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クリスタル・ワールド  作者: 文月 ヒロ
第1章破滅の少女
31/87

第21話必ず…!

「さぁーて、動くなよ。」

「させるかよ!」

「おっと、悪いなぁ。こっから先は通せねぇ。なんせ、命令だからよ。」

「くっ…。」


 歯痒い。

 突然現れてレーナを撃ったベニートという眼帯の男。金髪にオールバック、加えてスーツ姿のそいつは、銃を右手に不快な笑みを浮かべながらレーナに向かって歩いていく。

 俺はそれを阻止しようとするが、奴とともに現れた火ノ宮(ひのみや)という若い、二十代の赤毛の男によって行く手を阻まれる。


「邪魔だ!どけ!」

「どけと言われてどく悪者はいないだろ?」


 そう言う火ノ宮の顔は右のほうの口角が上がり、俺とは打って変わって余裕のものとなっていた。


「なら、力ずくで。」


 ドパンッ、ドパンッ


 と、レインが魔力弾を放つ。

 しかし、火ノ宮は体を少しだけくねらせ弾丸を避ける。

 そして、余裕の笑みは変えずにレインを挑発する。


「力ずく、ねぇ…。体を掠める程度にしか当ててこない奴が言う台詞じゃねぇな。あえてそうしたんだろうが、そんなんで俺がどうにかできると思うなよ。」

「…次は、当てる。」

「やってみな!」


 次の瞬間、レインが放った弾丸は宣言通り火ノ宮を直撃した。

 そう思われた。


「甘いな。」


 だが、実際は奴の体には傷一つない。

 奴はレインの弾丸を炎が宿った右手で弾いたのだ。これにはレインも俺も驚いた。威力は人間用に調整してあるが、それでも銃弾が飛んできたのと同じようなものである。それを魔力を纏っているとはいえ素手で弾くとは思わなかったのだ。


 レーナを見る。

 左肩をやられ、肩からは血が流れ出ている。

 その彼女に近づくベニート。


 視線を戻し、物の収納と引き出しが可能なネックレス型の魔道具から毎度お馴染みの刀を取り出す。コートは当然もう着てある。

 奴は俺たちを殺すために前にいる。決して気を抜いてはならない。

 刀を構えると、余裕の火ノ宮が仕掛けてきた。


「さぁいくぜ!火炎魔法・炎弾!」


 魔法陣から魔法の炎で作られたいくつもの炎の弾丸が飛んでくる。

 炎弾は確か初級魔法。だから、火の魔法の素質がある奴が練習すれば魔法詠唱がいらない。もちろん、威力だって弱い。

 しかし、俺とレインが避けた後方を見ると、工場の壁には風穴がいくつもできていた。


「なんて威力だ。普通こんな威力出ねぇのに。」


 そんなひとり言を呟いているうちにも、次々と炎弾が飛んでくる。


「そらそら、避けるだけじゃ俺に殺されるぜ?」


 こいつ、遊んでやがる。

 だが、俺もレインも暇じゃない。早くレーナからあの男を引き離さなければ。


「逃げて…お願い…。」


 …声の主はレーナだった。その言葉に、一瞬なぜ気付かなかったのかと自分を呪ってやりたくなった。


 …こんな…こんな優しい子が敵なのか?そんな訳がないだろ!

 撃たれて、その激しい痛みの中で他人を、心配できる彼女が敵であってたまるか!

 信じるんだ。彼女が俺たちに見せた笑顔が嘘ではなかったことを。


「く…このぉーー!」


 魔力で強化した足で地面を力いっぱい蹴り、敵の攻撃が止んだ一瞬にレーナに急接近を試みる。

 しかし、敵はそれを許さず、その横を通りすぎようとした瞬間に足に纏った炎の推進力を利用して俺に近づき、横っ腹に拳をねじ込む。


「ぐはっ!」

「行かせねぇって言ったろ?」


 なんとか急所は外したものの、吹き飛ばされてしまう。かなり痛い。

 ズズーっと、足で踏ん張り態勢を立て直した俺は、再度レーナの元に向かう。


「だから、行かせねぇって―――」

「水の力よ 我が求めに応じ 顕現し 水の檻と成せ!水牢!」


 俺を行かせるため、レインは魔法の檻を作り出し、火ノ宮をその中に閉じ込める。

「邪魔だ!」と両手に炎を纏わせ檻をすぐに壊した火ノ宮だったが、俺はその隙にレーナに近づく。


 すでに、レーナはベニートに捕まり、ベニートは彼女の首に腕を回し逃がさないようしっかりと掴んでいた。

 そして、アルフィオが懐から札を取り出しそこに魔力を流し込む。すると、まるで何かの封印がとけたかのようなパリンッという音がしたと思うと、レーナとベニート、そして、アルフィオを淡い光が包む。


 あの光には見覚えがある。


「転移するつもりか?させるかよ!」


 恐らくあの札は、魔法を封印してその魔法を使いたい時にいつでも少量の魔力を流し込むだけで発動できる魔道具。魔法札だ。

 淡い光がどんどん強くなっていくのを感じる。

 させない。そのために俺たちがいるのだから。


「レーナーーー!」


 手を伸ばせ!彼女はすぐ届く距離にいるんだ!


