151、天空の浮き島 〜精霊ルーフィン
俺はあたりを見渡した。精霊ルーフィン様の屋敷の庭のようだ。懐かしい顔が揃っている。
「やっと、戻ってきたか。おかえり」
「兄貴、ただいま。戻ることになるなんて思ってなかったよ」
「おまえは俺の弟なんだからな。もっと自信を持てよ。だけど、驚いた。いや、ある意味、ちょっと悔しいよ」
「何が?」
「俺から話すことはできない」
(えっ……何か重要なこと?)
改めて、集まった人達を見てみると、なんだかこれまでとは様子が違う。いつも俺を冷ややかな目で見ていたバナナ王国の国王でさえ、俺と目が合うと軽く会釈をしてきた。俺は慌ててペコリと頭を下げた。
「お待たせましたね。和リンゴの王も、ようやく戻ってきましたね、おかえりなさい」
「ルーフィン様、ただいま戻りました」
精霊ルーフィン様が、屋敷から庭に出て来られた。あれ? 精霊にしては、力が弱い。どうされたのだろう。
「急な帰還を促してしまいましたね、リンゴ王子、いえ、和リンゴの王」
「あ、はい。あの……」
「貴方には気づかれてしまったようですね。バナナ王とリンゴ王には、話をしてあるのですが、他の王にはまだ打ち明けていませんでした」
精霊ルーフィン様がそう言うと、妖精達はザワザワし始めた。あー、妖精達の心の声が聞こえる。
俺達、第二王子は知らなかったことだ。妖精達の噂話……数年前から、急激に精霊ルーフィン様の体調が悪くなった? 消滅してしまうかもしれないって?
確かに、精霊ルーフィン様の霊力は、とても弱く感じる。精霊が弱る原因って……邪にまみれるか、もしくは、守るべき対象に力を使いすぎてしまったということだよね。
そういえば、俺達が地上に降りるとき、精霊ルーフィン様の言葉には、何だか引っかかりを感じたんだっけ。まるで、もう会えなくなるような、遺言かのような……。
「皆さん、私は、空と海の精霊です。地上における大異変によって、空と海を安全に維持し続けることが厳しくなってきました。このままでは、百年後には浮き島を維持できなくなってしまいます」
やはりという声が聞こえた。浮き島が地上に落ちるのかと、恐怖を感じている妖精ばかりだ。百年後って言われてるのに、なぜ、もう諦めているの? まだまだ時間があるじゃないか。
精霊ルーフィン様は、俺を見て、ふふっと笑った。
「やはり、創造主たる王ですね。いえ、地上の妖精の地位を併せ持つためでしょうか」
「えっと……」
「和リンゴの王、貴方も感じているはずです。地上にいる精霊達も、かなりの力を失っている。精霊達が修復するよりも、圧倒的なペースで破壊され続けています。もう、精霊達は限界なのです。だから、この星は滅びに向かっていた。ですが、いま、その動きは止まっています」
「滅びには向かっていないのですね」
「ええ、ですが残念ながら、改善に向かってもいません。何かが起これば、再び、滅びに向かって突き進んでいくでしょう」
精霊ルーフィン様は、俺の方をジッと見ている。えっと、これは、何か言わなきゃいけない感じだけど……。
すると兄貴が口を開いた。
「ルーフィン様、私の弟には、それを改善に向かわせる力があると理解して構いませんか?」
すると、精霊ルーフィン様は、兄貴にやわらかな笑顔を向けて、頷いた。
「私の弟は、地上で暴れていたリンゴの妖精の怨霊を、和リンゴの木の精として転生させました」
兄貴は、まわりにいる王達に向けて、そんな暴露をしている。ちょ、リンゴの妖精のイメージが悪くなるんじゃ……。
だけど、無の怪人のことは、みんな知っているみたいだ。ミカトのお兄さんは、うつむいてしまった。そっか、ミカン王としては、ミカンの妖精のせいで人体実験が始まったから……。
「私の弟と同じく、いま地上に降りている第二王子ですが、彼らにも、この事態を改善する力はありますか?」
兄貴が、他の王達を見ながらそんなことを言った。誰に語りかけているんだろう。兄貴は、負けず嫌いな野心家だ。何かの言葉を引き出したいのかな。
他の王達の反応はバラバラだね。逃げ腰な人が多い。何かを強いられることを予測して怖れているのかもしれない。
「リンゴ王、残念ながら、彼らにはその力は備わっていないようです。ですが、貴方の弟さんを支える重要な役割を果たしている第二王子もいますよ」
(ミカトとスイトのことだ)
精霊ルーフィン様の言葉に、兄貴は微妙な顔をした。そっか、リンゴの妖精だけが優れていると言わせたかったのかもしれない。相変わらずだね。
「和リンゴの王、本来であれば、いますぐにでも、貴方に新たな領地を与えるべきなのはわかっています。しかし、領地を与えると、その分、浮き島が大きくなります」
精霊ルーフィン様は、申し訳なさそうな顔をしている。
「ルーフィン様、俺はこんなに早く戻って来るつもりはなかったので、構いません」
「貴方ならそう言ってくれると思っていましたよ。では、領地の件は、私の力が回復してからで構いませんね」
「はい」
精霊ルーフィン様は、にこやかに微笑み、集まった人達を見回している。少しの間、静寂が訪れた。
「新たな提案をさせてもらいますね。よろしいですか」
精霊ルーフィン様は、やわらかな笑みを浮かべながらも、少し威圧的な雰囲気を漂わせている。嫌だとは言えない感じだよね。
「和リンゴの王、貴方のお兄さんには許可をいただきました。ですから、貴方自身の考えで判断をしてください」
「えっ? あ、はい」
兄貴の方を見ると、なんだか悔しそうな顔で頷いた。さっき、悔しいと言ってた件かな?
「和リンゴの王、私の使徒として、地上へ行ってはもらえませんか? そして、大地と海を、この異常な状況から救ってください」
「えっ? 地上に戻ってもいいんですか?」
「ええ、そもそも貴方は、地上の妖精の地位を併せ持つため、地上と浮き島の行き来は自由です。その姿は、地上では目立ちますから、人間の姿に変化する能力も与えましょう」
地上に戻れる! みんなのとこに戻れるんだ。
「はい、是非そうさせてください! 地上にはたくさんの知り合いができました。今までと同じ姿で、みんなを危機から守りたいです」
「貴方ならそう言うと思っていました。第二王子達の浮き島へ戻る期限も、延長しますね」
「はい!」
俺が返事をすると、精霊ルーフィン様は頷き、俺にふわっと淡い光を放った。
「では、地上に送りましょう」
俺は転移の光に包まれた。
兄貴は、フッと笑って親指を立てている。
『幸運を祈る』
俺は、兄貴に笑顔を向けた。




