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クリスタル・ワールド  作者: 文月 ヒロ
第2章出会いと絆
45/87

第35話身に迫る危機

本日二度目の投稿です。初めてだからワクワクです。

作者的には書いていたら知らない間に朝になってた回です。徹夜はあるんですけど、知らない間に、というのは初めてで…(あれ?初めてだったっけ?どっちにしてもあんまりないですね)。

若いって本当に良いですね!

「す、凄い!凄い凄い!!凄過ぎるよ!!!」

「レーナの奴、随分とはしゃいでるなぁ。な、レイ―――」

「こ、これが遊園地…!確かに、凄い…!」

「お前もか!」

「うぉぉぉッ!スッゲ、スッゲェェェッスよ兄貴ぃ!」

「ああ、はいはい…。お前もかー」


 夏休みもいよいよ近くなってきた七月の休日。

 この季節特有の茹だるような熱気もどこ吹く風。

 傷も完治した俺は、友人達と共に、江戸川区にある遊園地へと遊びに来ていた。

 メンバー構成は、俺はもちろんのこと、レインとレーナ。そして、俺に着いてきた弟閃大和。この四人だ。


 何故なんだろう?この自称舎弟君、俺が遊園地に行くことを何処からか聞き出してきたのだ。


『行きたい行きたい行きたい行きたい行きたい行きたいったら行きたいッスぅ兄貴ぃぃぃ!』


 と、すっごいごねられたのは記憶に新しい。


 あれはまさに災難と呼べる出来事だったな。

 下校中、道端に仰向けに寝転がり、手足をバタバタさせながらの駄々っ子交渉術。


 正直、恥ずかしくて死ねそうだった。何せ周りからの視線が痛すぎて…。


 まったく、高校生にもなったというのに、普通公衆の面前でそんなことでやるか?いいや、普通はやらないな。

 まぁ、色々な経験(涙)のお陰で、ある程度は慣れてるから良いんだけどさ。


「にしても、本当にはしゃぐなぁ。いや、気持ちは分かるんたが…」


 後方で繰り広げられているその様子を見ながら、俺は若干呆れ気味に言った。

 まだ入口から入って十メートル程度で、既に俺以外の全員が瞳を爛々と輝かせている。 

 こんな調子で、アトラクションを楽しむのは一体何時になるのやら…。


 まぁ、場所が場所だしな。心が浮き足立つその気持ちは分からなくもない。


 陽気なリズムと明るい音階が奏でる音楽。

 その中に時々、大勢から発せられる大音量の悲鳴が混じる。

 恐らく、時速三百キロ以上の、深い青に黄色いラインの入った超魔導加速型ジェットコースターからのものだろう。

 この乗り物は何時の時代も非常に人気が高い。


 そして、景色は変わってその下。

 これもかなり人気のある乗り物、コーヒーカップ。アトラクションに乗ってる間は幻覚魔法を使った演出が楽しめるんだとか。

 ちなみに、外から見た感想を言おう。ただの可愛らしい柄の入ったピンク色のコーヒーカップである。

 正直、他のと比べると、昔の乗り物という感じだ。そんな地味さを無視する人気ぶりがこのカップにはあるのだ。


 他にも、浮遊型メリーゴーランド、窓から見える景色が魔法によってコロコロと変化する観覧車……エトセトラ。入って直ぐのこの場所でも、目に映るアトラクションの数は多い。


 俺達の目の前に広がるのは、実に素晴らしい夢の世界なのである。


 では、どうして後ろの幸せ集団と比べて、俺はここまで温度差があるのか?


 ああ、当然、ドキドキワクワク感はあるさ。

 本当は俺だってはしゃぎたい。


「あれ、どうしたの?も、もしかして、遊園地、嫌いだった?」

「い、いや、そんなことないぞ?いやぁ、楽しみだなぁ!!」

「そっか!」


 不安そうに俺に尋ねてきたレーナは、ニカっと笑顔になった。再び目の前の光景に胸を踊らせている。それをよそに、俺は安堵の表情を浮かべた。


「ふぅ、危なかった。流石に、寝不足だから気分が悪い、とか言えないよな……」


 俺はすこぶる寝不足だった。


 悲しいかな、昔から俺は友達が少なく、珍しく遊びに誘われても剣の稽古のせいで行けなかったりした。

 えっ?何で友達が少なかったかって? 

