第58話レインVSレイズ(2)
それは俺にとって駄目押しの言葉だった。
【時刻・西暦2127年6月10日午後2時40分。場所、東京都江戸川第2区、特殊攻撃魔導部隊支部地下訓練場にて】
「穿て―――水魔法・氷結槍」
「くッ…」
回避と共に宙へと飛んだ俺が多数生成した氷の槍の猛攻が、その真下にいた俺の相棒―――桐島刃に降り注ぐ。
険しい表情をしながらも、刃はそれを刀だけで全て弾き凌ぎ切った。
しかし。
「…っと、マジですかよ。やっぱ半端じゃないなレインお前」
魔法攻撃の終わりと共に、その最中刃の背後へと移動していた俺が銃を構えた。
両手を上げ、降参の意を示す刃。
6月、この時の俺達はカンピオーネファミリーの襲撃に備え、身を潜めつつ対人戦闘の訓練を行っていた。
「……いや、実戦ではこんな手段は使えない」
過去に、俺は銃で母を誤って撃ち殺し、以来人に銃を向けるだけでその瞬間を思い出すようになった。
吐き気すら覚え、幻覚が俺の心を襲うのだ。
最近は症状がマシになった。
桐島刃。俺の目の前で首だけ振り向き、キョトンとした表情の俺の相棒が原因だ。
だが。
「まだ手元が微かに震える。呼吸が乱れる。それを整えるまでの数秒に…」
「狙いが外れる、か。そもそも撃てない、ってんだしなぁ」
俺が言い切るよりも先に、全てを悟った刃が言った。
分かっている、それでは甘いのだと。
しかし、俯き歯噛みする俺を刃は、降り始めた俄雨を見たようなそんなさほど困っていないような顔でこう言った。
「ま、大丈夫だろ。お前程強くないけど、相棒の俺もいるんだしさ」
◆◇◆◇◆
眼前に見据える銀髪の少女―――レイズ・ネル・ネルダが放つ魔力に怯え、周囲の生物達は気配を殺しているのだろう。
夏だというのに、辺りを支配するのは耳鳴りが聞こえる程の静寂。
「……くッ」
頬を伝う冷や汗が、顎まで辿り着くと地面へと落ちた。
―――どう、すればッ…。
俺の反応速度を上回る速度で、レイズは魔法を放ち魔力刀を断ち切った。
それはつまり、生殺与奪の権を握られているのと同義。
殺そうと思えば何時でも殺せた。その事実が本能に死の恐怖を刻み込み、体を鉛のように重くし拘束する。
その膠着状態を破ったのは、レイズの魔法だった。
「次元断絶」
死刑宣告にも似たその詠唱が、無音の空間を瞬時に駆け抜け俺の鼓膜へ突き刺さった。
回避の為急く体。
しかし、研ぎ澄まされた視覚が、空間が裂け始めた瞬間を微かに捉えた。
―――…ッ、間に、合わ――。
ない、と思いかけた時、世界が傾いた。
否、先程切り裂かれ、ただの水へと戻った魔力刀が濡らした地面を踏み足が滑ったのだ。
倒れゆく中、不可視の斬撃が眼前の次元を切り裂いた。
安堵不可の命拾い。
何故なら、今の攻撃こそが戦闘再開の合図なのだから。
「…ッ!」
右足で踏ん張りを効かせながら、その足を使い全身を捻る。
その最中、ホルスターから抜いた銃を構え、地面に向けて―――撃った。
銃口から爆発的に放出された魔力が推進力となり、俺の体を一瞬にして上空へと押し上げた。
「あら、使う気になったの?その銃」
俺が逆さまの体勢で虚空を踏み締めたと同時、こちらを見上げたレイズが無感情に言った。
直後、再び俺を襲った不可視の斬撃を、銃を真横に向け撃ちその推進力で回避。
しかし、その先でまた。
「次元断絶」
空を踏み、更に上空へ回避。
まだ、終わらないッ!
