第40話過去
ふぅ…ギリギリセーフ。
「2人って…。晶花の他にも、もう一人いるのか?」
その言葉に、俺は疑問を顔に浮かべながら尋ねた。返事は、まぁな…、と短かった。
当の本人は微動だにせず、依然として表情は見えない。しかし、声はどことなく、物思いに耽っているようだった。
「そっか、なら弟子は2人…いや、もっといる可能性もあるのか。まぁ、どっちしても良かった。どっかの誰かさんのお陰で、そのうちの1人との仲が最悪になって焦ってた所だしなぁ」
「―――――いや、1人だ」
「えッ…」
ただの皮肉に対して返って来た言葉に、一瞬、胸へと緊張が走った。弛緩していた頬が、瞬く間に硬直していく。
「えっと、あの…」
「弟子は実質、晶花1人だけだ」
「あ、あぁ、その…聞かない方が良かった話、だったか」
「……」
辺りを再び沈黙が支配した。
しかし、それもつかの間のことだった。
「…いや、これは話しといた方が良いか」
その呟きに何かしらの葛藤があっただろうことを、俺は察した。
「ショーカと戦った時、何か鬼気迫るもん感じたろ」
「え、あぁ…そういえば」
「やっぱあったか、はは。…実はアレなっ――――前に一度、あんにゃろー共に襲われたのが原因でよ」
あんにゃろー共、それが、その言葉が意味するものは。
「敵…」
意識せず口から漏れた単語に師恩さんは、そうだな、と端的に答え言葉を続ける。
「奴等に関しての情報は異常な程少ねぇ。奴等のアジトも、構成員の数も、組織名すら私は知らねぇ」
ただ、と空いた左の手の甲を、顔の高さまで持って来てこちらに見せる。
「連中の左手の甲にゃあ、独特な紋章が刻まれてやがった」
「……」
「そして、まぁこれはもう分かってるだろうが、奴等は体ん中に魂獣が住み着いてる特殊な人間を捕らえようてしている。…当時もそうだった」
言葉の続きを、俺は固唾を飲んで待つ。
「1年前――――ショーカが中学三年ん時だ。そん時は修学旅行の真っ最中で、あの子は私の手がすぐ届く場所にいなかった」
「そこで、事件が起こった…?」
「あぁ…。連中が仕掛けて来て、ショーカともう1人の弟子も拐われた」
その先を聞くのが恐くて、少し躊躇った。
だが、どうなった、と俺は震える声で尋ねていた。
同じ体質、同じ年、どうしたって、自分と晶花達とを重ねずにはいられなかった。
そう、俺も、もしかしたら…。
だから、その後を聞きたくなってしまった。
「知らせを聞いて、ショーカ達を探し回って…けど――――見つけた時ゃあ、もう遅かった。勝煌絆、もう1人の弟子の名前だ。同じ女子ってのもあってか、私と家族を除きゃ、ショーカが唯一心を開いた子だ。いや…だった」
「だった…って……」
「拐われた時に殺されそうになってな、ショーカを裏切ったのさ。それも、私が駆けつける前に。だから、遅かった」
敵は逃した、と師恩さんは乾いた声で言った。
「それ以来、絆は私とショーカから距離を取るようになった」
「晶花は…」
「絆を恨んでる…だろうなぁ」
師恩さんは、言い切りはしなかった。
まるでそれを決めかねている、何か、があるかのように俺は感じられた。
「ってな訳だ。危ない世界だろ?」
「今更だっての」
俺の呆れた声。しかし、その直後、石像のように動かないでいた師恩さんの体が、こちらを向いた。
「…夜で、奇襲だったってのもあるが、あのショーカを無力化させて誘拐出来た奴等だ。しかも、事件以来、私らは連中に目ぇつけられてる可能性が高い。1人のが安全かもしれねぇ。そういったこと全部理解してのことか?」
言葉の意味を咀嚼――――するのさえ馬鹿らしくて思わず笑った。
「私は真剣に言ってんだが?」
「ははは…はぁ。いや、分かってる。で今日何度目だってくらい言われてるしな。つまり、お前は分かってない、って言いたいんだろ?でも、ちょっと過保護に思えてさ」
笑いを堪えながら、俺は師恩さんにそう言った。そして、続く言葉を真剣味を帯びた声と表情で紡いでいく。
「分かってるから、俺はちゃんと考えてるから。もう一度、今度は無理をしないから…聞いてくれよ」
「……」
「ただの我が儘で、自己満足で、意地だけど、それでも――――もう、弱いって理由で諦めるのは御免だ」
ずっとそうだった。家族で一番身近な人が死にかけた。きっとあの時、助けが来なかったら爺ちゃんは死んでいた。俺は足掻こうとしたけど弱さが足を引っ張って、あの時一瞬、諦めた。
そう、俺は強くなりたくて特魔部隊に入ったのだ。