 理由は敢えて詳しく説明しないが…というより、するだけ時間の無駄である。

 うちの爺ちゃんが起こした、数多の問題行動が原因。


 これだけ言えば、大方の事情は察してもらえるだろう。


 まぁ、兎にも角にも、俺にはこういう経験がほとんどなかったのだ。

 その結果。昨日、緊張で眠れずにいた俺は、ベッドの上で羊を数えに数えた。

 そして気がつけば、鳥の(さえ)ずりが聞こえる、そんな時刻だった…。


 問題はこの後。

 あまりに俺の顔色が悪かったので、爺ちゃんに無理矢理何杯ものコーヒーを飲まされた。それが決め手になった。俺はコーヒーが苦手だ。

 ただでさえ苦手とする飲み物を、睡眠不足のふらふら状態で、ガブガブと飲まされる地獄。


 胃の中から、コーヒーと共に、何か酸っぱいものも出て来そうで仕方がない。


「うぷッ…。こりゃあ、激しいアトラクションは止めとかなきゃなぁ……」

「ねぇ、まずはジェットコースターから乗ろうよ!」

「えッ……!」


 身体中が凍りつくような感覚に襲われた。

 レ、レーナの奴、今なんて言った?アレに乗るってか?いやいや、それは不味い、非常に不味いでございますよ本当にぃ!


「俺も気になってた」

「おお!流石、兄貴のご友人方ッス、目の付け所が違う!あの絶叫マシンは凄いんスよぉ!こう、ズビュンっときて、ズゥアアアってなるところがもう、超パないんス!!」

「「なるほどぉ!」」


 何で今の説明で分かるんだよ!

 もしかしたら、この三人の感性には近しいものがあるのかもしれない。

 だが今は!今は、そんな悠長なこと考えてる場合じゃない!

 俺の身に危険が迫ってきているのだ。

 何とかして、別のアトラクションに移らせるよう促さなければ…。


「な、なぁ、知ってるかレーナ?このジェットコースターはなんと、あの曲がりに曲がったレール上を時速三百キロ以上で動く、絶叫なんて生温(なまぬる)い悪魔的なアトラクションなんだ!」

「凄いんだねぇ。何だか落ちないか心配で、怖くなってきちゃったよ」

「そうだろそうだろ。でもな、レールに使われてる素材は元々頑丈な上に、更にそこへ強化と衝撃分散の魔法が掛けられてる。しかも、座席に付いてる安全バーは、乗せてる人間を絶対に振り落とさないような設計だ。だから安心して乗れるんだ(ニカッ)!」

「へぇ、じゃあ怖くないね!」

「ああ、そうだろう?」

「よーし、みんな。レッツゴー!」

「「ああ(うッス)!」」

「うぉぉぉぉぉお!墓穴掘っちまったぁぁ!!」


 つい熱が入ったせいで、じっくりちゃっかり全部説明しちゃったよ。くぅ、俺のおバカさん!レンガ造りの地面に何度も頭を打ち付けるのは、後悔と失敗の戒めだ。

 諦めるしかない。今あいつらを引き留めても気分を盛り下げてしまうだけだから。

 ほら、あいつらめちゃくちゃ楽しそうだろう?


 俺は剣士だ!明鏡止水、明鏡止水。

 よし、気合いで乗り切ってやろうじゃないか!


 レーナ達は嬉々として、ジェットコースター乗り場に出来ている行列へ向かっていった。

 俺もそれに着いていく。


「それにしても、刃君、ここのアトラクションに詳しいんだね」

「ま、まぁな。地元だし、当たり前だ」


 というのは嘘で、実は前の日にネットを使って調べただけ。ここに来ること自体初めてだ。

 こういうのを楽しむためには、やっぱりいろいろと予習復習が大事だからな。何を聞かれてもすべて答えられるようにやってきた。


 もっとも、現在絶賛体調不良中でそれどころじゃないのだが…。

 くぅ、カフェインよ、早く効いて来てくれ!


