第75話守り手来たりて
投稿遅れました、申し訳ございませんッ。
【時刻・西暦2127年7月25日午前0時53分。場所・山梨県第2区某所】
一体、あとどれだけの距離を歩けばいいんだろう。
月明かりが薄く照らす、影みたいな闇の中で1人立ち止まった私――レーナ・アルファーノはまだ見ぬ“その場所”に思いを馳せた。
場所は、夜とあってか交通量がほとんどない上り坂。私は歩道から外れ、道路の真ん中を歩いていた。
「…行か、なきゃ……ッ」
一瞬、果てしない無力感に折られそうになった心を、掠れた声で補強し再び私は歩き出す。
けれど、その体中を錆び付かせたロボットのような速度でしか進めない足が、別方向から無力感の拳で私の心を殴り付けて来る。何度も、何度も、歩みを進める度に。
――くや、しい……っ。
治癒魔法のお陰で、自分で半ば以上まで噛み千切った舌が完全に治った後、私は刃君とレイン君の2人とは別行動を取っていた。
外部との通信を遮断している魔法の結界に近付き、私の魔力で壊して外から応援を呼ぶ為だった。
刃君から預かった通信用魔導具は右の二の腕に着けている。
そして、通信先は刃君が信頼する大人らしく、事前にこの黒い腕輪に通信番号は登録してもらってある。
あらかじめその人と決めていた緊急時用の連絡方法で、言葉は必要なく、こちらからコールするだけ。
相手が気付けば、発信源を辿ってそこに駆け付ける。刃君曰く、通信の発信元である私の前に直ぐ様現れるらしい。
…それを任されたのは、私が弱いからだって気付いていた。
弱くて、あの神父の人から友達を護れなかった。護れず、傷も負った。
その2つの事実が、私と別行動を取っているあの2人に決断させたんだ。
私を戦線から遠ざけ、護る為にと…。
「それ、でもっ…行かなくちゃ……ッ」
この状況を覆せる人を呼ばないといけない。
今頃、ジンタ君が呼んでいるはずの応援――特魔部隊よりも、ずっと強い人を。
刃君も言っていたけど…それ以前に、戦闘経験の乏しい私でも、一度戦ってみてあの神父の人が強過ぎるって分かった。しかも、私の見立てだとあの人は、文字通りの意味で目的を達成させるために手段を選ばない。…そんな悪意を放ってたから。
そして現状、例の結界を簡単に壊せるのは、あらゆる物を消滅させる破壊の魔力を持つ私しかいない。
加えて、刃君の信頼している人が本当に信頼していいのか…悪意の判別が可能な私になら、その判断が出来る。
だからこそ、この役目は私がしないとダメなんだ…。
ダメな、はずなのに――
「動い、てよッ、動いてよ……!私の、足…っ」
不意に足が縺れ地べたに這いつくばった私は、頬にアスファルトの硬さを感じながら右の拳で太股を何度も殴る。
体は既に、体力のほとんどを使い果たしてしまっていた。
「お願い、だから…ッ」
傀儡魔法によって、身体強化魔法を使い何度も無茶な動きをした上に、脳のリミッターを外し筋力を最大出力まで引き上げ戦い続けた私はもう動いて良い状態じゃなかった。
それは治癒魔法を施してもらっても変わらない。
あの魔法じゃ、怪我は治せても失った体力は治せないし、傷の回復に余力を更に持っていかれる。
それでも、進み続けなきゃ私は大切な人達を失う。
「く、ぅッ……」
動かない足にやっと見切りをつけ、私は地面を這い再び前進を始めた。
少しでも力を温存させる為に治療を中断させた影響で、未だに残る掠り傷と筋肉の炎症が、普段以上に痛みを訴え掛けて来ている。
けれど、痛みのお陰でネガティブな思考に割く意識が減っていて、寧ろありがたかった。
もしかしたら、その為に無意識の内で、一時的にこの鈍痛達に白を切る事を止めたのかもしれない。
――ズシンッ、ズシンッ…。
「えっ……?」
重い音が二度、私の鼓膜を微かに震わせた。
結界の端へと向かう途中、何度も聞いた音。
恐らく、刃君達の戦闘によって引き起こされ何度も生まれた地響き。
でも、違う。音は同じでも、地面は揺れていない。音量も大きくない。
何より、音はもっと近くから聞こえた物のような気がした。
「そう…だッ…」
