第48話狂神父(2)
レーナ・アルファーノ。
彼女の魔力により、濃密な魔力領域と化した周囲。そこへ断続的に迸る赤黒いスパーク。地面は魔力の影響を受け、彼女を中心に半球を描くように消失していた。
「なん、で…?」
眼前、魔力領域の中心にいる金色の髪の少女に向かって、私は問い掛けるように掠れた声を発した。
分からなかった、何故こんな無駄な足掻きを彼女がするのか。
覚悟を決めていたつもりだった、人を殺す覚悟を。
けれど、蓋を開けてみればどうだ。半端。覚悟も、技量も、力も何もかも。
目の前の華奢な彼女にさえ、私は守られている。その彼女も、あの痩せぎすの男には敵わない。
当然と言えば当然だ。
「逃げッ…!アイツ…はッ……ま…本気、じゃ…!」
本気なんかじゃない。
魂獣の気配はクリスタルモンスターのそれに酷似していて、魂獣を宿す人間はその気配を感じることが可能だ。私も例外ではない。
だからこそ、分かる、感知出来る。
あの男の内に眠る化物は、牙どころか、爪すら見せていない。
レーナさん1人では、対処など到底出来ない。
「んだァ、まァだ足掻くっテぇのか?―――大人しく諦めときゃアいぃってのに、よォ!」
呆れたような、嘲笑ったような表情で、男が再び掌に魔力を集束させる。
直後、それは放たれた。
魔力の光線が空を裂きながら、こちらへ走る。
さっきと同じ攻撃。いや、今度はレーナさんだけを狙った一撃。それも、前よりも高威力。
しかし。
「―――破壊」
その魔力すらも、彼女を中心にした赤黒い魔力の放出によって消滅させられる。
「チィッ、くどいってンだよォッ!!」
苛立ちを顔に浮かばせた男は、より強力な魔力をこちらへ放った。一発だけではなく、二発、三発、四発も。
「破壊、破壊、破壊、破壊!!」
けれど、対抗するかのようにレーナさんは魔力を行使し、攻撃を打ち消した。
「あァ…?何だ、まァだやろうっテぇのか?」
「……」
地を、空間を、劈くように迸る、赤黒いスパーク。電気を帯びたその魔力領域を、金髪を靡かせ男の元へ向かう足音。
少女の背中は、まだ諦めていない、と言っていた。
「―――うん、外してジンタ君……リミッターを」
何かを呟き、瞬間、全身に纏った魔力。
彼女の強化された肉体が、地を蹴り、月夜の中を駆け抜ける。身を包む赤黒い魔力の残滓が、その軌跡を描く。
瞬く間に接近。
流れるように引き絞る右腕。
刹那、斜め上前方―――男の顎目掛けて打つ掌低。だが。
「甘ぇなァ?」
穂先が破損した三叉槍、その柄の中心で男が攻撃を受け止めた。男の不敵な笑み。不発に終わった一撃、しかし。
「破壊!」
「チィッ…」
その掌から、彼女は魔力を暴発。直後、男が怯ませようと彼女の腹を膝蹴りするも、ぐっ、と耐えられ無意味に終わる。
2つに別れ、固いだけが取り柄の棒と成り果てた三叉槍。左右の手が握る最早武器とは言えぬその2つの武器は、しかし、脅威足り得た。
魔力が破損した三叉槍に宿り、短剣を形取る。
「ッぜぇンだ…よォ!」
瞬間、それを逆手持ちにし、レーナさんの首筋へ刺しに向かう。
「くッ…うぅ!」
しかし、間一髪、レーナさんは男の両腕を両手で掴んで止めた。その衝撃が足元れ流れ、地面が割れ、彼女の両足がそこへめり込む。
「おいおいおいおいおい……想像以上に頑張ってンぜオマエ?実力差が分かンねぇのか?…いや、その目。テメェ、俺様がまだ本気じゃネェってこと分かってンだろ」
「………」
「はンッ、ソイツはソイツは…無駄な努力に涙が出そうだぜクソッたれ…!」
不気味な笑みで男が言葉を吐き捨てる。同時、男が込める力を強める。魔力により作られた2つの光の短剣が、僅かに動き、レーナさんの首筋の肉に食い込む。流れ出す少量の血液。