「っと、もう俺らの番か」


 よし、気合いだ。気合いで乗り切るしかない。ジェットコースターの席に座った俺は、これから起こる一分半の戦いを前に、深呼吸をして準備に移る。


「それでは行きますよ!カウントダウン、五――――」


 大丈夫だ、桐島刃。俺はやれる!落ち着いて、胃袋の中の物を出さないように集中するんだ。


「二」


 いける、多分大丈夫、耐えるんだ。


「一」


 よし、問題ない。俺なら必ずやれ―――


「スタート!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 スタッフの合図と共に、ジェットコースターはとんでもない速さで走り出した。

 俺はとんでもない大きさの絶叫をあげた。

 何だこれ!?乗っけから暴走バイク顔負けの速度で走りやがって、スピード出しすぎだ!


 だが、俺の気持ちとは裏腹にこの超悪趣味な乗り物は、その速さを更に増していく。

 しかも、上に登っていくよう敷かれた赤い螺旋レールの上を、グルグルと爆走しながらだ。


「う、うぷッ…!え、遠心力が、遠心力がぁぁぁぁぁぁあ!!」


 科学的な力の作用により、胃袋の中の物が掻き回される。加えて三半規管もやられ、早くも満身創痍に。


「はぁ…はぁ…はぁ……。」


 一番上まで登りきった後、ジェットコースターは、一直線のレールの上をゆっくりと走っていく。


「あ、危なかった―――――あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!?」


 安心したのも束の間。先ほどとは比べ物にならない速さで、ジェットコースターが傾斜角七十五度の坂を下降する。

 降りきった後もその速度は上がり続ける。

 やがて最高速度の三百二十キロに到達。


「し、死ぬ!駄目だこれ、死ぬぅぅぅぅぅ!!」


 複雑に曲がった赤いレール。

 その上を、猛烈なスピードで駆け抜ける鬼畜な乗り物は、中々止まってくれはしない。


 一分半って、こんなに長かったろうか?

 今朝飲まされたコーヒー、もう既に喉の辺りまで来てるんですが…。

 しかし、ここで楽になってしまっては不味い。何とか耐え、暫くするとスタッフの姿が見えてきた。


「はーい、皆さんお疲れ様でしたー」


 やっとジェットコースターが停車し、俺達はそこから降りた。平衡感覚がなくなったせいで、上手く歩けない。


「うぷッ……ふぅ。な、何とか耐え切った…」


 そういえば、自分のことで精一杯だったが、皆は大丈夫だろうか?待ち合わせ場所のベンチの方に目を向けてみる。


「さ、流石にキツかったッス…」


 地べたにヘタり込んだ弟閃は、中々に青い顔になっていた。

 そうだよな、俺も死ぬかと思った。

 鏡は持ってないが、多分俺、死人みたいな顔色してると思うぞ?

 で、レインとレーナはというと、


「これがジェットコースターなんだね!もう一回行きたい!」

「ああ」


 …死人どころか、乗る前よりも元気になってらっしゃった……。

 そして、何を血迷ったこと言っているんだ、この二人?どれだけ元気あり余ってんの?


 まぁ仕方ない、俺はここで待っておくか。


 が、レインは俺に近づき、腕を掴んで引っ張ってきた。


「どうした刃、行くぞ」

「え?ちょっ、ウソ!」


 どうやら、俺に拒否権はないらしい。いや、俺達か。弟閃も連行されてる。


「スタート!」


 聞こえるスタッフの合図。


「うぷッ……」


 そして、一分半後。


「じゃ、もう一回♪」

「だな」


 列に並び、三回目。


「う、うぷッ……うッ!」


 一分半、後。ま、満面の、笑みを、う、浮かべなが、ら、レーナは、は、


「もう一回だね♪」

「ああ」


 しょ、しょして、い、一分、は、半、後……。

 お、お、お、


「「オロオロオロオロオロオロオロオロ」」


 俺だけでなく、弟閃も口からキラキラ(自主規制)の滝を流す。もちろん、トイレの中で。


 ホント、ここまで耐えた自分を誉めてやりたい。




 ―――――――――――――――――



 その後も、俺達は絶叫系アトラクションを堪能しつくした。

 最初のあの悪趣味な乗り物に比べたら、ある程度はマシな絶叫具合ではあったな。

 だが、徹夜明けの俺には、かなり厳しいものだったのは事実である。

 いや、例え絶好調の状態だったとしても、恐らくほとんど変わらないな、これは…。

 弟閃?ああ、あいつは既に回復して、レーナ達と一緒にいるぞ?

