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クリスタル・ワールド  作者: 文月 ヒロ
第1章破滅の少女
42/87

第32話完全勝利を皆の手で…!

「……終わり……の…始まり……だッ!」

「なにッ……!?」


 手を、抜いた訳ではなかった…。俺の一撃は常人であれば、あまりの痛みで昏倒する程のものだった。それだというのに奴は…バルトロは、薄れていくはずの意識を強引に引き戻し、ケラケラと高笑いしながらそう言ったのだ。


 まるで、勝ったのは自分だとでも言うかのように。


「終わ…り……?私の計画がか?………冗談じゃないッ……!終焉を迎えるのは…お前達虫けらの無駄な抵抗だ…!」


 俺はその言葉に、首筋を冷たいものが伝う感覚がした。

 赤い絨毯の上に這いつくばりながら言う奴の目は、ろくに焦点も合っていない。そればかりか俺達が見えているのかすら怪しい。

 けれどギラギラと闇の中で鋭く光る瞳の奥には、薄暗い部屋の中でも明瞭に察知できるほどの狂気が宿っていたのだ。


 そして次の瞬間、俺達の体に言いようもないほどの重みが降り注ぐ。


「じゅ、重力魔法ッ!?」


 あり得ない。片膝をつきながら俺は驚愕にバルトロへ視線を向けた。さしものバルトロも、まさか途切れかけた意識の中で魔法など使うまいと高を括っていたからだ。


 しかし、俺の中で一つ疑問が晴れたようにも感じた。


 先程奴が俺達に見せた欲への異様な執着加減だ。最早それは病気と言っても過言ではないレベルだった。きっとそれがバルトロという男をひたすらに突き動かしているのだろうと、俺はこの時ようやく理解した。


「もう誰も止められない…。見えるか…これが?千代田区全域を消し炭にするための起爆スイッチだ…もう押した!少し先の未来には全てが消えてなくなっている。私達ファミリーは転移の魔法で勝ちを手にさせてもうとしよう」


 捲し立てるようにそう言ったバルトロは、勝利の美酒に酔いながらまた笑い出す。


 ケラケラ、ケラケラ、と。


 それに呼応するように、レーナを閉じ込めている透明な箱の全六面に複雑で赤黒い魔法陣が浮かびあがってきた。次第に陣から発せられる光が強くなっていくのを感じ、もう一刻の猶予もないことに俺は焦りを募らせる。

 それは仲間も同じで、必死に重力に抵抗している姿が見えた。


「………ッ!!くっ、こんな時に……!」


 突如現れた倦怠感と激しい頭痛。俺は体から力が抜けたせいで、少しよろけてしまい左手を床につけた。

 凶魔と呼ばれる力を使った後に現れる症状、どうやらそれが今出たようだ。

 重ね重ね襲い来る問題の山にいよいよ対処が効かなくなって来ている。

 脱力感が体を支配し意識も朧気なものへと変わっていく中、覆しがたい事実が俺の焦りに拍車をかける。


「無様だなぁ、特魔部隊?誰が、誰を助けるだって?偽善者め、本当は邪魔だと思っているのだろう?ならば、無駄なことは止めてうちの娘に頼めばいい…死ね、とな」

「何……?」

「するとレーナは躊躇いもせずこう答える、分かりました、と。何故ってレーナ、お前のその手は既に汚れてる。よく見てみろ、殺した奴の血で染まっている。まさか本当に誰かが握ってくれるとでも思っているのか?違う、よなぁ………!?」


 途中、乾いた唇を震わせて何かを言おうとしているように見えたレーナは、結局一言も言葉を発さなかった。

 俯いた彼女の顔は沈んだ表情へと戻っていた。華奢な体を小刻みに震わせ、噛みしめた下唇からは少量の血が流れている。

 けれど、全てを諦めてしまっていた時のようなあの荒んだ顔はしていなかった。


 耐えるのだと、心が折れそうになるのを堪えている。


「違う……!」


 レーナにとって、俺の「助ける」という言葉はどれほどの意味をもたらしたのだろうか?

