2、万年樹の島 〜万年樹のダンジョンに入る
俺が地上で初めて見た景色は、思わず息をのむほど美しかった。神がいるのかと感じさせる神秘的な空気感と、うっとりするような幻想的な光景が、俺の目の前に広がっていたのだ。
輝く緑が眩しい。
サワサワと風に揺られた葉音が、まるで語りかけてくるような不思議な感覚に、俺は少し戸惑った。これが地上なのか。俺達が生まれ育った妖精の浮き島よりも、精霊の力が強いのだろうか。
「なんだか、想像とは違ったよね」
俺は、大樹を見上げながら、一緒に地上に転移してきた他国の王子達に話しかけた。だが、返事がない。
慌ててまわりを見回した。誰もいない。緑の草原に神秘的な大樹がそびえたっているだけだ。
(えっ? うそ、俺だけ?)
そのとき、サワサワと囁くように枝葉が揺れた。
『妖精の王子よ、あなたを待っていました。精霊達はもう限界なのです。彼らは知らない。そして、彼らでは救えない。もう時間がありません。手を差し伸べる勇気があるなら、急ぎなさい。そうしなければ、すべてが……』
どこからか声が聞こえた。いや、違う。頭の中に直接響いてきた。
「えっ? すべてが何? 精霊が限界って?」
ザーッと、強い風が吹いた。俺は思わず目を閉じた。
「さっきから、何をぶつぶつ言ってるんだ?」
目を開けると、目の前には、怪訝な表情をしたバナナ王国の王子がいた。まわりを見回すと、みんな居る。俺を含めて10人の各国の第二王子が、地上に降り立っていた。
「いま、なんか頭の中に、直接声が響いてこなかった?」
「話してるのは、おまえだけだろ」
他の王子達も、妙な顔をしている。ちょっと待って、俺にだけ聞こえたってこと?
「そんなことより、人間の姿に変わったから、誰が誰だかわからないから困るね」
メロン王国の王子が、変なことを言っている。顔や姿は変わっても、誰かはわかる。
「誰が誰だかわからないね」
マンゴー王国の王子まで? みんな互いに、おまえは誰だとたずねている。ふざけているのかな。
「フルーツ王国の王族の皆様、初めまして。この島の管理人をしております、青空 万寿と申します。まんじゅ爺と、お呼びください」
突然、俺達の目の前に、白髪の男性が現れた。
「皆様には、時間がないことは存じております。お話は、万年樹の中でいたしましょう。皆様こちらへ」
爺さんは俺達を、大樹の元へと案内した。
大樹が風に揺られ、サワサワと音を立てている。だが、先程とは違う。大樹からは古代樹特有のパワーは感じるが、さっきのような神秘的な印象はなかった。
「では、樹の幹に触れてみてください」
俺は、爺さんがやってみせた通りに、万年樹の幹に触れた。手がじわっと温かくなるような、樹木の霊力を感じた。
樹は、すべての王子が触れるのを待っていたようだ。10人目の王子が触れると、体がふわっと浮き上がるような感覚の後、俺達は、別の場所に移動していた。
「はーい、皆さんこんにちは〜。万年樹のダンジョンにようこそ。あたしは、木の子だよ。きのこちゃんって呼んでね」
「うっわ、可愛い!」
「きのこちゃん、天使だぁ〜」
目の前に現れたのは、幼い女の子だった。何人かがデレっとしている。この万年樹を守る妖精かな。羽根のない天使のようで、とても可愛いが……抜け目のないヤンチャそうな顔をしている。
(見た目に騙されちゃいけないな)
「皆様、まずは爺から腕輪をお渡しします。これは各国政府の要請で、鉱石の精霊様達が作られたもの。手続き上、名前が必要でしたので、爺のセンスで名前を登録致しました。名前変更は可能ですので、ご安心を」
そして、一人ずつ呼ばれ、腕輪を受け取った。左手に装着するのだという。ただの細い銀色の輪っかだ。俺が左手首に通すと、腕輪は、俺の手首のサイズに縮んだ。ピタッとしていて、振っても落ちない。
(鉱石の精霊……すごい能力だな)
「装着が完了したら、ステイタスを表示してみてください。右手で腕輪に触れ、ステイタスを表示しようと念じれば現れます」
俺は、腕輪に触れた。すると、目の前の空間に何かが出てきた! そうか、地上ではレベル制が導入されたんだっけ。なぜ、レベル制なんだろう。そのうち、わかるかな。
【名前】 青空 林斗 (あおぞら りんと)
【レベル】 1
【種族】 ハーフフェアリー
【体力:HP】 100
【魔力:MP】 100
【物理攻撃力】 100
【物理防御力】 100
【魔法攻撃力】 100
【魔法防御力】 100
【回復魔法力】 100
【補助魔法力】 100
【速さ】 100
【回避】 100
【運】 100
【その他】 精霊の使徒
青空 林斗って名前か。林檎から名付けたのかな。俺達には名前がない。だから、なんだか不思議な感じがする。
ステイタスは、全部100か。これが初期値かな。
精霊の使徒? なんだかカッコいいけど、俺の素性のことなのかな? でもちょっと違う気がする。精霊ルーフィン様に試練を与えられた者とか、いっそ、妖精界からの追放者の方がいいんじゃないかな。
あれ? ハーフフェアリーって何? 半分妖精? 人間の姿に変えられてるけど、俺は妖精だよね?
「ステイタスは初期値です。今ゼロの部分も、レベルが上がると増えていきます。レベルの上がり方は、個人差がありますが、運が高ければ上がりやすいので、運を上げるアイテムの入手を優先されるのが良いでしょう」
(ゼロなんてないけど?)
まわりを見回しても、誰も何も言わない。俺は、なんだか不安になり、思わず口を開いた。
「あの、みんな同じなんですか?」
「えーっと、リンゴ王子、そうですよ。皆様の初期ステイタスは、一緒なはずです」
「俺達は、妖精なのに、地上に降りたからハーフフェアリーなんですか?」
「いえ、人間ですよ。種族をご覧ください」
「種族が、ハーフフェアリーになってますし、ステイタスは、全部100です。ゼロの値はありません」
「おまえ、ちゃんと見てるの? HPは1,000だぜ?」
「いや、俺、100なんだけど」
すると、さっきの幼女……じゃなくて妖精が俺に近寄ってきた。そして、俺のステイタスを覗き込むと、急に態度を変えた。なぜか、突然怒りだしたようだ。
「あんた、浮き島の妖精でしょ? それなのに、地上の精霊と、一体どういう関係なのよ!」
(し、知らないよ)