132、樹海 〜寝返りと敵対心
簡単に寝返る精霊は、信用できない。でも、もともと仲間にするつもりもない。俺達の邪魔をしなければ、それでいいんだ。
だけど、カゲロウ達は、まだいつでも攻撃できる陣形を維持しているようだ。腐木の精霊のことは信用できないから、警戒しているのかな。
「嘘はついておらん。ワシは、おまえ達につく」
(必死だね……)
「腐木の精霊、それなら、なぜ安倍晴明様の骸を預かっていたのか、話してもらえますか」
「あ、あの女狐が、この世界を支配するために必要なことだと言ったのだ。ワシも、人間の最近の行動には危惧しておった。だから、ちょうどよい機会だったのじゃ」
「人間を滅ぼすつもりですよ? 彼女は」
「それならそれでよい。人間の自業自得だ。放っておいても、娯楽のために創り出した魔物に滅ぼされるのではないか。だが、そうなると、魔物が暴走する。チカラのある妖怪が支配するなら、それでよいのじゃ」
(人間は、どうでもいいってことか)
でも、俺達につくと言っても、そのことがカルデラに知られたら……また、脅されてカルデラ側に寝返りそうだよね。
「俺達につくと言っても、彼女に寝返りがバレたら、消されるかもしれませんよ?」
「おまえ達が、守ってくれるのじゃろう?」
「なぜですか?」
「味方を守ることは、当たり前のことじゃないか。しかも、ワシは精霊じゃ。妖精はそもそも、ワシらに仕えるものであろう?」
腐木の精霊は、プライドが高いんだよね。話しているうちに、守ってもらうというより、守って当然だと、頭の中で都合よく変換されている。
(面倒くさくなってきた)
俺は、チラッと、片目の大きな人形を見た。すると、リーダーに選んだカゲロウは、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「爺ちゃん、消すのー?」
「消さないよ。その発想は忘れなさい」
「えー、でも、邪魔なのー。いらないのー」
カゲロウがそう話すと、腐木の精霊は、また必死な顔に戻った。危機を察知したときだけ、プライドは隠れるらしい。
ミカトやスイトも、首を横に振っている。二人も面倒くさくなってるんだよね。
紅牙さんは、面白そうに見学している。半分妖精なのに、こういうときって、妖怪の感覚が強いのかな?
そして、こびと達の声は聞こえない。
(俺がひとりで判断しなきゃいけないのか)
「腐木の精霊、結界やバリアは得意ですね?」
「ふむ、まぁ、それなりにはな」
精霊たまゆらのダンジョンでは、彼の結界があるせいで、無の怪人は石室からは出られなかったんだ。かなりの使い手だと思う。
それなりにと言っているのは、利用されたくないんだろうな。やはり、プライドが高い。
「じゃあ、貴方のすみかに結界バリアを張って、その中に居てください。強度が必要ですよ」
「何をする気じゃ?」
「さぁ、わかりません、成り行き任せです。でも、その際に、貴方を守る余裕があるかは不明です」
「強度の高い結界バリアは、広域には展開できぬ」
「それで十分です。貴方自身を守ってくれたらそれでいいんです」
「あい、わかった」
「それから、骸を奪われたことは、知られないようにする方がいいですよ。利用価値がない……能力が低いとみなすと、彼女は簡単に殺しますからね。 」
「そうだな。あの女狐ならやりかねん」
腐木の精霊は、顔を歪めて呟いた。やはり、カルデラを怖れているんだ。絶対に、脅されたら寝返るね。
とにかく、邪魔しないでジッとしていてほしい。だけど、邪気にまみれた精霊だ。機会をみて、敵対すると考えておく方がいいね。
「では、その準備を始めてください」
俺がそう言うと、腐木の精霊は、一瞬俺を睨んだ。命令に聴こえて気分を害したのかもしれない。
返事もせずに、スーッと、その場から消えた、
「邪魔者は、いなくなったのー」
(えっ?)
「まさか、殺してないよね?」
「うん、あっちに放り投げただけなのー」
それで返事もなく、消えたのか。俺が面倒だと考えていることが、カゲロウに伝わったのかな。
「じゃあ、いこうか」
「はーい、なのー」
再び、カゲロウ達は、進み始めた。目的地は、妖怪だらけかな?
「リント、妖狐が動かしとる妖怪の里に向かっているんやな?」
「はい、そうだと思います」
「おまえらの高校のセンコーの、生まれ育った里やで」
「そう、なんですね。カルデラに操られているんですか」
「弱いやつらは洗脳されてるみたいや。せやけど、名の知られた奴らは、その弱いやつらを人質にされてるようなもんや」
「カルデラの洗脳が解除できたら、収まりそうですね」
「そら、無理や。まぁ、どうなるかオモロなってきたな」
紅牙さんは、そう言いつつも、深刻な顔をしている。そりゃ、そうだよね。紅牙さんにとっても、人ごとではないはずだ。
ふと、まわりの空気感が変わった。
俺は、遠視魔法を使ってみた。わっ、囲まれてるじゃないか。すんごい、一瞬の出来事だ。
でも、仕掛けてこないな。
(あー、仕掛けられないんだ)
俺達は、カゲロウ達に囲まれている。振り返ってみると、カゲロウの数はどんどん増えているようだ。
腐木の精霊のすみか付近にも、見張りをしている個体もいるね。順番待ちしていた彼らが、青い池で、どんどん大きな人形に変わって、この列に加わっているようだ。
「何の用だ?」
近くの木の上から声がした。見上げると、天狗のような男がいた。黒い羽根が生えてる。
俺に声をかけてきたわけではない。たぶん、片目の個体を統率者だと考えたようだ。
「妖怪の騒ぎ、やめるのー」
「政府の討伐隊か?」
「違うのー。人間なんか、カスなのー」
(おい、何を言ってるんだよ)
俺がイラつくと、片目の個体はすぐに察知するようだ。ペロッと小さく舌を出している。
「おまえらは何者だ?」
「青い人形なのー」
「魔物か。随分、知能が発達した種族も生まれたのか」
「うーん、あっ、そっか。創造主たる王様の人形なのー」
リーダーの片目の個体は、常にこびとから指示を受けているようだね。
「何の用だ?」
「だーかーらー、妖怪の騒ぎ、やめるのー」
「なぜ、魔物が止める?」
「王様がやめさせるっていうのー」
「その王とは、何者だ?」
そう尋ねられて、片目の個体は、俺を指差した。ちょ、そこで俺を売るようなことする?
天狗のような男は、俺を鋭い目で睨んでいる。
偵察部隊かと思っていたら、違うみたいだ。この先の里の長かな。敵対心がすんごいんだけど。
「おまえは、何者だ? なぜ奇妙な魔物を従えている?」
「その子が言っていたとおりですよ。魔物を従えているわけではないですが」