 正確に計りとることは出来ないし、今聞けることではない。少なくとも、傷ついて暗闇の奥底に落ちてしまった彼女の精神を完全に救うほどのものではなかったように思う。


「そりゃ世の中には、救えない、救いようのない人間の一人や二人はいるだろうよ……。でも、違うだろ……?レーナ、お前は違う!まだ間に合うんだ。だから―――」


 言葉では足りなかった、だからこそ補えない分を行動で埋めなければならないのだ。


「だから、前を……向け!もういい加減…救われようぜ?」

「今さら何が出来る!?もう手遅れだ」

「そんなの、やってみなきゃ分かんねぇだろ?」


 磨り減った体力を振り絞って、立ち上がろうと行動を起こせば聞こえる軋む筋肉と骨の音。ビキビキと体に響く音は、既に俺が動ける身ではないことを知らせている。


「………!」


 再度、視界は血のように赤く染まり、身に纏う魔力は純白から暗い紫の色へと変化を遂げる。

 凶魔、それが何を意味するのか俺は知らない。ただ、これが狂気に染まった力であることは理解している。


 そして、消耗しきった俺が唯一使える、諸刃の剣だということも。


「なッ…、私の重力場から抜けて何をッ!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアア!!」


 月明かりが薄く照らす大部屋に咆哮が響いた。強力な重圧下の外へ出ようと、紫を纏った刀を片手に持った俺の声だった。


 内側からみなぎってくる力は、強大であると同時に、やはりリスクを伴うものである。

 (はらわた)が煮え繰り返るほどの憎悪や怨念、憤怒が俺の中で止めどなく溢れだし破壊衝動へと誘う。


 だが、赤に染まって何も見えなくなっていた視界が一瞬、明瞭なものへと切り替わった。


 視線の先。囚われたままの金髪の少女は、自らを捕らえている隙間のない檻に、そっと手を当て魔力を込めて檻の破壊を試みていた。


「何をしている…レーナ!」

「抗ってるんだよ、必死に、全力で」

「抗う!?この状況で何が出来る?今までもそうだ!お前に何かが出来た試しなどないだろう!!」

「分かってる。けどね?諦めない、私は絶対に諦めないよ?もう私は救われていいんだって、救ってくれるって言ってくれたから」


 狂気に奪われかけた正気が、目を覚ませ、と言っている。

 助けを待っているレーナ(ひと)が、見えている暗い未来を、死物狂いで変えようとしている。

 この場の全員が、崩れて無くなりそうな未来をねじ曲げたいと願っている。


 荒ぶる感情に呑まれそうになる中、俺は、このままで良いのか?と自分に問いを投げ掛けた。


 己からの質問への返答は即決即断のものだった。


 即ち、良いわけがない、のだと。


「この程度の感情に、簡単に負けるわけにはいかねぇんだよ!」

「くッ!六倍で駄目なら七倍でッ……」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」


 超重力が支配する領域を抜けた俺は紫がかった魔力を纏い、疾風のごとき速度で駆ける。強化されたと言えど、どうやら相当限界が近いようで体のあちこちに痛みが走っている。それに、発揮できる力も狂った感情に呑まれた時よりも弱い。


