第69話再戦の狼煙
未だ僅かに立ち昇る土煙を、刀を横に一閃し薙ぎ払った俺―――桐島刃はクレイムを睨み付けた。
微風に当たり揺れ動く、腰まで伸びた黒白の長髪を置き去りに、その神父は唖然とした表情で俺を見つめていた。
「…キヒッ、オイオイ随分と笑わせてくれンじャアねェの、ジョークにしちゃ気合入り過ぎだぜェクソ野郎。なァンでテメェが俺の目の前に立ってやがるゥ?」
途端苦虫を嚙み潰したような表情になった顔を、おどけた調子と笑みで繕いこちらに尋ねるクレイム。
対する俺は、それを無視して背後に座り込んだ晶花を一瞥する。
宝物を持つように晶花に抱き抱えられた絆は、気絶しているもののまだ息はあった。
「晶花、レインは?」
「あ、えと…そのッ…、レイン君は、私の目の前で……」
晶花の反応だけで、ある程度の事情を俺は察した。
悲しむはずだ、怒るはずだ、自らの無力感に苛まれるはずだ。
本来はそうでなくてはならないし、そうでありたい。
「でもレイン、お前は多分、んなこと望まねぇよな。それに…」
呟く俺は、直後刀を片手に構え、その切っ先をクレイムへと向けた。
レイン・バレットの優秀さを誰よりも知り信頼している俺は、誰よりもその死を疑っている。
訪れるはずの感情の起伏がないのは、きっとその所為だ。
そう、心の中で納得しながら…。
「ンだァ?まさかまさかァ、この俺様ともう一度殺り合おうってェのかよォ。自分の格好見て思い出せェ!刃の折れた刀に、血潮と血反吐で汚れたボロボロの服ゥ、それがテメェに教えるはずだァッ。今目の前にいる怪物から受けた敗北の味を―――」
「…はっ」
「あ?何笑ってやがるゥ」
「いや、お前も大概ジョークって奴が好きみたいだと思ってよ。…なぁクレイム、俺が何時負けた?」
俺の台詞により、数秒間静寂に包まれた周囲。
その僅かな時間の内に、言葉が秘めた意味を理解したクレイム。
直後、笑い出す、笑い出す、狂気に満ちた声で奴が笑い出す。
「キハッ!言いやがる、ほざきやがるゥ!あァそうだ、そうだったなァ!?どれだけ結果が見えていようとォ、殺し合いの勝敗はどちらかあるいは両方の死を以て決するッ。全く全く、あァ全くもって鬱陶しいこったァ!だが、なァに安心しろォ、こンな分かり切った結果にすら死の恐怖で辿り着けない、迷える子羊を導くのが神父の役目ってもンだァ。さァ、使命を果たそうじャアねェか―――早々に、よォッ!!」
―――光波。
刹那、魔法陣を目の前に浮かばせたクレイムが、その魔法を発動させた。
殺傷能力のない、ただの強烈な閃光を生み出す魔法。
しかし、この暗闇の中では、それは脅威足り得た。
避ける暇も与えず、魔法の光が俺の視力を殺した。
世界から視覚だけを切り離され、その無理解が俺を苛む―――事はなかった。
微かに感じる、クレイムの魂の内に宿る魂獣の気配。
奴や俺が結晶術を使っている訳ではない。
ただ、それを察知する、ある種の“嗅覚”が鋭敏になっただけ。
だからこそ。
「避け、た…だとォ…ッ!?」
前方より奴が放った魔力による白い光線を、俺は半身になって回避した。
しかし、これで終わりではなかった。
驚愕するクレイムの姿が搔き消え―――直後、奴が背後より現れ右手で繰り出す手刀。
鋭く研ぎ澄まされた魔力の刃を纏ったそれは、振り返った俺の刀に受け止められた。
「光を魔法で屈折させて虚像を実像に見せかける魔法、か…」
「へェ…よく見抜いたなァ桐島刃」
「悪いが、今の俺にそんな小細工は通用しないと思っとけ。何せお前の体から、魔力から、魂獣の気配を感じ取れるんだから、なッ…!」
鍔迫り合いの中で魔法により自身の体を強化し、次の瞬間、力任せに薙ぎ払うクレイムの手刀。
直後、刃折れの刀で放つ刺突。
後方へ跳躍しそれを回避し、クレイムは舌打ちしながら着地。
刀を構え、視界の先に立つ奴を見据え、俺は刀に魔力を纏わせながら魔法による肉体強化を加速させる。
それに伴い、身に纏う純白の魔力はその輝きを増していく。
「キハハハハハッ、さっきから何だその目はァ!?前回殺り合った時ァ、もっとまともな奴だと思ったが、今じゃ一丁前にこの俺に勝とうとしてやがらァッ!ハッ、付け上がりやがって、勘違いも甚だしいだろォが。あァあァ嗚呼ッ、むしゃくしゃしやがるド畜生がッッ。キヒ、キハ、キハハハハハハハハハハハハハ!!」
喜怒の混ざった歪な台詞と共に、クレイムは自身の体を軸として大量の魔力を放出させ、純白の光の乱舞を巻き起こす。
直後。
「―――第一形態ォ…!あァァァァァァァァァァァァアアッ!!」
周囲で激しく渦巻く魔力の嵐を一気に散らし、獣の咆哮のような声を上げて大地を蹴った。
それにより、瞬時に俺との距離が収縮する。
