第43話悪意の調べ
15分後、俺はレインの剣術指南に使っていた時に出してしまった、余分な薪を他生徒達に配り終えた。
現在、元いた場所へと戻ろうと歩みを進めている最中である。
「にっしても…周りに自然が多いとサバイバル気分になるな。うん、意外に悪くない…。今度キャンプでもしてみるか」
背の高い木々が周辺に立ち並ぶ坂道を、一人下りながら俺は呟く。
舗装されていない道だが、近道だったので利用させてもらった。
熊とかが出ても、最悪、魔法で体を強化して逃げれば軽く撒ける。
問題は、担任もしくは他の教師達に見られでもしたら叱られるので、バレないよう気を付けなければならない点だ。
いや、それももう遅いのかもしれない。
「随分と危機感がないわね、桐島君」
「ん?」
唐突に背後から声が掛かり、振り返る。
そこには、
「なんだ…この道入った辺りから何か後つけられてるなぁ、って思ってたら晶花かよ。先生かな、ってちょっとビビったろうが。つーか、声掛けろよ」
「掛けたじゃない?」
「いや遅ぇよ、もっと早よ掛けろ…」
「………」
晶花はそっぽ向いたまま黙り込んだ。
またムスッとした顔に戻ってる。師匠…分かってたけど、こいつ扱いが難しいぞ……。
「何よ、せっかく人が心配して注意してあげたのに…」
もしもしお嬢さん、あなた聞こえてないつもりかもですが、しっかりバッチリ聞こえてますからね?
「………」
…う、ううんんんー……。晶花の奴どんどん剥れてきて、いや、それもだが何か少し涙目になってるように見える。何でだよ、分からねぇよ。
…まぁでも。
心配は、してくれてたんだよなぁ…。
それはきっと、多少なりとも俺を仲間だと認めてくれているからであって――――。
「ったく…」
「えっ?」
俺はずいと晶花に近寄り、その細い手首を握って引っ張った。
「先生らに見つかったら色々面倒だからな、いくぞ?」
「え、あっ…。うん…」
そのまま何も言わず踵を返したが、俺は一歩踏み出す直前、ピタッと静止して口を開いた。
「まぁなんだ、注意してくれて、その…あんがと」
「…ッ!―――――うんっ……」
振り向けそうになくて、後ろにいる黒紫髪の少女の表情は確認出来なかった。しかし、多少、機嫌は直ったように感じられた。
えぇい…顔が熱いったら、ありゃしない。
「手…」
「ん?」
「手、そろそろ…」
「あっ。悪ぃ」
歩きながら晶花に手首を掴む手を離すよう言われ、そこでやっと、俺はそのことに気付いた。
指示に従い手を離し、その後も俺達は歩みを進めた。ただ、さっきまでと違うのは会話があったことだ。
「そういや初めて会った時、お前第二形態で俺に襲い掛かって来たよな?」
「…それ、師匠から聞いたの?」
「?あぁ、結晶術の説明か。もちろん聞いたともよ。んと、何だったか…。曰く、―――結晶術てぇのは、体ん中に宿った魂獣の力を自分の意思で引き出し、行使する術のことだ。力の引き出し加減は4段階に分かれてる、しっかり覚えとくようになっ――――ってさ」
「な、何それ、師匠の真似?」
言いながらジト目で俺を見てくる晶花。
気持ち悪かったならハッキリ言ってくれ、視線が辛い。
「ま、まぁっ、それは置いておくとして…。晶花、お前ってどのくらいまで力を引っ張り出せんだ?」
「私は…第二段階、つまり第二形態まで使える、ってことにしてる」
「してる?」
「師匠にはそう言ってるの。…本当は、ほんの少しの間だけなら第三形態まで使用可能なんだけどね……」
何か、師匠には言えない事情でもあるのだろうか。そう思っていると、
「結晶術の詳細は聞いてるでしょ?」
「ん?まぁ二段階目までは…。えっと、第一形態が身体強化と魔力量増加。それも、かなり強力な。んで、第二形態はそのさらに上位互換なんだっけ?…あ、あと魂獣の力は、引き出せば引き出すほど危険とかなんとか」
「問題はそこ。私達は常に魂獣を魂の奥に閉じ込めてる、けど、結晶術を使っている時はその拘束力が弱まる。そして、その影響は第三形態からより顕著に表れるの」
「表れるってどういう…」
「魂に干渉することで術者の精神を蝕んでいって、最悪、魂を魂獣に喰われて――――――死ぬ」
「そりゃ笑えねぇな…」
死ぬ、と来たか。
