第23話 二人の馬鹿がもの申す!
「…しかし、今年の問題には変なものがあって不気味です。」
五か国会議テロ事件発生十五分前。
少々広めの部屋の中央に置かれた円卓。その周りに各国の首脳五人が座り、会議を進めていた。
五か国会議は毎年行われる。
今世界で起こっている問題について有力な国の代表が集まって話し合い、今後の方針を決める。それが、この会議だ。日本の首都東京都千代田区に佇む、黒く横に長い頑丈に造られた建物である魔王城。今回はそこで会議が行われていた。
主催国首相、藤堂慎二は円卓の中央で、もう十時間近く共に論争を繰り広げている各国の政界のトップの顔を改めて確認する。
アメリカ、中国、イタリア、ドイツ。どの首相、大統領もこの長期戦で六十をとうに過ぎた老体に鞭打って相当体力を削られているにも関わらず、全く疲労の色を感じさせていない。
先ほどの藤堂の言葉にアメリカ大統領が同意したように言う。
「たしかに、エジプトに始まり、各国の世界遺産で発見され始めた謎の侵入不可能な地下遺跡、しかもその周辺でなぜかクリスタルモンスター発生の多発が目立ってきている。」
「そのおかげで観光客が減少し、景気が悪化。早期解決が必要ですが…」
藤堂は左腕の時計を確認した。
時刻はすでに午後八時をまわっていた。予定ではそろそろ会議を終わらせる時間だ。
「どうやら時間も少なくなってきております。会議はこのくらいにしましょう。そうしないとパーティーに遅れてしまいます。」
「ああ、そうしよう。明日もあるわけだ。いやぁ、私も会議よりそっちの方が楽しみで待ちきれんかったよ。」
「それは良かったです。我が国最高峰のおもてなしをどうぞご家族と楽しんでいってください。」
「そうさせてもらうとしよう。ところで、私は日本食が大好きなんだ。特に、魚の刺身が堪らない。それは用意されているのかな?」
「あら、ジェイソン大統領は刺身?私は断然味噌汁ね!あの風味がいいのよ。それもあるかしら?」
「もちろん。ジェイソン大統領とアンネッタ首相の好物も存じ上げておりますので。ではパーティー会場へ向かうとしましょう。」
ジェイソン大統領はアメリカ、アンネッタ首相はイタリアだ。
各国の首脳は立ちあがり、部屋からパーティー会場へと向かう。その途中ジェイソン大統領が藤堂にふと気づいたように尋ねる。
「そういえば、最近東京は物騒だと聞くが大丈夫なのかね?」
痛いところを突かれ苦笑いを浮かべながら藤堂は、頬をポリポリとかき答える。
「クリスタルモンスターの大量発生ですか。ええ、おかげでぐっすり眠りにつけていませんよ。まったく、困ったものです。」
「まぁ、ここなら襲われても大丈夫だろう。」
「なんたって、難攻不落の魔王城だものね。」
アンネッタ首相も会話に交ざる。
「そうですね。警備は、ここのセキュリティは元より、警察が全力で行っています。特魔部隊の精鋭が各国から二人就いていますし、ご安心下さい。」
「もちろん、心配など全くしておらんよ。」
「そうね。ここの警備は硬いし。」
「…っと、世間話はもうしている暇はなさそうだ。」
「あら、ほんと!」
パーティー会場に到着した、藤堂を除いた首脳陣は各々目の前に並べられた豪華な料理に感嘆の声を漏らす。
会場には既に、同伴してきた各国の首脳の家族たちがいて、会議終了を待っている間にこのパーティーに出席している他の国の人間と会話に花を咲かせていたようだ。子供たちは、子供たちで集まって遊んでいた。
会場に入ってきた首脳陣に気付き、こちらです、とパーティースタッフのひとりが中央の特別席へ誘導してくれる。特別席は他の丸い大きなテーブルと違い、五角形のものとなっている。
彼らが席に着いたのを合図として、会場が暗くなり、舞台にだけ照明が照らされている。
舞台に司会者と思われる男がマイクを片手にその中央に向かって歩いてくる。パーティーの始まりの挨拶をその場の全員が待つ。
