第49話エピローグ・遅すぎた到着
夜の暗闇に包まれた一本道。
2つの足音が、そこに居座る静寂を殺し駆けて行く。
「はぁ、はぁ、はぁ…くっそ!どうなってんだよ!!」
額や頬、首筋を伝う汗を拭うことすら忘れ、俺―――桐島刃は叫ぶように言った。
「 クソ…!応答しろ、ジンタ」
右の二の腕に嵌めた通信用魔導具を起動させ、口元に近付けて言葉を発するレイン。しかし、先程から通信が途絶えていて連絡が取れない。
事の発端は10分前。焦った様子のジンタが、魔法で俺達の頭の中に直接語り掛けて来た。
告げられたのは、何者かがレーナと晶花を襲い、現在交戦中だという情報。敵は異常な魔力量に加え、出鱈目な膂力の持ち主であるという情報。
そう、まるでカンピオーネファミリーとの戦闘中に俺が見せたような力を使う、そんな相手だと言われた。
通信は、場所を聞こうとした瞬間に絶ち切られた。
それから、一瞬にして戦闘用の黒コートを身に纏いホテルから出た。
「畜生…最悪だ…ッ」
徐々に増していく焦りと不安が、俺にまた悪態をつかせる。
ジンタの話が本当なら、恐らく相手は例の奴等である可能性が高い。もしそうだとして、敵が狙っているのは十中八九―――晶花だ。
だが、何のために?何故俺じゃなく晶花だった?分からない、そこから先の事が分からないのだ。
だから、向こうがどうなっているのか全く予測出来ない。
ジンタとの通信が切れた後、町から明かりが完全に消えた。携帯も圏外に。
それが俺の心のざわめきに拍車を掛けた。
無理解と夜の暗黒の中で彷徨うだけの苦痛が、俺の無意識に働きかけ魔力を使わせた。
白い光を帯びた魔力が掌に集束し、小さな光の玉となって辺りを淡く照らし出す。
「ん?」
ふと、視界の右側に映った分かれ道に意識が向く。特に何かがある訳でもない、普通の坂道だ。ただ、ここからだと坂の上の様子が分からず、少し気になった程度だ。
初めはそうだった。
――――ドサッ。
「えっ?」
「どうした、刃」
「あ、いや…今向こうで音が……」
「音?……まさか」
俺の言葉に一瞬思案顔になると、突然レインは坂の方へ走り出した。
「お、おいレイン!」
その跡を俺も追う。
坂道を上りきると、そこは公園だった。
いや、辺りを薄く照らす光がなければそう見えていただろう。
「なん、だよ…これッ…」
「……」
砂が敷き詰められた地面には、靴や物が大きく擦った跡、割れた地面と巨大なクレーター。
その奥には、何かに潰されたかのように壊れたベンチが。
何よりも、この空間に満ちる魔力だ。
夏場だというのにあまりに静かなのは、ここの魔力濃度が高過ぎて虫も動物も怯え、息を潜めているからだろう。
同時に、この魔力には覚えがあった。
「レーナ…の魔力、それに晶花のも少し、あともう1人…」
恐らく敵のだろう。
魔法を行使した後に残る魔力の残滓が、肌で感じる程に満ちている。
明らかに、ここがレーナ達が襲われた場所だ。
「2人の姿が見当たらない…」
「一応、明かり増やすぞ」
そう言うと、俺は掌に更に魔力を複数集束させようとして。
―――その瞬間、何かを引きずるような音が。
咄嗟に、その方向へ振り向く。
「…なッ」
「……レー、ナ…ッ」
暗闇の中から姿を現した彼女を見て、一瞬、俺もレインも言葉を失った。
名前を呼んだ後、何をすればいいのか分からなかった。
服はボロボロに、傷だらけの体は右足を引きずりながらこちらに向かって来ていたのだから。
だが、それも一瞬のこと。
バランスを崩し、前のめりに倒れるレーナの体。俺は掌の魔力を維持することを忘れ、レーナの元へ急いで駆け寄り受け止める。
その場に片膝を着くと、俺に続いてやって来たレインがレーナに向けて掌を翳す。途端、水属性の魔法陣が出現し、レーナの傷を癒していく。
「……レ…ンく…。や…ば……ん」
「舌が3分の1程千切れている、喋るな」
「舌…」
俺の声に、しかし、レインは完治は可能だと言った。ふと、右手にレーナの右手が重なる。
「ごめん…刃君」
「ちょ、まだ治ってないんだ。痛いはずだろ、喋らなくて――」
「痛くないよ…」
「は?おま、何言って…!」
「強くなった気が、して、たんだ。諦めなかったら、何とかなるって…そう思ってて……でも、でも弱くて、晶花ちゃん…守れなくて。拐われたんだ…」
時々途切れつつもその口から紡がれる言葉には、どれ程の悔しさが宿っていたのだろう。
俺の手の上で作られ震える小さなその拳には、どれ程の想いが籠められていたのだろう。
レーナは…泣いていた。
「体の痛みは、いつも通り、痛くないって言い聞かせて無視できるのに……なのに、なのに―――心が、痛くて堪らないよ…!」
左腕を瞼の上に覆うように置いて、レーナは歯を食い縛った。けれど、涙は止まらず、徐々に嗚咽が混じる。
「ごめん、ごめん…守れなくて……」
「ッ…!」
その弱々しい声は、俺の心を無自覚に殴り付けた。
「…違う、違うレーナお前は頑張った!頑張ったんだよ……ッ」
何が『守る』だ…。
晶花を拐われ、レーナを傷付けさせて、俺は一体何を守っていた?