ズボンのポケットの内側へとおもむろに右手を伸ばす。
探る手に微かな閉塞感を感じつつ、その中で小石を触ったような感覚が指先から伝わって来た。
掌でその感覚を抱き締め取り出すと、手の中に握られていたのは予想していた通り漆黒のネックレス――収納用の魔導具だった。
――ズシン…ズシン、ズシンッ……。
「……ッ」
音が近づいていくのを耳の奥で感じながら、私は手に持つ魔導具に意識を集中させた。
直後、背後の虚空より現れた白衣がひらひらと私の元へ舞い降りた。
膨大かつ凶悪な魔力の保持者として、国からの様々なサポート受けて生活する私に支給された、服の形をした魔導具だ。
それが持つ能力は、あのコートみたいな特魔部隊の隊服と違い索敵に特化した性能で、
「魔力感知、実……行…ッ」
直後、魔導具の力によって強力な魔力反応を2つ確認した。
しかし、気付くのがあまりに遅すぎた。
「――ッ!」
ズシンッ、という内臓に響くような重い音と共に、今度こそ大地の震えが私の全身へと伝わって来た。
同時に、視界に映っていた闇夜の黒が深みを増した。
俯いていた頭を、視線と一緒に挙げる。
――そこには、鷲の姿を形取った、クリスタルモンスターの怪しい紫色の巨躯があった。
「な、なんで…?」
訳が分からず、私はただ呆然とした表情で、その不気味な色を宿した半透明な結晶体を眺めている事しか出来なかった。
――その無理解が、数秒という逃避の為の時間を奪い去っていったのにも気が付かずに。
「――――――ッ!」
次の瞬間、クリスタルモンスターの鋭い鉤爪が、咆哮と共に私を押し潰すように降って来た。
「……ッ!」
真横に地面を転がり、私は直撃寸前でそれを回避。
でも、安心なんて全く出来なかった。意識の片隅に、もう1つの魔力反応を捉えたままだったからだ。
「く、ぅ…ッ」
転がる体の勢いを利用して立ち上がったと同時、私は背後の魔力反応――もう一体の蝶の姿をしたクリスタルモンスターへ体の前後を反転。
突き出した右の掌に魔力を集中させるイメージを脳裏で展開。
思考とは裏腹に、先天性魔力操作機能不全である私の手に魔力はほとんど集束しない。
けれど、準備は整った。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ……!」
直後、掌の中央より怪しい光を放つ赤黒い私の魔力が、一気に膨れ上がり、昆虫型の結晶体を飲み込んだ。
そう、私は魔力の制御能力が著しく低いだけ。お陰で魔法は使えないけど、魔力の放出自体は、その勢いを落としづらい事に目を瞑れば問題なく行える。
つまり、集めた魔力の中へ更に魔力を送り込めば、今もなお眼前で膨らみ続ける巨大な赤黒い球体が出来上がる。そして、風船の原理で掻き集めたそのエネルギーの塊にも、当然ながら許容限界が存在し、
「こ、れ…でぇぇぇぇぇ!」
視線の先で翼を広げ、こちらへ向かって来ようとする鷲の形をした結晶体が、右手の先にある巨大な球の前方への爆発に巻き込まれた。
何とか2体のクリスタルモンスターの破壊に成功した私は、安堵し、次の瞬間に強烈な焦燥感に襲われた。
魔力反応が、もう2つ現れたのだ。
それも猛烈な速度で。しかも、明らかにこちらへ向かって来ていて、多分その正体は……。
「これ、って……」
断定して良いと思う、これは敵の攻撃だ。
でも、それでも――
「進まなきゃ…」
不意に、視界と意識が一瞬霞み、よろけた体を足で地面を踏んで支えた。
「進、むんだッ…。今じゃ、なきゃ……!わた、しは…」
後悔したくない。
何故か、今動かなきゃ、私は多くの物を失いそうな気がしていた。
そして、動かなくなったはずの足が、さっきの危機で脳のリミッターが外れ再び動いている…その今しか歩く事が出来ない。意識も、少しでも気を抜けば直ぐにでも消えてしまう。
「……っ」
意識の端に、2つの魔力反応が私のもう直ぐ近くまで迫っているのを確認しながら、両手を胸の前まで運び、
「破壊…」
――パチンッ。呟いた後一拍し、乾いた音を生み出した。
同時、その何かが弾けるような音と直前に発した言葉が脳裏に描いていたイメージを補強し、私を中心に赤黒い魔力が球状の波動となって放たれる。
