第53話立ち塞がる者
「チィッ…舐めたマネしてくれやがるぜオイ…。この程度じゃ足止めにもなりやしねぇってェのによォ」
嘲笑う神父服の男が右手に魔力を込める。
しかし。
「安心しろよ。足止めの役はこの岩の壁じゃなくて、俺だから」
「…ァあ?」
立ち込める土煙の中から、コツ、コツ、コツ、と固い地面を靴裏で踏み鳴らし進み出て来た俺は男にそう言った。
「これは…ホントに不味い敵さんだったみたいだな……」
一目見た瞬間に分かった。
―――こいつ、強い…。
奴から感じる魂獣の気配が。
鋭い眼光の奥にある殺意が。
異様な程に強かった。
見たところ、男は第一形態状態のようだった。
それでこのレベルの気配だというのが、まるで信じられなかった。
「あァ、思い出した思い出した…。オマエ、あの時森で刀を使ってたガキだろ?なるほど、その格好…確かに特魔部隊なら武器の一つや二つ持ってるよなァ。名前はァ…アレ、何だっけ」
その言葉に一瞬驚きを見せた俺だったが、直ぐに表情を戻した。
けど、見張られてたなんて…やっぱり迂闊だった。
「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るべきじゃねぇのか?」
駄目元で、男の名前を聞き出そうとする。
知っていたら、何かの手掛かりになるかもしれない。
…まぁ、俺が生きてたらの話だが。
「キヒィッ、いいぜ教えてやるよどうせオマエの死は確定してるゥ。―――クレイム、それが俺の名だ。ファミリーネームはねぇ。いや…捨てたァ」
白髪混じりの神父―――クレイムは不気味な笑みで名乗った。
「…桐島刃だ」
それに続き、俺も名前を教えた。
すると、クレイムは口角を更に上げて口を開いた。
「へへ、じゃあ桐島刃ァ、テメェに一つ教えておいてやンねェとな。どうせ俺様には勝てやしねェ、だったら端から無駄な抵抗を俺の前で見せンなァ。今虫の居所が悪くてよォ…楽に殺しちゃやれねェかもなんだわ」
「悪いが、引けないことになってるもんでな」
「ァあ?あのカンピオーネのガキみテェなことォ言いやがンなオマエ…。キヒィッ…そういやあのガキに三叉槍をダメにされたんだがよォ。スペアがあったんじゃその努力も無駄になっちまうと思わねェか?」
言いながら、ズタボロの神父服の裾から腕に沿うように落ちて来た魔法札を、人差し指と中指で挟んだクレイムが笑みを浮かべた。
突如白い輝きが生まれる。
それが消えた瞬間、魔法札を持っていた手には―――三叉槍が握られていた。
「キヒィ…!あァ…天にましまス我らの神よォ…」
だらりとぶら下がった両手。
俯いた顔。
戦意を喪失したかのようなのに。
「願わくばこの愚かで弱小な子に安らかなる死をォ」
おもむろに進む足が。
不気味なその笑みが。
俺の魂を戦慄させていた。
「与え…」
徐々に上がる顔。
そして、目を見開き―――。
「たまエェ!」
刹那。
抉れる地面。
それと共に消えるクレイム。
察知不能、対応不能、動体視力に頼るだけならば。
積み重なった実戦経験が奴の位置を予測し捉えていた。
体が思考速度を追い越し動く。
身体能力を魔力を纏い底上げする。
鞘に収まったその刀身を。
右手が柄を掴んで引き抜き、強く踏み込む右足。
進む刀は純白に輝く魔力を身に纏い、闇を切り裂いていく。
その先に。
そこにいるはずのモノを食い止める為にッ。
次の瞬間。
―――キィーン!