 バルトロの重力場で刀を振るうことが出来なかったのがその証拠だ。


 が、俺を止めるものはおらず、むしろ俺だけに意識を集中しすぎたバルトロの、レイン達を押さえつけていた魔法が弱まった。


 敵の魔法陣を破壊して重力場から抜け出した仲間達が動き出した。


「させるか――「「てめぇは黙ってろ」」――ガハッ……!」


 再度魔法を放とうとしたバルトロ。しかし、火ノ宮が炎の鉄拳を床に突き刺すように叩きつける。すると、衝撃のあった部分を中心に地面が広範囲に大きくひび割れた。

 斧田さんがそこに巨大な斧を振り落とし、衝撃で砕けた地面の瓦礫はバルトロの方へ向かい、吹き飛ばされた奴は壁に激突して失神した。


 それを尻目に俺はレーナの周りに展開された魔法陣を攻撃していく。


「くッ、壊れねぇ!」

「どうしよう、このままじゃ……」


 が、陣の破壊は中々叶わない。

 いくら限界が近いと言っても、この状態の俺なら上手く出来ると踏んだのだが…これは不味い。


『当たり前や!この術式壊したかったら普通にしとるだけや無理やで!?』

「は?お前一体どうやって俺に話しかけてんだよ、ジンタ?」

『魔法使っとんねん。それより困っとんのやろ?ハイスペックでイケメンな俺に任せとき』


 突然ジンタの声が頭の中に響いたが、なるほど、魔法で念話をするとは。ホント、こいつは高性能だ。


「ああ、頼む!」

『おうや。まず金髪の嬢ちゃん、ちょい耳貸し』

「わっ、凄い…声が頭に直接響いてきてる」

『ふふん、嬢ちゃん、超格好ええジンタ様にかかれば余裕や!俺が来たからにはもう心配ないで』

「うん、とっても心強い。本当に、嬉しい…。あっ、そうだ、私のことはレーナで良いよ?よろしくね、ジンタくん」

『え、何この子めっちゃええ子やん!心強いやて、聞いた?心強いやて!ヤバい泣きそうやわ』


 ジンタがとてつもなく喧しい。

 というか、結構ギリギリの状態でこいつがいるとどうも緊張が緩む。これはいけない。


 若干呆れながら魔法陣に剣戟を浴びせる俺をよそに、二人は会話を続けている。


「うん、うん。意識の切り替え…えっ、そんなことが……?でも、そっか。だから……分かった!」


 ふぅっと、深呼吸をしたレーナは途端に苦悶の表情を浮かべた。


「ジンタ、一体どうなってる!?」

『安心し、すぐ収まる。それよりまだ行けるわな?』

「少しキツイが、問題ない」

『よっしゃ、そならちょっと間ぁ待機しといてくれや。合図したら自分ら二人で一発デカイのぶちかましたれ!』

「ああ、分かった」


 後方へバックステップし、俺はレインと合流した。

 膨大な蒼い魔力がレインを包み込み、手にしている銃は青みを増す。


Form(フォーム) change(チェンジ)ライフル」


 銃を変形させたレインは俺を見て不安そうな視線を向ける。


「…大丈夫か?その、俺から見ても危険な力を使ってるから……」

「ったく、心配しすぎだ。余裕だよ…だから、これで決める!」


 俺は武器に手をかざし、魔力を込める。

 同時にレインの蒼を纏ったライフル銃もその輝きを増していく。


『そろそろや、準備ええか?』

「「いつでも」」


 俺達の息のあった返事を聞いたジンタは次にどう動くかの説明を始める。


『よっしゃっ、んじゃ二人とも、手短にいくけどよう聞き?今からあの透明な箱に浮かび上がっとる魔法陣を一極集中させる。したら合図するから、全力の一撃をお見舞いして陣をぶっ壊せ。破壊を阻害しとる複雑な術式は、俺がレーナに手ぇ貸して解除したった。けど、そろそろ魔法発動するかも知れへんから早めにな?』

「ジンタくん、もう行けるよ!」

『分かった。自分ら、一気に決めるで!?』

「これで」

「「終わらせる!!」」


 ジンタが話を終えたあと直ぐにレーナがジンタに声をかけ、ジンタの合図が俺達の脳内に響く。声が頭に直接届くこの感覚は、正直まだ慣れない。


 俺は同時にその場から、瞬間移動でもしたかのように予備動作なしで駆け出した。

 構えた武器は各々輝きを放っている。

 一方は禍禍しいまでの紫、後方のもう一方は鮮やかかつ、澄んだ蒼。


 向かう先には赤黒い魔法陣が等間隔で六重に張られ、今にも魔法が発動しそうである。


「割れろォォォォォォォォ!」


 刀を横に一閃した瞬間、まるで鏡が割れたのようにひびが入り、一つ目の陣を破壊することに成功した。

 どうやら本当に壊せるようになっているようだ。


 そして二つ目の陣は、


「水の力よ 我が元に集い 全てを穿つ蒼と成せ (ウォーター)()破弾(バレット)


 レインのライフル銃から放たれた、一条の弾丸が貫いた。さらに三つ目も破壊。


「次ぃぃ!せぃりぁぁぁぁあ!!」


 刀の三連撃で四つ目…と、次々に破壊していく。


「……これは、かなり硬い。すまない、俺の弾丸じゃ…」


 徐々に強度を増していく魔法陣。破壊の度に威力が落ちてきているレインの弾丸では、五つ目にはひびを入れることしか出来ない。


「いいや、十分だ!」


 だが、俺は上段の構えから刀でその陣を叩き斬った。


 そこでレインの弾丸は魔力を使いきったのか、輝きを失い消えた。

 残るは最後の陣。俺は腰を深く落として一気に跳躍する。


 しかし、


「………ッ!」

「刃!」

「嘘…だろ!?…ここで限界…なのかよっ……!」


 何だ…これは……、意識が奪われる……!