だが、様子がおかしい。中央に到着したにも関わらず、挨拶が一向に始まらない。
会場を静寂が包む。
すると、今舞台に立っている男は前髪をかき揚げ、仰け反りながら不気味な高笑いを上げ始める。まるで、イカれた人間のように。
その異様さに周りはざわめく。
代表して藤堂が尋ねる。
「一体何がそんなにおかしいんだ?」
中年にしてはスラッとした体つきだが、どこかこの国のトップの威厳を感じさせるほどに低く大きな藤堂の声に気づいた司会の男は姿勢を戻しながら答える。不敵な笑みを浮かべながら。
「あぁ…悪い悪い。これから起こることを考えたら笑いが堪えきれなくてよぉ。さぁ、じゃあまずはご挨拶からだ。レディース・アンド・ジェントルメン!今宵は、のこのこと馬鹿みたいにお集まりくださり…ありがとうございます…ひひっ!」
スーツ姿に金髪オールバック、何より左目に付けた黒い眼帯が特徴の司会者の言葉が紡がれていくにつれ、周りにいた人間たちは言いようもない不安感を感じ始める。
それは、どうやら正しかったらしく、言葉の後にパチンッと指を鳴らしたと思うと同時、なんと外で警備をしていたと思われていた警察たちがパーティー会場に魔導式自動小銃を持って乗り込んできた。
一気に囲まれ、全員身動きを取れなくされる。
もちろん、子供などを親が庇うように前に立つが、目の前の警備員に扮した脅威は武器を構え全員手を頭につけるよう指示を出す。
「な、何のつもりだ!?」
「てめぇら首脳たちの処分に決まってんだろ?」
藤堂の質問に、男…いや、ベニートがそう答えた。
と、耳に取り付けたイヤホンから何か知らせがあったのか、この場の全員に聞こえるように話し出す。
「おっと、ボス直々に作戦開始の合図をしてくれるようだ。」
ベニートは舞台に当てられている照明を消し、指で摘まめる程度の黒くて丸い、コインのようなものを取り出した。そして、指で弾いて床に落とすと、そこから光がピッと伸び映像が映し出された。
そこに映っていたのは二人の人間。一人は四十代後半のくすんだ金髪の男、もう一人は透明な箱に閉じ込められた目が虚ろな金髪の少女だった。
男が口を開く。
『ふむ。どうやら概ね計画通りに事は運んでいるようで何よりだ。』
「…」
『やぁ、初めまして、日本国首相藤堂慎二。私はカンピオーネファミリーボス、バルトロだ。しかし、主催国代表から何か言葉をもらえると思ったのだが、もしかして緊張しているのか?なら遠慮はいらない。存分に今の心境を私に聞かせてくれたまえ。』
「…人質なら私がなろう。だから他の人達には手を出さないでくれないか。」
『ははははは!私は心境と言ったのだが、まあいい。これはこれで中々面白いんじゃないか?』
「ならば――」
「だが、断らせてもらおう。」
藤堂の頭の中では、いかにして被害を最小限に押さえるかという思考のみが繰り広げられていた。それは提案を断られた今でも同じだ。しかし、次の言葉で藤堂の思考は止まる。
『どうやら分かっていないようだ。我々がこのような計画に乗り出したのは首脳ひとりを人質にとって、こんな場所に籠城するためではない。いわば、これは革命だ。だが、裏の世界の住人が表の世界へと進出するその道に、君たち五か国の首脳陣は極めて邪魔なのだよ。』
それはつまり、首脳全員の暗殺を意味していた。
首脳の一人イタリアのアンネッタ首相が震える声で、それなら家族だけでも…、と頼み込む。
『残念ながら、それも出来ない。この場の全員と千代田区の人間たちの処刑は確定事項なのだよ。』
返す言葉もなかった。その場の誰もが、子供ですら最悪な状況に恐怖していた。
『ふむ。それではあまり時間もないことだ、さぁ始めよう。ベニート、これはもう全員に聞こえているな?』
「はい。既に配置にも着いており、あとは指示があるのみです。」
『そうか。では聞け!これより、作戦を開始する!我々がどうしてここまで回りくどい計画に挑んでいるかを忘れるな!失敗は許さん、行け!』