 《間に合え!間に合え!間に合え!間に合え!》


 俺とレーナの距離はたった五メートルほどだ。

 だが、この分だとギリギリ間に合わない。

 と、敵に捕まったままの状態でレーナは手を伸ばした。痛みであまり激しく動けないのだろう、その動きはあまり速くない。しかし、距離が多少なりとも縮んだおかげで間に合うかもしれない。


 口元が少し緩み、俺の顔に僅かに希望の色が戻る。


 《いける!》


 あと五十センチというところで、それが強くなり、十センチになった時点で確信を持った。


 だが…伸ばした左手と左手が触れあう瞬間。あと一秒もしないうちに彼女を助け出すことができるという、まさにその瞬間だった。


 …俺とレーナの距離が遠くなり、俺は……空気を掴んでしまった。


「えっ…?」


 レーナの後ろには下衆な笑みを浮かべるベニート。

 奴は迫りくる俺から大きく一歩退いた。そのせいで俺は彼女の手を掴み損ねたのだ。

 離れていく。彼女の…レーナの手が。掴めたはずのその手が。

 俺は一気に自分の顔から嫌な汗が出てくるのを感じた。一瞬先の嫌な未来を想像出来てしまったからだ。


 《…そん…な…ダメだ…。ダメだ…行くな!》


 再び、ゆっくりとなる時間。

 希望が潰えていく感覚を感じながらも、もう一度その伸ばされたままの手を俺は掴もうとする。


 …もう、届かないと…知っているのに…。それでも、俺はその手を掴まずにはいられなかった。


「―――――……」


 光と共に消える瞬間に発したレーナの言葉。掠れるような震える声で、しかし、俺の心の奥底に響いてくるような…そんな言葉が聞こえたから。


 そして、彼女は消えた。


 ズサッ


 さっきまでレーナたちがいた場所に俺は滑り込むようにうつ伏せに倒れる。

 かなりの勢いで体を打ったせいで体のあちこちが痛い。それなのに、俺の体はそれに反応せずにいる。こみ上げてくる悔しさのせいで、そんな些細な痛みなど感じる余地がなかったのだ。


 左手を見る。

 だが、そこに握っているべきはずの人物の手は、ない…。


「くそッ…たれ…」


 何でだ…何で掴めなかった…。何で…あの子の笑顔を絶望に変えた…。決まってる、俺が、無力だったからだ。


 そうだ、無力だ。だが、何を転んだままでいる…桐島刃。…お前は、たった一人の女の子さえ悲しませたままでいるのか?違うだろ?

 消える直前の彼女の顔を見て、言葉を聞いて…そして、決めたんじゃなかったのか?

 なら、立て!立って胸に響いた、たったひとつの彼女の…レーナ・アルファーノの望みを叶えてみやがれ!


「あーあ、逃しちまったな。」

「…まだだ!まだ終わってねぇ!」


 立ち上がりながら火ノ宮の言葉を、俺は強い意思を込めた言葉で否定する。


「終わったろ?」

「生きてるじゃねぇか…。誰も…レーナも俺も、誰も死んでねぇ!変わったのは俺たちの距離だけだろうが!」

「はっ、生きてる限りは…ってやつか?お生憎様だが、てめぇらが敵にしようとしてんのは最強のマフィアだ。死ぬぜ?」

「…それでも、やらなきゃならないんだ!」

「俺も、忘れるな。」


 レインの声が聞こえたと思ったら、俺の隣に来て決意に満ちた表情で俺を見てくる。


「レイン…。お前も…」

「ああ、レーナの気持ち、伝わった。」

「そうか。」

「ふふふふふ、はははははははははは!その心意気だけは認めてやる。だがよ、忘れてねぇか?俺はお前らを殺せって命令されてんだぜ?」


 敵から放たれる強い殺気を感じるが、それには動じない。

 刃と拳を少し交えただけで奴がただ者ではないことは分かった。だが、俺の右にはレインがいる。たしかに、こいつと出会ってそこまで長い時間は経っていないのかもしれない。だが、相棒の強さと戦闘スタイルなら知っている。こいつがどんな奴で、どんな想いで今、この殺気漂う戦場に立っているかなら知っている。俺はこいつを信頼している。友人として、それ以上に相棒として。それ故に、俺は動じない。当然、レインも全く動じていない。むしろ、敵意剥き出しで今にも奴に襲いかかりそうな程だ。


 眼前に見据えるは火ノ宮という山のような強さを持つ男。

 相対する俺たち二人は奴に向け自らの武器を堂々と突き出す。これは奴への宣戦布告だ、レーナへの誓いだ!

