138、樹海 〜妖怪の里長の頼み
「リント様、お聞きの通りですよ。これで私の役目は終わり……ではないのか。ふむ……まさか永遠にということか?」
怨霊の安倍晴明は、カルデラの勢力を鞍馬の天狗から聞き出してくれた。たぶん自らの意思ではない。こびと達が命じているみたいだ。
「貴方が俺にチカラを貸してくれることが、身体を得る条件でしたか」
「あぁ、そうだ。だが、私はこの時代ではなく、戦国時代をさまよっていたのだがな」
彼は、戦国時代に帰りたいんだな。チカラのある陰陽師だから、身体を得たら、戦国時代では不自由しないだろうね。
「それなら、危機が去ったら、戦国時代に戻ってもらって構いませんよ」
「あい、わかった」
彼は、生身の安倍晴明に自らの霊力を託しているようだ。強いエネルギーが見えた。平安時代への転移魔法陣がある場所まで、付き添うわけじゃないんだね。
「青空殿、世話になった」
平安時代の安倍晴明が俺に笑みをみせた。
「いえ、こちらこそ。平安時代ではいろいろと教えていただき、ありがとうございました」
俺がそう言うと、彼はやわらかく微笑んだ。
そして、安倍晴明と天狗は、その場から消えた。怨霊の安倍晴明はこの場に残っている。
「リント様、二人を転移陣に送りましたよ。あー、うむ、平安時代へと無事に戻ったようだな」
「そうですか、離れていてもわかるのですね」
「あぁ、軍神が場面の様子を送ってくるのですよ」
(こびと達の分身はあちこちにいるからね)
「彼らは、タイムトラベルのできる木の精ですからね」
「ふむ、私が戦国時代に戻っても、ずっと監視されそうだな」
俺は、あいまいな笑みを浮かべた。
別に、俺としては、別に怨霊の安倍晴明を使い続ける気はない。でも、無の怪人……こびと達は、彼を利用するつもりなのかもしれない。だから、身体を与えたんだろうな。
「リント、妖狐はどこに行ったんや? ややこしいことになってへんか?」
紅牙さんは、心配そうな顔をしている。そんな弱気な表情は珍しいな。
「東京だと思います。だけど、他にも妖怪を連れてきているという情報から考えると……」
「ヤケになっとるようやったけどな」
俺は頷いた。こびと達の声は聞こえない。俺から指示をしないといけないよね。カルデラの暴走を止めて、平安時代へ追い返さなければいけない。
平安時代の妖怪達が、現代の妖怪を先導して人間を襲わせていると言っていたっけ。人間と妖怪が敵対することになったら、カルデラを追い返しても、後に遺恨が残ってしまう。
(あれ? 里の妖怪達……)
カゲロウ達が捕まえた妖怪達は、カルデラに操られている感じがしない。
「リント、コイツらなら、もう妖狐の術は解けとる。再び、術をかけようとしよったけど、かからんみたいや」
「そうでしたか」
「その魔物の毒に、覚醒作用があるようやな」
紅牙さんは、カゲロウ達を見てそう呟いた。カルデラよりも、カゲロウ達の方が怖ろしいって思ってるのかな。
(あれ? カゲロウ達の数が?)
俺はあたりを見渡した。あんなに大量にわいていた青い魔物達は、この付近に30体くらい居るだけだ。
少なく見積もっても、数千体は居たよね? 確か六万体くらいの種族らしいけど。
カゲロウ達は、俺が見ていることに気づくと、ヘラッと笑った。うん、サイズが小さかったら、可愛らしいだろうな。人間の倍はあるもんね。でも、妖怪達の中に入ると、決して大きくはないか。
「紅牙さん、里の妖怪さん達は、このままで大丈夫ですか? 魔物達の毒を受けてるなら毒消しが必要ですか?」
「いや、毒消しをすると、また妖狐の術にかかるかもしれん。多少しびれがある程度や」
里の妖怪の話をしていると、紅牙さんの目の前に、天狗のような爺さんが現れた。鞍馬の天狗とは違って、人間と同じ大きさだ。
「紅牙か、手間をかけたな」
「里長、俺は見学してただけや。他の里も妖狐に操られてるんやな?」
「あぁ、あの美しい狐か。妖気の強い妖怪を引き連れていた。操るというよりは、説得したと言う方が正確かもしれん。反対する里は、潰されたり、操られたりしているがな」
「俺の母親の里も、消えてなくなっとったわ」
爺さんは、心苦しそうに頷いた。
「みな、あちこちに逃げたようだがな」
そして、爺さんは、俺達の方を見て言った。
「妖怪達を止めてくだされ。わしらでは、圧倒的にチカラが足りないのだ」
俺は頷いた。ミカトやスイトも力強く頷いている。
(でも、どうすれば……)
「配置できたのーっ!」
上空から、そんな声が聞こえた。青い空に浮かぶ片目のカゲロウは、とても綺麗に見えた。
(配置? 陣形か)
だから、この付近のカゲロウ達が居なくなっていたんだ。でも、どこに配置したんだろう?
青い人形は、スーッと降りてきた。
妖怪の里長の爺さんは、ギョッとして構えている。
「里長、この魔物は、リントが従えているから心配いらん」
(いや、無の怪人が従えているんだけど)
「魔物、か?」
「せや、人工魔物が進化したんや。人間が作っとるやつや」
紅牙さんの説明に、里長の爺さんは眉間にシワを寄せている。人工魔物に嫌悪感があるようだ。警戒しながら、ジッと睨んでる。
「配置って、どこに?」
「全部なのー」
(うん? まさか、襲撃先すべて?)
「みんな、その姿? 海ヘビの姿?」
「人化してるのー。だから、目立たないのー」
(大きすぎるけどね)
「配置してるのは、何体?」
「わかんないのー」
「キミ達、みんな人化は終わったの?」
「そうなのー」
全部で六万体ほどの青い人形か……。各地で大騒ぎじゃないかな。
「配置してないのは?」
「護衛なのー」
この場にいるカゲロウ達みんなが、手をあげている。ということは、ここにいる以外がすべて、妖怪と対峙してる?
そのとき、頭の中に映像が流れてきた。
(うっわ、日本各地じゃないか)
カゲロウ達は、上空に浮かんでいるようだ。そして、その下では、妖怪の集団と、それを迎撃している人間達。各地で、妖怪対人間の戦乱になってるよ。
(上空で、俺の指示を待っているのか)
「声を届けることはできるかな?」
「わかんないのー」
すると、こびと達が俺の中から出てきた。
「リント様、テレビ局を使いますか?」
「えっ? えーっと……」
「リント様の眷属の数人がテレビ関係者です」
「あ、アイドルも居たね」
「はい、あるテレビ局でスタンバイ中です。彼らは、リント様が、何らかの呼びかけをされると考えたようです」
(すごいね、みんな……)
俺が頷くと、その直後、俺達は転移の光に包まれた。
次回は、8月8日(土)に投稿予定です。




