136、樹海 〜妖精のチカラ、変換
安倍晴明の視線の先にいる人物は、俺が知る彼とは雰囲気の異なる安倍晴明だった。着物も違う。怨霊特有の邪気で黒く染まっている。
カルデラも、俺達の視線の先を見て驚いている。同一人物がタイムトラベルで、同じ場所に共存することはできない。
時の摂理がそのように作用するらしい。だから、遭遇することはありえないんだ。
(でも、一方は怨霊か)
「いったい、どうして……」
安倍晴明は、大混乱しているみたいだ。俺よりも知識が深いから、言葉では言いあらわせないほど、驚いたみたいだ。
「ふむ、リントは、どれだ?」
怨霊の安倍晴明は、ミカトとスイトの方を見て、首を傾げている。俺のことを知らないんだ。そっか、怨霊の安倍晴明は、平安時代よりも先の時代の人物だっけ。
(あー、訳がわからない)
「こっちなのー!」
いつの間にか、俺の横には片目のカゲロウがいる。
怨霊の安倍晴明は、俺の方を向いた。彼はスッと目を細めた後、フッと笑った。何?
「なるほどな、そなたが我が主人か。随分と若いように見えるが、私は妖精などという種族は知らぬからな」
(主人? なぜ?)
そもそも、なぜ、怨霊の安倍晴明が、この場にいるのかわからない。安倍晴明が自分の怨霊を取り込んだはずだよね? そして、その怨霊に支配されているんじゃなかったっけ。
「いったい、どういうことなのよ! 説明しなさい」
カルデラは、連れ回している安倍晴明に尋ねていた。でも、彼も理解できていないようだ。
「私には、全く……。でも、アレは明らかに私だ。アレがそばにいることで、私の目が見える。だが、アレは私ではない。意のままに動かない」
「もう、いいわ。すべて私がやるから」
カルデラは何かの術を唱え始めた。さっきから、この付近一帯に、何かを仕組んでいたけど、それを起動させているみたいだ。嫌な妖気が、より一層、不快な感じになってきた。
(でも、不快なだけだな)
何か不都合があったのか、カルデラは焦り始めた。
彼女が焦っている隙に、俺は、横でニコニコしている片目のカゲロウに、声をかけた。
「なぜ、安倍晴明がいるの?」
「作ったのー」
「えっ? 誰が?」
「わかんないのー」
「ん? わからないのに作ったって知ってるの?」
「声の人なのー」
(声の人? こびと達のことかな?)
「どうやって作ったの?」
「黒い鳥さんなのー」
「カラス?」
片目のカゲロウは首を傾げた。ダメだ、この子はカラスを知らない。
そのとき、突然、強い妖力のエネルギーを感じた。カルデラだ。何? 急に錯乱したかのように何かをわめいている。誰と話してるわけ?
「リント、あのエネルギーはマズイんちゃうか」
紅牙さんが慌てている。珍しい。でも、俺は、大丈夫な気がするんだけどな。
「リント、バリアか何かしなきゃ。俺達には無理だよ」
ミカトも慌ててる。
「うん、わかった」
俺はバリアを張ろうかと魔力を集めた。でも、気が変わった。やっぱりアレを使おう。カルデラのあのエネルギーを……奪えばいいんだ。
「なぜ? なぜ、誰も動かないの? なぜ?」
カルデラは半狂乱だ。
「もういいわ。消えなさい!」
集めた妖力を、彼女は樹海に放った。
強烈な風が、駆け抜けていったように見えた。でも、彼女は何も破壊していない。
「なぜ? どうして?」
彼女が放ったエネルギーは、風が駆け抜けるごとく、樹海の中に広がっていった。
(うまくいった)
俺は、妖精としてのチカラを使った。強いエネルギーを吸収し、生命エネルギーに変換するチカラ。木の精の数が多いからできると思ったんだ。そして、ここは樹海だからね。
この場には、あり得ないほどの密度で、木の精が集まっていた。俺の中に隠れているオリジナルが呼び集めたみたいだ。おそらく、他の人の目には見えない。
カルデラが放った妖力は、木の精を通り抜けるようにして広がっていった。濾過されるかのように、彼女の妖力は、木々の生命エネルギーへと変換され、木々に吸収されていったんだ。
「リント、まさか、変換か?」
スイトが驚きの声をあげた。
「うん、そう」
「初めて見た」
「スイト、これって、バナトの父親が使ったじゃん。浮き島に隕石が突き刺さったときにさ」
これは強いエネルギーを、その種類に関係なく、生命エネルギーに変換できる妖精固有のチカラだ。
ただ、使うには条件がある。
それを変換する木の精と、変換されたエネルギーを吸収する木々が必要なんだ。どちらかが不足すると、エネルギーは暴発する。
ここが樹海じゃなければ、カルデラのあのエネルギーは、変換できなかった。
(しかし、こびと達……)
木の精が、すごい密度で集まり始めたから、俺はこれに気づいたんだ。無の怪人は、木の精の能力を完全に知り尽くしている。
あれ? でも妖精の能力まで? あ、いや、違うな。タイムトラベルだ。きっと、いくつもの未来を見てきたんだ。
「ちょっと、いったい……」
「カルデラ、ここは貴女の時代ではないと言ったでしょう?」
「リントさん、まさか、すべて、貴方の仕業?」
カルデラは、初めて俺に、バケモノを見るような目を向けた。
そっか、妖怪達を操れないから、吹き飛ばそうとしたのに、何も起こらなかったんだもんね。気味が悪いか。もうちょい脅せば、帰るかな?
「そうですよ。俺は、ある種の妖精の王ですからね」
「妖精がなぜ、怨霊に主人扱いされているのよ。妖精は精霊と同じ系列、怨霊を従えるなら妖精とは言えないはずだけど」
へぇ、カルデラはいろいろ知ってるんだ。無の怪人が教えたのかもしれないけど。
確かに、怨霊の安倍晴明が、俺を主人呼ばわりしたのは謎すぎる。片目のカゲロウが作ったと言っていたけど?
怨霊の安倍晴明が、フッと笑って、口を開いた。
「無様だな、そっちの私からだいたいの情報は入手した。おまえ達、平安時代に帰ることだ。私の骸は返してもらうぞ」
そう言うと、怨霊の安倍晴明は、平安時代の安倍晴明から何かを引き寄せた。ウゲッ、首のない人骨? でも、手足はない。胴体だけ?
「フッ、一部は、おまえにやる。すべてを取り返すと、おまえはこの場で息絶えるからな」
安倍晴明の表情が変わった。俺の知る表情だ。元に戻ったんだね。だけど呆然としている。たぶん、霊力も下がったんじゃないのかな。
「さて、そろそろ良かろう? 軍神、出てきたらどうだ? 私を欺けるとでも思ったか?」
怨霊の安倍晴明が、軍神と言ったことで、カルデラの目が光ったような気がする。
「あの子がいるの!? どこにいるの?」




