第47話狂神父(1)
―――死人のような、若い男だった。
皮膚は雪のように白く、体は酷く痩せ細っており、骨に人の皮が張り付いているだけのように見える程。
身に纏った黒で統一されたズタボロの神父服。
腰まで伸びたボサボサの黒髪に多々混じっている白髪。
モノクロの世界にいるようなその男の存在感は希薄で、それが逆に異様な存在感を放っている。
本当の死人を見ているような感覚。
しかし、男の三白眼の黒い瞳は、鋭利な視線で私達を見据えており、生きているのは確かである。
その姿に、私は戦慄を覚えた。
「なんッ…で…?」
けれどそれ以上に、男の左手の甲に、そこに見つけてしまった。
―――血のような深紅で描かれた紋章を。
そこには燃え盛る炎に包まれた輪の中で、横を向いた竜の頭が描かれていた。
それは、その紋章は1年前に見た物と同じで。
「何でッ、ここに…こんな場所にいるのよ!!」
最初の感情は怒りではなく、焦燥感。
体が震えている。姿だけではない、過去の記憶と男が醸し出す危険な雰囲気、そして殺気に当てられて震えているのだ。
繰り返す訳にはいかない。動かなければ、守らなければ、失うのは自分なのだ。
「それでェ…そこの金髪のガキは、なァんだ?」
ふいに、男が喋り出す。不敵な笑みで、目をギラつかせながら。
「一般人かと高ァ括ってみりゃ、俺様の攻撃がまるで効いちゃいねェ。それどころか、反撃たァ…いいぜェ最高だ!クク、クキッ、キヒッ!キャハハハハハハハッ!!」
両手を大仰に広げ、狂ったように笑う神父服の男。そして、背中に斜めに掛けていた漆黒の三叉槍を右手に取りこちらに向かって突き出す。
「だァが…テメェにゃあ欠片ほども興味がねぇ。用があンのは後ろの紫髪のガキの方だ。ま、邪魔立てすンなら止めはしねぇ…が、その場合はテメェを殺す」
「…じゃあ、なおのこと退けないね。あなたからは危険な感じが痛いくらいに伝わってくるから」
前にいたレーナさんは私を一瞥して言った。
彼女の瞳は赤く染まり、黄白色の車輪が黒目を囲むように浮かんでいた。
「逃げて。嘘でも冗談でもなく本当に、殺される!それに、そいつは私の敵だからッ!」
けれど、そんな彼女を庇うように前に出て私は叫んだ。
普通なら、あの白い光の攻撃にやられて終わっていた。本当に良かった。
レーナさん、あなたはもう私にとっては―――。
だから、これは私の戦いだ。もう、誰も失わせやしない。
「そっか…なら、一緒に戦おうよ」
「えっ、な、何を言って…」
「…見てるだけなんて、そんなのやだよ。訳が分からなくて、ちょっと混乱してる。けど、分かるよ?戦わなくちゃって」
突然、隣に出て言うレーナさんに『危険だ』と伝えかけ…けれど、途中で止めた。
なんて覚悟の決まった瞳なんだろう、そう思ったから。心強かったから。
だから、私は。
「えぇ、一緒に…!」
「うん!」
魔力を身に纏い、共に構える。
「キヒッ、そうかそうかァ!…んじゃ、精々祈るンだなァ、神様にでも……よォッ!!」
刹那、男が消えた。
「なッ…」
否、高速で私に後ろに回り込んだのだ。
だが、気付いて振り向いた時にはもう遅かった。
男の不敵な笑み。
眼前に迫る三叉槍。
対処が遅れた、回避が間に合わない。
しかし。
「…随分と、不意を突くのが好きなんだね」
三叉槍の切っ先が眉間に触れる寸前、止まった。
視線を横に向けると、赤い双眸で男を睨み付けるレーナさんの顔。彼女の左手が赤黒い魔力を纏って、三叉槍の柄を掴んでいた。
「なァに、好きっつぅよりァ効率的なだけだ」
「ふぅん…なら、私も使わせてもらおっと……それより、私に武器を掴ませてて、良いの?」
三叉槍を握る彼女の手に集まる赤黒い魔力。瞬間、手に触れていた場所が――――消滅した。
穂先が地面に自由落下し、カランカランっと金属音を立てる。
「攻撃形態!」
揺れる長い金色の髪。纏う赤黒い魔力が増幅する。
「はぁッ!」
瞬間、彼女の蹴りが男の顔面に炸裂した。
否、足は顔面すれすれで静止していた。
男の細腕がレーナさんの右足を止めていたのだ。
しかし、その腕も。
「チッ」
苛立ちを顔に浮かべながら、男は瞬時に後方へと大きく飛び退く。
レーナさんの足に触れた腕は無傷。
代わりに、神父服の布の腕を覆っていた部分が消滅していた。
だというのに、男の口元はより鋭利に吊り上がっていく。
「なるほどォ?そのブッ飛んだ能力…こりゃとんだ化け物と敵対しちまったなァ。えェ?カンピオーネのガキぃ。キッヒ、どうする…文字通り、この町ごと俺を消すかァ?」
「ご生憎様、そんな大虐殺はちょっと出来ないかな」
「はンッ、裏世界にいた人間が随分と日和見なこってェ…。キヒィヒヒヒッ!いィや、そりゃあ僥倖だ。何せそれならこっちは―――気兼ねなく殺れンだからよォ!!」
突如、男の体から純白の魔力が爆発を起こしたように放出される。
「第一…形態ォ!」
魔力は男を中心に渦と成し、次第に収まってゆく。弱まっているのではない、魔力がより濃密なものへと変化しているのだ。
―――不味い…!