しかし、彼女は怯まなかった。
「ぅ、ぐッ…英雄に、なる…んだッ…!今度は、私が、晶花ちゃんの!英、雄にッ…!」
「はぁ?ンなもんが―――」
「いるよ!いるんだよ!!この世には、英雄みたいな人達が。そして、絶望の、悪夢の中にいた私を助けてくれた!」
「ンのッ…」
彼女が纏う魔力量は膨れ上がり、その魔力に触れた地面も、短剣も、武器の元となった三叉槍も、消滅する。
「あなたがどうして晶花ちゃんを狙うのか、そんなの分からない。けど、私の友達に手出しなんてさせない。殺させたりなんか、絶対にさせない!」
荒れ狂う赤黒い魔力は、更に高まり続ける。
刹那、彼女の右足が男の顎を蹴り上げた。
いや、男は顎を上に向け、スレスレで回避した。
直後レーナさんの両手の拘束を強引に引き剥がす。
しかし、僅かに後ろへ崩れた態勢、僅かにに出来た隙。
その隙を、レーナさんは逃さなかった。
地を蹴り、上への軽い跳躍。
引き絞った右腕。
握った拳は、魔力を更に帯び。
瞬間、顎を戻した男の、その顔面に。
「らぁぁぁあッ!!」
―――叩き込む。
吹き飛ぶ男は、空中で身を翻し、地面に足を着ける。
しかし、勢いは治まらず、靴裏が地を擦り男は後退る。
レーナさんの猛攻は止まらない。
強化された彼女の肉体が男の元へ瞬時に動き追い付く。
背後に回り込み、上へ跳躍。
空中、捻らせ回転した体は敵に背を向け、勢いを持った左足に魔力が集束する。
「こ、れッ…でぇ――ッ!」
瞬間、魔力を帯びたその足が、踵が、吸い込まれるが如く、男の首筋へと向かう。
だが―――男の裏拳が、それを防いだ。
「キヒィッ…遅ェな……?」
振り向き、男は彼女に言った。
空中、止まる勢いは、しかし。
「はぁッ!」
―――右足の蹴りにより息を吹き返す。
男の腕の防御。
地に着く彼女の両足。引き絞る左右の拳が男に敵意を剥き出しに魔力を更に纏わせる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァアッッ!!」
乱打、乱打、乱打、乱打乱打!
拳の乱打!!
止むことのない猛攻、それを男は―――意にも介さず回避する。何度、何度、何度でも。
空を切る拳が軌跡を描く。華麗に、強く、俊敏に。
全身、そこに纏う魔力は増幅し、彼女の動きは更に加速する。
「…ッ!まだ、まだまだぁぁぁあ!!」
回し蹴り。
跳躍と共に身を翻し、直後、男の脳天へ踵落とし。着地と同時に繰り出す拳。
男の腕の防御は気にしない。
「…!…!はッ!らぁッ!……はぁぁあッ!!」
拳、拳、正面へ捻込む蹴り、足で地を擦り回転、下からの蹴り上げ、回り込んでからの掌底打ち。拳のフェイント、叩き付ける回し蹴り。
しかし、男は腕で防御。
直後、男の手刀が後ろへ跳躍しようとする彼女の頬を掠める。
肉が抉られ、裂けた血管、そこから吹き出す少量の血が宙を舞う。
「……ッぐぅ!はぁァァァァ!!」
それを無視し彼女は後退り、刹那、男の元へ向かう。
猛攻の中に潜むフェイント、不意打ち、その嵐。攻撃の質は魔力の増加に伴い、更に鋭く、多く、強力に。
見た目の上での形勢逆転。
勝利は目前。
けれどそれは紛い物。
私が感じて伝えずとも、男が何も告げずとも、分かってしまう残酷な現実。
「…しようッ、どう…しよう……ッ…。どう、どう…したらッ……!」
恐怖が脳を埋め着くし、心が震えに襲われる。恐れたのは、彼女が―――レーナさんが、私の目の前で殺される未来。予知にも近い、確信的なそれが嫌で仕方がない。
怯えに蹂躙された思考に宿る焦りと後悔が、心に怒りを生み出した。
誰に?理不尽に私達を襲う男に、無駄と知りつつ諦めない優しい彼女に、あるいはそれを止められない無力な私に?
