137、樹海 〜説得したつもりが……
カルデラは、あたりを必死な顔をして見回している。消滅したと思っていた無の怪人が近くにいると、怨霊の安倍晴明が言ったからだ。
でも、俺の中に隠れているこびと達が出てくる気配はない。そっか、それが俺への忠誠心だということなのかもしれない。
何の声も聞こえない。念話を使うとカルデラに知られるからだ。彼らは完全に、彼女との関係を断つつもりなんだな。
(でも、カルデラは……)
無の怪人は、カルデラの中にある愛情に似た何かに気付いていないんだ。たぶん純粋な愛情ではない。ただ、失うとその喪失感で、狂ってしまうほどの強い感情だ。執着心のようなものかもしれないけど。
だけど、彼らは、もう怨霊には戻らない。俺の……和リンゴの木の精になったんだ。転生し、新たな道を歩み始めたんだから。
(だけど……うん、そうしよう)
だが、その前に、怨霊の安倍晴明が言っていた意味不明なことの確認からだね。
「黒い着物の安倍晴明様、先程の言葉はどういうことでしょうか」
「私は、戦国時代を漂っていた怨霊だ。それを見つけたのは軍神、いや、姫様の時代では山の神だったか。私を見つけ、そして、生きていた時代の身体に引き合わせて融合を手伝った山の神だからこそ、いま、私の身体を再生したのだろう」
(カゲロウ達が言っていた通りだ)
黒い鳥から身体を作ったと言っていたっけ。鞍馬の天狗が呼び寄せたカラス妖怪を使って作ったのか。
そういえば、腐木の精霊から、安倍晴明の骸を取り返して、カゲロウ達が持っていたんだよね。
話の様子からすると、腐木の精霊に預けられていたのは、頭蓋骨なんだ。だから、それを隠されていたから、安倍晴明を乗っ取った怨霊は目が見えなかったんだ。
(ということは、怨霊が分裂してるってこと?)
よくわからない。でも、怨霊の安倍晴明が、平安時代の安倍晴明から胴体を回収したことで、結合したのかな? 平安時代の安倍晴明は、本来の自分を取り戻したみたいだから、きっとこの解釈で合ってるよね。
「何だ? 妙な顔をして」
「黒い着物の安倍晴明様、俺が尋ねたいのはそのことではありません。先程おっしゃった、俺が主人だという件ですが……」
「ほう、知らぬことだったか。では、私は自由でいられるということ……でもなさそうだな」
「貴方に身体を与えた者は、俺に仕えろと言ったのですか」
「和リンゴの王に仕える者だと言っていたな。同じ意志を持つなら、身体を与えてやると言われたが」
(なるほど、俺に仕えろってことか)
カルデラが割り込んできた。
失望したような顔をしている。ちょっとマズイ表情だな。期待して失望すると……それ以前の状態よりも心理状態がおかしくなったように見える。
「それは、邪気にまみれた精霊だわ。確か、リントさんに仕掛けた罠をすべて覆されたと言っていたもの。でも、精霊が妖精に仕えるわけはない。騙されているのよ、アハハ、無様なのは、貴方の方だわ」
カルデラは、怨霊の安倍晴明が騙されたと自分で言って面白くなったのか、高笑いをしている。だけど、その目つきはおかしい。
(やはり、うん、そうしよう)
「二人とも、よく聞いてください」
俺がそう言うと、カルデラは笑うのをやめた。だが、その目つきは変わらない。
「山の神は、消滅しました。そして、この時代で、新たな命を授かりました。いわゆる転生です」
そう言うと、カルデラの目に生気が戻った。
「あの子は、どこ? どこにいるの?」
「彼は……いえ、彼らは、今もこの場所にいます。さっき、貴女が発したエネルギーは、彼らの中を通り抜けていきました」
「えっ? 私が、あの子をまた殺してしまったの!?」
カルデラは絶望的な顔をした。血の気がひいたかのような表情だ。一気に顔色が悪くなった。やはり彼女は、無の怪人に対して、愛情に近い何かの感情を抱いているんだ。
「今もこの場所にいると言ったでしょう?」
俺がそう言うと、キョロキョロと見回し、彼女は、青い髪に青い目をしたカゲロウ達に目をとめた。
「お人形の魔物に転生したの? こんなにたくさんに増えて」
「いえ、違います。彼らはもっとたくさんに増えています。彼らは、この魔物達を使って、怨霊の安倍晴明様の身体を作らせたようです」
「えっ? そうね。あの子なら、何かの血肉から新たな身体を作り出せるわ。私がそれを教えたのだもの」
「そうでしたか」
カルデラは、キョロキョロしている。目には見えないんだろうけど、見えているはずだ。
「どこにいるの? あの子はどこに?」
「見えませんか? 木々の狭間に淡い光が」
俺がそう言うと、あちこちでチカチカと蛍の光のような点滅が見えた。
「あ、見えた! 光ったわ! あの子なのね? いったい何になってしまったの?」
「彼らは、木の精に生まれ変わりました。妖精に仕える伝達役です。俺の妖精のエネルギーを使って転生させました」
そう言うと、カルデラは、キッと睨んだ。
「あの子は、私が作り出した子よ!」
「彼らは、もともとは、リンゴの妖精ですよ。お忘れですか? 彼らは、怨霊でいることを望んでいない。だけど、怨霊として邪にまみれてしまった。だから、生まれ変わっても妖精にはなれない」
「だからって、貴方が奪うなんて!」
「奪ったのではありません。彼らの意思です。俺は、そもそも、無の怪人を転生させたとは気づいていませんでした。彼らが望み、自ら掴み取った新たな生き方なのです」
「嘘、そんなことは信じない」
(えっ……どうしてそうなるんだよ?)
カルデラは、何かの術を唱え、その場から消えた。
「あーあ、姫様は、止められないようだな」
怨霊の安倍晴明は、ニヤニヤと笑っていた。そして、転がっている天狗に近寄っていった。
「姫様が連れてきた妖怪は、鞍馬の天狗様ご一行だけですか? 私の生身の身体は知らぬようなのですが」
「怨霊、その身体……ワシのカラスを喰ったか」
「さぁ? 青い人形に言われた通りのことをしたので、知りませんね」
「ワシを元の時代へ戻してくれぬか」
「私にはそんなチカラはありません。姫様の使う転移陣の操作なら可能ですが、場所がわからないのでね」
「それならわかる。戻してくれぬか」
「ふむ、では、私の生身の身体にチカラを託しましょう。一緒に平安時代に戻れば良い」
「あい、わかった」
「その前に、質問に答えてもらいましょうか」
天狗は俺達をチラッと見て、ニヤリと笑った。
「姫様が連れてきた妖怪は、他にもいる。奴らを使って、この時代の妖怪を先導させているんだからな」




