102、平安時代993年 〜和リンゴを食べる
俺は、この「和リンゴ」との縁を大切にしたいと思った。そして、この種の存続に責任を持とうと、覚悟を決めた。
和リンゴは、このままだと忘れ去られ、滅びゆく品種だ。酸味が強いせいもある。西洋リンゴが主流になったことで、必要とされなくなってきたんだ。
でも、滅びに向かう最大の原因は、この種を守る妖精がいないからだ。
それにさっき、頭の中に、かすかな声が聞こえたような気がする。
『浮き島に新たに領地を与える。そして、リンゴから派生した新たなフルーツ王国の王となることを認める』
(ほんとの声? 幻聴?)
気のせいかもしれない。でも、俺が覚悟を決めたことで、俺の中で何かが変わったみたいだ。俺は、和リンゴを守護する。絶滅なんてさせないからね。
そして、きっとこれが、俺が浮き島に戻るための条件なはずだ。声は幻聴かもしれないけど、これだという確信がある。
(それなのに、なぜ見えないんだよ?)
条件は達成できたはずなのに、俺は和リンゴを守護すると決めたのに、どうして浮き島は見えないんだろう?
この時代にも浮き島はある。もしかしたら、無事に現代に戻らなきゃクリアできないのかな?
(あっ、違う……)
そっか。いくら俺が覚悟を決めても、2100年の日本は、いや世界は、いつ滅びるかわからない状態だ。
地上が滅びに向かっているから、まだ条件は達成できていないんだ。ということは俺だけじゃない、十人の王子全員にかかわることだよね。
海底都市の爆破から逃げ出した人工魔物は、あちこちの海に広がってしまった。そして、人間を恨み、滅ぼそうとしているバケモノの存在……。科学者が生み出したバケモノもいたっけ。
一部の精霊の様子もおかしい。精霊が邪にまみれる原因はわからない。でも精霊が邪にまみれると……精霊が精霊でなくなると……怖ろしい悪霊になる。
俺は、バケモノを止めるために、この時代に送られたんだ。そう、無の怪人が取り込み続ける怨霊を減らすために。
とにかく、できることをすべてやらなきゃ。俺は、精霊の使徒だから、きっとこの付近の精霊達にも期待されている。責任重大だ……。
木々を包む光がおさまってきた。すると、一気に枝が伸び、次々と鈴なりに、赤い実を実らせていった。
『実を増やしてくれたんだね、ありがとう』
俺がそう、声なき声で語りかけると、リンゴの木々が喜んでいるのがわかった。ふふ、いい子だね。
俺は、ひっくり返ったまま呆然としている二人の方を向いた。
「リンゴが実を増やしてくれたんだ。人数分だけ収穫するから、キミ達も手伝ってくれない?」
俺がそう言うと、彼らは立ち上がった。素直だね。
俺が近づくと、リンゴの木は、枝を低い位置に下げてきた。これには俺も少し驚いた、
(わっ、気を遣ってる〜)
俺は、小さな可愛らしい和リンゴを、一つ一つ、手で取っていった。甘酸っぱい香りがする。もしかすると、さっきの光で品種改良されたのかもしれない。
袋が欲しいところだけど、何かあったっけ? まさか、魔法袋に入れるわけにはいかないよね。
「これ」
少年の一人が、大きな葉を俺に差し出した。ハスの葉なのかな?
「ありがとう。えっ?」
俺が受け取ると、大きな葉は、風呂敷に変わった。
「わぁ、びっくりしたよ。すごい術だねー」
そう言うと、彼はもう一人の少年をなぜか叩いた。そうか、この行動は照れてるんだ。
二人は、ペチペチと互いに叩いた後は、何ごともなかったように、リンゴの収穫を始めている。
ふわふわと浮かんで、取っては風呂敷袋に入れているんだね。あっ、一人が、口に入れた。でも、俺が見ていることに気づき、いそいそと収穫に戻ってる。
彼の口はモグモグと動いているみたいだ。味は悪くないってことかな?
狐は人間の魂を食べるんだと、会った人達が言ってたけど、やはり普通の食料を食べるんだよね。
「そろそろいいかな?」
俺がそう言うと、少年二人は、駆け寄ってきた。二人とも口がモゴモゴしている。和リンゴを気に入ったんだね。
「二人とも、リンゴばかり食べてると、焼き魚が食べられなくなるよ?」
俺がそう言うと、二人はギクリとした顔をした。
「あい」
「ふふ、素直だね。これからも、リンゴを食べてもいいけど、取りすぎないでね。飢えた人達に食べてもらいたいから」
「いいの?」
「また来てもいいよ。でも、取りすぎないでね。お腹が減って困ったときだけね」
「あい」
彼らが理解できたかは疑問だな。きっとまた食べに来るだろうな。でも、このリンゴによって、種族に関係なく飢えで死ぬ人が、一人でも減ればいいなと思う。
少年二人は、俺の手をつかみ、さっきと同じように、ふわふわと河原へと戻った。
「無事に戻られてよかった。さっき、中洲が妖しく光ったから、心配していたんですよ」
お婆さんが俺の姿を見て、ほっとした顔をしている。そうか、戦乱の火に見えたのかもしれない。
「俺が使った光ですよ。中洲に生い茂っている和リンゴに、少しエネルギーを与えたんです」
「青空様の術ですか。狐火かと言う者もいて心配で……」
「あはは、ありがとう。大丈夫ですよ。あっ、そうだ、焼き魚の前に、よかったらどうぞ。空腹で倒れそうな人もいるみたいだから」
俺は、持っていた風呂敷袋を広げた。すると、風呂敷袋は、ハスの葉に戻った。彼らの術が解けたんだね。
そして、彼らもその上に、収穫した和リンゴをゴロゴロと出していた。でも、風呂敷袋はハスに戻ってない。まだ、中にあるんだろうけど、気づかないふりをしておこう。
「青空様、これは?」
「リンゴですよ。皮ごと食べられるけど、中の芯は残してくださいね」
そして俺がまず、食べて見せた。へぇ、野生の和リンゴのイメージとは随分違う。やはり、さっきの光で品種改良されたみたいだ。酸味は強いけど甘さも強い。甘酸っぱくて、このままでも美味しい。
俺が食べたのを真似して、坊やがリンゴをかじった。
「わぁっ! すごい! 蜜の味がするよ」
それを聞いて、大人達も手を伸ばした。和リンゴは小さいから、一つではお腹が膨れないだろう。でも、みんな一つだけを大事に食べている。それほど食料は貴重なんだ。
(そうだ!)
「皆さん、食べ終えた芯を俺に渡してください。術をかけますから、それをそのあたりに植えてみてください」
でもほとんどの人は、芯まで食べる気らしい。なんだか嫌そうな顔をしている。食べ物への執着がすごいな。
「青空様、これ」
坊やが、惜しそうな顔で、俺に芯を差し出した。