あの化物の魂胆は知ってるから大体の予想はついていたが、実際に他人の口から聞くとなぁ…。
「何でんな大事なこと言わないかねぇ、うちのロリ師匠様は」
「…師匠、過保護だから……」
「恐がらせたくなかったってか?」
「それもある、かもしれない。けど、一番は危険な目に遭わせたくないから。…一度、第三形態は教えてくれないのか、って聞いたことがあって…それで、ハッキリ危険だから使うなって言われたわ」
なるほどな、そういう訳か。確かに、それは過保護だな。前から知っていたことではあるけど…。
「でも、使ってみて分かった。あの力は身体への負担が強すぎる。正直、使うのが怖いし、おすすめ出来る力じゃないわ」
「ふーん、師匠にも一理あるってことか」
「ええ、その過保護なところが師匠の良いところで悪いところなんだけどね…」
そう言った晶花の表情は暗かった。
「でも、それでも隠れて使えるようにしたんだろ?」
「……」
「否定、しねぇのな…」
長い付き合いでもない、正直知らないことの方が多い。けれど、結野晶花は基本師の言い付けを破らない、それだけは知っている。
俺を誤って敵と判断してしまい、激情に刈られていた時でさえ、結局は師匠の言う通りに動いたのだから間違いはない。
ただ、あの時の師匠の言葉が脳裏に蘇った。
『おいショーカッ!私ゃあ家にいろつっといたろうが』
それは俺の知る限り、唯一晶花が師匠の指示に従わなかったことを意味していて、その行動には恐らく―――過去に敵に襲われたことが起因している。そして、直感だが、秘密裏に得た使用を禁じられた力もそれに関係しているのだろう。差し詰め、敵へ対抗する為に、といった所か…。
きっとまだ、この件に関しては聞かない方が良い。俺にこれ以上人の心の中へ土足で踏みいる勇気は、正直ない。
「ったく、羨ましいもんだなぁ」
「えっ?」
「魂の大きさと強靭さって言うんだっけ?どうにも俺、一般人程度らしくてさぁ…。はぁ、その所為で第一形態すらまともに使えないんだとよ」
魂獣を押さえ込むには、それ相応の魂の器が必要になってくる。だからあの化物を宿した人間の魂は、通常の人間よりもデカくてしっかりしている。
だが、俺はイレギュラーだそうだ。
「まぁその分、剣術には自信あるから良いんだけどな」
「剣、ねぇ…」
本当は俺の話なんてどうでも良くて、けれど、その軽い自虐のお陰で話の方向転換を出来たことに内心ホッとしていた。
今はまだ、踏みいった話は無理だ。だから、チンケな好奇心は胸にしまっておこう。
「っと、そろそろ休憩終わるな。急ぐか」
時計で時間を確認し、俺は晶花に向かってそう言――――。
カサッ。
「―――ッ!誰だ、出てこい…!」
自分でも驚く程低い声で、俺達を監視している何者かに警告を出す。
何時から?いや、見張られていることに気付かなかったことに問題がある。不味い、不味い、不味い!
心臓が、まるで跳ねたかのように激しく鼓動している。くそッ、治まらない。
邪魔だ、邪魔だ!馬鹿騒ぎを始めたその心音が、虫達が出す止まない音が、木々のざわめきがッ。その何者かの位置を示す音をかき消し、俺の邪魔をする。
冷や汗が頬を伝う。
全身に走る強烈な緊張感、首に掛けた黒いネックレス型の収納用魔道具から瞬時に刀を取り出す。
「おいッ。敵じゃないなら出てこい、出て来ないなら敵と見なして攻撃するぞ!」
『………。―――――ッ!』
俺の怒声に、隠れたままいる何者かは暫く沈黙。
そして、瞬時に――――逃走に移行。コイツは、敵だ。
「逃がすか…よッ!!」
敵が一歩動く直前、居合いの構え、そのまま草の生えた地面を踏み締める。
瞬間、刀身、全身に纏う魔力。
直後、地が爆ぜる。
足で地面を押すように蹴って、俺が跳躍したのだ。
向かう先は敵が隠れている木の斜め後方の巨木、つまり俺の手前にそびえ立つ木。
そして、太い柱のような丸い足場に足を着け―――斜め方向へ向かうよう蹴った。
体が逃走を図ろうと動き掛けた敵の元へと飛んでいく。
「桐島流…」
刀身の一部を鞘から出し、技を繰り出しに掛かる。
知っている、知っている、遊びではなくこれから俺は人を―――――。
「ぐッ…!」