刀と三叉槍が激突し、洞窟内に激しく響く金属音。
同時、爆ぜるように抉れる足元の地面。
「ん、のッ…!」
「へェ、やりやがるゥ……」
眼前で笑みを浮かべたクレイム。
こっちはそんな余裕ないのに、この不気味神父がッ…。
てか、正面からの一撃だったよな?それで見失うって…いや、晶花の時も同じだったな。
これだから結晶術はおっかない。
「なァ、1つ聞いてもいいかァ?どうやってここを見つけた。あの公園からは10キロも離れてたってェのによォ…」
「さぁ…なんでだろ、な!」
刀で三叉槍をいなし、突きで狙った奴の首筋。
しかし避けられ、俺に出来た隙。
クレイムの左手に集まった白い魔力。
それが放たれた。
間一髪、後ろに飛び退き回避に成功。
「ッぶねぇ…」
言いながら、構えた。
「はン、惚けやがってよォ」
クレイムの疑問。
答えは、魂獣の気配を追った、だ。
確かに気配の認知可能な範囲は直径1キロにも満たない。
けど、それは“通常”での話。
この能力は俺の物じゃなく、魂獣の物。
あの化け物は俺の魂の奥に拘束され、リンクの強さは最小限に抑えられている。
まぁ、俺の魂は一般人程度の強度と大きさなんだ。当然の話だ。
だから、いつもは気配を辿る能力しかないし、その力も制限されている。
ならどうするか…。魂獣を解放して、その能力を強化した。
危険過ぎて数秒だけだったが、試みは成功。
ここへ辿り着いた、という訳だ。
「まァどうでもいいかァ…。俺相手に長くはもたねぇさ、ただの人間じゃあよォ。ンで、直ぐ追いつきゃ何の問題もねェ」
「…そんなの、やってみないと分からないだろ?」
ハッタリだ。
さっきの一撃でもう腕が痺れてる。
それに、魔力量も桁違いだ。
おまけに、遮断結界はこの辺りすら覆っていた。
けど、計画では時間さえあれば何とかなる。
レインには晶花達を避難させた。
あの後目覚めたレーナには、師匠の携帯番号を教えた。
触れたもの全てを消滅させるレーナの魔力でなら結界を壊せ、師匠とも連絡が取れる。
それまで時間を稼ぐのが俺の役目。
そして、俺にしか出来ない役目。
「来いよッ……」
喉を震わせ放つ言葉は短く低く、だが強く。
身に纏う魔力を更に高め、白の輝きも増す。
怯えは殺した、逃げる事も忘却しよう。
そう、想いは強く、ただ1つ。
―――守るんだ…ッ。
仲間を、誰も失わないように。
「キヒィ……」
おもむろに奴が突き出す左の掌。
そこに魔力が集まり。
消えた。
「なッ…」
戸惑う一瞬、回る思考。
導き出す答えは刹那の中で。
「―――ッ!まさかッ…!」
咄嗟に振り向く後方。
瞳に映ったのは魔法陣。
直後、そこから放たれる白い魔弾。
眼前、迫る攻撃。
「はぁぁぁぁぁァァァッ!!」
その一撃を弾く、魔力を纏った刃の横一閃。
だが、まだ終わりじゃない。
隙を誘われたのは分かってる。
背後を狙われているのも同様に。
後ろを振り向く。
その途中に片足を浮かせた。
それにより崩れるバランス、膝を折り地面に吸い込まれゆく背中。
地に着く片足、しかしそれは踵だけ。
コンマ1秒後、鼻先のその上を過ぎ去る三叉槍。
それが反撃開始の合図となる。
刀を逆手に持って、地面に突き刺し支える体。
地を蹴り、その足でクレイムの顎を蹴り上げるも失敗。上半身をのけ反って回避される。
勢いのまま宙返りする俺は、しかし、諦めを知らなかった。
地に着く両足、右手が握る刀。
瞬時に放った―――突き。
三叉槍で防がれる。
ならばと何度も突きを繰り出し攻める!
「お前の目的は何だ、クレイムッ…!」
その猛攻を躱され続けられるも、止めはしない。
「逆に聞くがァ、何だと思う?」
「はぁッ!!」
首を狙った刀の横一閃。
ただそれも避けられ無駄に終わる。
「キハハハッ!どうしたァ、そんなもんなのか?テメェの実力って奴ァ―――よ!!」
がら空きの胴を狙う、魔力を纏った三叉槍。
流れるように下から上にその切っ先が登って来る。
不味いッ…。
そんな危機感と共に、のけ反る体。
「ん、のッ…!」
無意識に漏れた声。
本当に、ギリギリだった…ッ。
瞬間、踏み込む右足。
繰り出す突き!
その一撃が、回避しようとするクレイムの頬を掠った。
ほんの一瞬、小さく驚くクレイム。
そこに生まれた隙を―――逃す俺じゃない!
刃を戻し、クレイムの頭上に跳躍。
空中、刀を構える。
奴の下からの突きをいなすために。
「なッ…。テメッ…!」
ここは洞窟、狭い空間であるが故に刀よりも長い三叉槍を振り回すのには不向きな地形。
俺を下から狙おうとしたクレイムの三叉槍は、刀に見事いなされ天井に突き刺さった。
力が強い、その為に深く刺さった奴の武器が抜けるのは、どんなに早くとも数秒後。
着地した俺は、踏み込み、その一撃を放った!