 唐突に全身へ、稲妻が走ったような強烈な痛みが。

 そして薄れる意識の中で、俺は何かを吐いた。熱くて鉄臭い…俺の血だった。

 歯を食い縛り、右足を前に出して床を踏み締め、なんとか転倒を防ぐが体が動かない。


 そんな…もう少しだってのに……。


「刃、魔法が!」

「………」


 分かっている。

 目の前の陣は膨大な魔力を今にも解放しようとしている。これが放たれれば一体どれだけの被害が出るか分かったものじゃない。


 けれど体が動かないのだ。溜まった疲労が余程のものだったのか、体が鉛のように重い。

 四肢だけでなく、指ですら欠片程も動いてくれないのだ。


 冷や汗が頬を伝うのを感じる俺は、破壊の権化が暴れ出すのを止められずに終わった。


「やばい…まずったな……ッ」


 強大で凶悪な魔力の塊が放たれたのだ。




 赤黒い光が俺を包みこむ。



 だが、


「お前を死なせたら、負けだろうがよ!」


 突然目の前に人影が現れた。


 火ノ宮が俺の前に飛び出て来て、蒼い炎を纏った拳で、発動したレーナの破壊の力を伴った魔法の光を殴りつけたのだ。


 荒れ狂う炎と破壊の光。

 衝突した二つの力は、一見拮抗状態が続いているように見えるが、違った。


 蒼い炎は赤黒い光に現在進行形で破壊され続けている。しかし火ノ宮は、破壊された所から、さらに強力な魔力を込めた炎を生み出しているのだ。


 それでやっと互角。


 火ノ宮はガンガン大量かつ強力な魔力を消費している。限界はそう遠くないはずだ。


 対してレーナの魔力は、その性質もさることながら、厄介なことに衰えることを知らない。


『あかん、今すぐ全員避け!』

「…はっ、誰だか知らねぇがそりゃ無理って話だ」

『ジンタや、自分ら全員に念話で話かけてんねん!てかアホかッ、千代田区の大体四分の一消し飛ばせるだけの力をどうにか出来る訳ないやろ!?』

「…だから何だ?」


 ジンタの訴えを一向に聞き入れない火ノ宮は続ける。


「これを避けたとして、俺達以外の後ろに被害が行くじゃねぇか」

『そら…確かにそやけど……!せやけど――』

「戸惑ってる暇なんざねぇんだ!(悪人)一人の命で救えるもんがあるってんなら、それだけで儲けもんだ。だから……」


 そう言って火ノ宮の突き出した拳の前に、見たことがない類いの陣が展開された。蒼みを帯びた魔法陣は、赤い鎖で何重にも巻かれ繋がれている。


「喰らえ カグツチ!」


 火ノ宮の口からやけに短い詠唱が紡がれた直後、鎖はバキッと音を立てて砕けた。

 その瞬間、蒼から赤に変化した魔法陣から、火山が噴火したかのような勢いで、炎がレーナの魔法を飲み込んだ。炎は血を連想させるほど紅色に染まったものだった。当然と言えば当然だ。何せ炎が生れるのと時を同じくして、突き出した火ノ宮の右腕が燃え出したのだ。炎は腕を焼き焦がし、その苛烈な勢いの熱は奴の肘にまで伸びてきている。


「代償魔法……」


 レインが述べた言葉が、薄れゆく意識の中で俺の耳に届いた。代償魔法、聞いたことがある。自らの体、生命力、または命そのものを魔力に捧げ、代わりに絶大な力を発揮する魔法。


 禁術だ。


「火ノ…宮…」

「しんみりした空気出してんじゃねぇよ、らしくねぇな。てめぇはヒーローだろうが…」

「………」

「でも、だからこそ、邪魔だ」

「……止めッ!」


 余った左手で俺の腕を掴んだ火ノ宮は、思い切り俺を後方に放り投げた。


 抵抗する事すら出来なかった俺は、勢いのまま飛ばされる。


 奴は俺をヒーローだなんて言った。


 だが、断じてそれは違う。

 目の前で助けを求めた人の手さえも握れず、あまつさえ再度伸ばされた手を掴もうとして、最後の最後で力不足で何も救えない。


 違う。俺はヒーローなんて大層なものではない。

 違う。朧気な意識で見えているこんな光景は、俺が望んだ未来にはない。

 違う。これではあの時と同じではないか。祖父を救えず、特魔部隊(だれか)に助け守られた時とまるで変わらない。


 そんなのは、もう嫌なんだ!


 譲れない、退けない、負けない!


 例えどんなことがあろうと、必ず守る。それが、傲慢で我が儘、けれど俺が唯一決めた、己への誓い。


 だから…勝つんだ。こんな疲労も、限界も、諦めも、何一つ欲した勝利の要素じゃない。


 必要なのはたった一つ、ひたすらに食らいつけ!