堪えろ、抑えろ、今は、その感情が邪魔だ。一歩間違えば俺も晶花も危険だ。
「十六―――」
「はッ、まさか!――――斬らなッ!!」
途切れた聞こえた晶花の声。
きっと、俺が早まらなければ事態は避けられていたはずだった。
「…知り合い、その…知り合い、だから」
「は、はは…」
木の太い枝の上。
俺の目の前にいたのは、死の恐怖からか乾いた声を出す見知らぬ短髪の少女。
その首筋には、俺の刀の刀身部がギリギリの所で静止していた。
「…ぶッねぇ……」
少女の瞳には戦意はまるでなく、恐怖、焦りがハッキリ見てとれた。
や、やってしまった。また晶花の時みたく、殺伐とした出会い方をしてしまうとはな…。
「わ、悪かった」
「ぅ、ぅぅん…」
震えながらも俺に言葉を帰す短髪の少女。その髪も瞳も栗色をしている。
そして、服装は体操服。夏の野外活動を意識してか、体操服は冬用で袖や裾は長い。
「うちの高校の…じゃないな。いや、そもそも」
身長が高校生のものではない。
「えっと…どこ中だ?」
「いや高校生だからッ。というかこの聞き方、ふ、不良かなっ?うーん、でも刀持ってるし……あっ、ヤクザ!」
「高校生だよ!」
「ってことは…若頭?」
「そもそも意味が違うぞお前」
若頭は若い頭って意味じゃない。子分のトップっていう意味の役職の名前なッ。…うん?
『アーニキィ~!』
ふと、弟閃の声が脳裏を過った。
あ、それ俺だわ。
「ま、それは置いといて…降りれるか?」
「う、うん」
意図せず、今の会話で少女の緊張が解けたみたいだ。
俺達は太い木の枝の上から飛び降り、地面に着地した。
「んで、この子が知り合いだって?」
「ええ、知り合いよ……」
「?まぁ良く分からねぇけど、友達なら―――」
「―――――くッ!」
「な、何だよ…」
何か気に障ったのか、晶花は俺を睨み付けた。
「……友達じゃ……ない。こんな奴、友達じゃない……」
「しょ、晶花?」
「先、行ってるから…」
そう言って、晶花は足早に去っていった。
「う、嘘だろ…?ま、マジで行きやがったあの野郎。おい、どうしてくれんだよこの空気…」
非常に困る事してくれたな、最悪だぞあいつ!?
「後で覚えとけよぉッ」
なんて、俺が小声で軽い復讐を決意していると、栗色髪の少女が俺に向かって言ってきた。
「別にあの子は悪くないよ――――だから、仲良くしてあげて?」
そして、じゃあね、と少女は名前も名乗らず去ろうとした。
「あの時、何で逃げようとした」
「……それ聞いちゃう?」
「気になったもんで」
俺が警告した時に素直に出てくれば良かった。なのに、少女は逃走を図ろうとした。疑問に思わないはずがない。
「私にはあの子と会って話す資格なんてないから…」
少女はそれだけ言って口を噤んだ。
「桐島刃」
「え?」
「俺の名前だ。そっちは?」
「あ、あぁ…えっと……絆。勝煌絆、です」
「そっか、んじゃ…またな?」
「あ、うん…また」
呆けた表情の絆を尻目に、俺は晶花の跡を追うようにして去っていった。
「なる、ほど…。そりゃ顔なんて会わせられねぇか」
誰にも聞こえないような声で俺は呟いた。
結野晶花と勝煌絆の関係性は、以前師匠から聞いた。だが、見た感じでは二人の間に出来た溝は、思ってた以上に深いようだった。
俺みたいな体質の人間を狙う何者か達。今のあの二人を生んだのは奴等らしい。
そう思うと、俺も例外ではないと実感してしまって胸が締め付けられる。だからこそ、何時事が起こっても良いようにしておかなきゃ、なんだが…。
今はそれよりも、晶花と絆の先程のやり取りの方が気になって仕方がなかった。
まぁ、少しくらいは他の事に気を取られていても大丈夫だろう。
根拠もないのにそう思う俺だった。
『―――――――――キヒィッ……!』
どうも、文月です。
最後、ちょっと不気味な終わり方にしてみました。刃達の様子を、実はそーっと陰から…。みたいな、そんな感じです。
さて、先週『第0話』を投稿させて頂きました。
え、0話投稿したんだろ、じゃあ1話の改訂版まだか?
す、すんません…!まだッス!
ので、今から書きましゅ(噛んだ)。
まぁ、気長に待ってやってください。
あ、新作も書かなきゃッ。
では、また来週!