 これから飯だってのに、遊園地で売ってるクレープを買いに行くんだそうだ。


「元気な奴らだなぁ」


 で、そんなあいつらの様子を、俺はベンチに腰掛けながらぼんやりと眺めていた。

 そんな時だった。


「なんだ、随分とお疲れ気味だな?そんなんで任務が勤まんのか?」

「何言ってんだ。何時何処で何が起こっても、直ぐ動けるように……って、ん?」


 突然後ろから聞こえた、俺を馬鹿にしたような男の声。

 レーナの護衛のことだろうと、反論しようとして、そこで俺は気が付いた。


 野性的なその声に、ひどく聞き覚えがあったのだ。


 もしかして、と即座に後ろを振り返ってみると、やはりそこにはいた。


「なッ、お前、どうして……」

「よう、久しいなぁ坊主」


 俺達と共に、たった一人の少女のために、命懸けで世界最強のマフィアと戦った人間がいた。

 逆立てた程良い長さの赤髪に、目付きの悪い赤い瞳。肩から先がごっそり失われた右腕。

 火ノ宮錬魔。

 俺の瞳に映る、優しげな笑みを浮かべている男は、まさしくソイツだった。黒を基調とした涼しげな格好で、俺の後ろにいたのだ。


 たしか事件の後、こいつは逮捕されたはずだ。

 それなのに、どうしてここにいる?今まで何をしていた?

 疑問に思うことが多すぎて、今直ぐにでも聞き出したかった

 だが火ノ宮は、何かを警戒しながら俺に言った。


「おっと、悪いんだが、俺達がこうして会ってることがバレちゃ不味いんだ。けど俺は、お前と会話がしたい。だから、後ろ向いててくれ。そうすりゃあ、バレねぇだろ?」

「分かった。で、どうしてお前はここに?豚箱にぶちこまれたんじゃなかったのか?」

「ああ、それな。坊主、お前から見て斜め右方向にあるベンチに、視線だけ向けてみろ。」


 向かいのベンチに意識を向ける。

 そこ座っていたのは、長い黒髪を後ろで一つに纏めた女性だった。

 ラフな格好で、スカートに両手を押さえて恥ずかしそうにしている。似合ってるけど、着慣れない服を着てるみたいな様子だ。

 そして何故だろう、どことなく見覚えがある。


「あの女の人が、どうかしたのか?」

「ま、あれは分からんよな。夢見惑華。覚えてるか?」

「ああ、もちろん覚えてるけ…あ!あの人、夢見さんか!?」


 着物のイメージが強かったから分かりにくかったが、言われてみてば…。


「そうだ。俺はあの嬢ちゃんと一緒に、裏でレーナを護衛してんだよ」

「は?どういうことだよ!」

「だからこっち見んなって…」

「あっ、すまん。つい、な……」


 しかし、疑問だ。俺とレインが任されてる任務を、どうして火ノ宮達がやってるんだ?

 聞いてみると、答えは直ぐに返ってきた。


「お前ら二人だけに、そんな重大な任務任せられねぇだろ?だから、特例で俺は釈放されて裏で動いてんだ」

「でも、それなら別に火ノ宮、お前でなくてもいいだろ」

「信用度的にはな。けど、俺は元マフィアの人間だ。そっち側の情報には、結構詳しいんだぜ?」

「…なるほどな。敵を知ってる方が守りやすいってことか」


 一応、筋は通ってるな。正直この任務、俺達だけじゃ心許ないとは思っていた。

 だから、嬉しくはある。

 ただなぁ。


「何でそんな大事なこと、俺達に言ってくれないんだよ」


 それを知ってるのと知らないとじゃ、レーナの警護の仕方に大きく影響が出てしまう。

 まったく、上の人達も分かっているだろうに。


 しかし、火ノ宮は後ろで呆れたように言った。


「政府の奴ら、見栄を張ってんだよ…」

「見栄?」

「今回の事件解決、日本の特魔部隊の活躍が大きいと考えられててな?いや、それ自体は正しいんだが、どうもそれを特魔部隊個人の力が高いと勘違いされちまったんだ。実際は坊主達じゃなけりゃ、今頃マフィア連中が世界征服をおっ始めてるってのにだ」


