1、プロローグ
プロローグは、世界観というか背景説明です。少し暗いですし、読み飛ばし可です。
9話目までが説明回になっています。
「さぁ、皆さん、いざ地上へ」
俺は、精霊ルーフィン様が用意された転移魔法陣へと、足を踏み入れた。
俺達の見た目は、精霊ルーフィン様のチカラによって、人間の姿に変えられている。
磨き上げられた床に映った自分のパッとしない姿に、俺は戸惑いを感じた。髪の色は黒く、顔はのっぺりとした印象だ。人間って、こんな地味な顔をしているのかな。
「地上の千年樹には、ダンジョンがあるらしいぜ。今年から人間社会で、レベル制が導入されたからだってさ」
「千年樹のダンジョン? レベル制?」
「地上では、ダンジョンでレベル上げするのが流行ってるらしいよ。春までに、どれだけレベルを上げられるかが勝負だよな。普通の人間より低いと悔しいもんな」
「春から人間の高校に転入するんだっけ?」
「あぁ、その前に、各地の千年樹巡りをしたいよな。王子ってモテるらしいぜ」
「ふぅん」
地上に降りる緊張からか、俺達はいつも以上に騒いでいた。
そんな俺達に優しい笑顔を向けていた精霊ルーフィン様が、最後に言った言葉は、俺には、なぜか遺言のように聞こえた。精霊は死ぬわけないのに、変だな、俺。
「皆さん、期限は三年です。条件を満たせば、この島が見えるようになります。もしも何かに迷ったときには、万年樹を頼りなさい。どうか元気で。たとえ会えなくても、あなた達が忘れてしまっても、私はずっと見守っていますからね」
太古の昔より、この星には妖精達が住むいくつもの島がある。地上に暮らす人間の目には見えない、空に漂う浮き島である。
今、その島のひとつが、お祭り騒ぎになっていた。今年、地上では、すべての果物が数百年に一度の大豊作となったのだ。
「地上がこれだけの豊作なら、どの国にも王子が誕生するであろう。やっと世代交代の時期が訪れたのぅ」
フルーツの妖精を統べる精霊ルーフィンは、にこやかな笑顔で妖精達に語りかけた。
そして、その言葉通り、浮き島のすべてのフルーツ王国では、王子が誕生した。
この新たな幼い妖精達が成人を迎えると、この島のすべての国で一斉に、世代交代の儀がとり行われる。数百年ぶりの王子の誕生に、島は歓喜に包まれた。
だが、その翌年に異変が起こった。
地上では、星の温暖化の影響を受けて、異常気象が続いていた。そして、再び、数百年に一度の大豊作となったのだ。
「困ったことになったのぅ。今年も王子が誕生してしまう国があるかもしれん」
「ルーフィン様、そんなことになれば、後継争いが起こりかねません。ここは慣例に従うしか……」
「そうじゃな。後継争いが起こると国が滅びかねない。もしまた王子が誕生してしまったら、慣例に従い、第二王子には地上に降りてもらおう。だが……」
精霊ルーフィンは、苦い顔をして呟いた。そして、しばらく目を閉じ、じっと考え込んでいた。
集まった妖精達は、彼の言葉を待った。
やがて精霊ルーフィンは、ゆっくりと目を開けた。そして、この場にいる妖精達の顔を、ひとりひとり確かめるように見回した。彼は、やわらかな表情で口を開いた。
「だが、知恵のある者は、この妖精界の発展に必要だ。条件を満たせば、戻ることを認めよう」
「では、知恵のある第二王子が戻ったときには、新たな領地をお与えになると?」
「うむ、領地が増えれば、そのフルーツは地上でも進化発展するじゃろう。戻った第二王子は、そのフルーツから派生して生まれた新たな品種と考え、新たな領地を与えることにしようか」
そして精霊ルーフィンの不安は的中した。
今、この島が浮かんでいる下には、日本と呼ばれる島国がある。この国の影響を強く受けた、10のフルーツ王国に、第二王子が誕生したのだった。
それから時は流れた。
第一王子は18歳の成人を迎え、世代交代の儀により、一斉に新国王に指名された。これから国王補佐見習いの期間を経て、三年後に、正式に国王の地位を継承することになる。
一方、第二王子は、生まれた日から精霊ルーフィンの館に使用人として住まわされ、地上のことを学んだ。
そして、とうとう別れの日が、やって来た。
俺は、この島で二番目に大きな、リンゴ王国の第二王子として生まれた。一つ年上の兄貴とは離れて暮らしている。
兄貴は父さんから、帝王学というものを学んだらしい。子供の頃から、自分が王になったときには、もっと国を大きくして、バナナ王国からトップの座を奪うと意気込んでいた。
「兄さんを、俺は人間として応援してるよ」
「何を言ってるんだ。おまえは必ず戻ってこい。リンゴ王国として、領地が広がるチャンスなんだぞ」
「でも、戻っても別の領地だって、精霊ルーフィン様が言ってたよ」
「リンゴの妖精であることに、変わりはないだろ? それに、おまえがここに戻れず、完全に人間になってしまったら、もうおまえとは、何も話せなくなるじゃないか。人間には、浮き島も、浮き島の妖精も見えないんだぞ」
「うん、だから別れが辛くないようにと、俺達は精霊ルーフィン様の館で育てられたんでしょ」
すると兄貴は、黙ってしまった。兄貴は、言葉遣いが乱暴で野心家な反面、涙もろい。
「まぁ、それなりに頑張ってみるよ。兄貴、いままでありがとう」
兄貴は、プイッとそっぽを向いた。
そのとき、ブォーンと、時を知らせる貝が鳴った。
「じゃあ、行くね」
俺は兄貴に背を向け、精霊ルーフィン様の待つ館へと歩き出した。兄貴が俺を見送っているのがわかったけど、俺は振り返ることができなかった。
離れて育ったのに、やっぱり別れは辛いじゃないか。俺は……ここに戻ってくることはできるのかな。
(自信、ないな……)
皆様、目をとめていただき、ありがとうございます。
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