刹那の内に消えたそれは、私の視界の端に映っていた猫を型取った2つの結晶体を容易く掻き消した。
歩みは鈍く、しかし足は確実に前へと進んでいく。
「…………………」
一体、あとどれだけの距離を歩けばいいんだろう。
そんな思考が、再び脳裏を過った。
どれだけの時間進み続け、どれだけの距離を進んだのか、もう感覚すら残っていなかった。
それでも、進み続ける理由はまだ確かに存在していた。
心が折れて止まる事だけは、徹頭徹尾ないだろう。
けれど、何時この体が意思に付いて行けなくなっても不思議じゃない。
だからこそ、考えないようにしていても考えてしまう。
一体、あと――
「あっ……!」
目が一瞬、また霞んだ。
大きな魔力反応を感じた。多分、クリスタルモンスターの物だろう。
でも、そのどれもが今はどうでも良かった。
上り坂となっていた道路の頂上。次の一歩を踏み出した私の右足の爪先が、虚空にぶつかった。
「あぁ…あぁっ、やっと……やっと、着いた…………ッ」
思わず、胸の奥から、熱い何かが込み上がって来た。
少し遅れて、両目から熱い物が溢れ、はらはらと零れ落ちていく。
「…でも、まだ、まだだよね…。うん…分かってる……だからッ…!」
クリスタルモンスターが間近に迫って来ている事実を意識の隅へと追いやって、すっと右手を伸ばすと、掌が魔法の結界に触れた。
その手から魔力を流すと、赤黒い光が結界を溶かすように破り、小さな穴が生まれた。
結界は修復されるようで、掌サイズのその穴は塞がり始めた。
しかし、それも一瞬の事。更に流し込まれた万物を消し去る破壊の魔力には抗いきれず、結界に出来た穴は徐々に広がっていく。
最中、私は通信用魔導具を左手で操作して、登録された例の通信番号を選択しコールボタンを押した。
「これ、で…結界の、外に…」
魔力の放出を止め、結界に作った巨大な円状の裂け目の中を、私は一歩踏み出した。
その直後、体に本格的な限界が訪れた。
意識が遠のき始め、ぼやけた視界の端にアスファルトの地面を捉えた。
――あぁ…これ、倒れようとしてるんだ、体が……。
ズシンッ、という音と魔力反応から、クリスタルモンスターが背後にいるのを感知しつつ、私はそれを悟った。
――まだ終わって、ないのに…駆け付けた人がどんな人なのか、見なきゃ…いけ、ないのに……。
悔しいな、と思った。
自分の非力さが。
最後まで成し遂げられなかった事が。
――でも、何とか…助けは呼べた…。
こんな幻想、抱いてはいけないのかもしれない。
こんな未来、祈ってはいけないのかもしれない。
だって本来それは、私自身が確かめなければならないものだったから。
けれど、そうせずにはいられなかった…。
――あぁ…助けに来てくれた人、優しい人だと…良いなぁ……。
そうして、迫り来る強烈な速度を伴った後方からの攻撃に、最期を予見し、
「――よく頑張った、100点満点だ。…だから、後の事は、私に任せておくといい」
体に伝わってくるはずの強い衝撃は襲ってこなかった、何時まで経っても。
代わりに、頼もしい声と共に私の胸に腕が回され、体を支えてくれた。
直後、硝子が砕けるような聞こえた。
「…うんッ」
朧げな意識の中、その声に安堵しながら、私の口からは無意識にそんな言葉が零れていた。
胸に宿った安心感は、完全に気を失うまで消える事はなかった
文月です。
うん…よく頑張りました、うちの子(涙)。そんな気持ちでいっぱいでございます。
…っと、まぁ所謂、火事場の馬鹿力状態のレーナだった訳ですが、文月もその状態に持っていって執筆を頑張らねばッ…。次回は諸事情により、投稿が出来ないかも…ですので。はい、頑張ります…。
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・べ、別にアンタの作品がちょっと良い感じだって思っただけなんだから!勘違いしないでよね!
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