 いや、別に他の班だって、連携に関して言えば世界にも引けを取らないんだからな?

 連携が強さだと言うのは変わらないんだ。


「それで?」

「ああ。そんな中、レーナの案件が出てきたろ?こりゃ、いよいよ日本の実力の見せ所だって、上の奴らの間じゃ大騒ぎ。何せ日本の特魔部隊は、個人がそこまで強くないからな。ま、だからと言って、個人の力を示さない訳にもいかず、」

「俺達に任されたと…」

「しかも、あいつら。お前らのことを信用出来ねぇってから、裏で俺達に動くよう命じて来やがったんだ。もちろん、外国への日本の力のアピールのために、そのことは誰にも知られちゃならねぇから、肝心な奴らにも言えねぇって状況だ」

「…なるほどな」


 ふむ、話を聞いてみたら、なんてくだらない見栄を張ってるんだと思う。

 一通り事情を知った俺はため息をついた。


「人の命と見栄を天秤にかけて後者を取ったのか…。レーナが捕まったら、苦しむことになるのは彼女だけじゃないってのに……」

「悠長なもんだろ?」

「まったくだな」


 呆れ声で俺が言うと火ノ宮が豪快に笑らった。


「何がおかしいんだよ」

「ああ、いや別におかしいんじゃねぇよ」

「じゃあ何だ?」


 すると、火ノ宮はさっきとは打って変わった顔に似合わぬ柔らかい声で、呟くように言った。


「まぁ、なんだ…。あの子の護衛が、お前達で良かったと思ってな」

「今の会話のどこにそんな要素があった?」

「はは、ねぇよ。全くな。ただ、ふとそう思っただけさ」


 何だそりゃ?意味が分からないな。

 そんな思考とは別に、誉められたことを嬉しく思う自分がいて、背中がこそばゆくなった。

 でも、やっぱり恥ずかしかったので、少し意地悪を言ってやった。


「そいつはどうも。レーナの護衛は任せとけ。そうだな。お前は、好きな人に変な虫が付かないか心配してろよ。護衛の野郎とかな?」

「なッ!お、お前、お前は何言ってんだよ!?」

「さぁ?何のことだか」


 互いに背中合わせの状態だが、火ノ宮が動揺しているのが手に取るように分かった。

 うん、分かり易す過ぎだ。


 最初から怪しいと思ってたんだが、あの事件の最中に確信した。

 火ノ宮の奴はレーナに好意を向けている。

 もっとも、本人は上手く隠せているつもりらしいがな。


「さて、あんまり長話してると、俺達が会話してることがバレるだろうから、俺はそろそろ――――」


 そう言って、ベンチから立とうとして、


「待て。本題はこれからだ」


 厳かな態度の火ノ宮に止められた。

 俺は仕方なく、再びベンチに腰を降ろす。

 雰囲気からして、本当に真面目な話みたいだ。火ノ宮の口から、一体何が語られるのか。固唾を飲んで待つ。


 程なくして、火ノ宮が口を開いた。


「俺の右腕が、まだしっかり引っ付いてた頃の話だ」


 服が擦れる音がすることから、恐らく右肩でも擦っているのだろう。話は続く。


「とある組織から、人身売買の依頼が舞い込んできたことがあってな。一人か二人の、出来れば子供が欲しい。そんな依頼。しかも、多額の報酬でだ。ただ、結局取引は行われずに終わった」

