101、平安時代993年 〜俺達が浮き島に戻る条件
お婆さんの視線は、急に空を見上げている。うーん、悪いけどちょっと覗かせてもらおうかな。
俺は、お婆さんの視線の逆、つまり地面をざっと確認した。透視魔法のようなサーチ魔法を使ったんだ。
(土の中にあるのは、壺?)
あちこちに壺のような物が埋まっている。なるほど、貯蔵庫か金庫なのかな? 取りあげられるとでも思ったのかもしれない。
もともとは、通行人から奪ったんだよね。でも、この橋の下で暮らす人達には、生きるために必要なことなのだろう。
「お婆さん、ご飯の材料は川から集めようと思うので、塩があれば嬉しいんですけど」
「塩? それならあるが……。川から何を集めるのですか。食べ物は落ちていませんよ」
「いま、川の中を覗きながら歩いてきたんですけど、名前はわからないけど、たくさんの種類の魚が泳いでるじゃないですか」
「魚? 川の魚なんて食べると、毒に当たってしまいますよ」
あれ? この時代って川魚は食べないの?
「食べられそうな魚がたくさんいましたよ?」
「腹が減って、かじりついた者がいましたけど、翌朝には死にました。魚には毒があるんです」
「生で食べたんですか?」
「そのようですよ。干物にして食べるのは、海の魚です。川の魚は食べられません。川には死者を流すから、どの魚も毒を持っているのです」
(えっ? 亡くなった人を川に流すの?)
でも、だからって、毒を持たないよね。こんなに川幅が広いし、死体が嫌なら魚は避けるだろうし……。あっ、毒とかで死ぬと、それが川に入るかもしれないけど。
たぶん生食したのがマズイんだよ。いろいろな雑菌や寄生虫がいるだろうから、そのせいで食中毒になったりしたんじゃないかな?
「なぜ、焼いて食べないんですか?」
「ええっ!? そんな、火を操ることなどできません」
「火打ち石とかないんですか」
お婆さんは、考えたこともないみたいだ。でも河原にはいろいろありそうだけど?
「よし、じゃあ、みんなで焼き魚を作って食べましょうか」
「いや、川魚には……」
「大丈夫ですよ。俺が確認します。それに、治癒術の心得がありますから、もし毒に当たったら、毒消しをしますよ」
俺がそう言うと、お婆さんや周りの人達の目は輝いた。さっき、あの坊やの母親の怪我を、俺が治したのを見ていたからだよね。
「それなら安心じゃな」
お婆さんがそう言うと、みんな落ち着かない様子になってきた。それほど飢えているんだよね。でも、改善するには、やり方を覚えてもらう必要がある。
「皆さん、協力してくださいね。働かざる者、食うべからず。お婆さん、役割分担を決めてください。たき木になりそうな枯れ枝を集める人、魚を捕まえる人、大きめの小石を集める人に分けたいんです」
俺の提案に、お婆さんはすぐに頷いた。そして、テキパキと指示を出した。
「どんな魚でもいいだか?」
「はい、食べたいなと思う魚を捕まえてください。できますか?」
「魚くらい、手で捕まえられる。この季節に川に入るのは少し寒いが、食べ物になるなら、わしらはなんだってやるさ」
そしてお婆さんの指示で、みんな一斉に動き始めた。すごい統制力だね。
「お婆さん、俺は、ちょっと中洲に行ってみます。食べられる物が生い茂っているみたいなんで」
「川を渡るのは、大変だよ。途中からグンと深くなるからね。イカダでもありゃいいが、作るには、材料集めに時間がかかる……」
「いえ、大丈夫です。たぶん、あの少年二人が運んでくれると思うので」
「き、狐だよ?」
俺は、柔らかな笑顔で頷いた。彼らにも仕事をさせないとね。彼らが空に浮かぶことができるのは、わかっていた。
もし無理なら、何か魔法を使って中洲に渡ればいい。
「じゃ、ちょっと行ってきますね。お婆さん、塩の用意もお願いします」
「あい、わかった」
俺は、少年二人の方へと近寄っていった。彼らは、話を聞いていたみたいだ。やはり妖怪なんだね。こんな距離で聞こえるなんて。
二人は、俺に手を出した。つかめということかな?
「あの中洲まで運んでくれるの?」
俺がそう尋ねると、二人は頷いた。
そっと手を握ると、二人は同時に浮かび上がった。そして、ふわふわと川を渡っている。
彼らの手から流れてくる不思議な力が、俺の身体を浮かせている。これが妖力なんだね。
万年樹に触れると感じる力とは、随分違う印象だった。万年樹の方は霊力か。なんだか柔らかい感じなんだ。でも、彼らの力は少し重いというか熱いのかな?
もしかして、安倍晴明が言っていた色の話に関係があるのかもしれない。俺は緑だから、陰陽師には強く、妖怪には弱いんだっけ?
そう考えると、なんとなくスッキリした。万年樹の霊力には癒される感じだけど、彼らの力は落ち着かない感じ。でも、嫌なエネルギーではないんだけどな。
「あー、ここで降ろして〜」
「あい」
俺がそう言うと、その場にふわりと降りた。とても丁寧に扱ってくれてるみたいだ。
「ありがとう。すごい力だね」
そう言うと、彼らは互いに見つめ合ってる。なぜか互いにポカポカ殴ったりしてるんだけど……まぁ、放っておこう。
俺は、目的のものに近寄っていった。うん、やっぱりそうだ。なぜこんな場所に生い茂っているかはわからないけど、鈴なりに赤い実をつけている。
(和リンゴだね)
俺は、一本のリンゴの木に触れた。ふふっ、驚かせちゃったかな。でも、歓迎してくれてるね。
『実を収穫してもいいかな? 飢えている人達がいるんだ』
そう、声なき声で語りかけると、俺が触れているリンゴの木は、他の木へと次々と伝達していった。
(ん? エネルギーが欲しいの?)
俺は、木に、リンゴの妖精としてエネルギーを送った。なぜだろう? 無意識なんだけど……俺が支配する、そんな意思を込めた。
「わぁぁ」
二人の少年は、驚き、ひっくり返っている。
中洲の広い範囲に生い茂っている和リンゴの木々は、やわらかな光に包まれたんだ。
(あれ? もしかして、この感覚……)
俺は、身体に異変を感じた。悪いものではないけど、俺の中に何かが生まれたんだ。責任感? いや、違う、もっと強い何か……声?
俺は、そーっと空を見上げた。
(あれ? 見えない)
だけど、絶対これだ。確信を持って言える。
精霊ルーフィン様から与えられた使命……俺達が浮き島に戻る条件は種族の繁栄。
平成時代では資料を見ただけだった。
戦国時代では、和リンゴが縁で織田信長と知り合い、そして本能寺の変の後、和リンゴに助けられた。
平安時代、ここに来て、俺は……。




