105、平安時代993年 〜橋の下の住人との別れ
「おまえ達も、焼き魚が食べたければ、自分で魚を枝に刺して焼きな。できない不器用者は、あの狐の少年達に頼めばやってくれるよ」
へぇ、お婆さんは見ていないようで、きっちり見てるんだ。お使いに行っていた人達は、魚と木の枝を持って戸惑っているようだ。
「できる」
少年がそう言って手を出すと、彼らは、少年に魚を渡した。器用に串刺しにして、焼き係の少年に渡している。
「あいつの」
彼らは魚について行くように火の近くに移動し、ジッと待ち、焼けた魚を受け取っていた。
少年二人は、完全に役割分担が決まった感じだ。二人は、人間が戸惑いながらも、自分達が焼いた魚を食べる様子が嬉しいらしい。
また、橋の下の人達も魚が減ってくると、冷たい川に入っていった。うん、すごくいい関係だね。でも、まだ、互いに警戒しているみたいだけど。
しっかり焼き魚を食べて眠くなったのか、少年二人は火のそばでウトウトとし始めた。火にあたってると眠くなるよね。
彼らは、かなり食べていたみたいだ。串刺しと焼き係をしていたから、まぁ、それが報酬みたいなものかな。
「キミ達、ここで眠ると風邪ひくよ。どこで寝ているの?」
「かるでら」
そう一人が言うと、もう一人が彼の頭をガツンと殴った。夕方のペチペチではなく、ガツンとだ。殴られた子は、しまったという顔をしていた。
「じゃあ、お家に帰りなさい。心配してる人がいるでしょ」
「いいの?」
「うん、今日は、たくさんお手伝いありがとう」
俺がそう言うと、二人は互いにペチペチ殴り合っていた。これは、照れ隠しだったよね。
「坊や達、焼き魚が食べたいときは、三条大橋の下に来な。また、一緒にごはんにしようじゃないか」
「あい」
お婆さんがそう言うと、少年二人は嬉しそうな顔をした。へぇ、いい感じだね。
でも、京の人達の、狐と呼ぶ妖怪との関係を修復しないと、少年がここに出入りするのは危険かもしれない。
少年はすぐに逃げられるだろうけど、橋の下の住人はそうはいかないからね。狐と親しいということで、罪になるかもしれない。
(どうすればいいのかな)
簡単なことだ。信頼関係ができればいいんだ。でもそれを実行するのは、簡単なことじゃない。互いにメリットがあると思わせる必要がある。
「かえる」
そう言うと、少年二人は、その場からスッと消えた。たぶん姿を消しただけだろう。すぐ近くに気配が残っている。
「わっ、さすが狐じゃな。あんな小童でもすごい術を使う」
「可愛らしい子だったな。人の言葉もわかるみたいだし、素直だ」
「青空様がそばに居るから、おとなしかったのかもしれんが……また、来るかな?」
「焼き魚を美味しそうに食べていたから、また来るだろう」
「あの子達は、魚を捕まえられないみたいだったからな。たくさん獲ってやらないとな」
「上手に焼いてくれるから、居ると便利だな」
「狐は火を恐れないのか?」
人々は、少年二人の話をしていた。それを彼らは聞いているみたいだね。まだ気配が近くにある。
「あの子達も、火はコワイみたいですよ。だんだんと慣れていったみたいです。子供は適応力に優れていますね」
俺がそう言うと、人々は少し驚いた顔をしている。そうか、彼らが頑張っていたことが、いま、やっとわかったんだね。
すると、お婆さんが口を開いた。
「あんな坊やでも、人間と仲良くしようと努力しているんだ。狐といっても、みな悪い妖怪ばかりじゃないってことだよ。人間と同じだ。良い人間もいれば、どうしようもなく悪い人間もいる」
(へぇ、いいこと言うね)
「もう、盗みは廃業だ。これからは、もっと儲かることを考えようじゃないか。川沿いには大量に貧乏人が住んでいるからね。リンゴと焼き魚を広めれば、みな、食うには困らなくなる」
みんな、思いっきり頷いている。
「川沿いに広まったら、土手の上の奴らがやってくるよ。まず来るのは商人だ。そうしたら、リンゴの実や種を売ればいいのさ」
「だけど、土手の上の奴らに追い出されたら……」
「川沿いすべてにリンゴの木があれば、もっと川下の五条大橋付近が狙われるだろうよ。あっちの方が、妖怪が少ないからね。狐の坊やがこの付近に出入りしてくれると、ここは逆に安全だよ」
やはり、いい関係だね。あっ、少年二人の気配が消えた。ふふっ、受け入れられているとわかって安心したのかな。
そして、その夜、俺は初めての野宿をした。お婆さんが、わらの敷物を貸してくれたので、それに包まって、橋の下で眠った。
和リンゴが近くに生えているためか、俺はとてもよく眠れた。こういう体験って、面白いよね。
「青空殿〜! 青空殿はおられぬかー!?」
まだ薄暗く時間なのに、数人の武装した男達が、俺を迎えにきた。俺は眠い目をこすりながら、呼びかけに応えた。
「はい、ここです」
弓を背負った人が、俺を見つけて固まっていた。
「青空殿ですか? いったいこれは……」
起き上がってみると、俺のまわりには『護衛』がいた。
『ありがとう、よく眠れたよ』
俺が声なき声でそういうと、『護衛』はスルスルと川辺に戻った。和リンゴが柵を作ってくれていたみたいだ。だから、暖かく、よく眠れたのかな。
「リンゴですよ。俺が守護している品種です。俺が眠れるように、守ってくれていたようです」
「そ、そうですか。もしかして、この付近の川沿いに大量に出没した木々は……」
「昨夜、ちょっと術を使いました。何か問題ですか?」
「い、いえ。景色が急に変わったので驚いただけで……」
「害はありません。管理者は川沿いの住人です。それぞれ一本ずつ管理してもらうことにしました。取りあげたりしないでくださいよ? リンゴの木が悲しみます」
「は、はい。川沿いの草木を取りあげたりはしません。基本、関わりたくないと考えますので」
「それなら良かったです」
「では、参りましょうか」
「ちょっと待ってください」
俺は、借りていたわらの敷物を持って、お婆さんの寝床へ移動した。彼女は、この騒ぎに目を覚ましていた。
「朝早くからすみません。敷物、ありがとうございました」
「青空様、もう行かれるのですね」
「はい、お世話になりました」
「いやいや、とんでもない。こちらの方こそ、大変お世話になりました。お気をつけて」
俺は、やわらかい笑みを浮かべた。
「あの子達が来たら、仲良くしてやってください」
俺がそう言うと、お婆さんは力強く頷いた。
「では、お元気で」
俺は、迎えの男達に連れられ、土手の上へと上がっていった。