「どうしてだ?」


 思わず疑問を投げ掛けてみる。

 すると、火ノ宮は声のトーンを低くしてそれに答えた。


「相手方が望んだのは子供。それも、凶魔(きょうま)と呼ばれる条件付きの人間だったからだ」

「凶…魔……」



『これはもしや…この子供、()()か?』


 その単語を聞いた瞬間、あの時バルトロが言った言葉が脳裏を過った。


「そうだ。お前が纏っていた禍禍しい魔力。バルトロの野郎は、それを見て凶魔だと言っていた。なら―――」


 全身から嫌な汗が吹き出す。

 もしも、もしも、火ノ宮の言ったことが正しいのならば、俺は―――――


「坊主。お前、多分狙われてるぞ?」





 ――――――――――――――――



 散々遊び尽くし、そろそろ太陽も沈み始めた頃。俺達は遊園地を出た。


「んじゃ兄貴、俺はここで!皆さんも!」


 二十分程歩いた分かれ道で、弟閃が相変わらずの調子で言った。


「ああ、またな」

「また」

「またね?」

「はいッス!」


 この溌剌(はつらつ)とした雰囲気が、こいつの良いところだ。


 それから十分後。


 辺りはすっかり暗くなり、街灯に灯る青い光と半月の淡い光だけが俺達の帰路を照らしている。

 特に急ぐ理由もなかったせいか、俺達の足取りは変わらずゆっくりのままだった。

 今日の江戸川区は、休日だというのに人通りがやけに少ない。


「人、少ないね…」

「…今日は、他の区で祭りがあるらしい」

「そっかぁ、祭りか~。今度行ってみたいね」

「…ああ」

「「…………」」

「ん?」


 隣にいたはずのレイン達の姿が何時の間にか消えていた。

 直ぐに気付いて後ろを振り替えってみると、二人が俺を心配そうな眼差しで見ていた。


「どうした、二人とも?」

「あ、えと…」


 レーナは頬をポリポリとかきながら、困ったなぁ、という風な表情をした。

 それに代わって、レインが目を瞑り、呆れながら俺に言った。


「さっきから、レーナが話かけてる。気付かなかったのか?」

「そうなのか?すまん、ちょっとボーっとしてて…」

「ううん、構わないよ。それより大丈夫?お昼から変だったし」

「険しい顔をしてた」


 俺、そんな顔してたのか?


