第65話エリア
―――気が付けば、闇の中にいた。
この漆黒の世界を、俺―――桐島刃は知っていた。
「確か…ここは、精神世界……だったか?」
光源がないはずだというのに、自身の体だけはハッキリ視認する事が出来る事を確認しながら呟く。
恐らくこの推測は正しい。
しかし、どうして精神世界に来てしまったのだろうか?俺自身の意思で訪れた訳でも、それが出来る訳でもないのだ。
そもそも…と思った瞬間、俺は気付いた。
「…ッ。そうだ、俺はそもそも死んだんじゃなかったのか……!?」
自身の心臓がクレイムの三叉槍に貫かれた後、俺の体は地面に倒れ、そのまま意識を失った。
それが、ここに来る前の最後の記憶。
そう、俺は死んだはずだった。
『馬鹿言ってんじゃないわよ、アンタがあの程度で死ぬワケないってのよ。馬鹿にも程があるわよアンタ』
不意に、聞き覚えのない声が俺を罵った。
闇から、現れて来たのは少女だった。
ウェーブの掛かった長い金髪に、勝気な深紅の瞳。
顔立ちは人形のように整っており、日本人の顔ではない。
身に纏っていたのは、赤いフリルが付いた、闇に溶け込むような漆黒のゴスロリ服だった。
…というか。
「ちっさ!小学生じゃねぇ―――」
『高校生に決まってんでしょうが、こんッの大馬鹿ぁぁぁぁああッ!!』
言い切る前に、少女のドロップキックが俺の顔面に炸裂した。
見事に吹き飛んだ俺は、無いはずの地面に転がるという不思議な体験をした。
「な、何…しやがる……ッ」
『うっさい馬鹿ッ、アンタがこのアタシに失礼な事ほざくからよ!』
目の前で仁王立ちする少女の声を聞きながら、俺は彼女の方を向き胡坐をかいて座った。
顔を見てみると、そっぽ向いて唇を尖らせていた。
こういう態度を取っている辺り、本当に子どものように見えてしまうのだが、どうやらこの少女は高校生らしい。
つまり。
「そうだな、今のは俺が悪かった。ごめん」
『ふ、ふんっ、分かればいいのよ』
素振りはそっけなかったものの、少女は満足気な表情だった。
意外に純粋な性格の持ち主らしい。
―――敵…じゃないみたいだな。
殺意、殺気が感じられない。
一安心した俺だったが、次の瞬間、空気が変わった。
『さて、それじゃ本題に入ろうじゃないのよ―――桐島刃』
「…なッ、お前俺の名前、何で知って…!」
『お前じゃないわ、アタシの名前はエリア・スカーレット。というか黙んなさい、今アタシが喋ってんのよ。…で、それで、アタシ言いたい事があるワケ。簡単に言うとだけど…』
一瞬の沈黙、その後に自らをエリアと名乗った少女は言った。
『アンタ、何あの程度の敵にビビッてんのよッ』
誰の事を言っているのか分からなかった。
『クレイム…だったかしら?アイツなのよアイツ』
「おい、待てよ。そんなの当然だろうが!奴は俺なんかじゃ相手にもならなかった。けどな、怯えを外に出したつもりも、それが原因で負けた訳でもない。勝敗なんて、初めから決まってたんだよ」
『だから、冷静に時間を稼ごうとした…そう言いたいの?』
「…あぁ、そうだ。けど、結局無意味だった」
クレイムには、もう1人仲間がいた。
きっと今頃、その仲間にレイン達が襲われているのだろう。
『ったく、そういうのをビビってるっていうのよ』
溜め息を付くようなエリアの声に、俺は思わず何か言い返そうとした。
だが、その前にエリアが俺を笑った。
『勝てる、勝てない?出来る、出来ない?笑わせんじゃないのよ、桐島刃ッ』
「……ッ!」
気迫に気圧された。
それ以前に、心の奥底でざわめきを感じた。
『どれだけ理屈を捏ねたって、所詮アンタは、是が非でも我を通そうとする質の大馬鹿野郎でしかないのよ』
そして、自覚してしまった。
俺は自分を押し殺していた。
本当は全てを守りかったのだ。
『分かったのなら、力の差など関係ないと言って傲慢に成りなさい、そう言っていられる程の力を強欲に欲しなさい、この馬鹿』
「……馬鹿はどっちだ、現実的じゃないだろそんなの」
『安心なさい、馬鹿はアンタよ。でなきゃ、私達に選ばれる訳ないわ』
エリアは俺を指差して言った。
『魂が弱くて不完全、想いだけが先走っただけの欠陥品の器。けどね、アンタはこの100年間で唯一生まれた適合者、それは確かなのよ』
「……?」
『はぁ…この馬鹿馬鹿馬鹿ッ。なんッで分からないのよ!強制的に口止めされてんだから、これがアタシが出せる最大限の情報なのよ。もっと言葉の意味を咀嚼しなさいよ!』
「…って、言われてもな」
『適合者』という言葉が、何を指すのか全く分からない。
俺が一体何に選ばれたというのだろうか?