 勝つまで、負けるなんて俺が許さない。


「斧田さん!俺を、飛ばしてください!!」

「ぐっ…だがそれじゃ、あいつの意志が――」

「勝てます…いいや、ぜってぇ勝ちます!」

「…分かった。いいんだな?」

「はい、全力で!」


 後ろにいた斧田さんは、魔力で体を強化し斧を構える。


「行くぜぇ、最大の見せ場だ!ぶっ飛べやぁぁぁぁぁぁ!!」


 斧を持つ手に力を込め、フルスイングが決まる。

 俺は来た方へ戻るように猛烈な勢いで飛ばされた。体がほとんど動かない。ならばと斧田さんに吹き飛ばしてもらった。お陰であちらへは直ぐに戻れるだろう。しかし、こんな勢いではレーナの魔法を無力化するのは不可能と言っても良いだろう。

 根性で力を振り絞っても、あと一撃打てるかどうかというところだ。

 幸い、凶魔と呼ばれる状態はまだ解除されていないが、それでも力が足りない。


 ならば、


「レイン!」

「…………!了解」


 武器を持ったまま動かないでいたレイン。

 ライフルの銃口が火ノ宮の方を向いていたことから、俺の相棒は奴の腕ごとレーナの魔法へ弾丸を放とうとしたのだろう。

 が、やはり引き金にかけた指は震えていた。

 そしてどうやら思い出したようだ、俺達がタッグだということを。

 足りなくていい、それが人間だ。足りないところを補いあうのも、また同じ人間なのだ。


 レインは蒼い弾丸をその銃口から撃ち、光が俺へ向かう。

 しかし、蒼を纏った弾は俺を貫きはしなかった。紫に光る刀に溶け込むように入っていったのだ。所謂、援護魔法という奴で、今のは魔力の譲渡と強化が付与された魔上級魔法だ。

 武器にまばらに入り交じった二つの魔力が、燃える炎のように勢いを増す。そして体に活力が蘇り、レインの強力な魔力が入ってくるのを感じる。


「桐島流……」


 握る力をさらに強め、俺は構えを取る。


「魔の型・雨月(うげつ)!!」

「んなッ……!?」


 直後、下から上に満月の軌道を描きながら振るわれた刃は火ノ宮の右腕を切断し、赤黒い魔法へと向かっていく。


「うぐッ………!なんて重さだ」


 不気味な色の光線と俺の刃がぶつかり合う。予想以上の衝撃だ。

 奴はこれをたった一人で受け止めていたのか?

 代償魔法、確かにとてつもない力を発揮するもののようだ。


「てめぇ何しやがる!」

「それは…こっちの台詞だ…何ふざけたことしてんだよ…!」

「俺がふざけてただと!?あれが無きゃ勝てねぇことくらい分かってんだろ―――」

「勝てても、誰かが死んじゃ意味ねぇだろうがよ!!」


 膨大な魔力との鍔迫り合いの最中(さなか)、俺は思い切り叫んだ。

 傷口付近を押さえていた火ノ宮は我に帰り、ハッと俺がいる先のレーナの方を見た。


「お前がどんな悪行を重ねてきたのかは知らねぇ、けど、お前は望んだんだろ?守りたい、救いたいってよ。なら、死ぬな。何があっても死ぬんじゃねぇ!お前が助けたい人は、誰の死も望んじゃいない」

「………お前…………やっぱヒーロー(馬鹿)だわ」


 ひどい事言う奴だ。だが、それでいい。誰も死なせない。

 俺の誓いのため、そして何より、俺のダチの我が儘な願いのために!


「チッ、まだ足んねぇ…」

「仕方ない。おいカグツチ、まだ(エサ)の分は働いてねぇだろ!俺んとこ来て今すぐ働け、労働基準法で訴えるぞコラッ!」


 火ノ宮の叫びに、空中に留まったまま奴の腕を燃やしていた炎が俺達の方へ飛んで来た。

 そして、失われた火ノ宮の体を補うかのように炎の腕が生える。


「はっ、中々熱いなこの炎…」

「の割には案外熱そうには見えねぇが?」

「アホか。このクソッたれ魔法、体ん中に術式入れ込んで、体内を焼き尽くそうとかかってやがるんだ。無理矢理押さえつけてんだッ!」

「そうかよ、仲が良いことで何より…だ。だが……」


 視線でそろそろ俺が力尽きることを知らせると、火ノ宮は、任せろよ、と言って拳を握る。

 燃え盛る紅色の炎の拳が、レーナの魔法を押し上げるように下から殴りつけた。

 それに合わせて俺も込める力を最大限にまで引き上げにかかる。


「「うォォォォォォォォォォォォォォオ!!」」


 とてつもなく重い魔法だ。

 だが負ける訳にはいかないのだ。これ以上、俺の友達に涙を流させたくないから。


 だから俺は、必ず勝つ!


