第55話英雄気取り
「は……?」
静止したのは時間にして僅か数秒。
体が止まったのはバランスを崩したからだ。
―――今、足の力が抜けた…?
足元を見る。
月明かりに照らされたそこには―――漆黒の十字架の模様が地面の浮かび上がっていた。
その中心にはクレイムが。俺は奴を見上げた。
今の脱力、この黒い十字架模様の所為だっていうのかよッ。
「十六夜!」
地面を蹴り、刀の一閃を。
クレイムはそれを避けず、攻撃は直撃。
奴の首筋を、しかし、傷付ける事すら出来ずに終わった。
「なん、だとッ…!」
また、また力が抜けやがったッ。
いや、今度は力が抜けたまま、戻らないッ…。
何が、一体―――。
「何が起こってンのか、…分かんねェよなァ?」
「……ッ!」
「4倍だァ、今の俺はテメェより4倍強い。だから今の攻撃も効かねェ」
「どう、いう事だッ…」
「特異体質でなァ、俺は2属性持ちだったァ…。
けどッ…1つ捨てた。闇属性をだァ。
何でか、分かるかァ!?
―――力が、欲しかったのさァ。
『能力の消失』と『魂の一部』を引き換えに、代償魔法での応用で!そう、もっと!もっと!もっともっと、『捩じ伏せる為の力』がァッ…!!……それで、手に入れたのがこの魔法・黒の十字架だァ…。範囲内にいる自分以外の者の基礎能力値を半分にィ!自身の能力値を2倍にィ!…4倍ってェのは俺様の実力とテメェの実力が同じ場合だ。だァが…はンッ、期待ハズレもいぃ所だったなァ!」
「…な、に……!?」
「……でェ、どうするゥ。まァだ―――足掻くのか?」
奴は顔を俺に近付け、漆黒の双眸で俺の瞳を覗き込み言った。
駄目だ、距離を取れ。
地を踏み締め、後方にバックステップ。
しかし、その瞬間、地を蹴る力が爆発的に上昇した。
「なッ…!」
想定以上に吹き飛んだ体。
後ろに転がっていた樹木に踵が引っ掛かり、体勢が崩れる。
……そうか、奴の魔法で下がった筋力を、今度は地面を蹴る瞬間に元に戻されてッ…。
地に吸い寄せられるように、背中が落ちて行く。
「この、ヤロッ…!!」
上半身を起こしながら体を捻り、強引に体勢を立て直してからの着地、片膝を土に付けて。
瞬時にその状態で刀を構え、クレイムを睨み付――――。
「ストップゥ……………」
「……ッ!」
奴は既に先程の場所におらず、真横、しゃがむクレイムの左の掌が―――俺の首の手前で止まっていた。
三叉槍は背中に掛け、左手は触れてもいない。
だというのに、纏わり付く死の恐怖が俺の体を静止させた。
「俺は、お前の目が嫌いだァ桐島刃…」
同時、奴の左手、その内の何本かが俺の首に触れた。
「突き付けられた悪夢のような現実に、犯される事のない、その目がよォ…」
1本、1本、また1本、奴の指が徐に、首の皮膚へ貼り付くように触れていく。
「なァ…この俺が、どうして力を求めたか……分かるか?―――殺したい屑がいたからだァッ…!」
奴の五指が、一気に力を入れ首へめり込んだ。
締めるのではなく、握り潰すように、強くッ…。
「ぐッ…ぅがッ…あァ!」
痛い…。苦し、しい…息が、出来ない。
立ち上がり、俺の体を持ち上げ、顔を俺に近付けてクレイムは言った。
「俺様は悪だ、あぁ悪だッ!そうでしかない、そうでなけりャならなかった!キヒヒヒヒヒッ、おっと勘違いするなよこの英雄気取りの蛮勇持ちが!それは等しくお前にも、お前と同じ『力』を持った奴等にも言えちまう事だァッ。あの糞共に法など通用しねェ、言葉すら意味を抽出せずにただ音が鼓膜を通り過ぎるだけッ!唯一通ずるは『力』だけェ!!」
「……ッ」
「だから教えてやる聞きやがれェ!仮にここで生き残ったとして、何時か必ずテメェは奴等に追われ後でこう後悔するッ…。―――あの時俺に殺されときゃ良かった、ってなァ!キヒィッ。だァが、お前には、お前だけには選ぶ権利を与えてやらァ…。もっとも?もしテメェが力を求めず、悪に染まるのを拒むなら、大人しくここで死を選ぶんだな。それが、不幸中の幸いだッ………」
