110、平安時代993年 〜奇妙な木づち
年配の男性が、大きな狐に姿を変えると、俺の近くにいた少年二人は、恐怖で固まっていた。ピョコッと頭の上に耳が飛び出している。変身が一部解けてしまったらしい。
彼らだけではない。他の住人達も、完全に変身が解け狐に戻ってブルブル震えていたり、その場に倒れたり……尋常じゃない様子だ。
「俺も、ということは、山の神にも何かしたんですか」
「姫様の邪魔をする者は、身の程を教えねばなりませんからね」
ちょっと待って。もしかして、無の怪人が狂ったのは、この大きな狐のせい? そもそも、なぜ、アイツがここで生まれたんだよ。
「山の神を生み出したのは、貴方ですか」
「あー、そうとも言えるかもしれませんな。このあたりをうろつき、姫様に関わろうとする怨霊を捕まえていたら、その中から妙なモノが生まれましたからな」
アイツは、やはりここにタイムトラベルをして、やって来たんだ。そしてカルデラと関わるようになって、捕まったのか。抜け出そうとして、人間の怨霊を取り込んだということか?
そして、取り込みすぎて、怨霊に支配されるようになったのかな? いや、それも、もしかすると、この大きな狐が仕組んだことなのかもしれない。
でも、カルデラは何も、それらしき話はしていなかった。彼女は、知らないのか。あんな性格だから、知っていたら自慢げに言うだろうな。
「山の神に、何をしたんですか? 狂ったと聞きましたけど、貴方が妙な術を使ったんですか」
俺がそう尋ねると、彼は妙な顔をした。外れたみたいだ。でも、ニヤッと笑った。
「身の程を知らない者には、当然、処罰を与えますからな」
なるほど、彼は知らないのか。彼の言う処罰……無の怪人が嫌がるようなことを命じた? もしくは、何かを奪ったのかもしれない。
アイツが狂った理由とは、関係なさそうだね。でも、自分がそうさせたと言いたいみたいだ。ありえないくらい、虚栄心の塊だね、この人。
「彼女は、貴方の娘ですね。彼女をおだてて、貴方が操っているのですか」
俺がそう言うと、彼の目には殺意のような危うい光がみえた。と、同時に、ブワッと何かが吹き出した。ピリピリとしたダークな感じの霧みたいだ。
そっか、コイツも大量に怨霊を取り込んでいる。いや、喰ってるのか。
「姫様は、すべての頂に立つお方だ。特別なのだからな。青空様、やはり貴方がすべての元凶ですね。排除しなければ……」
(えっ? 俺?)
そうか、俺が来たことで、彼の計画が狂ったのかな。ということは、俺なら何かを止められるということ?
「青空様、あぶない!」
恐怖で固まっていた少年が叫んだ。こちらに来ようとして、大人に止められている。
その直後、大きな狐は、霧のようなピリピリしたものを俺にぶつけてきた。うわっ、バリアの一部が砕けた。
『オール・バリア!』
俺は霧から逃れ、バリアを張り直した。魔法のバリアでは、彼の妖術は、防ぎきれないのか。
「ほう、すばしっこいな」
奴は、ニヤッと笑った。
そういえば、安倍晴明が言っていた色の話、よくわからなかったけど、こういうことか。魔力は緑色で、妖力は赤色、霊力が青色に見えると言っていたっけ。
ジャンケンの法則みたいなものだね。陰陽師は妖怪に強く、俺のことは脅威だって言ってた。陰陽道の術は、妖術に勝る。そして妖術は魔法に勝る。魔法は陰陽道の術に勝る。
(不利じゃないか、俺)
でも、全然、恐怖は感じない。
カルデラにも魔法攻撃は効いたんだ。その父親も同じこと。だけど、魔法が不利なのも事実。それなら戦い方を変えればいい。
『スピード!』
『パワー・チャージ!』
俺は、速さと物理攻撃力を上げる補助魔法を使った。そして、刀を抜いた。
安倍晴明は、妖怪と戦うとき、自分のまわりに火を浮かべて守らせていたっけ。コイツの霧は、おそらく雷属性だよね。ということは、有効なのは風魔法だな。
『ウィンド・バード!』
初めて使ったけど大丈夫みたいだな。緑色の風の鳥が、数体出てきた。そして俺のまわりを飛び回っている。
(でも、風が強すぎ……)
ガキッ!
何か鈍い音がした。
(げっ……)
俺が持っていた刀が折れてる。鳥に気を取られてる間に、奴が投げた何かが当たったみたいだ。
俺は、すかさず、魔法袋から新しい刀を出し、刀に強化魔法を使った。
ヒュン!
(これか)
俺は、飛んできた石のようなものを避けた。奴は、巨大な木づちのようなものを握っている。それを振ると、何かを飛ばせるようだ。
「すばしっこいが、そんな式神では何の役にも立っていないようだな」
(式神?)
あー、風の鳥のことか。でも、鳥は、かなりの石を弾いている。奴は、風の鳥に弾かれていることがわからないのかな。
ここの住人をチラッと見ると、巻き込まれないように木々の中へと避難している。彼らは大丈夫だね。
(よし、いける!)
「その木づちを使って、人々を従わせているのですか。それなら、俺には効きませんよ。身の程を知らないのは、貴方の方だ」
「なんだと?」
奴は、木づちを大きく振った。
すごい数の石が飛んできた。避けるとマズイか。離れた場所の木々に隠れた彼らが緊張したのが伝わってきた。
『ウォール!』
ドカドカドカドカ!
奴の木づちから出た石は、すべて土の壁に当たり地面に落ちた。地面に転がったカケラを見て、俺は驚いた。奴が飛ばしているのは石じゃない。骨だ……。
土の壁を消すと、地面にボロボロと骨が落ちた。あの木づちの中には、大量の骨が入っているのか? まさか、骨を生み出すの?
骨からは、ポワッと黒いモヤが出てきた。ちょっとこれって、怨霊? もしかして、奴の木づちには、しかばねが入っているってこと?
奴は、ニヤッと笑った。
骨から出た黒いモヤが、俺を囲むように俺のまわりに広がった。声が聞こえてくる。そうか、これは、この骨は、殺された人達の怨念が詰まっていたんだ。
黒いモヤは、俺を取り込もうとしているみたいだ。いや、乗っ取りたいのか。生身の身体が欲しいんだな。
「ハッハッハッ、青空様、もう終わりですよ。実に簡単だ。陰陽師とは違って、貴方の術はもろすぎる。ハッハッハッ」
無の怪人は、こうして怨霊を取り込まされたのか。だから、ここで生まれたと言っていたんだ。それまでは、ただの亡霊にすぎなかったってことか。
それが、怨霊を取り込むことでエネルギーを得て、実体化できるようになったんだ。聞こえてくる声が、そう言っている。
俺を取り囲む声は、叫び続けた。
『カラダ ホシイ。ワレラ トモニ』