すると、会場の外から爆音が聞こえてきた。
轟音による地響きがその威力を知らしめてる。
これがカンピオーネファミリーによる五か国会議テロ事件の幕開けの瞬間だった。
カンピオーネファミリー。その単語を聞いただけで各国の首脳らは青ざめた。
世界最大のマフィアの突然の襲撃。
この場にいる全員がそうだが、特に混乱していたのは藤堂慎二だった。この集まりのために、十分な警備を用意していた。それがどうしてこうも簡単に突破されたのか。関係者以外が入ろうとしても扉は開かず、かといって無理やりこじ開けようとしても建物に常時展開されている魔力結界と呼ばれる魔法の防御壁で侵入はほぼ不可能だ。何せ過去のクリスタルモンスターの大襲来の時ですらも、この魔力結界が破られることはなかったのだ、無理もない。だがしかし、実際こうして侵入を許してしまった。おそらく、この警備員たちはファミリーの構成員なのだろう。武器を構えた彼らは全員威圧的な目をしている。
訳が分からないと彼は思った。
それを察したのか、ベニートはニヤリと不敵な笑みのまま囲まれたままの藤堂たちを小馬鹿にしだす。
「訳わかんねぇよなぁ?そりゃそうだ。いやぁ、大変だったんだぜ?警察と特魔部隊に潜入すんのはよぉ。」
「まさか…情報漏洩と情報操作を…」
「惜しいな。ここのマジックセキュリティの解除も込みだ。」
「な…!高位の魔法術士二人掛りでも解くのが困難だというのに…」
魔王城のセキュリティはとても高位の封印魔法で守られている。破るのはほぼ不可能だと言っていい。それを解除したというのだから、藤堂もその周りも思わず耳を疑ってしまった。
だが、カンピオーネファミリーにはそれが出来てしまったのだ。
それがなぜか?藤堂たちがそれを考える間もなくベニートは種明かしに入る。
「この札、何だかわかるよなぁ?」
「魔法札…か?」
「そうだ。で、ここに封じてんのが…これだ!」
特殊な素材から作り出した、封印した魔法を解き放つことができる魔法札をベニートは懐から取り出し、前に突きだした。
すると、札が強烈な赤黒い光を発生させ、その光が直線方向にとてつもない勢いで対象物となるひとつのテーブルに向かっていった。そして、あり得ない光景を藤堂たちは見た。
「そんな馬鹿な…。」
「テーブルが…一瞬で…。」
「一体、これは…」
目に写る光景に驚きを隠せない。それもそうだろう。藤堂のすぐ隣にあったテーブルが赤黒い光に包まれたと思った途端、破壊音もなく文字通り粉々に塵となって光とともに蒸発するように消失したのだから。
炎や風などの普通の魔法なら分かる。しかし、あれはそんなものではなかった。不気味な何か。そう表現するのが正しいような、そんな何かだった。
その何かとは、レーナ・アルファーノの破壊の力であった。
「とまぁ、こんな風にしたわけだ。」
「こんなイカれた魔法があるだなんて…」
「お?えらく他人事だな。じきにてめぇらもこうなるってぇのによぉ。」
「何だと!?」
ベニートの悪魔のような発言に周りの人間はさらに顔を青くさせる。
「ま、てめぇら首脳には全員使えってボスの命令だから、先着二名様までだがな。ったく、あの方も用心深い。チャカ一丁で済むってのによぉ。」
「ま、待て!」
「待たねぇ。待って何になる?この作戦はスピード勝負なんだ。もちろん、俺たちは強者だから負けたりはしねぇけどよ。」
「そもそも、こんなことをして只では済まないんだぞ!?分かってるのか?」
ドパンッ
「うぐっ!」
「るせぇなぁ…勝てるからやってんだよ!」
藤堂の腹に銃弾が貫通する。ベニートが懐にしまっていた魔力銃を取り出して撃ったのだ。
腹からは血が流れ、黒で分かりにくいがスーツをに染み込んでいく。
「…勝てる?…馬鹿を…言うな、貴様らが…仕出かしたことを隠し通す…なんて…こと――――」
「ああ、だから証拠ごと千代田区を消すぜ?さっきボスも言ってたろ。」
