120、万年樹の島 〜無の怪人とカルデラの目的
「ちょっと、アンタ! あたしにわかるように説明しなさいよ。なんだか、嫌な予感しかしないんだけどっ」
ずらりと並んだこびとを指差して、幼女がぷりぷりと怒っている。そうだ、現代では無の怪人は、極悪な討伐対象のバケモノだ。たくさんの人間を殺している。
何も確認しないで転生させてしまって、よかったんだろうか。彼らは消滅させるべきなんじゃ……。
(でも、スキルは……)
スキル『精霊の使徒』を使うときに俺に指示を与える存在……スキルと呼んでいるけど、そのスキルが、彼らを転生させようとしていた。
万年樹の精霊と俺を繋ぐ存在だから、おそらく、それは万年樹の精霊の意思なんだよね?
でも、万年樹の妖精である彼女は、隠れスキル『転生』なんて、知らないと言っている。だけど、俺は彼らを、木の精に転生させたんだよね。どういうことなんだよ?
「ちょっと、半人前!」
「あ、はい。きのこさん、彼らは……無の怪人と呼ばれるリンゴの妖精の亡霊の集合体だったみたいです」
「ただの亡霊じゃなくて、悪霊でしょ」
幼女は驚いていない。気づいていたんだ。
「でも、彼らが無の怪人だったときには、ほとんど会話ができなかったから、なぜ人間を滅ぼそうとしていたかはわからない」
「科学者達への怨みでしょ」
「それは違うと言っていました。人間がダメだからって……」
俺は、11人のこびと達を見ると、誰も目を逸らさない。うん、しっかりと受け止める覚悟ができているみたいだ。
「リント様、お話いたします。このダンジョンから出る前に策を練る必要がありますから」
「ん?」
「私達が、ここから出ると、姫様や陰陽師に気づかれます」
「わかった。話して」
彼らは一斉に、俺の頭の位置までふわっと浮かび上がった。俺は地面に座っているけど、幼女は仁王立ちしてる。彼女には聞きやすいようにという配慮のようだ。
「私達が、人間を滅ぼそうと考えたのは、何をやってもダメだったからなのです」
「あちこちの時代にタイムトラベルしてたんだよね?」
「はい、いろいろな時代で多くの人間と関わりました。どう変えても未来が変わらない。この時代でレベル制が導入されることを変えられないからだとわかりました」
「人工魔物?」
そう尋ねると、みな一斉に頷いた、
あれ? 幼女もわかっていたのかな。なんとも言えない表情だ。
「過去では人間は、生きる為に殺していました。でも、この時代では、娯楽のために殺す魔物を作るようになりました」
「あー、うん」
「この先、この娯楽は加速し、人工魔物を作るために妖精や妖怪、さらに精霊までもが犠牲になります。さらに、人間は、魔力のある者が魔力のない者を虐げ、そして、魔力のない人間を人工魔物の餌にするようになっていきます」
「えっ……」
「だが、人間の怨念は強く、人工魔物に喰われて死んだ人間が人工魔物を操るようになり、魔力のある者に逆襲を始めます。その結果……」
「この星の滅亡?」
「はい、近い将来です。この星が滅亡しても、人間の怨念は消えない。それが宇宙へと広がってしまうようです」
幼女が動揺したのが伝わってきた。いつもの彼女なら、そんなことは嘘だと否定するのに、無言だ。幼女も、それを予知していたのかもしれない。
「キミ達は、タイムトラベルで未来へも行けるんだね」
「はい、人体実験の失敗によって得た副作用です。反面、同じ時代に長く留まることができないようです。意図せず勝手に、他の時代へ飛ばされてしまうこともあります」
「今は、どうなのかな。まだ、わからないか」
「いえ、転生させていただいた今も、その副作用は続いているようです」
「未来の話は、カルデラや翁狐も知っているの?」
「はい、姫様は一緒に旅をしましたから」
「そっか。それでカルデラは、この2100年が分岐点だと言っていたんだね。レベル制が導入された年だから」
「はい。ですが、姫様の目的は別にあります。この時代で暴れるのは、私達を失ったことで新たなタイムトラベル先を増やせなくなったからですが」
「別の目的?」
「はい、姫様は、平安時代末期に起こる人間同士の大きな戦乱に巻き込まれるのです。そして、人間に討伐される。その千年後に復活できるはずが、できないようなのです」
(平安時代末期? 源平合戦かな?)
そういえば、カルデラは、どこかの姫様だっけ? 平家側に味方して負けたってことなのかな。
タイムトラベルで、歴史を大きく変えるようなことは禁止事項だ。だけど、精霊の力を借りないタイムトラベルには、そんな制約はできないよね。
カルデラは死にたくない、いや、復活したいという野望が強すぎるのかもしれない。
「キミ達は、なぜ転生を望んだの? いま、カルデラがキミ達を復活させようとしているんだよね?」
「私達は、新しい人生を歩みたくなりました。かなり長い時間、旅をして過ごしてきました。でも、それは、利用されているだけです。もちろん、楽しいこともありましたが、彼女の希望が叶うまで、同じことを繰り返すでしょう。だから……」
「どうすればカルデラは復活できるの?」
「わかりません。私達は、彼女が知らなくていいことを見せすぎました。彼女は非常に強い妖力を持っています。タイムトラベルをして多くの妖怪を喰ったからです……」
彼らは、カルデラを強くさせてしまった責任を感じているようだ。でも、カルデラは彼らを利用していただけなんだろうか?
彼らが俺をかばってカルデラの雷撃を受けたとき、カルデラは、半狂乱になっていた。きっと、彼女なりに可愛がっていたんだ。だから、いまも復活させようとしている。
「木の精、答えになっていないよっ。なぜ、そもそも転生なんかができるのよ? 妖狐が平安末期に死ぬからって、なぜリントに取り憑くわけ?」
「転生は、精霊の力です。万年樹の精霊から、悔い改め新たな主君に仕えるまでは、ダンジョンへの立ち入りを禁じられていました」
こびとがそう言うと、幼女は何かを思い出したような顔をした。そして、俺の方に振り返った。
「隠れスキル『転生』を、以前使った妖精がいたわ。彼は自分に仕える配下を生み出した……。まさか、木の精のような下等な者を生み出すためにも使えるとは思わなかった」
(なんだか、失礼だよね)
でも幼女は、嫌味を言っているわけではなさそうだ。まるで自分に言い聞かせているみたいだ。
「アンタ、まさか……新たな品種を生み出した?」
「うん、たぶん」
「創造主たる王……半人前のくせにっ」




