122、万年樹の島 〜島の惨状
「これは、いったい……」
「リント様、私達は役目を果たします」
そう言うと、俺の腕の中から、こびと達が飛び出した。少し高い位置にふわふわと浮かぶと、彼らは光り始めた。
そして一つずつ、弾け飛んでいってる。これが、木の精の分裂か。すごい、一気に数が増えるんだね。
空は、幻想的な光の粒で埋め尽くされたように見えた。そして、分裂が終わると、光の粒は、パッと一気に消え去った。
(なんだか、花火のようだな)
俺は、再び、視線を地上に戻した。
昨日、彼らがここに来たんだ。そして、レストランも買い取り店も、さらにその先にあるはずの屋敷まで、すべて破壊したんだ。
草も生えていない。
ただの更地のような状態だ。
地面には強いダメージが残っている。すべてを一瞬にして焼き払ったのか。
振り返ると、万年樹のある草原も、ほとんどの草が消えている。万年樹のまわりを守ることだけで精一杯だったんだ。
俺は、不思議と怒りを感じなかった。
呆然としてしまっているからかもしれない。でもカルデラは、きっと、悲しみのドン底にいるんだ。この光景が、彼女の心のダメージそのものに見えた。
(これは……俺の責任だ……)
島にいた人達は、どうなったんだろう……。カルデラに殺されたのか? でも、この島の住人は、妖精の血を引く人が多い。カルデラは人間を狙っているはずだ。
万年樹の中に逃げ込むことができただろうか?
さっきの幼女の様子は、普段とあまり変わらないように感じた。ミカトやスイトが無事なのはわかった。でも、他の王子達は? まんじゅ爺や、屋敷の人達は?
(あぁ……無事でいてくれ)
俺が平安時代に行って、彼らと関わったことで、無の怪人が死んで、カルデラが狂ったんだ。この島の人達が惨殺されていたなら、それは……。
(俺のせいだ)
「リント様、それは違います」
「えっ?」
すべて消え去ったと思っていたのに、目の前に、こびとが現れた。あれ? 11人いるよ?
「あれ? キミ達は、どこかへ飛んでいったんじゃないの?」
「はい、分身はそれぞれの場所へ移動しました。私達は、オリジナルです。常にリント様の近くにおります」
「そうなんだ」
「先程は詳細が話せず、申し訳ありません。もう少しお待ちください」
「ん? うん、わかったよ」
彼らは、たまに光ってる。自分の分身に、伝達をしているのかな?
でも、彼らの役目って何なんだろう。普通の木の精なら、妖精の言葉をそのそれぞれの木に伝えるよね。
現代で、和リンゴがどの程度生息しているのかは、まだわからない。少なくとも、この島には和リンゴの木はない。
この万年樹の島には、大きな果樹園があった。でも、それもすべて焼き払われているようだ。島全体に、カルデラの攻撃が及んだってことだと思う。
たぶん、安倍晴明もサポートをしているんだろう。彼は、骸をカルデラに隠されているから、まるで下僕のように扱われていたからな。
もしかしたら、もう骸を取り戻したのかもしれないな。目が見えないと言っていたから。彼は、自分の怨霊に乗っ取られていた。今も、変わらないんだろうか。
ガタン! ガタッ!
(地震!?)
地面が突然、大きく揺れた。
その次の瞬間、俺は背中がゾワゾワした。嫌な予感がする。変な汗が出てきた。
「あら、どういうことかしら? 貴方、まだ、タイムトラベルに行っていなかったのね。困ったわねー。タイミングを間違えたわ」
振り返ると、そこには見覚えのある二人がいた。
「いや、彼はおまえが何者かわかっているぞ。だが、霊力はない。死人ではないということは……どうなっている?」
(やはり、俺は死んだと思われている?)
俺は万年樹のダンジョン内でしか、スキル『精霊の使徒』は使えない。マズイよ、どう考えても、この二人に敵うわけがない。
どうすればいいか全くわからない。でも、なぜか俺は冷静だった。
万年樹は二人の後ろにある。逃げ込むには、彼らをすり抜けなければ行けない。それがわかっていて、彼らは、この場所に立っているんだ。俺を逃がさないために。
「安倍晴明様、カルデラに骸は返してもらえたのですか?」
俺がそう問いかけると、二人は目を見開いた。
「どういうことよ? 貴方、まさか、あの瞬間にタイムトラベルで戻ったわけ?」
「だから、生命反応が消えたのだな。おまえが無駄な爆破をしたときには既に、青空殿は逃げた後だったということか。ふっ、滑稽だな」
(この感じは、安倍晴明は、元に戻っている?)
「安倍晴明様、俺が先に質問をしましたが」
「ふん、骸は見つけた。だが、まだ手にしてはいない。だから仕方なく、この女と行動を共にしている」
「今の貴方は、怨霊ですか? それとも、俺が会った爺さんですか?」
「ワシに、陰陽道の術を使えるかと尋ねておるのか?」
そういうと、彼は和紙のようなものを放り投げた。
(式神を使えるんだ)
彼は、自分のまわりに赤い炎を出した。青くない、赤い炎だ。この術って、川沿いで狐との戦闘で使ったときは、青かったよね?
大原で、乗っ取られていたときも、赤い炎を出していた。ということは、怨霊なのか?
「リントさん、貴方が生きていて、あの子が死んだなんて、おかしいわよね?」
カルデラの表情から笑みが消えた。
(来る!)
『オール・バリア!』
キィン!
バリアを張った直後、石つぶてのようなものが飛んできた。しかも、石なのに燃えている。地面に炎が広がった。
「カルデラ、もう、山の神は戻ってこないよ。人間を滅ぼしても意味のないことだ。自分の時代に戻れ」
「リントさん、何もわかっていないのね。私は、あの子がこだわっていた分岐点の、この時代を支配するわ。人間が滅べば、怨霊が増える。そうすれば、あの子を復活させる妖力に変えられるわ」
「貴女の元には戻らないよ」
俺がそう言うと、彼女はたくさんの尻尾を広げた。
(威嚇?)
いや、違う。尻尾には何かのエネルギーが集まっている。そうか、妖力に変換しているんだ。大地のエネルギーか。
(この炎だ)
さっきの燃える石つぶては、地面を焼いているんだ。そして、この島の土のエネルギーを奪っている。
『レイン!』
雨で炎が消えるとは思わないけど、狐のあの少年達は、川に入ることを避けていた。だから、たぶん……。
「チッ!」
カルデラは、舌打ちをして、スッと姿を消した。安倍晴明は、ニヤニヤした顔のまま、同時に居なくなった。カルデラが、連れ回しているんだな。
『ウォーター!』
俺は、地面で燃える石つぶてに、水をぶっかけた。




