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クリスタル・ワールド  作者: 文月 ヒロ
第2章出会いと絆
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第36話桐島流の刃VS瞬脚少女

「なっ………!」


 俺の視線の先には、艶のある黒紫色の髪を背中まで伸ばし、それを後ろで一つに纏めた少女。しかも格好は制服だ。

 暗くて分かりづらかったが、よく見ると制服はうちの高校のものであることが確認できた。

 俺が今しがた目にしたのは、一人の少女がただの一撃でクリスタルモンスターを破壊した光景。

 それは驚愕すべき事実であり、実際俺は驚いていたし言葉が出て来ない。

 しかし、今現在一番強く感じているのは少女のその異様な足への疑問である。

 一体あの足は何だ?全く分からない。

 スカートから伸びた、彼女のスラリとした足は明らかに人の素材ではなく、水色をした何かの結晶。

 例えるならそれは、体の中で足だけが部分的にクリスタルモンスターへと変化したみたいだった。


 ただ、そこに不気味さはなく、月明かりに照らされた結晶部分がそんな疑問さえ忘れさせてしまうほど神秘的に淡く輝いていた。


「――――また、か……?」


 少女の姿を見て動けないでいると、ふと彼女の唇が動いたような気がした。

 何を言っているのだろう、と俺が眉を歪ませたと同時に少女は一直線に歩き始めた。

 バリッバリッ、と足場に散らばった紫色の結晶が踏まれる度に粉々になっていく。

 そして、直ぐに屋上の縁まで来てそこに右足をかける。

 彼女は俺に、殺気の籠った冷たい視線をぶつけながら口を開いた。


「お前達はまた、私の日常を壊そうとしてるのか……?」

「は?何を言って―――」

「また、私から奪うのか!?」


 言っている意味が分からなかった。だが、少女の肩は小刻みに震えていて、徐々に声は殺気と共に怒りを伴ったものとなっていくのが分かる。


 これは…不味い気がする!


 幾つか修羅場を越えたきたお陰か、はたまた、単に彼女の醸し出す鬼気迫る雰囲気のせいか。

 きっと、どちらもだ。

 出会って三十秒にも満たないはずのあの子が、危険に見えて仕方がない。


 思わず刀の柄に掴む手を伸ばし構えてしまった。

 それが正しい判断だと理解したのは少女が言葉を発した直後であった。


「ふざ、けるなッ…!」

「……!!」


 その言葉が聞こえた瞬間、空中で右足をしならせた少女の姿が…目の前にっ!










 研ぎ澄まされた感覚により時の流れが、一瞬、氷結する。








 本当に全てが…完全に止まったようだ。何も、聞こえない…。


 虫達の奏でる涼やかな音楽も。

 急速に速まりドクンドクンと脈打つ心臓の鼓動も。

 夏の夜風が立てる僅かな空気の音色も。


 何も、聞こえない。




 聞こえないのに、()()()()()








 ――――――――――――死ぬ。









 コンマ一秒ほどもない時間で感じた死の予感。

 眼前の少女の、強烈な殺意を孕んだこの蹴りは俺を絶命させる。死ぬのだ。






 しかし、無情にも時間の流れは爆発的に加速する。




 激しい焦燥感の中、俺は鋼の刃を月夜のもとに晒した。


 その直後、激しい金属音が夜の町に響き渡る。


 気がつけば、元いた場所からかなり離れた後方へ見事に吹き飛ばされていた。

 俺はあの少女に蹴り飛ばされたのだ。


 あり得ない…!直前まで、二十メートル以上の高さを誇るビルの屋上にいたのに!一瞬でだ!一瞬で俺がいた場所まで降ってきたのだ!

 あれは転移魔法ではなく、単純な足の力だった。


 しかし、本来ならばその事実に驚愕の色に染めている俺の顔は、両腕に走る痛みと痺れに歪んでいた。


「うぅ………」


 蹴りの衝撃を受ける刹那、後ろに飛んだお陰で助かったのは事実だ。

 だが、精一杯体も武器も強化して防いでもこれだけのダメージ。

 これを受け切ったと素直に喜べる気にはなれなかった。

 覚悟していたつもりでいたけれど、とんでもない速さと威力の蹴りだった…。

 あくまで俺は攻撃を最小限の威力で耐えただけ。

 外見こそ無傷ではあるものの、体には確実に攻撃のダメージが入っている。

 俺が今使っているこの刀は特魔部隊の支給品だが、これじゃあ武器も腕も長くはもたない。


 いきなり仕掛けてきて、あの子は一体何者なんだ?どう考えたって普通の高校生じゃない。


「おい!取り敢えず落ち着いて話を――――」

「はぁぁッ!」


 穏便に済まそうとして、一歩踏み出した途端少女の姿が再び消え、次の瞬間後方に敵意のある気配が。あの子が後ろにいる!

