114、平安時代993年 〜閉じ込められた?
木づちが消滅すると、翁狐の様子が変わった。急に怯えた表情を浮かべている。
俺は、彼にかけていた重力魔法を解除した。
安倍晴明は、木づちを消し去り、満足げな様子だ。しかし、凄かったよね。この人を敵に回すと、めちゃくちゃ怖いよ。
「安倍晴明様、俺は大原に行ってみます」
「ここからだと、かなりの山道だ。うーん……」
彼は、あたりを見回している。さっきの妖怪、転移木綿を探しているのかな?
「大丈夫です。あちこちに転移魔法陣があるので」
「転移魔法陣?」
「おそらく、人間には見えないのだと思います。魔法じゃなくて妖術で起動しているのかな。そこに足を踏み入れると、繋がっている場所に転移します。先程、俺が現れたときに使ったものです」
彼は、なるほどと頷いた。
「霧の中で人が消えるのは、その術のせいか」
「ええ、そうだと思います。たくさん、あちこちにありますからね」
「ふむ、足を踏み入れると、知らぬどこかへ飛ばされるのだな。だが、たくさんあるなら、繋がる転移場所はいくつもあるのではないか?」
俺はチラッと翁狐の方を見た。
「教えぬぞ!」
怯えた表情だけど、娘を守る根性はあるんだね。彼は、そのことが、カルデラが大原に行ったと言っているようなものだとは、気づいていないらしい。
安倍晴明が、何か術を使おうとしたので、俺はそれを制した。この人、下手すると殺しかねない。
「安倍晴明様、尋ねる必要はありません。どれが大原に繋がるかは、わかっています」
「そうか。それならば話が早い。いざ、参ろう」
「えっ? あの、集合場所に向かわれないのですか?」
「ふむ、待っているか。チッ、また霧が邪魔だな」
そう言うと、彼は空に向かって、紙みたいなものを放り投げた。すると、それは、黒い鳥に変わった。そして、スーッとどこかへ飛んでいってしまった。
(霧のせいで、術失敗かな?)
「式神だ。伝言と彼らの護衛の役割を与えたので、心配は不要だ。では、参ろう」
「あの、俺ひとりで大丈夫ですから。それに、安倍晴明様が大原から戻る方法がないですよね?」
「それなら気にする必要はない」
(式神を使えば大丈夫なのかな?)
彼は、せっかちな性格らしい。どこに転移魔法陣があるのだと、ぶつぶつ呟いている。
仕方ないか。まぁ、彼としては、知らないものがあるのが嫌なのかもしれない。
「こっちです」
俺は、安倍晴明を誘導した。なぜか翁狐までが、付いてきていた。うーん、なんだろう? 少し嫌な予感がする。
翁狐は、さっきは怯えた顔だったのに、今は、身なりの良い公家のような人の姿に化けていた。その姿だと、存在感が薄い。そういう術を使っているのかもしれないな。
「青空殿、まだこの地に何か用事があるのか」
「あ、いえ、大丈夫です」
(急かされた?)
「どのあたりだ?」
「その、草の生えていないあたりに円形の魔法陣があります」
「いや、どこも草は生えているが?」
(幻術にかかっているのかな?)
いやいや、有名な陰陽師だよね? それはないか。
「こちらです。行きますね」
俺はそう言って、転移魔法陣に足を踏み入れた。霧が出ていた転移魔法陣だ。繋がるのは霧の世界かな。
「青空殿、ここはいったい? 大原ではないぞ。それに、なんだ? まだ、昼間なのに真っ暗ではないか」
「えっ? 大原だと思いますよ。真っ暗? 木々が美しい山の中ですけど?」
「暗くて、青空殿がどこにいるかもわからない。目をやられたのか」
彼は、普通に俺の方を向いている。見えていないような雰囲気じゃないんだけど?
「転移陣の明るさに目が眩んだのでしょうな、晴明様」
翁狐はそう言うと、彼の手を取った。ん? どういうこと? さっきは怯えていたのに……人に化けたら性格も変わるの?
「おい! 爺や」
(何? 今、爺やって言った?)
「青空様は、見えておられるようですぞ。もはや、隠しだてする必要はございません」
すると、安倍晴明の雰囲気が、ガラリと変わった。
「ふん、小芝居は好かん。チッ、しかし、目をやられた理由がわからぬ。おまえの仕業か?」
「えっと、安倍晴明様? どうされたのですか」
「はぁ? あぁ、この身体の持ち主を呼んでいるのか。こんな場所でジジイが話せるわけはないだろう?」
(えっと……意味がわからない)
俺は混乱していた。転移してくると、安倍晴明がまるで別人のようになってしまったんだ。いや、小芝居と言っていたっけ? いつから芝居をしていたの?
「ふふふ、青空様、貴方には姫のために働いてもらいますよ」
翁狐が、急に強気な発言をしている。
「いったい、安倍晴明様に何をしたのですか」
「何もしていませんよ。彼は怨霊を取り込んだバケモノなだけですよ。木づちを破壊していただいたのは助かりました。危うく、意思を持つようになっていましたからねぇ」
「ということは、二人は協力関係にあるのですか」
「青空様も、これから協力していただく。姫様のために働けるのですよ」
翁狐は、わけわからないことを言っている。でも、なんだか、俺にとって、この二人が敵なのだということは伝わってきた。
安倍晴明の表情は、目が見えないとは思えない。
(あれ? でも……)
一瞬、彼の顔が苦しげに歪んだ。
「もしかして、怨霊を取り込んで乗っ取られたのですか」
すると、翁狐が吹き出した。
「ぷぷぷ、自分で自分に乗っ取られたということですか。滑稽ですね。そんなことより、青空様、貴方の持つエネルギーをいただきたいのですが」
「なぜですか? 俺には妖力はありませんよ」
「それの話ではありません。貴方の妖精としてのエネルギーですよ」
「命をよこせと言っているのですか」
「いえいえ、死なれたら困ります。ずっと供給し続けていただきたいのです。晴明様は、転移の際に目を痛めたようですね。肝心なときに役に立たない人だ。仕方ありません」
そう言うと翁狐は、笛のようなものを吹いた。まるでペットでも呼ぶかのような仕草だね。
「青空様、貴方は協力する以外に、方法はありません。ふふ、貴方を、この大原に来させるように仕向けるのは、苦労しましたよ」
安倍晴明の方を見ると、やはり目が見えないわけではなさそうだ。普通に何かを探しながらウロウロしている。
この場所には、結界が張り巡らされていた。
うーん、彼らのこの自信は何なんだろう? 俺は、この場所に閉じ込められたのだろうか?
俺はまわりを見渡した。あっ、大きな寺がある。