眼前、空間に生じ始めた亀裂。
銃口を真正面に構えたと同時―――撃った。その衝撃により、来た道を引き返すように真下へ体を吹き飛ばす。
―――クソ、今のッ…。こいつ、詠唱なしで魔法が使えるッ。
背中で空を切り裂き落下しながら、内心悪態をつく。
体を捻って後ろを向く。空間を靴裏で擦りながら勢いを殺す。
そして、その瞬間だった。
見えない何かが、空中で俺を拘束したのは。
「…ぅぐッ」
まるで、巨大な手にでも体を掴まれたかのような感覚。
しかし、それは握り潰されるような感覚へと瞬時に変わり。
「カ――ハッッ………!」
バキバキという嫌な音と共に、肋骨が数本折れた。
「チェックメイト、と…言わせてもらおうかしら?」
「うっ、ぁぁあッ…………!」
更に強まる体を圧迫する力に、骨は軋み、激痛は増し、呼吸すら満足に出来なくなっていく。
「それにしても、『所詮、特魔部隊は表の組織』なんて高を括っていたけれど…。ここまで粘られると、流石に認識を改めるべきだわ私」
「おも、て…の、組織だとッ………」
「?あら、何も知らないのね貴方。特魔部隊が何の為の組織かも、100年前の真実も、今守っているあの2人の正体すらも、何も―――知らないのね」
あの2人…恐らく、晶花と絆。
だが、それ以外、レイズの言葉の真意がまるで理解できなかった。
「でも、なるほど…そう、そうなのね。合点がいったわ」
「な、にが…ッ」
「前提から間違っていた、というだけの話よ。貴方は無知、それ故に常人と魂獣を宿す人間が勝負する事の無謀さも、あの2人を守る事の意味も理解していない。だからこそ、覚悟が足りていない」
「か、くご…なら出来、て」
「―――なら、どうして未だに私を撃っていないのかしら?」
「…ッ!」
「初めは疑念、けれど、途中から確信に変わったわ。貴方、人を撃ち殺すのが怖いんでしょ?」
レイズの口から発せられた言葉に、俺は動揺の色を隠せなかった。
「そんな事、本当は分かっているのよね?」
出来る物ならば、無視していたかった。
「でも、そろそろ認めるべきじゃないかしら。ほら、そろそろ見えるでしょ?」
どこまでも感情を感じさせないレイズの声に、俺はハッと目が覚めたような感覚に襲われた。
「しょ、うか………?」
月明かりに照らされ薄れた夜の闇の中、俺の瞳に晶花の姿が映った。
そう、血塗れの晶花の姿が。
大量の返り血でも浴びたかのようなその姿に俺は言葉を失った。
何故なら、あの血は間違いなく晶花の物でしかなかったのだから。
着ている服は所々裂け、両足にはクリスタルモンスターの外皮のような、しかし澄んだ水色の結晶で出来たブーツを履き、人間ではあり得ないほどの量の魔力を纏っていた晶花。
そして、その背後には木の幹にもたれ眠る絆がいた。
「どうやら見えたようね。私にあの子達を攻撃させる余裕を作らせた、それが貴方の怠慢の代償かしらね。…まぁ、もう守る気も失せたでしょうけれど」
レイズの言葉すら、俺の耳には届いていなかった。
晶花の右の太股と腹に出来た鋭く深い裂傷が、時が巻き戻っているかのように塞がっていくのが見えたのだ。
「異常な魔力量、異形の姿、傷が瞬く間に塞がる程の人間離れした生命力。まさに、怪物でしょ?気持ち悪いでしょ?守るだなんて―――」
「だから何だ?」
「え?」
間違っていた。
隣には、何時ものように刃がいるのだと思っていた。頼ってしまえる存在がいる感覚でいた。
だが、よく見ろ、いないではないか誰も。
「俺は…」
母を殺した。人を殺した。
辛かった、怖かった、悲しかった。
誰かを失って、胸が引き裂かれるようなその『痛み』を知ったのだ。
そう、それ故に、人か人でないなど、そんな些細な差、どうだっていい
「死なせない、もう、誰も」
守りたい、だから守る。
その為ならば、何度でも俺は間違いを犯そう。
「その前に絞め殺してあげッ…!」
「―――とっとと凍れ」
大気中の魔力に干渉し、命令を下す。
刹那、周囲の空間全てが俺ごと氷結した。
当然、俺を縛るレイズの魔法も。
そして、瞬時に爆ぜさせた。
「なるほど。粗削りとはいえ、周辺の魔力全てを掌握すればこんな真似も可能。私の技術をこの短時間で盗むなんて……貴方やっぱり天才ね」
吹き付ける冷気の強風を空間魔法によって縦に裂き、レイズは俺を見上げ無感情な称賛の言葉を贈った。
虚空を足場にし、月夜の空に佇む俺は逆に、レイズを自分でも分かる程冷徹な目で見下げ呟くように言った。
「死ね」
直後、俺は銃を構えたとほぼ同時―――その引き金を引いた。
文月です。先週は最新話投稿出来ず申し訳ございませんでした(汗)。
さて、今回の最後にレインが闇落ちした?件ですよね。書いた後でも『これ色々と大丈夫…?』と不安で仕方ない作者です。
来週は…、また少し忙しくなりますが、頑張って投稿してみせます!
それはそうと、ついにPVが『3000突破』しました!ありがとうございます!
ポイントやブックマークはもちろん、PVの増加は作者のモチベーションに繋がりますので、はいっ。
どれくらいかと言いますと『もうそれらが無ければ、ここまで続いていたかも怪しい』といった具合です。
あ、新作も一応影で進んでいます。8話分で25000字。まぁ、大分後で推敲しなければいけないですが…。今年に出来れば出したいなぁ…。
っと、後書きがまた長くなってしまいました(汗)。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
・面白かったってばよッ!
・やるなーお前、燃(萌)えてきたぞ!
・べ、別にアンタの作品がちょっと良い感じだって思っただけなんだから!勘違いしないでよね!
等々、思われた読者様は下の
★★★★★
となっている所を、タップもしくはクリックして評価してやって下さい。
また、感想もドシドシお持ちしております。
ブックマークも是非是非♪
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それでは、また次回!
【時刻・西暦2021年6月27日23時00分。場所・作者、文月ヒロの実家にて読者の皆様に向け送信】
申し訳ありません、今日するはずだった最新話の投稿が間に合わず、2日程遅れます。頑張って火曜日までに投稿したく思います!