「ごめん気付かなくて…。無理矢理いろいろ連れ回しちゃったから気分悪かったんだよね…?」


 たしかに、昼からはレーナ達のはしゃぎ具合が控えめだった。

 午前から大分ハードだったから、流石に疲れてきていたのかと勝手に決め込んでいた。

 でも、それはどうやら違ったらしい。

 俺は知らないうちにレーナ達に気を使わせていたんだ。


 馬鹿だ、俺は。


「いや、違うんだ。実は今日、ちょっと寝不足でさ。でも、楽しかったし面白かった」

「そう…なの?」

「あったりまえだ!さ、今日はもう暗いし、さっさと帰ろうぜ?」

「うん!」

「刃。先に帰れ、レーナは俺が送っていく」


 レインがそう言ったが流石に悪いだろう。

 俺も行く、と言おうとした。

 しかし、俺が口を開く前にそれをレインに遮られた。


「大丈夫だ。レーナは護衛対象。だから、俺の隣に住んでいる」

「…そう、か。じゃあ、お言葉に甘えさせてもうとする」

「またね?」

「気をつけて帰れ」

「ああ!」


 去り際に二人が手を振ってきたので、俺も小さく振り返す。

 そうやって、レイン達の姿が見えなくなった所で、挙げていた手をすっと下ろす。


「何やってんだか……」


 ため息をつくように俺は呟いた。先程まで無理矢理作っていた笑顔は既に崩れている。

 恐らく、またレーナの言っていた険しい顔をしているのだろう。

 必死に表情を繕っていた。けど、もしかしたら、あの二人には勘づかれていたかもしれない。レインが気を使ってくれたのがそのいい証拠だ。


 でも、知られる訳にはいかなかった。


 昼に火ノ宮から聞かされたことが頭から離れない。あいつは俺に向けて言ったのだ。

 お前は狙われてる可能性が高いと。

 組織の名前。拠点。構成メンバー。凶魔と呼ばれる人間を求める目的。

 火ノ宮自身も詳しくは知らないらしい。


 知ってるのは、そういう輩が俺のような人間を欲していること。

 闇ルートを使ってまで、特定の人間を手に入れようとする強い執着心があること。

 そして、火ノ宮が謎の組織連中と話をした時に聞いた、必要であればターゲットの周りにいる人間にも危害を加える、ということだ。


 だが、それだけあれば俺が動揺するには十分だった。

 本当に俺が狙われている人間だったのなら、周りにも被害が及んでしまう。

 そんなのは嫌だ。自分のせいで誰かが傷つくのなんて見たくない。


 しかも、不味いのはそれ一つじゃない。


 狙われている人間が狙われている人間を守るのは最適か?

 政府にそれを知られたら?

 政府は俺達に依頼して来たんだ。断じて俺だけでも、レインだけでもない。

 内一人が問題を抱えているとバレたら、レーナの外での暮らしはそこでお終いだろう。


「絶対にさせない!けど………」


 このまま言わないで、もし俺が襲われたら?

 親しい人間としてレーナに被害が及ぶかもしれない。

 連中への対処をしてる時にマフィアがレーナを奪いに来るかも。

 最悪、その組織とマフィアが結託する恐れもないことはない。


 俺の情報を知っておくことで、彼女に降りかかる危険を少しは払えるだろう。

 あるいは、それで命を落とすことを避けられる可能性だってある。


 それでも言えない。例えレーナ一人だけに伝えたとしても、きっと変わらない。

 レーナは優しい。だからこそ、俺の負担になりたくなくて、彼女は自ら地下での生活を望むだろう。その閉じ込められた生活には、自由は存在しないのだと分かっていてもだ。


 俺も火ノ宮もそう結論づけた。故に、秘密は口が裂けても言えない。


「友人の自由か命。……んなもん、決められっかよ…!」


 どうすればいいのか分からなかった。思わず右側にあった電柱を拳で殴り付けた。

 側面でやったので、小指の辺りに痛みが生じているが些細なことだった。


「…レインにでも相談しよう。きっとそれが一番良いよな?」


 去り際、火ノ宮は俺に、出来るだけ誰にも俺が凶魔だと教えるなと言っていた。

 分からない人間の方が多い。だが、その存在を知っている奴らにバレたら、そいつは大変だ。

 例の組織がそう、不気味な笑みを浮かべながら喋っていたかららしい。


 さっき決めたように、俺が隠してる秘密はレインに話す。凶魔という存在の情報は時間を作って調べることにしよう。

 さて、あんまり遅いと父さん達を心配させてしまう。


「帰るか………」


 考え事に気を取られすぎて、俺は何時の間にか足を止めていた。

 おもむろに右足を踏み出して歩きだす。

 それと同時に、腹の虫がきゅぅぅぅっと力ない声で鳴いた。


「はは。今日の晩メシは何、だ…ろ…う……?えっ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………!?」