 振り返えると既に攻撃は放たれており、横なぎの鋭い蹴りが俺の顔面を狙って飛んで来た。

 不味い、と何とかそこに刃を持って来て防いだが力が足りなかった。


「カ――ハッ…!」


 俺の体は建物の壁にめり込んだ。

 まるで電撃でも食らったような痛みが背中に走り、肺の中の空気をすべて吐き出してしまった。

 だが、激痛に悶絶などしてる暇はない。

 俺を殺さんとする、破壊力抜群の足が瞬きする間もなく飛んでくる。

 無理矢理に体を動かしてそれを回避。

 一瞬前までいた場所には見事な風穴が生まれ、生産者たる少女はもうそこにいない。

 そう、今度は。


「う、上かッ…!」


 頭上に例の少女を見つけた時には、既に綺麗な水色の右足と共に(かかと)が俺の脳天へ落ちてくる寸前だった。

 ギリギリのタイミングで刀を上に構えていなしに移る。


 しかし、攻撃が当たるまさにその直前。

 黒紫髪の少女が空中で体を捻る。右足は軌道をずらし、代わりに左足の靴裏が俺の眼前に。


「しまッ―――――――――」

「これで、終わりだぁぁぁ!」


 膝を曲げ待機していた左足が、弾丸のように射出された。首筋を冷たいものが伝う。死ぬ、殺される。


「こんの!間に合え!」


 咄嗟に柄の中心部分で防ぎにかかるが、案の定凄い勢いで吹き飛ばされる。

 ズサーッという靴の裏面と道路が激しく擦れる音。

 もう元いた場所からは四、五十メートルは離れただろう。


 片膝をついてしまった。意図してではない。

 俺の体が、数十秒に渡るあの蹴りからの逃走劇に軽く悲鳴を上げているのだ。

 ああ、分かってる。手持ちの武器でいなそうが守ろうが結局ダメージが入ってしまう。かといって全てを避けることなんて不可能。

 油断なんてしてる暇はない。だが……。


「く……」


 俺はこの状況に憤ろしさを感じていた。

 先ほどから視界の中にいる少女のこの気配。

 殺気とかそういう類いのものではない。

 遠く離れた場所でも、クリスタルモンスターをクリスタルモンスターだと認識できたような、俺が少し前に知った感覚だ。何かの力。


 ――ああ、同族だ。――


 本能がそう告げている。


 では、あの子はクリスタルモンスターなのか?いいや、違う。俺と同じ、“凶魔”と呼ばれる人間だ。そう、同じなのだ。全貌も、目的も、何もかも分からない組織に狙われている、ある意味俺と同じ運命の中で生きる少女。なのに……。


「くっそ……!!意味、わかんねーよ……。俺の日常は相変わらずの大騒ぎで、友達作りとか上手くいかない。…けど、三人とか少ないけど一人はヘンテコなロボットだけど、友達、できたんだぜ?そんな日常を守りたい、そう決意したらなんだよ……。俺も狙われてる?もうその事実聞いただけで不安で仕方ないのに。どうして俺と同じ境遇らしき子にまで襲われなきゃならないんだよ……!!」


 か細い声が夜風に消えた。

 爺ちゃんには変ったと言われた。けど、それは少しだけで、俺の根っこはやっぱり弱い。本当は不安に押し潰されそうで辛かった。苦しくって堪らなかったんだ!

 クリスタルモンスターのような怪物が相手でも怯えず立っていられるのは、強いからではない。守りたいから。ビビッて縮こまっていたせいで“大切なもの”を失いたくないから。

 俺は強いのではない、()()()()()()()()()()のだ。

 でも、無理に虚勢を張り続けたせいで、俺の弱い部分が出てしまったんだ。まるで、割れた鎧の隙間から素肌が見えるようになったように。


 だから、多分この時、俺は冷静さを失っていたのだと思う。目の前の女の子が自分を襲っている理由。そのくらい、考えれば仮説を立てるくらいは出来ただろうから。


 この時点で頭を冷やしておくべきだった。


「え……」


 あまりの感覚に鳥肌が立った。寒いのではない、体がマグマのように熱いのだ。


「アア、アア、クソックソッ、理不尽、ダ…!…やめ、ろ…!憎、イ…!やめろ……!」


 同時に、熱湯のように沸々と湧き上がっていた怒りが、燃え盛る炎の如き憎しみに。

 俺のまだ冷静だった部分が感情を抑えようとしている。


「コロ、殺シテ、ヤル……!!」


 ああ、抑えきれない。このままにしておけば、体が爆発してしまうのでは?と錯覚するほど強烈な殺意だ。右手の刀を握る力が強くなる。道路にツンと立てた刀身に禍々しい力が宿る。炎のようにゆらゆらと。いっそのこと、感情に呑まれてしまいたかった。それが出来ればどれだけ楽だったか。