「これで」

「終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 雄叫びにも似た俺の声と共に、レーナの魔力を元にした赤黒い魔法は天井を突き抜け、何もない上空へ放たれた。

 夜に馴染む絶望を纏った光は、しだいに弱々しくなっていき、やがて…消えた。


 倒れそうになるのを堪えて、おもむろにレーナへと視線を向ける。


「……ったく…長引きすぎたな。けど、」

「………うん」

「これでやっと、終わり…いや、レイン的に言うとmission(ミッション) complete(コンプリート)だ。ちゃんと助けれたよな?レーナ」

「…うん、うん……、皆…ありがとう……!」



 そこには、嬉し涙を流しながら、これまでに見たことのないほど可憐な笑顔をしたレーナがいた。











~次回予告~


事件解決のその後、レーナ歓迎会にて


「いやぁ、ホンマ良かったわ~」

「ああ」

「そうだな。無事事件解決ができて、こうやって集まれたし」


俺の周りでくつろいでるレインと刃。

その真ん中に、今回の事件に大きく関わってたレーナがニコニコ笑顔でおる。

可愛いな~、ええな~、優しいしな~。さっきなんか、飴ちゃんあげたらパァーって笑顔なって…。ホンマうちのむさ苦しい仲間の中に天使…いや、女神が舞い降りてくれたわ!


ん、なんや?

そう思っとったら、


「こないな時にメールかいな!」


しかも、また差出人が分からんあのヘンテコなメールや。ヘンテコはお前やて?シバくぞコラァッ!


「どうした?」

「いやな、こないだみたいな差出人不明のメール来たねん。あっ、これしかもまた次回予告って書いとるわ」

「あー、俺のことをボッチだなんだ書いてたアレか?」

「実際その通りやったけどな」

「うっせぇ!」


拳骨食らってもた。でも俺は怒らへんでぇ!?何でって、そら決まってるやん。殴られた所をレーナに撫でてもらっとるからや。


美少女の介抱、これがリア充か。


「で、またやるのか?」

「面倒」

「せやなぁ、今回はもうええんとちゃう?」


ということで、俺らはそろって


「その…私、やってみたい……。皆がやってる恒例的なものみたいだし…私も、と、友達だから…。ダメ、かな?」

「「「良いに決まってるだろ(やん)!」」」


メールを読むことにした。


いやだって、俺らの立場なってみ?美少女が上目遣いで頼み事してんねやで?ご褒美か!

しかも友達とか、アカン、背中痒なってきた。


「よっしゃッ!今日は気合い入れていくでぇ!?」

「「ああ!」」

「…そこまで気合いいれなくても……」


送られて来たメールを印刷する。


「これを読めばいいんだね!」

「せやで!」


なんかレーナは目をキラキラさせとる。

純真無垢なその表情が俺の癒しやで!?


「ほな、読むで?刃達の壮絶な戦いに終止符が打たれ、十日後」

「刃は久しぶりに、安穏とした不りょ――ゴホンッ!日常を送っていた」

「なんで読み飛ばしたんや?」

「う、うるさい!ほ、ほら、次、レインだぞ」

「読み飛ばしは良くな――」

「いいんだレイン!早く読んでくれ」

「わ、分かった…。が、変わらない日常…というのは長くは続かない。刃の通う高校に転校生・レイ―――ゴホンッ!二人の転校生が現れる」

「待てレイン。今何か言い直さなかったか?」

「つ、次、レーナだ」

「う、うん。そ、そうだね…!」

「二人とも汗が凄いぞ?」

「「今日は暑い(な~)…」」

「そう、刃を取り巻く環境は少しずつ変化していく」

「物語は終わらない!何ならまだ始まったばかり!ほれ、次、刃やで?」

「それよりも二人が気になるんだが」

「細かいことは気にすんなて」

「そうだな。新たな物語、新たなキャラ(萌え)…萌えって何だ?まぁいいか。取り敢えず、新展開が始まる予兆!次回『刃の日常と注目の転校生!』。読者の皆」


「「「「Don't missing it!!」」」」

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