。



「つかぬことを伺いますが、いま、何年でしたっけ」


「天正10年だ。それがどうした? ワシがわからんとでも? ワシは何にも取り憑かれてはおらぬぞ」


「いえ、俺がわからなくて……天正10年でしたか」


「ぶつくさ言っていないで、来い。茶器の感想を言えたら帰してやる」



 俺は、この男に腕を掴まれたまま、強引に歩かされた。むちゃくちゃだね、この人。つるるんとした男の子は、俺の後ろを無言で、ついてきた。彼はビビってガチガチだ。


 天正10年といえば、西暦では1582年か。この蒸し蒸しとした暑さは、梅雨の暑さかな。和リンゴもまだ小さな青い実だったことから、6月かな。本能寺といえば、京都だ。盆地の気候は、やはり暑いよね。


(ん? あれ?)


 俺は、男に引っ張られながら歩いていると、彼を見た人すべてが、道を開け、平伏している。


 ちょっと待って。1582年6月といえば、本能寺の変が起こる。茶会の夜というか翌朝の夜明け前だよね、確か。


 ということは、このおじさんは……。



「おい、おまえ、なぜ草履を脱がない? 汚い寺だから脱ぐ気になれないか」


 たくさんのお坊さんがいる中で、その男は嫌味を言っている。俺に言っているようで、実はお坊さん達に聞かせたいみたいだ。


「いつのまに脱いだんですか。腕を引っ張られているから」


 俺がそう言うと、彼は、やっと掴んでいた手を離した。


「草履は、持っておれ。もうこの通路は使わん」


「は、はい」


 そして、ダンダンダンと大きな足音を立てて、長い廊下を歩いて行った。俺は草履を脱いで、布袋にいれた。


 お坊さん達は、訝しげな顔で俺を見ていた。だよね。不審者だよね。


「何をしている、早く来い!」


「はい」


 俺は、お坊さん達に軽く会釈をして、小走りで男を追いかけた。背後から冷たい視線が突き刺さった。



 廊下を曲がったところで、その男は立ち止まっていた。足元に、膝をついて何かを話している若い男がいた。


 男は、俺の方を指差して、何か指示しているようだ。若い男は、小姓さんかな? 


 パァン!


 そして男は、大きな音を立ててふすまを開けて部屋に入っていった。彼と話していた若い男が、俺のそばにやってきた。


「殿に呼ばれたら、一緒に入ります。しばらくお待ちを」


(やはり、彼は……)



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