21、平成時代1991年 〜りんご王国の資料館
『到着しました。滞在時間は残り122分です』
俺は、のどかな場所に降り立った。シトシトと雨が降っている。慌てて手に持っていた傘をさした。
土の匂いがして落ち着く場所だ。でも、二時間の滞在時間で何をすればいいんだろう? そもそも、いつなんだ?
暗算ができないから正解にはわからない。俺はレベル100で、ランク12、いや、レベルは上がったかもな。現代が2,100年だから、滞在時間短いから、うーん……100年以上は過去に来た感じかな。
(とりあえず、観てまわろうかな)
少し歩くと、リンゴ農園が見えた。だが、ほとんど実はなかった。もう収穫したのかな。結構寒い。季節は秋か冬かな。
でも、リンゴの木は随分、弱っている。折れているものもある。俺は思わず、リンゴ農園へと入っていった。
「あ、お兄さん、すみません。今年は、リンゴ狩りはやっていないんですよ。資料館とレストランは営業中ですが」
「そうですか。入ってもいいですか」
「はい、どうぞどうぞ」
リンゴ農園の入り口には、観光りんご園という看板が出ていた。そして、俺は、声をかけてきた人から、一枚のチラシのような紙を受け取った。
[りんご王国へようこそ]
(ん? リンゴ王国? 地上にもリンゴ王国があるの?)
紙には、農園の案内地図のようなものが書かれてあった。
俺は、リンゴの木が気になったが、幼女の忠告を思い出した。いまここで俺が、折れた木を元に戻したり、エネルギーを与えたりすることは、何かを変える行為になるのかもしれない。
まずは、現状把握をしよう。ということは、資料館へ行ってみればいいかな。
「こんにちは。学生さんかな? 学生証をお持ちですか」
資料館の入り口で、窓口の女性から学生証の提示を求められた。リュックの中を探しながら、ふと上を見ると、入館料の料金表が目に入った。
そうか、資料館は有料なんだな。中高生は300円、大人は500円か。財布も必要だな。
俺は、カードを提示した。偽物の学生証だが、特に疑っている様子もなかった。俺は入館料300円を支払って、中に入った。案内のパンフレットももらった。
資料館の中は、この国のリンゴの歴史が展示されていた。俺はすべて知識として知っていることだ。
学生証までドロップしたってことは、万年樹のダンジョンは、俺をこの資料館へ導いたのだろう。でも、知っている知識の確認をしても、意味がないような気がする。
上の階に進むと人がいた。女性3人組だ。いま、何年なのか、さりげなく聞いてみようかな。でも、俺から声をかけるのもなんだかなぁ。
「わっ、イケメン発見! モデルさんかな?」
(え? 俺のこと?)
まわりを見回しても、離れた場所に老夫婦がいるだけだ。女性達は、俺を見て、誰が声をかけるか揉めているようだ。この、のっぺりした顔がイケメンなのかも気になるけど、話しやすそうな人達みたいだ。
「あの〜」
「キャーっ!」
俺が声をかけると、悲鳴が上がった。何? 失敗した?
「あー、ごめんな、ごめんなー。ちょっとびっくりしてしもて、なー。あははは」
とても人懐っこい表情の女性だ。紅牙さんと話し方が似ている。俺より少し年上に見える。
「すみません、騒がしくしてしまって」
この人は話し方は違うな。礼儀正しいおとなしそうな人だ。俺と同じか年上か? いやいや女性の年齢当てをしてる場合じゃないよね。
「い、いえ、大丈夫です。なんか人が少ないから、余計に声が響きますね、ここ」
「資料館だから当たり前だわ。皆さん静かに見学しているもの」
お嬢様っぽい人だな。目ヂカラが強い。いろんなことを見抜かれてしまいそうな気がする。まさかとは思うけど、素性がバレないように気をつけなきゃ。
「あはははっ、お兄さんは旅行で来たんかな?」
「あ、はい、まぁ。あの、今年って、千九百なん年でしたっけ?」
「平成3年ですよねー。そういえば、西暦だと何年だったかな」
「1991年でしょ。何を言ってるの?」
「あー、いえ……」
(ヤバイ、いきなり変な質問だった……)
「お兄さん、鋭いな。これやろ? 確かに、1990年って書いてあるもんな」
人懐っこい女性が、資料館の案内パンフレットをひらひらさせていた。確かに、1990年。これを見れば聞かなくて良かったんじゃ……。
「去年のパンフなんですねー。まぁ、今年は作り直す予算もなかったのかもしれませんね」
「まぁね、台風でかなり打撃を受けたもの。今年はリンゴは品薄だわ」
「この辺りも被害が酷かったのでしょうか」
俺は、子供の頃に学んだ歴史を必死に思い出しながら、話を繋げた。1991年といえば、りんご台風と呼ばれる巨大台風が発生した年だ。
「収穫前だったのに、ほとんどは風で落ちてしまったそうです」
「リンゴは風に弱いのよ。落ちたリンゴの一部は、安くまとめ売りしていたと聞いたわ」
「リンゴ園は、これから大変ですね」
「ええ、だから私達はここにも立ち寄ったんです。弘前城を観るだけの予定だったんですけど」
「なるほど」
「お兄さんも、そうなんちゃうの? あっ、落ちないリンゴを買いに来た受験生さんだったりして」
「いえ、受験生じゃないので」
「じゃあ、何の目的で、雨の日の平日に?」
(な、なんだ? 取り調べられてる?)
「ちょっと、調べ物で……」
「ふぅん」
【滞在時間が残り10分です。人目のない場所へ移動を開始してください】
突然、目の前に文字が浮かんだ。えっ? もう二時間経った?
「あ、あの、俺、ちょっと失礼します」
俺は慌てて、女性3人組から離れようとした。だが、人目のない場所って、どこ? 焦ると何も考えられなくなってきた。マズイ……。
「あー、お兄さん、トイレはあっちやで。じゃあね〜」
「お、お大事に」
「ご機嫌よう」
俺は、彼女達にペコリと頭を下げて、駆け出した。後ろから、笑い声が聞こえたような気もするが、それどころではない。
(あった!)
俺は、男子トイレに入った。幸い、誰も居なかった。
彼女達は、きっと、俺が急にお腹痛くなったと思ったんじゃないかな。もう、最悪……。
【滞在時間、あと3分】
もう、戻る、でいいよ。どうすればいいのかな?
俺は、指輪に触れた。すると、目の前に文字が浮かんだ。
【タイムトラベルを終了しますか】
俺は、目線で【はい】を選んだ。
そして、なんとか無事に、万年樹のボス部屋に戻った。