挙動全てが敏速と化し、魔力の刃を伴った右手の手刀が頭上より俺を襲う。
死が迫る、痛みが始まる―――そのはずだった。
「な、ァ…!?」
純白の輝きを纏った手刀が振り下ろされた時既に、俺は半身になってそれを避けていた。
驚愕に動きが止まったのも束の間、奴は手刀を一気に斜めへ切り上げる。
しゃがみ、それを回避した俺の視線の先に―――クレイムの姿は既になかった。
その居所は俺の背後だと知っていた。
次の瞬間、鮮血が宙を舞った。
「……」
「―――ッ!?」
奴の横薙ぎの手刀が振り向きざまに、頬を切り進めながら傷口から少量の血液を奪い去り、直後に振り払って宙に散ったのだ。
俺は動じず、対するクレイムは動けずにいた。
強張った顔の直ぐ下には、刃折れた俺の刀が寸前のところで静止していた。
別に俺が強くなった訳でも、ましてや眼前で固まる長髪の神父が弱くなった訳でもない。
ただ、以前よりも見えるようになっただけ。
前回の奴との戦闘は、もっと速く、暴力的で、圧倒的だった。そう、全身の感覚を極限まで研ぎ澄ませ、これまでの戦闘経験で培った直感なんて曖昧な物まで使わなければならなかった程に。
だからこそ、それに慣れた。
力を隠し戦う今のクレイムの動きは以前より遅く感じられ、実際遅く、次の動きの予測が可能だった。
「…何の、つもりだァ……」
喉元の直前で止まる、白を纏った銀色の刃に意識を向けつつクレイムが俺に訊く。
「テメェ、どォして攻撃に殺意がねェ…」
「…馬鹿らしいからだ」
「あ?」
「馬鹿らしいんだよ、殺すとか殺されるとか、死ぬとか死なないとか。さっき思い出したんだ、俺は誰も殺したくないし、誰も死なせたくない、自分が死ぬのだって嫌だ、だから戦ってんだって…。だから、俺は敵も殺さない、お前も殺さない」
「ハッ、それで俺を見逃して、それで全部解決ハッピーエンドってかァ?笑わせてくれやがる。そのご都合主義でお花畑なテメェの考えを、今から叩き潰して―――」
「やってみろよ」
「は?」
言葉を発するのと同時、俺は刀を横に一閃。
それを後ろに跳躍し、クレイムは回避。
俺は奴を睨み付けた。
「確かにお前は強い、今の俺よりも遥かにな。けど、やれるもんなら、やってみろよ。―――全力でそれを止めてやる…ッ」
だが。
「キ、キヒ…ッ」
クレイムは狂気に満ちた笑みを浮かべ。
「キハハハハハハハハハハハハハハハハッ…!」
笑い、嗤い、嘲笑い。
「黒の十字架ゥ!!」
刹那、奴の姿が俺の直ぐ目の前まで瞬時に移動してきた。
見えた動き。
それに咄嗟に反応した体。
だが、間に合わない、間に合わない、回避が間に合わないッ…。
クレイムの足元の地面に浮かぶ黒い十字架の効力が、それを不可能にさせていた。
刀を前に出し、防御の構えに入る。
しかし。
「カ―――ハッ…!」
刃の防御を躱したクレイムの拳が、俺の腹に突き刺さる。
吹き飛ぶ体。
地を靴裏で擦り、落とすその勢い。
激痛を無視し、体の前面を夜空へ振り向かせる。
「んんッ…!」
鳴り響く金属音を両耳で聞きながら、魔力を纏ったクレイムの手刀を俺の刀が受け止めていた。
「あァァァァァァァァァァァァァアアッ!!」
上から叩きつけられたその攻撃を弾き返そうと気張り叫ぶも、先程喰らった拳に内臓を壊され吐血、力がまるで入らない。
強烈な痛み、痛み、痛み、そして神父の手刀に押し負ける。
「ぅ、ぐッ……」
肩口から左胸にかけて、大きく切り裂かれた。
ほぼ同時、飛び散る鮮血。
土を付けた片膝。
狂ったような笑みを浮かべる神父が俺を見る。
「キヒッ、脆いもんだな、儚いもんだなテメェの意思は。ここで終わる程度だ、残念残念。さァ祈れ、苦痛なき死を」
「神に、か…?悪いが、んなモンより、俺は自分や仲間を信じる。それに、何だって、お前はもう俺に勝った気でいやがる…」
そう言葉を俺は吐き捨てる。
「キッ、クハ、キハハッ!…だァかァらァ……キヒッ―――付け上がってんじャアねェつってンだろォが!!」
煽られ、純粋な怒りを露にしたクレイムは、手刀を力任せに横に一閃。
それを俺はギリギリで受け、吹き飛んだ。
地面を激しく転がる体。
それが止み、おもむろに立ち上がると、目の前は。
「消えろォ」
クレイムの短い言葉と共に、純白の光に包まれた。
絶体絶命、死の危機、こんな魔力の塊は受け止めきれない。
しかし、そんな思考とは裏腹に俺は内心、こうほくそ笑んでいた。
―――舞台は整ったぞ、エリア。
文月です、今回は途轍もなく久しぶりの主人公回でした。もちろん次回も主人公回です。何故って彼、主人公ですから。
では、また次回!
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