34、安土桃山時代1582年 〜ここはどこ?
俺はボス部屋の中で、少し眠ってしまったらしい。手には、食べようと思って魔法袋から取り出した、携帯食と飲み物を握っている。
でも眠ったことで、体力はかなり回復した。あっ、そうだ、ポーションを持ってるんだった。忘れてた。
「ちょっと、あんた! この部屋で昼寝なんかしないでよ。タイムトラベルしたい人が溜まってきちゃったじゃない」
突然、目の前に幼女が現れた。びっくりした。
「あ、ごめん。ボス部屋に入った瞬間、寝ちゃったみたいで」
「いいから、早く着替えなさい」
そう言うと、幼女は、俺の布袋を奪って、真っ二つに裂いた。ちょ、その袋、必要なんじゃないの?
俺の方へ、ポイポイと布を放り投げた。
「きのこさん、服は?」
「は? いま渡したじゃない。まさか、好き嫌い言うんじゃないでしょうね」
藍色や灰色の大きな布や、白く細長い布や、帯紐みたいな……あれ? もしかして、着物?
「俺、どこに行くんですか」
「知らないわよ。明治時代よりは古い時代じゃないの?」
「ふんどしとか無理なんだけど」
「古い時代のは、勝手に身につけられるように魔法が付与されてる。さっさと着てる物、脱ぎない」
(えっ……)
幼女とはいえ、女の子の前で素っ裸になる勇気はないんだけど……。でも、この部屋待ちの人がたくさんいるなら、早くしないとマズイよね。
俺は、着ていたものを脱ぎ、着物を手に取った。すると、勝手に着せられていく感じ……ちょっと着心地が悪い。
藍色の着物に黒っぽい帯。時代劇の長屋に住んでる町人風なのかな? 着物の中はズボンの代わりに、灰色のももひきみたいなものをはいている。そして靴じゃなく草履だ。
一方で、幼女は、布袋を裂いたと思ったら、巾着袋がいくつかに分かれていた。一つは肩から下げられそうな感じ。あと3つかな?
そう一つによくわからない手のひらサイズの鉛みたいな物を小さな布袋にまとめていた。それをリュックっぽい布袋の底に入れたようだ。
あと二つ布袋があった。さっきの砂みたいなやつと、石みたいなやつを分けて入れている。
「あの……」
「普通なら、自分でやることだよっ。戻ってきたら手数料もらうからねっ」
「えーっと、何をしていらっしゃるので……」
「分類に決まってるじゃない。お金とごはんを混ぜてどうすんのよ。それからへんな道具はカバンの底にセットしたから、底から必要なときに取り出せる」
「何がドロップしたか見てなくて……」
俺がそう言いかけると、ドロップ品を放り投げてきた。似たような小さな袋に入っている。砂みたいなものは米だ。まだ精米されていない状態だよ。食べられないじゃない。
「それがお金。もう一つの方は兵糧丸だと思うけど」
「えっ? 米がお金?」
「江戸時代より古い時代なんじゃない? 貨幣はあるけど、質にバラツキがあるし……って、そんなことも知らないわけ?」
「時代がわからないから、思いつかなかったんだよ」
「兵糧丸は食べてみれば? 不味いけど、お腹は膨れる」
俺は、石かと思ってたものを取り出した。石ほどじゃないけどカタイ。炊いた米に何かを入れて丸めて乾燥させた感じ。不味い。一袋に5粒ほど入っている。
「食料を持っていくってことは、食べ物のない場所かな」
「そんなの知らない。服を魔法袋に入れなさいよ。ナイフ忘れてるよ。それは、懐に入れとくものだから」
「あー、うん。わかった」
俺は、魔法袋に服や剣、靴などを入れた。すると、指輪にスーッと吸い込まれるように消えた。
そして、幼女が整理してくれた巾着型の布袋をリュックのように背負った。
「ありがとう、行ってくるよ」
「はいはい、手数料忘れないように! 過去に行くほど、ここの時間は流れないから、戻ってきたとき、まだ渋滞してたら、あんたも手伝いなさいよ」
「一日行って来ても?」
「こっちでは、大した時間は流れないから。そのときの状況によるけど。あんたのせいで、たくさん待ってるんだから、疲れたとか言わないように」
「は、はい、すみません」
「まぁ、気をつけて」
珍しい言葉をかけられると、死亡フラグなんじゃないかと思ってしまう。急にそういうのは、怖いからやめてほしい。
俺は転移魔法陣に近づいた。そして時間を確認した。
【トラベル先滞在時間】2,695分
(注)ドロップ品に着替えてください。トラベル先に持ち込み可能な物以外の物を所持していると、タイムトラベルできません。現代の持ち物は、すべて指輪へ収納してください。
(今回は、けっこう時間はあるんだ)
さっきの激闘でたぶん少しレベルが上がっただろうから、うーん、戦国時代かな。45時間弱か。一泊二日だね。でも、戦乱中だったら、すぐに帰ろう。
『タイムトラベルを開始します。現地の天候は晴れ、気温19度』
やわらかな光に包まれ、俺は、過去へと旅立った。
◆◆◆
『到着しました。滞在時間は残り2,695分です』
うー、かなり距離が長かった。俺は少し気分が悪くなっていた。それに、ちょっと蒸し暑く感じる。
ここはどこだろう? 整然と整えられた庭園のように見える。人の屋敷に入り込んでしまったんじゃないのかな。戦国時代なら、みんな武士は刀を持ってるよね……。
「何者だっ!?」
突然、背後に人の気配がした。
「すみません。迷い込んでしまったみたいで……ここはどこですか?」
俺がそう答えると、声の主は、俺の前に回り込んできた。あれ? つるるん?
「ここは、本能寺の境内の一部ですぞ」
「えっ? 本能寺!?」
本能寺があるってことは、本能寺の変よりも古い時代なんだ。お寺というより広い屋敷にみえる。あ、そっか、昔の本能寺って、宿泊できる広い宿坊もあるんだっけ。だから、明け方に、あの事件が起こったんだ。
目の前には、10代前半にみえる男の子がいた。頭がつるるんとしている。お坊さん、いや小坊主さん?
彼は怪訝な顔をして、俺を睨んでいる。確かに怪しい侵入者だよね。
「すみません、すぐに出ます。出口はどう行けばいいのですか」
俺が慌てた顔をしていたのかもしれない。彼の表情はやわらかくなった。
「ご案内いたしましょう。今は、小姓を連れたお武家様がお泊まりですので、皆がピリピリしています。妙な場所に立ち入ると命はありませんから」
「え? お武家様? すみません。お手数をおかけします」
俺は、つるるんとした彼に案内されて、庭を歩いた。
(あっ、あれは)
庭には、まだ青いが、小さな実をすずなりにつけている小さな木があった。
次回は、3月14日(土)に投稿予定です。
舞台は戦国時代です。私の趣味のような話になりそうです(笑)




