131、樹海 〜腐木の精霊
腐木の精霊は、大丈夫なのかな。水の壁から出てくる様子はない。
「まさかとは思うんだけど、さっき、ばいばいと言ったのは、腐木の精霊を殺すってこと?」
「ん〜、そうかも、なのー」
(ちょ、ちょっと待てよ)
「精霊を殺しちゃダメだよ」
「どうして、なのー?」
「邪気にまみれてしまう。キミ達は魔物だけど、命じているのは、俺の木の精だからね。彼らにも影響が及ぶよ」
「大丈夫なのー」
「大丈夫じゃないよ」
俺は、水の壁の様子をサーチした。なるほど、立方体の透明感な器の中なんだ。中の水は、何? 海水?
『パワー・ウィンド!』
『サンド・ショット!』
俺は、土魔法で土手のように水の壁の周りを囲んだ。そして、風の刃で器を壊した。
バリン!
透明な器が壊れると、数メートルの水の壁は一気に崩れた。そして、土魔法の土手にぶつかると、ふわっと上空に風魔法で浮かび上がった。
「返して、なのー」
(ん? この水のこと?)
「この水は処分するよ」
「やだぁ、ごめんなさい、なのー」
俺は、風魔法を操って、上空に上がった大きな水たまりを引き寄せた。
すると、カゲロウ達が、その水たまりの中に飛び込んでいった。空中で水遊び? じゃないな、飲んでる?
そうか、この水は、コイツらの体液なんだ。普通の水ではないなと思ったけど……。体液で溶かして、再び吸収する気だったらしい。
(腐木の精霊を喰う気だったのか……)
あまりの魔物っぷりに、いや、まぁ、魔物なんだけど、俺はちょっとゾッとした。
「リント、コイツら、何しとんねん?」
「腐木の精霊や、人面樹を……喰おうとしたみたいです」
「は?」
「その水たまりは、あーもう消えてますけど、カゲロウの体液のようです。体液で溶かして吸収する気だったみたいです」
「な、精霊やで?」
「だから、やめさせました。一応、謝ったので体液は返しました。処分しようかとも思ったんですけど」
紅牙さんは、唖然としていた。ミカトやスイトの顔もひきつってる。だよね、俺もゾッとしたからね。
(あれ? またゾッとする)
後ろを振り返ると、腐木の精霊がすぐ近くにいた。
「おまえ達! 許さんぞ!」
「腐木の精霊、俺のことをお忘れですか?」
俺がそう言うと、老人はギロリと俺を睨んだ。でも、首を傾げている。わからないのか?
「何者じゃ?」
「あー、会ったときはこの姿じゃなかったですね。精霊たまゆら様のダンジョンで、たくさんの置き土産を残していかれましたが」
「その二人は見覚えがあるのじゃ。よく逃げられたな? 大量のゾンビに喰われるかと思ったが、腐った死体は、たまゆらが外へ放り出したのじゃな?」
「どういうことですか」
そう尋ねると、腐木の精霊はニタッと笑った。
(あれ? 精霊の考えがわかる)
あのとき、腐木の精霊は、俺達を殺させるつもりだったんだ。彼らをあのとき眷属化しなかったら、ゾンビになったのか。
この老人は、万年樹の精霊を嫌っているみたいだ。だから、俺が万年樹の精霊の使徒だから、みんなまとめて……。
完全に邪気にまみれてるじゃないか。でも、まだ精霊でいられるのは、積極的に自ら手を汚さないからか。
死んだら面白いが、逃げられても別に気にしない。だから、精霊でいられるんだ。
特にこだわりのない愉快犯……タチが悪いよね。
でも、どうして、彼の考えがわかるんだろう? あっ、彼の頭に付いてるじゃないか。そっか、こびとの分身からの情報なんだ。
無の怪人って、あちこちで恐れられていたのは、こういうことまでできるからなのかな。
腐木の精霊は、カルデラから安倍晴明の骸を預かっていたり、万年樹の精霊を嫌っていたり……。このままじゃダメだね。
もしかしたら、こびと達は、カゲロウ達に腐木の精霊を殺させるつもりだったのかな。だとしたら、俺がこのまま見逃すと、また、襲わせるかもしれない。
(関係性を変えるしかないか)
「この爺さん、かなり邪気にまみれとるで」
紅牙さんが、ミカトとスイトに警戒するように合図をしている。
腐木の精霊は、いま、どうやって俺達を殺そうかと考えているみたいだ。紅牙さんも察知したのかな。
「腐木の精霊、貴方の置き土産は、俺が眷属化しましたよ。残念でしたね」
「何を言っておる?」
あんな大量の死人を眷属化できるわけないと思っているんだ。精霊の考えが丸わかりなのも不思議だな。邪気にまみれているからだね。
いや、違うか。無の怪人より弱いからだ。そっか、だから、カルデラともつるむんだね。
「俺は、あの後、平安時代へ行きましてね。そこで、創造主たる王となりました。俺はカルデラと敵対しています。貴方は、カルデラの味方ですか」
「なっ? 何者じゃ? 全く見えぬ」
「リンゴの妖精ですよ。万年樹の精霊の使徒、リントです」
「は? 銀髪じゃったろう」
「あれは、スキルを発動しているときですよ。こっちが本来の俺ですね」
「なぜ、見えぬ?」
腐木の精霊は、焦っているみたいだ。俺のステイタスや思考は、たぶん、こびと達が隠しているんだ。俺の中に入っているから、俺も操られてたりして。
(でも、声が聞こえてこないよね)
なるほど、操っているわけじゃないというアピールなのかもしれない。なんだかそんな気がする。
彼らがサポートしてくれてるなら、ハッタリをかましてみても大丈夫かな?
少し離れた場所に、カゲロウ達もいる。なんだか陣形を組んでいるかのような配置だ。こびと達の指示だろうな。
俺は、腐木の精霊をまっすぐに見て、微笑んだ。すると、彼は、警戒したみたいだ。
「それは、俺の方が貴方よりチカラが上だからでしょう。さっき、言いましたよね? 俺は、創造主たる王となったと」
「妖精じゃろ? 妖精ごときが」
「邪気にまみれた精霊が、俺の命を狙っている」
「なっ!?」
「貴方の考えは、まる見えですよ。万年樹の精霊をねたんでいるのですね。万年樹の精霊の使徒である俺を、死に誘えば面白い、ですか」
俺がそう言うと、腐木の精霊は、怯えた表情を浮かべた。
「十分ですね。正当防衛です。さっき、彼らが貴方を喰おうとしたのを止めなければよかったかな」
「ま、魔物を操っておるのか」
「さぁ? どうでしょう?」
俺が視線を動かすと、腐木の精霊も、つられてそちらを見た。そこには、突然爪をガシャッと伸ばした、たくさんのカゲロウがいた。冷たい視線を腐木の精霊に向けている。
「ヒッ、やめろ。おまえ達の方につく!」
(えー……あっさりと、寝返ったよ……)