「くそッ…」
…他の誰でもなく、俺は無能な自分を許せなかった。
込み上げて来る激情を奥歯で噛み潰し、思考に冷静を保たせる。
「……ん?」
ふと、靴に何かが当たっていることに気付き、そこに意識が向いた。
「携、帯…何でこんなとこに…」
レーナの体を地面に置き、裏向きに落ちていた携帯を拾い上げると、電源はオンのままになっていた。
誰かに使わせるよう仕向けられたのだと分かったのは、その画面を見た瞬間だった。
画面の中央には、再生、の表示が出ていたのだ。そこを指でタップすると、やはり録音が再生された。
『その紋章、覚えがあるわ。1年前も、今回も…どうして私を狙うの!?』
『どうして?どうして、ネェ…。サァ?何でなんだロォ、なッ!』
『ガッ―――ぅぐッ……』
聞こえたのは晶花と男の声。
会話の内容から、どうやら結晶花は気絶させられたようだ。
そして。
「当たって欲しくねぇ予想が当たった…」
やはり、晶花を拐ったのは話に聞いていた連中の1人らしい。
晶花の居場所は不明。
外部との連絡は取れない。
敵の脅威は計れず、しかし、侮れないのは確定している。
最悪だ。
それでも、助けなければ…。
立ち上がり、俺は、覚悟を決めた。
「悪い…いや、“頼む”レイン、レーナッ!……晶花を助けに行きたい。でも、俺1人じゃ無理だ。だから…だから協力してくれッ…」
拳を握り締め、俺は2人に向かって頭を下げた。
2人を巻き込むことは避けたかった…。
その所為で無用な傷を負うかもしれなかったから。不安を与えるだろうから。
そして何より、敬遠されることを恐れたから。可能性は低いだろう、それでも、その僅かな可能性を恐れた。恐れてしまったのだ。
矮小で不細工な理由だった。
けれど、強い理由だった。
その想いの果ての行動を、俺は自ら無に帰したのだ。
―――2人は、俺の前に拳を突き出していた。
「「当たり前だ(よ)…!」」
「……ありがとう…ッ」
こうして、俺達は拐われた晶花を奪還するため、想いを1つにしたのだった。
と、いうことで、第2章はこれにて終了となります。楽しんで頂けたならば恐悦至極。
さてさて、話は第3章に移ります!
明かされる新事実!?
バトルは派手に、多めに、熱く熱く熱くッ!!
なる予定ですのでお楽しみに。
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【連絡事項】
次回の投稿は4月になり、投稿は最新話ではなく第2話の【改訂版】になります。
そして、次回より投稿頻度に変更を加えます。
基本週一投稿(最近は遅れたりしてます(反省)…)、というのに『例外』を付けさせて頂きます。
『例外』の内容は、【改訂】作業の為、1ヶ月に1回投稿を休みを頂く、というものです。が、休んだ一週間で【改訂】を1話完成させられればそれを投稿します。
頑張って今年中に【改訂】作業を終わらせたいので、はい(と、言いつつ、終わるか心配な作者です)。
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長くなってしまいました。
え?いつもの事だろ?
マジそれなっ、です。
それでは、また次回!