いいえ、きっと全部に怒っている。
ふいに目に涙が溜まり、視界を遮る。
涙はそこから零れ、頬を伝って流れ落ちる。
明瞭になった視界に再び写る男の横顔。
男は。
男は、男の顔は。
依然として。
「キヒィッ…!」
―――不気味な笑みに染まっていた。
「はぁ……もう、茶番は仕舞いで」
「…!…!はぁぁぁッ!!」
蹴り上げからの瞬時に繰り出す回し蹴り、瞬間、鳩尾を狙い放つ右の拳。
「―――いぃよなァ?」
その拳を、男は片手で掴んで止めた。いとも容易く、一瞬で。
「はぁ…はぁ…はぁ…。…くッ……!」
肩で息をするレーナさんに、驚いた様子はなかった。
ただ俯き、歯を食い縛るだけだった。
「良い動きだァ、敵へのダメージも触れたもン全部破壊するその魔力が否が応にも与えて来やがるゥ。正直苦戦どころじゃ済まねぇぜェ?テメェとの戦闘はよォッ…。まぁ、もっとも―――相手がそこらの有象無象なら、の話だがなァッ!キヒィッ!気付いてンだろ?テメェは俺様に何度も触れてる、だが、俺様の体はどこも破壊されてネェ…」
「……」
「そう、とどの詰まりャア効いてなかったのさ――テメェの攻撃はよォッ!当然だ、破壊破壊つッても限界はアンだろォ?一定魔力量で破壊出来る物の体積にャア。なら話は簡単だァ、テメェのその魔力に俺様の纏ってる魔力を破壊させて効力を相殺すりャア、俺ン体は壊されネェ」
「………」
「それでも勝機は確かァにあった。俺様の魔力が尽きさえすりァ1発アウト、幸いにも都市1つなら容易く覆い尽くして破壊出来るレベルの魔力量がテメェにャアありやがった訳だしなァ?」
「はぁ…わた、しッ…が…はぁ…たたか―――」
「キッ、キヒヒヒヒッ…面白れェこと言いやがンなァ」
俯き肩を震わせ、不気味に笑う男。
そして言った。
「―――テメェ、もう戦える体じゃネェだろうがよォ?」
荒れた呼吸に、止まらぬ発汗。
腕や脛には擦り傷が。
靴や服は彼女自身の魔力によって破け穴だらけ。そこから数ヶ所見えた打撲によって出来た痣。纏った魔力は跡形もなく消失。
空いた手で握ろうとした拳は意思に反して緩まり、膝は今にも崩れそう。
健在なのは鋭く赤い視線だけ。
男は彼女の拳を放し後退って言う。
「足りネェ筋肉、足りネェ体力。確かに魔力による身体強化使えば、常人が達人の動きをするのは訳ネェさ。だァが、それはあくまで人間が魔力を使わずに出来る程度の速さまでの話だァ。…人間を辞めた速度で拳を打ちャア、筋繊維は千切れる上に疲労が溜まり、骨は軋み、体力は異常なスピードで削られる。もうまともに動くことすら叶わネェと見たァ…。キヒィッ、どうするどうするゥ…詰みだぜ?オ・マ・エッ」
終わりの宣告。
敗者の確定。
(それで良い、だからお願いもう止めてッ…!)
願いは誰に?
神に、狂ったような笑みの神父に?