「…この悪魔…め!」
「おいおい、強者と言って欲しいな。悪魔だと汚くなっちまう。」
「なら…心配…するな…。もう十分お前たちは汚れてる…」
この最悪の展開に対する、精一杯の嫌みだった。
「藤堂慎二。どうやら相当死にたいみてぇだな。お望み通り初めに殺すのはてめぇにしてやる。もちろん、最後はこの札使って終わりだが、その前にもっと苦しませてやるよ。」
「くっ…。」
痛みに耐えながら、藤堂はベニートを睨み付けた。しかし、当の本人はそんなものどこ吹く風とでもいうような態度で、悠然とその被処刑人の元へと距離を詰めていく。
「ん?」
ベニートが異変に気が付いたのはそれから数歩歩いた後のことであった。
彼は自分の歩いている方向に違和感を感じたのだ。しかし、目の前には初めに処刑しようと決めていた藤堂慎二の姿がはっきりと見えている。
にも関わらず、なぜか感じる違和感。
その理由をファミリー以外の全員が理解していた。
藤堂の左隣にいた着物姿に黒いコートのような防護服を羽織った黒髪の女性。それが、ベニートが今感じている違和感の根元だった。
しかし、ベニート以外のカンピオーネファミリーの構成員は、存在はおろか違和感にすら気が付かず、持ち場を離れふらふらと踊っている。
「首相、遅れて申し訳ございませんでした。すぐに応急処置を。」
「いや、それよりも敵を止めてくれ。」
「しかし…」
「いいから。」
「…分かりました。行くわよ、斧田割道。」
「分かってんよ。夢見惑華。そのまま幻覚見せといてくれ。」
「ええ、そのつもりよ。」
現在進行形で敵の襲来を受けていたこの会場に現れたのは斧田割道と夢見惑華の二人だった。
どちらも、防御の役割を果たす黒いコートを身に纏っていた。と言っても夢見の方は斧田のようにコートをしっかりと着込まず羽織っているだけだったが、それでも彼らという存在を誰もが理解していた。
日本における特殊攻撃魔導部隊の精鋭二人であった。異変に気が付き、急いで駆けつけて来たのだ。
「なんだ?やっぱり違和感感じんなぁ。」
「おい、なんかお前の幻覚効いてねぇんじゃないのか?」
「あら、私の幻覚術を馬鹿にするつもり?けど、そうねあの金髪の男術の効き目が悪いみたい。」
「耐性があんのか?」
そう。ベニートだけには幻覚の効き目が悪かった。元々の体質だった。
ならばと、気付かれる前に敵を仕留めようと斧田は武器である両刃斧を構える。斧田は大男。その背丈の半分以上の大きさの斧の切れ味は、あの硬いクリスタルモンスターをも一刀両断できるほどだ。
まずは魔法の効き目の悪いベニートから仕留めに行く。
が、しかし…
「はぁ、んだよ。幻覚魔法じゃねぇか。チッ、消えろ、邪魔だ!」
「な…そんな…幻覚魔法がかき消された!?」
「まじかよ!」
ベニートが先ほどの魔法札を使い、幻覚を破壊したのだ。
突然の出来事に戸惑う精鋭二人。
その存在を確認したベニートは、二人を嘲笑う。
「お?そこにいるのは特殊攻撃魔導部隊の精鋭様たちか?おいおい、こんなショボい魔法使うのが精鋭様たちのやり方とは、呆れてものも言えないなぁ。ひひっ。」
「一体どうやって…」
「…あれに触れてはいけない。何もかもが…消されてしまう。」
「なんだと!?」
「我々も…さっき間近で、その不気味な効果を…体験した。奴らが言うには…ここのマジックセキュリティすらも…あの力で…破壊したらしいんだ。」
藤堂の説明に、夢見惑華と斧田割道は驚愕した。
そして、二人は真剣な表情を顔に浮かべながら互いに視線だけで次の行動を伝え、頷きあう。
「どうした、作戦変更か?」
「そうさせて…もらう、ぜ!|!」
斧田は武器を両手に、ベニートに弾丸のように向かっていき、その巨大な武器で敵を叩き斬らんとする。
しかし、
キィーーン
「は!?何でこんなところにこいつが…」
途中で止められてしまった。それも、ここには本来いないはずのものに。