「誰、が…悪党なんかにッ……ッ」
弱々しく握られた俺の拳が、奴の頬を殴った。
まるで子供が大人を殴り付けたように手応えのない一撃だ。
クレイムは俺を振り払うように横に投げ飛ばした。
「そうかよォ英雄気取りが…。キヒィッ。あぁ、あったあった俺の腕」
そう言って、奴は数歩先に転がる、先程俺に斬り落とされた自身の右手を拾った。
そして、無理矢理に右腕へとくっ付けた。
白い煙と共に、切断面同士が再生により瞬時に繋がった。
立ち上がり、咳き込みながらも構える俺。
しかし。
「さてェ…………………………………………………神には祈ったか?」
刹那、全身の力が抜けると共に、奴の姿が―――消えた。
予測し動くも、足りない。
速さが足りない。
―――クソッ、クソッ、動け!動け…ッ。
「カ―――フッ……!」
気が付けば、奴の三叉槍が俺の心臓を貫いていた。
熱いッ、熱いッ、熱いッ……。
胸が強烈な熱に焼き焦がされていくような感覚だった。
その熱源から、何か暖かい物が漏れ出し腹へと伝っていた。
下を見る。その暖かい何かは、傷口から流れ出た俺の血だった。
突如、三叉槍が体から引き抜かれる。
それとほぼ同時、流れるだけに留まっていた俺の血液は血飛沫となって宙を舞った。
両膝を着いた体は脱力感に侵されゆく。
多量の出血は傷の奥からだけでは収まらず、俺は喉奥から一気に迫り上がって来た大量の血液を―――咳き込みながら吐き出したッ…。
血の絨毯の上に伏す体。
「ぅ…ぐぅッ」
熱が治まり、遅れて痛みが走り出す。
ただそれも、薄れゆく意識の中での曖昧なもの。
あぁ、このまま、死…ぬの―――。
「よォ、足止めは失敗だなァ桐島刃?まァもっとも、初めから俺様を止める意味なんてなかったんだがよォ。……ここら一帯は遮断結界に囲まれてるゥ。さァて?ならその結界は誰が作り誰が維持してるンだろーなァ」
「……!」
「キヒィッ、そうだもう一人いンだよォ。…絶望したかァ?ぃい顔すンじゃあねェの?そうだなァ…今頃レイズの奴が実験を始めてるだろーよ」
言いながら、俺に背を向け去っていくクレイムを、ただ見つめていた。
……は?
だったら、だとしたら。
レインは、レーナは、晶花は、絆は!?
どうなる?傷を負う?最悪、最悪は?
死?死!?
死、死、死、死、死、死、死、死、死、死死死、死死死死死死死―――。
俺はまた、失うのか?
「…、て」
い、やだッ…
「ま…、てッ」
そん、なッ…こと!
―――させて、堪るかッッ……。
「……ッ!クゥゥレイムゥゥゥゥゥウウウウ!!」
「なァ…!?何でまだ、生きてッ…」
守、らな、ければ…。
その為ならば、命など、要らない!
「この糞!さっきより生き生きとしてんぞォッ。ンだァ、この、魔力量!?」
放出された膨大な魔力の渦が、戦闘で柔くなった土や転がる木々をも吹き飛ばしていく異常な光景も気に留めず、俺はただ目の前の敵を倒すことだけに必死だった。踏み出す一歩、力強く。
ただそれも。
「………」
「…ぁア?」
俺の意識が再び消失し始めた事により、一瞬で治まった。魔力の刃は弾け散るように消え去り、刀は刃折れに戻る。
意識が完全に途切れる寸前、微かに聞こえたのは俺の体が地に伏した音。
そして。
「やっと…くたばったなァ桐島刃?」
溜息混じりのクレイムの声だった。
どうも、夜、今話の執筆中に首筋にムカデが乗って来て大騒ぎした文月です。あれは大きかったですね、はい。刺されたかと焦りました。
あ、でもキャラ作成に使えそうですねムカデ。必殺技とかに使いましょう!半分本気ですので、お楽しみに♪
それと加えて、新作短編書きました。『追放勇者の1週間日記』という作品です。異世界×追放モノというテンプレな感じですが、多分面白いですよ?良ければお読み下さい。
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それでは、次回(次は改訂版を投稿予定)!