『ふん、まぁいいのよ…この際だから行動を起こすのも悪くないわ。やってやるのよ…』
「お、おい何ブツブツ呟いて…」
どうやら、この金髪少女はかなり我が儘らしい。俺の言葉など聞いておらず、次の瞬間、こちらにこう尋ねて来た。
『ねぇアンタ、このアタシに喰われてみない?』
「…は?」
『ったく、ホント鈍いのよアンタ。…じゃあ、こう言えば分かるかしら。桐島刃、アタシと組んで強くなりたくない?』
「……」
『ちなみに言えば、喰われるっていうのはその過程でそうなるかもしれないって意味よ。まぁ、覚悟がないなら止めて―――』
「やるよ……それで強くなれるなら、俺は、何だってやるよ」
エリアの言葉を遮って、俺は言った。
強く、なりたい。今よりも、クレイムよりも、誰よりも、俺は強くなりたい。
俺はもう誰も失いたくない。
『…なるほど、やっぱり無意識にアタシ達の記憶…というよりも意思に少しずつ侵食されてるわね。これじゃ、ホントに喰われて終わるかも』
また何かを呟いた後、エリアは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
『まぁ、どちらにしても、もう決まった事なのよ桐島刃。じゃあ、出血特別大サービスに、アンタに教えてあげるわ』
「?…よく分かんないけど、ありがとう?」
『ふんっ、別にアンタの為じゃないんだから。これは極論、全部アタシの自己満足なのよ。分かったら、アタシの為に一言一句記憶に刻み込んどきなさい、このド馬鹿ッ』
言って、言葉を続けようとした直後、エリアの顔に小さな亀裂が走った。血が出る訳でもなく、しかし、亀裂は徐々に広がっていく。
「お、おいエリアッ……」
『気にしなくてもいいわ。これから話す事は皆の総意じゃなく、アタシの独断だから止められてるだけなのよ』
「…皆?」
『まぁ、それについて話す時間はないわね』
エリアの足は既にヒビだらけ。
そんな風に下半身から崩れ始めようとしているというのに、しかし、それを気にした様子もなく彼女は俺に言った。
『桐島刃、何でアタシがアンタの名前を知ってるか気になってたわね。そんなの決まってるわ、アンタの中に―――もっと言えば魂獣の中にずっとアタシがいたからよ。言ったでしょ、桐島刃は選ばれた。だから、アンタの結晶術は他の奴等とは別物。だから、その術者が簡単に死ぬワケないって話なのよ。…まぁ、今回は別の理由で復活したんだけどね』
「…復活?じゃあ、やっぱり俺は死んでないんだな!?」
『初めっからそう言ってんでしょうが…。そうよ、アンタの相棒の魔法でね。ほら、何かネックレス貰ってたじゃない?』
そういえば、レインが俺にくれたんだったか…。
まさか、あれにそこまでの力があっただなんて、知らなかった。
『瀕死の状態からでも、高速で体が修復される魔法ね。良い友達持ったじゃない?ふん、精々大切になさい』
「…あぁ、全くだな」
ネックレス自体、無くても死にはしなかった。
レインの行動は、余計なお世話だったのかもしれない。
けれど、そんな事はまるで関係ない。
俺を助けてくれたのは、結局の所、仲間だったのだ。仲間の想いだったのだ。
「じゃ、そろそろ戻るとするか。……それに、お前ももう…」
エリアの体は、もう上半身だけになっていた。
黒いゴスロリ服も、スカート部分が完全に崩れ去っており他の部分もヒビだらけ。その原形は面影が微かに残っている程度だった。
俺は踵を返そうとしたが。
『待ちなさい。最後にもう一つ―――』
◆◇◆◇◆
「ぅッ…うぅッ……」
俺の指先がピクリと微かに動く。
それと共に意識が覚醒へと向かっていく。
しかし。
『…………何よ、叱りに来たワケ?生憎と、今回はアタシ反省も後悔もしてないのよ。残念だったわね』
『――――――……』
『…あの馬鹿との会話、聞いてたでしょ。イインチョの言うリスクも、アタシの身勝手さも理解出来てるわ。だからこそ、それでホントに良いの?って話。アタシ達は全員を守りたい、でも、それはあの人にもう泣いて欲しくないから。そうでなきゃ、死んでまでこんな世界に残ろうなんて思わないでしょ…』
『………』
『ったく、ホントどいつもこいつも、アタシも馬鹿よね……』
その様子を精神世界で観察しながら、エリアと謎の少女が悲しそうな顔で会話をしていた事を、俺は知らなかった。
文月です。今話は、主人公・刃の秘密が朧気にですが明らかになった回でしょうか。あと、【改訂版】の方をご覧になった読者様とかなら、『あー、あれそういう意味だったんだ』など思われた方もいらっしゃる?かもですね。あ、【改訂版】読んでなくても大丈夫にはしておりますので、ご安心を。
…と、【改訂版】で思い出しました。今月はそっちの方は出していませんでした。執筆もしてなかった…。ので、次回は【改訂版】を出そうかと思います。
…多分、少し遅れるかもです。遅くても、次の日曜には出せるようにします!
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