106、平安時代993年 〜鞍馬に到着、だが……
三条大橋の上には、たくさんの武装した兵がいた。
「青空殿、いったい何をされたのだ?」
やはり聞かれると思った。安倍晴明は、俺を見つけると、橋から下を指差して、険しい顔をしている。
「俺の本来の役割を果たしました」
「どういうことだ? わかるように説明願いたい」
「安倍晴明様、俺の素性はお話しましたよね。守護すべき木にエネルギーを与えたのです。この時代では、何の影響もないことですから、ご安心ください」
「中洲の雑木ですな。見たことのないエネルギーの結界が見える。とても強く魅了される。だが、妖怪も怨霊も近寄れないようだ」
「そうですか? あー、エネルギーを奪おうとする者は排除しているかもしれませんね。中洲の木々はオリジナル、すなわち、新たな品種の起源ですから」
「そうか、ますます興味が深まった」
「変なことはしないでくださいよ。排除しようとされるなら、俺は、立ちはだかりますよ?」
俺がそう言うと、彼はフッと笑った。
「青空殿、昨日とは違って、少々血の気が多いようだが。私は、雑木には興味はない。青空殿に対する興味が深まったのだよ」
「そうですか。俺も安倍晴明様には興味があるから、同じですね」
「ふっ、知らないものに魅了されるのは、お互い様か」
空から突然、ふわりと布のようなものが落ちてきた。
「準備が整いましたぞ」
「えっ? 布がしゃべって……」
俺が驚いた顔をしていると、彼はニヤリと笑った。
「妖怪ですよ。鞍馬までの輸送を依頼した。一瞬で到着するので、刀の用意をしてから、彼らの上に乗ってくだされ」
「妖怪……ですか」
「狐とは違う、我々の協力者ですよ」
俺は、魔法袋から刀と小袋を出した。魔力を補充しておく方がいいよね。眠ってもやはり全く回復していない。俺は、団子状の回復薬を食べた。美味しくない……だが魔力は全回復したようだ。
「携帯食をお持ちでしたか。食事の心配をしていましたよ」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
目の前で魔法袋を使っても、彼は驚く様子はない。逆に俺の方が驚かされてばかりだよね。
彼に素性を話しても、目の前で魔法袋を使っても、タイムトラベルの禁止事項には当たらないみたいだ。なんの警告もされない。
「皆、用意は出来たか? いざ、鞍馬へ!」
安倍晴明はそう叫ぶと、何かの術を使った。よくわからないけど、たぶん、みんながバラバラにならないようにしたんだ。俺が乗ってる布の妖怪にも、その術がかけられたみたいだった。
一斉にふわっと浮き上がると、横向きに重力を感じた。転移魔法みたいな術だね。
そして、数秒後には、山の中に居た。
(確かに、速いね)
「妖怪さん、ありがとう。すごく乗り心地が良かったです」
俺はそう言って、布から地面に降りた。
「へぇ、妙な人間だな」
布がしゃべってる! あ、妖怪だったよね。ただの布にしか見えないんだけど、どこから声を出してるのかな。
「人間だけど、ここの人間じゃないので」
「未来人なんだろう? ジジイが言っていた。だから、儂が、おまえを運んでやったのだ。いつもはジジイを乗せている」
「へぇ、そうなんだ。貴方は、位が高いのかな?」
「儂は、転移木綿の長をしておる」
(転移木綿っていう妖怪がいるんだ)
「それは……恐縮です。他の人達はまだ着かないのかな」
「あぁ、妖力が低いと時間がかかるのだ。ジジイはもう鞍馬に着いているが、どうやら降りる場所を間違えたようじゃな。目的地に徒歩で移動しようとしておるが」
俺は、あたりを見渡したが、人の姿は見えない。木々が茂っていて、とても空気が澄んだ山の中だ。視界も悪くないんだけどな。
「ここが目的地なの?」
「あぁ、五本松の水場にという指示だったからな。そこの錦糸鳥がいる水場だ」
「錦糸鳥? とり?」
俺はもう一度見渡すと、デッカイ鳥がこちらを睨んでいた。尾が、糸の束のようだ。あれか。小鳥じゃなくて、人間の子供くらいの大きさだから、少し怖い。
「アイツは水場を奪われないように見張っているのだ。人間には無関心だが、狐の天敵だからな」
「それで、この場所に集合なんだね」
「ふぅん、おまえ、狐の居場所を知っているかのような口ぶりだな。だが何度やっても捕まえられないぞ」
「うん、だいたいはわかるよ。でも、捕まえるつもりじゃないよ。そもそも、妖怪と敵対する意味がわからない」
「おまえは妖怪と親しいのか?」
「うーん、親しいというか……。別に種族なんて、気にしていないかな。気の合う奴とは親しくなるもんじゃないの?」
「未来ではそうなのか」
返答しようとすると、頭の中に警告音が響いた。
「詳しい話はできないよ。禁止されているんだ」
俺はそう答えたけど、否定しなかったことから、共存しているとわかっただろうな。妖怪は、そうかと呟いていた。
ドン! ドカン!
突然、少し離れた場所から、大きな爆発音が聞こえた。
「あー、狐に見つかったみたいだ」
「えっ!?」
「儂の子分達が、撃ち落とされてるぞ」
「大変! 助けなきゃ」
「いや、正解に言えば、狐に足止めされたところを、上に乗っている人間が撃ち落とされている。ふっ、ジジイが焦っているようだな」
「安倍晴明様はどこに?」
「霧の中だ。ジジイは放っておけばいい。あいつは殺しても死なんからな。ハッハッハッ」
何? 協力者じゃないの? この妖怪は、まるでこの混乱を喜んでいるみたいだ。
「転移木綿さんは、ここに居てください。俺、ちょっと行ってきます」
「儂は頼まれても動く気はないが……おまえ、狐に刃向かうと死ぬぞ?」
俺は、ドキッとした。俺が死ぬと、俺が守護を決めた和リンゴは再びただの雑木になる。何より、俺の眷属は生きられない。
だけど……。
「死ぬのは困るけど、見殺しにもできません。俺は、人間と妖怪が争ってほしくないんだ」
俺はそう言うと、音のした方へと走り出した。
後ろで転移木綿が、あざ笑っているような気がした。やはり、協力者だといっても、妖怪とは信頼関係がないんだ。
『オール・バリア!』
俺は死ぬわけにはいかない。でも、このまま知らないふりもできない。とりあえず、バリアを張った。どこまで通用するかはわからないけど、ないよりはマシだ。
人は、あちこちに散らばっている。散らばらされているんだね。安倍晴明は、襲撃を想定して術をかけたんだ。
サーチを使わなくても、俺にも転移木綿の居場所がわかる。人は、その近くに居るはずだ。
(居た! あっ……襲撃されてる)
俺は、刀を抜き、駆け寄った。