違う、違う違う。
レーナ・アルファーノ、彼女にだ。
「―――…だ」
「あン?」
「まだ………ッ!」
だらりと垂れ下がった両腕を揺らしつつ、俯き小鹿のように覚束ない足取りで、金色の髪を靡かせ進む彼女が―――レーナさんが呟いた。
吹けば飛びそうな少女が前進する度、胸が締め付けられた。生まれる焦りに、己の弱さを嘆き、怒り、歯噛みが止まない。
「ぅ…くぅッ…ッッッッ…………!!」
歯を剥き出しに、更に歯を食い縛り立たせようと急く麻痺した体。それでも体は動かない。
(第一形態…)
途端、保有魔力量が跳ね上がり、体は常軌を逸した膂力と生命力を持つ。早まる解毒。
四肢は鈍く動き、体が起き上がる。
「私…が「おいおい…無駄な足掻きは――止めとけテのッ!」…ぅぐッ………」
男は、彼女の鳩尾に拳を捻込んだ。
「……レー、ナさッ……!」
目を見開く私の焦りを置き去りに、彼女の華奢な体は倒れゆき。
しかし―――彼女は踏ん張り、強引に地に足を着かせた。
……レーナさんの口からは、血が流れていた。
「なッ…!」
「キヒィッ…コイツ、舌ァ噛みやがった。そンなに気絶すンのが嫌ってか?」
薄桃色の唇を深紅の色に染め上げるそれは、顎まで流れ、そこから垂れ落ち白い体操服に滲んでいく。
そしてまた、動けるはずのない、動いていいはずのない体で歩き始める。そんな彼女を。
「ハハハハハハッ…こりゃ傑作だァッ!生ける屍の出来上がりだなァおい?…なァ、そう思うだろテメェも」
男は蹴り飛ばした。
地面へ体を打ち付けながら転がったレーナさんは、勢いを失うとうつ伏せに倒れたまま動かなくなった。
男は彼女に近寄り、しゃがみ、前髪を強引に掴んで引っ張って顔だけ上げさせる。
虚ろな瞳の色は既に青へと戻っていた。
「アァ…?まァだ意識があンのか?」
そうかよォ、そう言うと男は彼女の髪を放し立ち上がる。
「さぁ、今度こそ祈りの時間だァ―――苦痛なく死ねるといィなァァ…?」
伸ばした右腕、その先、掌に集まる魔力。
煌々とした光に私は更なる焦りを覚える。
立ち上がったものの足は麻痺で進まない。
(動け……動け、動け、動け動け動け…動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け―――動けって、動けって言ってるでしょッッ……!!)
麻痺した両足を、鈍い動きの両の拳で何度も殴り付ける。
分かってる。怒り焦り不安定な精神、そんな状態で魂を更に無防備にすることがどれ程危険かなんて…。それでも、それでも私は―――。
(第二形態…ッ!)
「……あァ?」
魂獣がどうした、魂の消失がどうした。
「…いで」
誰かが傷付くならば、死ぬならば、そんな恐怖は溝に捨ててやる。
「この子に、手を出さないでッ…!」
纏う魔力、足をブーツのように覆う結晶、私は男の前に立ち叫んだ。残る体の麻痺も、流れる涙も、狂おしい程の殺意も殺して。
失いたくない、壊されたくない…もう何も。
「狙いは、私なん、でしょ…?この子は関係ないんでしょ?…だったら、大人しく、着いていくからッ!お願いだからッ…」
「後ろのガキを見逃せってかァ…」
「じゃないと、今すぐにでも、魂を私の中の化け物に食わせるわッ…!」
目の端に溜まっていた涙を右手の甲で拭うと、私は男を睨み付け、魔力を高め威圧する。
覚悟が伝わったのか、男は掌に集めた魔力を散らせた。
「はンッ、自己犠牲かよ……。ったく、胸糞悪い」
こうして、私は男によって拐われた。
暗い公園、そこには倒れる金髪の少女。
そして、私の携帯が落ちていた。
すみません、遅れました文月です。
長くなるなぁ、とは予想していたもののまさかここまで長くなるなんて…(今話と前話合わせると9000~10000字くらいありました)。と、言いましても作者の執筆速度は凡人以下です。遅いのです。凄い人は一年で10冊近く執筆出来るようです(文月調べでは、確かそのはず)。1ヶ月に一冊分書いちゃう人もいます(文月調べでは…以下同文)。
まだまだな作者です。
さて、今話の話です。
レーナのバトルシーンは割りと格好良く描けたかと思います。そうであって欲しいです、ホント。
でも、負けちゃいましたね…。
とは言えいつか彼女に勝利を、と思うのは作者の親心的なアレです。その時はチートな感じで、こう…『な、何なんだコイツはッ…』と思わず敵が言ってしまう感じでッ!
作者的には、レーナはドラゴン●ールの悟飯のポジションですので。出さないけど、本気を出したら敵う奴なんていない系ヒロインですので、はい。