それは、紫掛かった色をした、今人類がもっとも畏れている悪魔。
「…クリスタルモンスターだと!?」
そう。この時代の化け物、クリスタルモンスターだった。それも、斧田の目の前にいる一匹だけではなく、周りのものを含めると五匹。転移の魔法で呼び出したのだ。
斧がその硬い結晶で作られた皮膚の表面に弾かれる。
「危ねっ!」
目の前の熊型の化け物は、左腕を力任せに振り回し、斧田を攻撃する。もちろん、特魔部隊の精鋭たる彼にそれを避けられない訳がなく、軽々とした身のこなしで距離を取った。
「まさか、てめぇら二人が来たからって俺たちを殺して、事態が丸く収まるなんて思ってたのか?悪いが無理だな。この化け物と俺たち相手にたった二人で全員押さえ込められる訳がねぇ。」
「ぐぅ…」
「このクリスタルモンスターたちを操っているのは、やはりあなたたち…。一体どうやって…。」
斧田割道と夢見惑華だけでなく、首脳陣やその家族も、なぜ人類の敵がカンピオーネファミリー側にいるのか不思議で堪らなかった。奴らにあるのは破壊衝動のみ。もはや、その化身と言っても過言ではない。そんな奴らが彼らに味方しているのだ。不思議がらない訳がなかった。
「気になるよなぁ。無理もねぇ。少しだけ教えてやるが、怪しい組織の奴らに金を積んだら、用意してくれてな。あのガキも使ってたが、なるほど、かなり使いにくいみたいだな。だが、今回に限って言えば悪くない手だ。」
「あのガキ?いえ、そんなことよりそんな組織が存在するなんて…」
「まったくだな…笑えねぇ。」
ベニートの言うあのガキとは当然レーナ・アルファーノであった。そして、その怪しい組織というのも彼女が、操れるクリスタルモンスターを手に入れる際に接触した組織だった。もちろん、そんなことを首脳陣営の者たちは知らない。
「けれど最近、中に赤い結晶のような物が入ったクリスタルモンスターが出現していると聞いたわ。もしかして、今彼らが使っているのも…」
「かもなぁ。それなら、あの化け物たちの大量発生も説明がつく。」
「…やるしかなさそうね。」
「そだな。勘弁してくれよ、俺まだ二十二だぜ?」
「それなら私、まだ十八なんだから、あなたはまだ良い方じゃないかしら?」
「彼女いない歴イコール年齢じゃ良くなんてねぇよ。なぁ、夢見。お前でいいから今夜だけ彼女に…」
「嫌よ!」
「そ、即答…。お兄さん傷つくぅ。」
そんな馬鹿なやり取りにベニートは、ずいぶんと余裕だな、と二人に向かって言葉を吐く。
「余裕。そうかもしれないわね。幻覚が効きずらいならその効力を強めて、また放てばいいだけの話。」
確かに、ベニートが持っている破壊の札はこれで残り六枚。何度も使わせていけば、最終的に勝つことができるかもしれなかった。
夢見は完成していた幻覚魔法を発動させる。
しかし、ベニートは可哀想なものを見るような目で札を使い、魔法を破壊する。
「哀れな奴らだ。そんな隙与えさせると思ってんのか?」
「与えさせるのが俺の仕事なんだよ、な!チッ、また邪魔か。」
「あのなぁ。多勢に無勢って知ってるか?たった二人で異変に気が付いてここに駆けつけたのは誉めてやる。他の精鋭たちは、今頃うちの構成員どもの餌食になってるところだろうからよぉ。だが、この戦力さで、しかも守りながら勝てるなんて思うのはちっとばかし楽観的思考だろ?」
ベニートに向かって再度攻撃を仕掛け、またしてもクリスタルモンスターに行く手を阻まれた斧田も、状況の厳しさを理解していた。
しかし、だからこそ命を掛けて必死に抵抗しているのだ。
それは夢見惑華も変わらない。
周りには、カンピオーネファミリーの構成員。前方には破壊の札を持ったベニートという男とクリスタルモンスター五匹。
どうあがいても、首脳陣営の勝率は低い。
敵味方関係なく、誰もが世界最大のマフィアの勝利を確信していた。
だが、未来の勝利に酔った者たちは、何かを忘れてはいまいか?