 懐から何かがひらひらと零れ落ち、そして地に着いた。


『何やってんねん!もっと詰めろや、画面入りきらんやろ!』

『はいはい分かった。分かったから大人しくしてろ…』

『うるさい、ヘンテコロボット』

『なんやとコラッ!』

『皆、もう時間が――――て、ジンタ君!?』

『くらえや必殺ロケットパンチ!』

『何してくれてんだ、この野郎ぅぅぅ!!』


 右にいた俺とレインに鋼鉄の拳を振りかぶっているジンタと、それに驚くレーナが映った写真だった。所々画像がブレてて、かなり出来の悪い一枚。レイン達の入学記念にと校門前で撮ったのを思い出した。

 もう一度撮り直したんだったか。ふっ、それにしても酷い。人生の中でも一二を争う程じゃないか。


 それなのに……。この写真を見た瞬間、俺の内で激しく燃えていたはずの怒りの炎が、消え失せた。


 とてつもない恐怖心からだった。

 どす黒い感情に身を任せてしまえば、全てを忘れられそうだった。


 日々の記憶も。こんな不細工な写真のことも。そこに映る、あいつらの笑顔さえも…。

 大事な思い出が、全て消える。


 それが…どうしようもない程に、恐ろしくて怖かった。


 俺は自覚した。大切なものを無くしそうになったのだと。同時に、思い出したかのように憎しみの炎が俺の中で燃え始めた。


 が、俺には関係なかった。


「…俺が、俺が何時、力を使おうと、した…。偽物の、感情は、黙ってろ…!」


 自らが発する、荒れ狂った思考の中でもハッキリと感じられる程の力。

 俺はこの紫がかった力に乗っ取られそうになっていた。いや、実際は現在進行形か。


 理由は分からないが、以前にも増して強大な負の感情が俺を支配しようとしている。自分でも抑えられているのが不思議なくらいだ。


 右膝を地面から放し立ち上がり、おもむろに足を踏み出す。


 体が燃えるように、熱い。

 対照的に、脳は冷えているお陰か思考も回る。


「ああ、そうだよな?間違ってるんだ」


 不安が消えた訳じゃないし、今も黒い感情が俺を支配しようとしている。


 でも、今だけはこの気持ちを心の奥に閉まっておこう。

 何故なら……。


「さっきの言葉…。あの子も、何かを守ろうとしているんだ。だったら…だったらこんな戦い、不毛でしかない!」


 鋼の刀身に纏わりつく紫色の力を増大させる。同時に、どす黒い感情が一気に膨れ上がる。堪える。偽りの怒りや憎しみに呑まれて目的を失う訳にはいかない。心の中で強くそう思った。


 今なお俺に敵意を向けてくる少女との距離は十メートル以上。相手は構えていなかった。

 代わりに、青空を思わせる色合いの結晶で構成された彼女の足は青白く、力強い光を放っていた。例の奇妙な力をその足に溜めていたのだ。


 本気の殺意がひしひしと此方にも伝わってくる。


 俺は怪しい光源を宿した刀を両手で構えた。

 今から来る攻撃は多分避けられない。ならば、避けない。()()()()()()


「桐島流」


 俺はそこで弾丸のように駆け出し技を放ちにかかる。

 そして少女は、俺に引き寄せられるかの如く一瞬で地面を蹴って急接近。 

 技を繰り出し、両者は睨み合うように己の武器である刀と足で鍔迫り合いの状態に!


「十六よ――――なッ…!」

「えッ!」


 ……なるはずだった。


 しかし、俺達がぶつかり合う直前だった。突然俺とあの少女の間に白い光が生まれ、爆ぜた…。


「…てててッ………!何だ、いきなり……!」


 吹き飛ばされ尻餅をついた俺は、悪態をつきながら爆発のあった場所に視線を向ける。

 白い煙に覆われており、向かい側にいるはずの例の少女の姿さえ見えない。

 が、次第に煙が薄くなりそこに人影を発見した。あの女の子か?と目を凝らしたが違った。


「はぁ…。随分とまぁド派手に素敵にバトル繰り広げてくれやがってよォ……。おいショーカッ!私ゃあ家にいろつっといたろうが、ぇえ!?そこんとこどうよ?」


 そこに立っていたのは、長い黒髪を風に(なび)かせ白衣を身に纏った、大人な雰囲気の女性だった。

投稿が遅くなることが多い作者。最近は特に酷いような…。本当に申し訳ごさいません(汗)。

頑張って週一投稿を目指したいのですが、恐らく来週投稿は難しいと思われます(今投稿から二週間後までに何とか…!)。作者が唯一保有する《特権スキル・若さ》を使って!ステータスオープン!!

異世界はロマンである。この命題は真だと信じてます、はい。



それはそうと、新キャラ二人ですね!さて、これからこの二人が物語にどのように関わってくるのか?お楽しみに、です。


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