 そして、俺は前者の意を込めて、ニヤッと悪戯っぽく笑みを作り、奴に強気な言葉を返してやる。


「なら、お前を倒しゃあいいだけの話だろ?」

「はぁ…、人を殺す覚悟もねぇビビりに負けるほど俺は弱くねぇぞ?」


 両手の拳にさっきまでとは比べものにならないほどの燃え上がる灼熱の炎を纏うと同時に、火ノ宮の眼光がより鋭いものとなり、真剣な声色で言葉を発す。

 熱気で空気が揺れている。


「確かに、そうなのかも知れない。けど、それが俺たちだ!」

「はっ、そうかよ。」


 鋭い目付きは変えないまま火ノ宮は、ほんの少しだけさっきのように右の口角をあげて言う。なぜか、少し嬉しそうだ。


「なら、ここは武人らしく名乗りを挙げとくか。火ノ宮錬魔(ひのみやれんま)。それが、俺の名だ。そら、そっちも。」

「桐島刃。」

「レイン・バレット。」


 向かいあう俺たち。各々の名を名乗り、そこに沈黙が生まれる。が、しかし、それも一瞬のこと。


「いくぞ。」

「ああ!」


 俺の掛け声にレインが答える。

 光属性の魔力を練り上げ、俺はそれを体と武器に纏わせる。最大強化だ!

 レインは両手に構えた銃に蒼い鮮やかな魔力を溜めている。


 そして、次の瞬間、戦闘が始まる。


「はぁーーーっ!」


 俺は一瞬で火ノ宮の懐に入り込み技を放つ。

 桐島流剣術 四の型 疾風迅雷だ。

 高速で放たれる剣戟。

 しかし、それをすべて見切られてしまう。

 く…、やはり強い。最大強化でもまだ奴は余裕がありそうだ。それだけ奴とはの力の差があるということだ。


「五の型 破突!」


 ならばと、俺は三連突きの技をくり出すが、それも見切られる。


「笑わせるな、そんなもんで俺が倒せるわけがねぇだろ!」

「うる…さい!八の型幻舞!」


 続けて、素早い動きで敵を翻弄しつつ、隙を狙って斬りつける幻舞。

 この技を教えてもらって、まだ1ヶ月。しかし、かなり精度が上がって来ている。


「ちっ、動きが読みづらい…。なかなかやるな。」

「余裕ぶってられんのも今のうちだ!」


 俺の動きに翻弄されつつもしっかりと隙を突いた俺の攻撃に対処する火ノ宮。さっきより避けづらくなったからか、奴は炎を纏った手で刀をいなす。それでもまだ余裕を持っている。


 だが、忘れるな?お前が戦っているのは俺だけではないのだということを!


「何っ!?」


 突然、奴は驚きの声をあげた。

 ドパンッ、ドパンッ

 とレインの放った魔法の弾丸が横から飛んできたが、奴が驚いたのはそこではない。

 弾丸を避けた後、さっきまで俺がいたところに奴は目を向けるが、そこには何もなく、辺りにも何もないのだ。ただ、霧があっただけだった。


「くそっ、魔法か?しかもこりゃあ、幻覚で視覚とかの感覚を狂わせる類いの。」


 火ノ宮の判断は正しい。

 俺が奴の気を引いているうちにレインがこっそり唱えた水の幻覚魔法 霧の間。

 辺りを見回すが俺とレインの立っている場所も認識出来ていないようだ。

 銃の腕も良くて魔法も出来る。さすが、レインは頼りになる。

 さて、こちらも仕掛けるぞ!


「はーっ!」

「ちっ…」


 俺の後ろからの攻撃に気づいた火ノ宮は、それを拳でガードする。

 だが、五感を狂わされた状況でよくやる。普通は、反応すら出来ないのに。


「幻覚が効いてないのか?」

「効いてるさ。だが、意識を集中すりゃ問題ねぇ。」

「ごり押しかよ!はっ!」


 追撃をするがそれも避けて距離を取られる。


「あー、戦いにくい!こんなもんっ!」

「「何っ!?」」


 火ノ宮は拳に纏わせている炎とは別に奴自身の身体中を覆うように皮膚の表面から数センチ離れた所に炎を出現させる。

 そして、その炎は奴を中心にして勢い良く爆発する。激しい炎が霧を蒸発させレインの魔法をかき消した。

 俺たちはそれに驚く。

 一体どうなってるんだ?


