145、某テレビ局 〜妖狐の秘術と絶望感
カルデラ達は、炎に包まれている。弱い妖怪は、すでに命が燃え尽きたのか、火の玉だけになっている者もいる。
(確かに、もう遅い、か)
怨霊の安倍晴明は、ニヤニヤと笑っている。俺の動揺する姿を見て楽しんでいるみたいだね。怨霊になって、さらに性格悪くなってないか? こびと達の支配下にあるようだけど、彼の態度は相変わらずだ。
カルデラ達がパワーアップして蘇るのは、一昼夜後、つまり明日のこの時間か。それまでに、応戦準備を整えなければならない。
(クソッ)
炎の中のカルデラが笑っているように見える。彼女達がパワーアップして蘇り、ダンジョン以外の場所で暴れたら、俺は、俺達は、街を守ることができるのだろうか。
それをしのげたとしても、また自害をして、さらにパワーアップするなら……。
(無理だよ、そんなの……)
俺は、妖怪の恐ろしさに身の毛がよだつのを感じた。どうすればいいんだ。絶望感って、こんな感じなんだな……。
逃げたくなった。
でも、俺が逃げると確実に、人間は滅ぼされる。そうなると……フルーツを栽培し消費する者がいなくなると、俺達、妖精はチカラを失う。
逃げることは、俺達の衰弱にもつながる……。
(どうすればいいんだよ、精霊ルーフィン様……)
「誰か、ポーションを持っていないか?」
まだ、妖怪達が燃える炎が見えるが、一階層にいた人達は動き始めた。彼らの方に目を移すと、重傷者の手当てをしている。
(まずは、これが先だな)
俺は、考えるのをやめた。そして、スゥハァと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
「俺が治療します」
重傷者に近寄っていくと、テレビ局のスタッフはホッとした顔をした。まだ、助けたわけじゃないのに、そんな安堵した表情をされると辛い。
『キュア!』
スキル「精霊の使徒」を発動中だ。すべての効果は数十倍から数百倍に増幅される。
「おぉ、す、すごい」
「ありがとうございます! リントさんがいらっしゃれば、何も怖いものはないな」
「いえ……」
俺は、力なく微笑むことしかできなかった。もう大丈夫ですよとは言えない。明日の今頃、明後日の今頃、しあさっての今頃……。もう、この国から、人間はすべて消し去られているかもしれないんだ。
(俺は、無力だな)
スキル「精霊の使徒」で無双できても、それはダンジョン内だけのこと。大事な人達を失うことがわかっていて、うまく笑えない。
「リントさん、この壁を……」
「あ、はい。すぐに消しますね」
俺は、土魔法を解除した。カメラマン達が、俺の方に近寄ろうとしたけど、それを阻止した。
「カメラマンさん、まずは、負傷者を安全な場所に移動させてあげてください。ここは、まだ危険です」
「えっ、あ、あぁ、そうですね、わかりました」
一人のカメラマンを残し、他の人達は、一階層に取り残されていた人達を運び始めた。
「カメラは、やめておけ。強い怨霊がいる。どうせ映らない」
バカヤローと叫んだ人が、カメラを回し始めた人に、そう伝えた。俺に配慮してくれたのかもしれない。俺が、きっとひどい顔をしているから。
一階層に、ミカトとスイトが上がってきた。紅牙さんは居ない。二階層で、カゲロウの監視かな?
「リント、大丈夫? 疲れた?」
「顔色が悪いな」
俺は二人の顔を見て、一瞬、涙が出そうになるのを必死にこらえた。
「うん、ちょっと、無力感で押し潰されそうになってる」
俺が力なく呟くと、二人は驚いた顔をした。でも、スイトは知っていたみたいだ。
「アイツら、自害した?」
「うん……明日の今頃には、パワーアップして蘇るみたい」
「カルデラの妖術だな。確か、三回のリミットがあるはずだけど」
(えっ? 永遠に蘇るわけじゃないんだ)
「三回も、蘇るの? ちょっ、マジ?」
ミカトは知らないみたいだね。でも三回か……。その度にパワーアップするなら、やはり無理かもしれない。
「妖狐の秘術らしいぜ。死者の魂を取り込んで蘇るそうだ。だけど、三回目には人化できなくなるはずだけど」
スイトは、顔色が悪くなってる。やはり、マズイって思ってるんだ。
「どれくらいパワーアップするんだろう?」
「戦国時代で、カルデラとは別の妖狐が使っていたけど、死者の魂が多ければ多いほど、パワーアップする。あの時代ならではだろうけど、簡単に斬れた妖狐が、蘇ると、俺には全く歯が立たなくなってた」
「スイト、それ、半端ないじゃん。それが、三回もできるなんて、無理すぎない?」
「三回目は、姿を維持できなくなるから、たぶん実質二回が限度だろうけど」
「でも、リントがいれば……って、そっか、どこに出没するかわからないか」
ミカトも、その表情から笑顔が消えた。
「あの、どうされたんですか?」
テレビ局の人が、俺達がどんよりしている様子を心配して、声をかけてきた。俺は、どう返事をすればいいかわからない。
「あの妖狐が、妖術を使って自害したんですよ。明日には蘇るみたいです」
ミカトが説明してくれた。
「さっき、怨霊がそう話していたのを聞いたよ。死者の魂を喰って蘇るって……。事実なのか」
「すぐに、対策が必要です。とんでもなく強くなって蘇るかもしれなくて……」
ミカトは、スイトが戦国時代で体験した話は伏せていた。だよね、不安をあおるばかりだもんね。
「では、すぐに報道します。いや、まだ何も解決していないから、各地はすでに厳戒体制だ。混乱を招くか……」
ミカトは、頷いている。何? カゲロウ達が、戦乱を止めたのに?
「ミカト、各地の戦乱は、カゲロウ達が止めたよね? 事後処理の話?」
「いや、違うんだ。それとは別件だよ」
「何かあった?」
「内陸部で、他の人工魔物が襲来してるんだ」
「ええっ!?」
ちょっと、次から次へと、死者が増えるようなことばかり……。もう、無理だよ。
『隠れスキル「眷属化」を実行しますか?』
頭の中に、無機質なスキルの声が響いた。
『えっ? スキル、眷属化って……誰を?』
『この場所にいる妖怪22体です』
『そんなこと、できるの?』
『可能になりましたので、お尋ねしています』
『ちょ、ちょっと待って』
えっ? 眷属化? ちょっと待って、なぜ?
「リント、どうしたんだ? 変な顔」
「ちょ、どうしよう。スキルが、眷属化するかって言ってきたよ」
「どれを眷属化するの?」
「ここにいる妖怪達……」
二人は、一瞬、思考停止してるみたい。だよね、俺も、大混乱中だよ。
「リント、すぐに実行だ!」
「でも……」
「支配下におけば、カルデラは暴れられないよ、リント」
俺は……。