直感が大音量で警鐘を鳴らしている。
同じ第一形態でも私にここまでの力は引き出せない。強さの格が違う。
目の前の現実により激しい戦慄を覚えると同時に、私は歯噛みした。
強くなる?どれだけ強くなろうと足掻こうと、結局届きはしないではないか。
今までの努力を踏み躙られたような気分だった。
「大丈夫」
「え?」
突然のレーナさんの声に、反応が遅れる。
「大丈夫、大丈夫だよ。2人なら」
「―――…えぇッ!」
ふいに、勇気づけられてしまった。だから、怯えている暇も、絶望して腐っている暇もない。
そうだ、私は、私にも守りたいものがあるのだ。意図せず増えてしまったけれど、それでも失いたくない大切なもの達が。
覚悟を決め、力を解放する。
「第二形―――――」
それは唐突に現れた。
「……え……ぇ………?」
崩れた膝が、砂の混ざった地面に落ちる。何の前触れもなく、突如として。
立ち上がろうとするも足が動かない。そもそも―――足の感覚がない。
不可解な現実。
無理解の果てに生まれた数秒間。
その数秒で前のめりに倒れる体。
反射的に手が先に地面へ着こうと急く―――そんな想像だけが崩れる体を置き去りにした。
「ぅぐッ…」
直後、地面に殴られる顔面。
鼻先に生まれた激痛に呻く。
「何ッ…から…動か、なッ……」
体の感覚がない、動かない。
辛うじて動く首で、目で、敵を探し睨み付けた。
―――男は笑っていた。
不気味に、不敵に、不躾に。
「しょ、晶花ちゃん…ッ!?」
振り向き片膝をついてしゃがみ、動揺した様子で私の体を抱き上げるレーナさん。
「速効性の麻痺毒だァ、そろそろ効いて来ると思ったぜェ。…まぁ、ギリギリ致死量じゃねぇから死にゃアしねぇよ」
いつの間にッ。
驚愕を露にするも、直ぐに気付く。
右足に出来た小さな切り傷に。
「ま…さかッ…!最初、の…奇襲の、時に…」
「あァ……そうさ…そうさそうさ!お前らは端っから詰んでた訳だ!」
つまり、レーナさんに放った最初のあの攻撃はある意味ブラフ。
真の目的は私に毒を盛る隙を作ることにあったのだ。
毒はナイフか何かを攻撃と共に私へ投げつけたのだろう。
そして。
「…欲を言やァ、あの奇襲でカンピオーネのガキは殺すつもりだったんだがなァ……。まぁ、計画は順調、テメェらはどん底。なす術無しってなァ!」
「晶花ちゃんッ…!」
「こ…んの…ぐッ…あ、悪…魔ぁッ……!」
「クヒヒッ!いィねぇ、いいじゃねぇの最高の誉め言葉だァ!…でェ、どうするよォ…祈るかァ?我等が神に?生憎とその神ッてぇのも、なんなら英雄も、蛮勇野郎すらも、何度も必死に血反吐が出るまで祈ろうが――――俺様の前に現れたこたァ、ただの一度もありゃしなかったがなァァァッ!!」
ケタケタ。
ケタケタ、ケタ。
ケタケタ、ケタケタケタ。
男は笑う、嘲笑う。
「あァ…天にましまス我らの神よォ、願わくばこの愚かで弱小な娘どもに苦痛なき眠りと死を……」
そろり、そろり…。細い男の右腕が肩の高さまで、悠然と上がる。蔑むように、睨むように男のおもむろに目が見開かれ、口角もより吊り上がる。
「くッ…!」
男の右の掌に集い、煌々と輝く純白の魔力に私は歯軋りする。
「…そしてェ――――神もついでに、死ねっ。キヒッ」
刹那、凝縮された光は放たれた。
2つに分散し、私達を狙う。
私を襲う光がレーナさんの方より小さいのは、恐らく生け捕りにするため。
終わった、終わりなんだ。
そして、世界は純白に包まれ。
「―――破壊!」
突如、金髪の少女から発せられた赤黒い魔力に、掻き消された。
血を連想させるその魔力は弾けるように消え去る。
「なん、で…?」
文月です。
今回は久々のバトルシーン…ではありましたが、そこまで長くなかった感じでしたね。
次はヒロインの1人であるレーナが頑張ります。
さて、ネット小説大賞の応募が始まりました。知らないうちに始まってて驚いた作者です。
と言いつつ、今回は応募しないのですが…。
この作品の改訂版もまだ全然進んでませんし(一応、裏でちょくちょく進めてます)。
出す出す言ってました新作連載作品も、まだ一万字足らず(大体3話分は出来てますが…)なので出さないでおこうか…ということなのでそもそも投稿していないですしね。今回はやめておこうかと…。
執筆速度を上げたい今日この頃の作者です。
それでは、また来週。