 腹を擦っていた利手がまるで石になったかのように固まった。いや、動くことを放棄したのは手だけじゃない。

 爪先や眼球、髪の毛の一本に至るまで、俺の体全体が動くという機能を失っていた。


 だが、決してそれは、何者かによる魔法を使った襲撃などではなかった。


 俺が動けなくなっている理由はもっと単純明快なもの。



 混乱だ。



 俺の体が、今までに味わったことのない感覚を認知し、それが頭を混乱させているのだ。


「なん、だ…これ……」


 やっとのことでそれだけ言った。

 未だ冷静さは完全に取り戻せないまま。

 だが、その中で俺は、自分が感じているものの正体を理解した。

 匂いのように俺の方までやって来る、魔力とは違う別の力。

 それが全身で感じられ、力の元を辿っていくとハッキリと分かるのだ。


 そう、俺が今認識しているのは。


「クリス…タル…モンスター……!」


 魔力でなら感知可能なそいつを、魔力を読み取れない俺が、それがどこにいるか確認できている。

 異常な事でしかなかった。あり得ない。けれども現実にあり得た。

 しかも、この近くではない、もっと遠くにいる化け物の存在の位置を把握出来ている。


 推定直線距離で約六百メートルくらいだろう。


「はっ、ボーっと突っ立ってる場合じゃない!」


 冷静さを取り戻した俺は、クリスタルモンスターの気配がする方へ向かおうとする。


「あ、その前に、特魔部隊とレインに連絡を………ってダメだ!多分これは…」


 凶魔という人間だから感知できている。

 普通に考えて、魔力ではない力があの化け物のものだなんて分かるはずがない。

 というか、六百メートル先の魔力なんて感知するのが困難だろう。

 今ここで特魔部隊に情報を伝えたら、俺が凶魔とかいう訳の分からない人間だとバレてしまう。


 だったらレインを!と電話をかけようとして思い出した。

 あいつはレーナを送っている。彼女を一人にするのは不味いだろう。


「くっ…行くしかないか……!」


 覚悟を決めてクリスタルモンスターがいる現場に向かう。

 魔力で体を強化し、一時的に空間を固める靴で上空二十メートルへと駆け上がる。空なら一直線だからな。

 その間に、ネックレス型の収納魔導具から取り出した黒いコートのような防護服を纏い、鞘に入れられた刀を腰にさす。


「ったく、意味が分からない。この感じ、同族でも見つけたような……ええい、今はあの化け物をぶった斬ることだけ考えてろ!」


 様々な疑問を胸に仕舞い込み、俺は空中を駆け抜ける。


 そして、一分も経たない内に現場へと到着した。

 道路に降り、辺りを確認する。多くの建物の窓ガラスが割られ、それらの壁にも風穴ができてしまっている。

 そして、そこには。


「いた!今回は猫野郎か!」


 猫の形をしたクリスタルモンスターが暴れ回っていた。

 幸いここは車や人の通りが少ない場所だ。

 見た限りでは人はいない。


 少々不安ではあるがやってやる。

 ここにいる、あの化け物を倒せる人間は俺だけなのだ。


 刀を抜こうと柄に手をかける。

 すると、俺の敵意を感じ取ったのか、猫のクリスタルモンスターがビルの屋上まで凄まじい速さで駆け登っていく。


 屋上まで駆け登った奴は俺を睨み付ける。

 ビルの縁を前足で掴み、機会を伺っている。

 どうやら警戒して、一撃で倒すために俺へ飛び込もうとしているようだ。


「だったら丁度良い。ギリギリで避けて叩き斬ってやる!」


 そう言って、刀身を鞘に納めたまま居合い斬りの姿勢で構える。

 だが、その直後だった。

 何かが一瞬にして、クリスタルモンスターの頭上に落ちたように見えた。

 どうやら、それは正しかったらしい。

 バリンッ、とガラスが割れるような音と共に、怪しい紫色をした化け物は砕け散った。


「なッ……!」


 断末魔さえあげることの出来ない、まさに刹那的な出来事だった。俺も驚きのあまり唖然とした。

 クリスタルモンスターが簡単に破壊された、というのもそうだが別にそれは慣れている。

 俺が真に驚いていたのは、武器も持たない制服姿の少女が、かつて化け物だった物の上に平然と立っていたことだった。





















物語の雰囲気を壊したくないので、本文と後書きの間を気持ち多めにとりまして………


はい、作者の後書きが始まるざますよ!いくでがんす!ふんがー!もう真面目に書きなさいよ!


ああ、あの作品も面白かったですよねー(見たい時に見てたので、全部はまだ視聴できてない申し訳なさ!)。


らき⚫️た☆


っと、そろそろ始めなきゃですね!


最近『小説家になろう』でとある作品に出会いました。


あっ、"とある"の作品じゃありませんよ?


そのとある作品、読んでみると止められなくて四日ほどで最新部までたどり着きました!

あの達成感といったら半端じゃなかったです。

思わず草原を裸足で駆けたくなりましたね!


そしてそして、皆様に知らせたくなったのでここで紹介させて頂きます!


デデン!


ジャンルは異世界、キャラも魅力的、嵌まること間違いなしの作品!


『信者ゼロの女神サマと始める異世界攻略 クラスメイト最弱の魔法使い』


ですっ!


異世界モノがお好きな方にお勧めしたいです!

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