忘れていた。そう、彼らは忘れていたのだ。レーナ・アルファーノ。彼らにとっては道具でしかない少女。彼らにとっては敵でしかない少女。だが、彼らはそんなたった一人の彼女を、大切な友人なのだと必死に手を伸ばし、闇から引きずり出そうとした。そのことを忘却していたのだ。
彼らは勝利の酒に酔いが回り、忘れきっていたのだ。そんな馬鹿な二人の少年たちの存在を。
あの日、蒼き炎が焼いた偽りの死者たちは、今宵、この時をもって息を吹き返す。
たった一人の少女のために。その少女が溢した本音を叶えるために、死者たちは立ち上がるのだ。
ひどく我が儘で、独善で、傲慢な考え方だ。馬鹿だと笑わば笑うがいい。
それがどうしたというのだ。くだらぬレッテル一つで救える人がいるのなら、彼らは何度も立ち上がる。
『た、大変だ!ベニート!』
「あ?何だアルフィオ。今良いとこなんだが?」
『それが…な、き、貴様ら―――グハッ!』
「おい!どうした!何があった!」
『―――――――』
パーティー会場へと続く廊下を歩く二つの足音。崩れた天井から降り注ぐ月光がその二つの足音を照らし出す。
その近くにドサッと崩れ落ちる男を一瞥し、足音は進み行く。
同僚からの異変の通達。脳裏によぎる不安。ベニートは瞬時に部下へと異変調査の命令を下す。
だが、時すでに遅し。
逆転の歯車は突然に回りだす。
扉が勢いよく開くと同時。二筋の光が会場を走り抜け、ベニートの両頬を掠めた。
恐怖に彼は情けなく尻をつく。撃たれたからでも、ましてやその痛みからでもなかった。
「そ、そんな…貴様ら…死んだはずじゃ…。」
彼は恐怖した。二つの足音のその正体に。
武器を突きだし、自分を睨み付けているその存在に。あの日死んだと信じ込んでいた、桐島刃とレイン・バレットに。
二人の馬鹿が絶望のバンケットにもの申す!
「「悪いが茶番は終わりだ!」」
祝・十万字突破!
今までお読みいただいた読者様方には感謝の気持ちで一杯です。作者も、ああでない、こうでないと作品をより面白いものにしようと努力して来ましたが、それはこの作品を楽しみにしていただいている方々がいてこそできると言うもの。
本作品は作者にとって、小説家になろうで初めて投稿したものであり、失礼ながら初心者作家の修行作品でもあります。意気込み具合は、どこぞの、甲羅背負ってサングラスつけたスケベな仙人の元で修行している感じを想像していただければと思います。
しかし、曲がりなりにも一小説。手を抜くつもりなど毛頭ありません!真心込めて書きますよ!
それ故に、最近この作品に初めて誤字報告をくださった方がいたのですが、嬉しくって少しばかりうるっときました。
ああ、しっかりこの作品を読んでくださる方がいるのだなと。そう、決してなぶられて喜ぶタイプの人間ではなく、作者だからです。
おっと、少々後書きが長くなってしまいました。ジンタ辺りが、早よ作品書けや!と作者に怒鳴りそうなので、これにて失礼します。
これからも誠心誠意、邁進していきたいと思います。
どこぞの顔色の悪い大魔王か、最低でも桃が好きそうな殺し屋くらいは余裕で倒せる文章的戦闘力を身につけたいですね。
なんちゃって。