「桐島流・十六夜!」
空を斬り進む刃が、その首筋を横から――――。
斬り裂く事はなかった。
理由は簡単だ。
クレイムが刀に噛み付いて、止めたのだ。
「どん、な…反射神経してやがんだよ、お前……ッ」
奴がこっちを向いて見た時には既に、数センチの距離に刃があった。
それに反応したってのかよ…!あり得ねぇだろ…ッ。
「キヒィッ!お誉めにあふかりィ……」
クレイムが刀を咥えながら喋るその途中、刀身にヒビが入っていき、次の瞬間。
―――パキンッ!
「光栄だァ…」
刀が噛み砕かれた。
「な、にッ…」
止まり掛けた思考を、無理矢理に加速させる。まだ止まるな、戦いはまだ終わってない。
「いいぜェ、いいねオマエ!よくやった方じゃねェの?―――ただの人間にしちゃあよォ」
「………ッ!」
三叉槍を引き抜き言うクレイムは、左手を突き出し魔力を掌へ集中させる。
ただそれだけではない。
左右斜め前方、頭上、後方に魔法陣が浮かんでいた。
「さァ…どこまで耐えられる?」
その瞬間魔弾が掌から、魔法陣から、放たれた。
回避、回避、回避、回避!
だが、終わらない。
魔弾は射出され続ける。
何度も、何度も、何度も、俺を襲う。
今は回避が遅れても、折れた刀を使って攻撃を弾きやり過ごせているけど長くは持たない。
「しまッ…!」
魔弾が背中に直撃。
黒コートが防御の役目を果たすも、衝撃に前のめりに崩れる体。
そして、その瞬間。
「残念…ゲームオーバーだァ」
耳元で、クレイムが囁いた。
「……ッ!」
何時の間に。
そんな思考すら、置き去りに。
反応する体。
一瞬だった。
ほとんど見えなかった。
だが恐らく、奴の足が俺を蹴り上げたのだろう。
武器での防御すらお構い無しに、俺の体は洞窟の天井を―――突き破った。
「カ―――ハッ…!」
途切れ掛けた意識の中で、確認出来たのは俺が上空へと登って行っている状況だと言う事のみ。
―――やっぱ、ダメか……。
意識を保ち、刀を握る手に力を込める。
空中、無理矢理に後ろを向いた。
背後から三叉槍を振りかぶるクレイムの攻撃を防ぐために。
「キヒィ…!」
直後、俺は吹き飛ばされた。
まるで弾丸のように。
地面へと激突する体。
鳴り響く轟音と舞い上がる土煙。
重力に従い落ちてくるクレイムは武器を構え、魔力を高めていた。
体が訴える痛みを無視し、おもむろに立ち上がったが、これ以上は無理だと悟った。
そう。
「今のままじゃ、無理だな…もう」
結晶術、その行使を俺は師匠から禁じられている。
弱い魂では、魂獣を抑え付けられない。
迂闊に使えば暴走の可能性が高い。
そして、暴走した時は師匠が止める。いや、俺を殺す。
だから使わない。
ただ…。
『ただ、お前が危機な時、何かを守りたいと願った時、そん時に限り使用を許可する。…で、使う時はこれ服用すんの忘れんな?』
渡されたのは筒状のケースに入った青い錠剤。
それは魂を保護し、魂獣の侵食を防ぐ為に作られた物。
取り出し、一錠を口に含み、噛み砕き。
そして、嚥下する。
風が横に吹く、強く。
土煙がそれに飛ばされ、視界が開けていく。
同時、月夜が俺を見つけ照らし出す。
師匠はこうも言っていた。
『大丈夫、お前ならやれる。だからそん時は―――戦え、全力で!』
「第一形態…!」
体の奥から、魂の奥から、大量の魔力が溢れ出す。
漲る力、魔力を身に纏い更に力を増していく。
取る構えは居合い。
「桐島流…」
迫り来るクレイムの三叉槍。
その凶暴な一撃を。
「十・六・夜!」
一瞬にして横に凪ぎ払った。
「なンッ…だァ!?まさか」
驚きの表情を見せるクレイム。
奴も俺の正体に気付いたようだった。
「あぁ、悪いな…。どうにも俺は、ただの人間じゃなかったらしいッ」
文月です。
さて、今回は主人公・刃のバトル回でした!
今話の最後に、やっと刃がちゃんと『結晶術』を使いましたが、熱さ、緊張感、格好良さを感じて頂けたなら恐悦至極でございます。
次回もバトル回ですが…どうでしょう、次回も合わせてあと二話くらいバトルが続きそうな感じです。
それでは、また次回!




