第51話再会の再開
6年前。
私―――結野晶花は師匠と出会った。
『詩廼乃銘師恩、私の名前だっ。…今日からよろしくなぁ、ショーカ』
『な、名前…ショーカじゃないもん……』
初対面は玄関。
会って早々、呼び名が違うことにムッとしながらも、その優しげな声と瞳に惹かれたのを今でも覚えている。
同時に、私は疑問を抱いた。
どうして私なんかと気軽に話が出来るのだろうか、と。
『ん…ぁ?――――ひっ!』
翌日の昼、目が覚めた私は眼前に広がるリビングの景色に驚愕した。壊れたテーブルやイス、所々陥没した床。
―――あぁ…またやってしまった。
後悔と罪の意識に、今日も胸が酷く締め付けられた。
『ご、ごめん…なさい……』
そう、この惨状を作り出したのは他の誰でもなく、私だった。
何故かは分からない。けれど、私は度々、自分の意思とは関係なく恐ろしく凶暴になるのだ。
予兆はなく、唐突に意識を持っていかれ、目が覚めたと思えば辺りはいつも酷い有り様。
次第に私は眠るのが恐くなっていった。
それと共に、凶暴化した私が生む被害は大きくなっていき、前回は部屋2つが駄目になり父の腕は折れた。
子供だった私は謝ることしか出来なかった。
ただ、今回は。
『あ、れ…お父さん……お母さん………』
いつも目覚めれば近くにいるはずの両親がいない。瞬間、嫌な想像が脳裏を過った。
その想像は、時間が経つ度に鮮明になっていき、ついに涙がポロポロと溢れ始めた。
『やだ…やだぁ……』
泣くの止められず、かといって両親を探さずにはいられず―――。
『あーあ…やっちまったなぁ、こりゃ』
『へ?』
突然後ろから聞こえた声に、私はサッと振り向く。
そこには。
『先生ッ…!』
大きく風穴が空いた壁の向こうから出てきた師匠を見て、私は師匠の腰に抱きついた。
『ん?おいおい、先生はやめろって言ってんじゃ―――ったく…よしよし、泣くな。泣くなって…はは』
怖くて、辛くて、咽び泣く私を、師匠は困った顔をしながらも宥めてくれた。
『お、お父さんとお母さんはッ…?』
『安心しな、向こうの部屋で待機してもらってるからよっ』
『先せ…師匠は何でここにいるの?』
『ん?暴れたお前を止めてたのさ』
事もなげに言う師匠だが、私は困惑した。
これだけの被害は最早“暴れる”の域を超えている。
それは誰の目にも明らかで、謝って済む問題じゃない。
『お、怒ら…ない、の?』
『逆に聞くが、怒ってほしいのか?』
その問いかけに、私は首を縦に振った。
私がこうなった後には、いつも両親は私を叱ることなく、代わりに少し困ったような笑みを向けてくる。私はその表情を見るのが嫌で仕方なかった。
この体質の所為で小学校では次第に足が向かなくなっていったし、家にいても迷惑しか掛けない。
近所からの良くない両親への噂、私の噂。
嫌われてもおかしくない。いいや、既にもう嫌われているのかもしれない。ただ、僅かに残った情が、今の家族という関係の糸をギリギリの所で私達を繋ぎ止めているから顔には極力出さないようにしているだけで。
だから、あの笑顔は偽物なのだと何となく確信していた。
だから、あの笑顔が消えてしまう日が来るのを恐れた。
だから、いっそのこと叱って欲しかった。
そうすれば、まだもう少しの間だけ、温もりを感じていられそうな気がしたから。
けれどそれは叶わないと知っていた。なら他人でもいい、それで1人にならずに済むのなら私は―――。
『ま、叱ったって意味ねぇし、そもそも原因がショーカじゃねぇからな―――却下だ』
『…えっ?で、でもこれやったのは』
『違う。それはお前の中にいる魂獣…別の奴がやってるだけだ』
『べ、別の…ッ!?』
全部が全部分かった訳ではなかった。
そもそも、子どもだった私でも分かるような簡単な説明だったのだから当然と言える。
けれど私は恐怖した。
自分の中に自分以外の何かがいる。悍ましさと気持ちの悪さに、私の顔面は明らか青ざめていた。
『なるほど、その反応を見るにある程度話は理解してる…と。ふん、ウリウリぃ、なぁら100点満点だ』
言いながら、強引に私の頭を撫で回す師匠。
そして膝を曲げ、視線を私の目の高さに合わせた後に口を開いた。
『晶花、お前は間に合う。だから、未来を見ろ』
『ま、え…?』
『そうだ。今は真っ暗で先が見えなくても、足掻け。未来を信じてな?私もだが、私以上にお前の両親がそれを望んでんだから』
そして。
「まぁ、それでももう駄目だって時は――――」
◆◇◆◇◆
【時刻・不明。場所・不明】
「んぅッ……」
意識の覚醒は唐突にして一瞬だった。
瞼を開くと、目に入ってきたのは―――薄い闇。
「ここ、は……?」
あやふやな意識と視界の中、ここが見知らぬ場所であることに私は気付いた。
ごつごつとした岩肌と砂利を踏み締める音の反響音。
洞窟かしら?
