133、樹海 〜カウントダウン
「青い人形だと名乗る奇妙な魔物が、おまえを王だと言っているが、おまえは魔物の王なのか?」
天狗のような男は、俺の種族さえ判断できないみたいだ。ミカトやスイトを見て、フンと鼻を鳴らした。二人は人間だもんね。
そして、紅牙さんに目を移し、ジッと凝視している。一瞬、迷うような表情をしたけど、すぐにまた鋭い目つきに戻った。
奴は、カゲロウ達と変わらないくらいのサイズだ。人間の倍以上ある。彼の黒い翼には、強い妖力が蓄えられているのようだ。
こんな強い妖力を持つ妖怪が、現代にもいるなんて知らなかったな。でも、俺の素性がわからないってことは、俺のステイタスを隠しているこびと達の能力の方が、上回っているってことだよね。
(無の怪人って、ほんと、ヤバイ……)
「おい、言葉がわからないのか?」
俺が返事をしないことに天狗のような男は、イラついている。短気だね。いや、それだけ、余裕がないということか。
「俺は、魔物ではありませんよ」
「魔物を従えているなら、その上位種族なのか?」
「まぁ、人間ではありません。貴方は、この先の里の長でしょうか」
そう尋ねると、彼が緊張したのがわかった。違うのかな。もしくは、俺が何の用事なのかと身構えたのかもしれない。
「妖怪の里に、何の用だ?」
「貴方達が人間の街を襲うのことを、止めに来ました。人間を滅ぼすことは、妖怪のためにもなりませんよ」
「何を言っている? 人間がこの世界を壊す前に滅ぼすのだ。我々には、自然を守る使命がある」
(なぜ、妖怪が自然を守るの?)
「それなら、争いはやめるべきでしょう。貴方達は、人間と共存していきたいはずです。自然を守りたいなら、人間を利用する方が賢い」
俺がそう言うと、奴はフンと鼻を鳴らした。聞く耳を持たないという感じだな。
紅牙さんが、俺に何かアイコンタクトをしている。だけど、何が言いたいのかわからない。
すると、頭をかきながら、彼は口を開いた
「おまえは、天狗なんか? この先の妖怪の里は、脳筋だらけなはずやけどな」
そして、また俺に何か合図をしてる。うーん、わからない。スイトも何か言いたそう。頭を指してる。考えろってこと? それとも、天狗みたいな男の弱点?
「のうきん? そんな妖怪がいるのか」
(あれ? 意味わかってない?)
なんだか、まわりの空気感が変わった。何か、奴がしたのかな? ピンと張り詰めた感じになっている。
そういえば、高校の先生の生まれ育った里だと言ってたっけ。たぶん、紅牙さんに剣を作ってもらおうと言っていた先生のことだよね?
脳筋……確かに、頭を使うより、先に手が出るタイプの先生だ。こんな風に、待ち伏せて問い掛けるようなことはしない。
(まさか……)
紅牙さんは言葉を選んで話してた。彼が何者か特定しないように、だよね? それが、合図になるのかもしれない。
俺は周りを見回した。近くには何もいない。だけど、コイツも、突然現れた。姿を隠す能力があるとすれば……。
カゲロウ達は、ずっと陣形を崩していない。戦闘態勢だ。その外にいる何かを感じとっているってことか。
片目の個体は、さっきからふわふわと、上下している。遊んでいるように見えるけど、きっと、何か理由があるんだ。
俺が見ていることに気づくと、スーッとそばに近寄ってきた。そして、俺に三本指でピースをしてみせた。
(意味がわからない)
「その人形は、人間の、幼な子のようだな」
「どういう意味ですか」
「王の前でも、じっとしていられない。暇を持て余して遊んでいるではないか」
「この子は、まだこの姿に慣れていないですからね」
(やはり、間違いない)
幼な子だなんて、先生は言わない。クソガキとは言うけど。コイツは、現代の妖怪ではないんだ。だから、紅牙さんのことも知らないんだ。
俺がそう考えると、片目の個体は、俺の目の前で二本指でピースをしている。変なピースだな。両手の人差し指を使って、ピースサイン?
(あっ、カウントダウンか)
俺がそう考えると、カゲロウのリーダーは、ニーッと笑った。子供がふざけているようにみえるけど、きっと、わざとそうしているんだ。
「フン、やはり、幼な子並みの知能か。用事が済んだなら、この森から去れ」
チラッと、片目のカゲロウを見てもまだ指は二本だな。頬に当ててニッコニコしている。
バサッバサッ
離れた場所で妙な音がした。鳥の羽ばたきにしては大きな音だ。それが聞こえた直後、指は一本になった。
(敵の襲来?)
「去る気がないなら……」
(この言葉が、カウントゼロだね)
「貴方は、この時代の妖怪ではありませんね。この先の里を見張っているのですか?」
天狗のような男は、息をのんだ。図星みたいだね。
「何を言っているのだ? 魔物の王」
カゲロウ達は、ウズウズし始めた。ふふ、暴れる気、満タンだね。
「この時代には、貴方のような天狗はいない。それに、彼を知らない妖怪なんて居るとは思えない」
俺がそう言うと、奴は紅牙さんの方をチラッと見た。なるほど、紅牙さんが妖怪の血を引くことはわかってるんだ。そして、警戒しているようだな。
「おまえは、一体……」
「姫様の命令ですか。平安時代からタイムトラベルしてきましたね。彼女の邪魔をする者を排除するというのが、貴方、いや、貴方達の役割ですか」
「……愚かな魔物よ」
そう言うと、奴はバサッと上空へと飛び上がった。
『オール・バリア!』
俺は、ミカトとスイト、そして紅牙さんにもバリアを張った。
「リント、アイツは知らん妖怪や」
「はい、カルデラが運んできたみたいです。囲まれていますが、みんな、動かないでください」
「なんやて?」
紅牙さんは、大きな鎌を手に持っていた。スイトも剣を抜いている。
「カゲロウ達が、ウズウズしてるんで」
「魔物にやらせるんか? 妖怪が相手や、分が悪いで」
「魔力は緑、妖力は赤ですもんね」
「なんや? それ?」
「安倍晴明には、そう見えるそうです。ジャンケンの法則のような力関係かな。緑は木、赤は火、と考えればわかりやすいです。火は木を燃やす。あと、霊力は青。これは水でしょうね」
「妖怪は魔物には強く、霊力を持つ精霊には弱いってこと?」
「スイト、正解〜」
「でも、腐木の精霊は、妖狐の言いなりやんけ」
「例外もありますね」
「リント、でもそれなら、カゲロウは不利じゃん」
「ミカト、大丈夫だと思う。ほら、見てやって」
片目の個体は、親指と人差し指で、満面の笑みでカウントゼロを作っていた。
そして、カゲロウ達の遊びが始まった。
次回は、8月1日(土)に投稿予定です。