守りたい、って想いの大元の感情もあの時の後悔から来ているのは自覚している。改めて考えると、やっぱり俺は酷い奴だ。
けど、そのお陰で仲間が出来た。あいつ等といるあの時間が、あの空間が心地良くて仕方ない。だから守りたい、そうも思っている自分がいる。
だからこそ余計に、弱い所為で今度こそ誰かを救えなくなったら…なんて考えてしまう。
「あいつ等に…俺の仲間に、敵が何か仕掛けてくる可能性は?」
「ない…とは言えねぇな」
「1人で死ぬなら、良くないけど…まだ良い。でも、仲間が殺されてく所を無様に見てることしか出来ないのは、無理。死んだ方がマシ。というか、死にたくなる。…言ったろ?無力感に押し潰されるのは、もう懲り懲りなんだ………」
あれは、結構堪えた。今でもたまにその時の夢を見る。
「だから、俺も仲間に入れてくれよ。…いや、違うか」
言いながら、妙案が浮かび、悪戯を思い付いたような笑みを師恩さんに向けた。
「――――今日から師恩さん、俺をあんたの弟子にしてくれ」
その言葉に、案の定、師恩さんは困った顔をした。
「今お前さんが危惧した可能性も、私が解決する予定だったが。それでもか?」
「ああ」
「何でだ、私は非常に困るぞ」
溜め息をつくように俺に言いながら、後頭部を左手でポリポリ掻く師恩さん。
「うーん、なんというか晶花が、気になってさ…。それに、俺って悲しいことに嫌な意味で有名だ。噂の敵が晶花を狙ってるってんなら、通ってる高校のことも調べてる可能性がある。そしたら、絶対と言っていいほど俺のことは調べられてる。なにせ」
「特魔部隊だから、か。確かに、情報漏洩は避けられねぇか…」
「だから、どっちにしろ俺には今行こうとしてる道しかない訳だ。師匠」
「外堀から埋めてくんなッ」
俺は言うほど大人じゃない。股間をやられたことは根に持っていた。そう、これは軽い復讐である。
弟子だと言えば、自然と師である師恩さんに責任が発生してくる。つまりは、どうにも見た目以上に責任感が強いらしい師恩さんには精神攻撃になる。我ながら妙案だ。
「ったく…。もう弟子すら取らねぇって決めてたんだがな。まぁ良い。言っとくが、私のしごきは厳しいことには定評がある」
「あれ、思ったよりも嫌がらせになってねぇ!」
「どうやら、くだらねぇ理由で弟子入りしようとしてたらしいな。ったく、何年教師やってると…って知らねぇか。そもそも、私が弟子取って困る理由は別にあんだよ、私情だ私情」
しまった、墓穴を掘ってしまった。なんて思っていると、知らない内に魂獣の隔離とやらが終わったらしい。
「作業終了っと…。これで魂獣からの魂の干渉は出来ねぇようになった。さて、帰るか」
「ああ」
立ち上がり、師恩さん――――いや、師匠へと近付く。
そこで、ふと思い出したように師匠が俺に尋ねて来た。
「なぁ、そう言やぁ、林間合宿が近々あんだっけか」
「そうだな、夏休みの始めの方にやるらしいけど…それが?」
「いやな?さっきも言った通り、ショーカの奴はあんまし他人に心を開かねぇんだ。んでしかも、去年の事件の影響で高校に入っても学校には片手で数えるくらいしか行ってねぇんだ」
引き籠り、か。しかも、俺より欠席日数が多いじゃないか。なんとなく、この先が読めた。
「まぁ、なんだ。友達作って来いたぁ言わねぇが、もうちっとばかし周りと交流持つ機会を持って欲しくてな…」
そして、本来はいきなり大勢の人間と関わらせるのは不味いんだが…まぁショーカの今日の様子を見るに問題はねぇ、らしい。
「で、俺の班に晶花を入れれば良いのか?」
「あぁ、頼めっかな…」
「そこは、師匠の命令が聞けねぇのか!とか言えば良いのに。…爺ちゃんはそうだし、そうでしかない」
「そうか、助かる」
「師匠の頼みとあらば…なんてな。任せといてくれ」
そして俺と師匠は精神世界を後にし、その後俺は家へと帰宅したのだった。
どうも、文月です。
昨日の時点で1500字程度しか執筆出来ておらず、その日の夜に猛スピードで2000字加筆して間に合いました。あっぶねっ!
さて、32話辺りから始まった今回の話ですが、物語の進捗状況としてはやっと半分くらいでしょうか。ここから刃達の林間合宿が始まり、その最中……。という感じです。あぁ、バトルシーンを早く書きたいです!
次回更新は来週…いけるように頑張ります。
それと、次は文章量が少ないかもしれないです。
今話で回想が終わりましたが、主人公と仲間の話をする必要がありまして…。
それではまた来週、です!