もっとも、今いる場所を知った所で何か出来る訳ではない。
壁から生えた4つの鎖に、私の四肢が繋がれていたのだ。
多分、あの死人みたいな男の仕業ね。
「しょ、うか…ッ。な、なんで?」
「え…?」
聞き覚えのある声が聞こえ、声のした右へ私は顔を動かした。
そこにいたのは―――私と同様に鎖で手足を拘束された絆だった。
互いに驚きを隠せずに、一瞬、沈黙が生まれた。
私は小さく溜息を付いた。
―――最悪ね…。
もう、今度こそ会う事がなくなる。
もう、想いを伝える事は叶わない。
そう諦めた。今日死んでも良いように。
けれど、会ってしまった。
言おうと思っていた言葉を、しかし、私は呑み込んだ。
助けなんて来ない、未来なんてない。絆も同じ。なら、生きる理由は作らない。それにきっと、それは死に際、心を突き刺す感情のナイフになってしまう。
息が詰まりそうな閉塞感と胸の切なさを、私は無視して平静を装った。
「逃げなきゃ…」
聞こえたのは絆の小さい声。
抑えきれない恐れからか、絆の体は震えていた。
「この鎖、私達の魔力を封じてるわよ?」
「けど…」
そのまま、彼女は黙り込んだ。
しかし、突然何かを思いついたように絆は顔を上げた。
「何、してるの…?」
「枷、隙間が出来てる…ッ。枷にさえ触れてなかったら魔力が使えるでしょ!?」
そう言って、ジャラジャラと鎖を鳴らしながら手足を動かし“隙間”を作ろうとしていた。
無謀だと思った。それなのに、その姿がレーナさんと重なって、気が付けば―――。
「足、私に任せて」
「え…ッ?」
「…そこ、座って」
絆を床に座らせ、私は彼女の足元にしゃがみ片膝を付いた。
両足の枷を持ち上げるように手で持つ。足首に隙間が出来るように、優しく。
想いが必ず報われるなんて事ありはしない、と1年前から知っていた。諦めがついていた。
だというのに、私を守ろうとしてくれたレーナさんが傷付いていく姿を見て、それを見ているだけなのが憎くて悔しくて堪らなかった。
だからこそ、絆の想いだけは守りたかった。
それが私に出来る、この理不尽な世界へのささやかな抵抗だった。
「…あ、ありがとう」
「……別に。それより両腕の方は?」
私の問い掛けに、絆は微笑を浮かべる。
直後、魔力で出来た赤い鎖が彼女を捕えていた枷に巻き付き、枷が外れた。
僅かに希望が見えた瞬間だった。
「良かった、この魔法を覚えておいて…」
「魔法って…あなた1年前は強化魔法しか…ッ」
「そりゃ、あんな事件があったらね……」
絆が使ったのは、鎖魔法だという。
「鎖魔法は“縛る”魔法。だから枷の効力と拘束力を縛ってみたら…ってね」
はにかむように笑って絆は言った。
そして、私の枷も外した。
それが当たり前であるかのように、自然に。
「ほら、逃げよう晶花!」
私の手を絆は強引に掴み、私を引き寄せるように立ち上がる。
暗い、道とも言えない凸凹の道を歩く。
こんな非常事態に、けれど、懐かしさを感じた。
師匠と出会って直ぐ、絆と出会った。それから外で一緒に遊ぶようになって…。
こうして二人で歩くのは1年ぶりだった。
―――ていうか、私、どう接すればいいんだろう。あと、手握ったままだし…。
今更だった。
さっきは勢いで絆に話しかけたけれど、関係は修復されていないのだから。
―――ううん、今まで通りでいいに決まってる。
さっき決めたじゃない。
絆を生かす。
仮に私が死んでも、絆がまた裏切っても、それでも守る。
決意を乱す未練や悲しみなんていらない。
再び蘇る攫われる前のレーナさんの姿。私の無力さ。
あんな悔しい思いは、もうしたくない。
「…ど、どうしたの?」
無意識に絆を見ていたら、私にそう聞いてきた。
「何も…」
瞬時に目を逸らして言った。
ダメだ、絆と話していると言いそうになってしまう。
本当は、私は―――、と。
『『信じたい』って本当の気持ちは、確かに胸の中にあるんだから。だから、その気持ちは大事にしてあげるべきだって、そう思うの』
その言葉に、気付かされた。
だからこそ。
「嘘、帰ったら話したい事があるから…」
「え、あ、うん…?」
生きて帰って来れたなら―――。
心の中でそう思った。
その矢先。
「キッヒ!そいつァ悪いなァ、テメェらはもう永遠に帰れやしねぇ」
洞窟内の曲がり角、そこから現れたのは私を攫った男だった。
文月です。
投稿が遅れました、申し訳ありません。
色々あって事前(数週間前)に今話の半分を終わらせていたのですが…。
リアルの忙しさと眠気、あと精神をリフレッシュしたい気分に負けました。
あと一歩、あと一歩の努力が足らんかったんやぁ~、です。
とはいえ、伏線となる発言もいくつか今話に入れられたので完成度は良かった?かと。
それと、『クリスタル・ワールド』の活動報告を書かせて頂きました。2回目ですね。
という、軽いご報告をしましたところで。
それでは、今回はレイン的にDon't miss it!