「魔法詠唱もしないでレインの霧を…。なんつーやつだ!」

「へへっ、今のは魔法じゃなくて火の魔力をぶっ放しただけだぜ?」

「そんなことが…?」

「普通は出来ない。あれは激しい鍛練を積んでなし得たもの。」


 レインがそう教えてくれる。

 なるほど、レーナがあの時逃げろって言った理由が分かった。こいつは規格外の化け物だ。

 だが、それが越えるべき壁だと言うのなら喜んで乗り越えてやろうじゃないか!


「レイン、俺たちはこいつを倒す。そして…」

「分かってる。」

「絶対勝つ!頼むぜ相棒。」


 俺の右にいる頼りになる相棒を見て言う。

 すると、相棒は珍しくニヤッと笑みを作って視線だけこちらに向け、いつものクールな雰囲気はそのまま、「そっちこそ」と言う。


「さて、茶番は終わりだ。そろそろ死ぬ覚悟を決めとけ坊主ども!」


 そう言って、火ノ宮はただでさえ猛烈な勢いで燃えている拳の炎をいっそう強いものとし、俺たちに向かってくる。さっき俺を殴り飛ばした時のように足に纏わせた炎を噴出し、その推進力で高速で。

 それに合わせるようにして、俺も火ノ宮に向かって高速で移動する。


「桐島流剣術 一の型 十六夜!」

「炎の力よ 我が元に集い 破壊の業火と成せ 火炎魔法 炎龍!」


 満月を思わせる軌道で振り落とされる光の魔力を宿した俺の刃。

 右の拳の前に出現した赤い魔法陣がその拳を通り抜けることにより発動した魔法、龍の頭を模した灼熱の炎を宿らせた火ノ宮錬魔の拳。

 その二つが、ぶつかり合う。


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。」」


 とてつもなく強力な炎が、奴の攻撃が見かけ倒しのものでないことを証明させる。

 だが、俺も負けじと刀に込める力を強める。


「こんのぉーーっ!」

「おらっ!」


 だが、次の攻撃に火ノ宮が気づいた。

 その攻撃をしたのは俺ではなく、レインだ。

 蒼い鮮やかな閃光が二つ、奴に向かってくる。当然、奴はそれを避けるが、甘い。俺への注意が一瞬緩んだのを俺は見逃さなかった。

 突き出した俺の刃が奴へ向かう。

 が、しかし、それを魔力の炎を纏った手で掴み、受け止めた。


「おっと、危ねぇ危ねぇ。」

「なっ…」


 さっきよりも素早い動きで攻撃したっていうのにこれも受け止めるのか!?

 だがまずい。刀を掴まれた。

 火ノ宮は拳を深く引き、次の瞬間俺に飛ばしてくる。

 それを避け、俺は魔法を放つ。


「光波!」


 光の初級魔法。だが、そんな魔法でも使い方次第で強力な魔法となる。

 この場合、相手の目潰しだ。どうやらこれは効いたらしく、奴は目を細め刀を握る手の力を緩めた。

 その隙に刀をその手から離させることに成功する。

 舌打ちしながら、俺に殴りかかる火ノ宮だが大事なことを忘れている。

 戦っている相手は俺とレイン二人だ。しかも、レインは俺よりも遥かに強い。そんな奴が何もしてこない訳がない。俺はあくまで引きつけ役だ。


「水の力よ 我が元に集い 敵を穿つ雨と成せ 銃魔法 水の連弾(ウォーター・バレッツ)


 レインは銃口の形状をアサルトライフルに変化させ上空十メートルの場所で魔法を紡ぎ、銃からそれを発動させた。

 銃口の前に出現した魔法陣から無数の水の弾丸が雨の如く降り注いできたのだ。

 俺は即座に回避するが、火ノ宮は逃げ切れずにその攻撃の餌食となった。

 防御のために腕を交差させ、それを上空に向ける。拳に纏わせていた炎を両腕にも纏わせたことにより、交差させている腕が楯を形づくりバリアの役目を果たしているが、炎は水には勝てない。炎がどんどんと弱くなっていく。

 更に追撃とばかりにレインが右手を放し、魔法を発動させる。


「水の力よ 我が元に集い 水の槍と成せ 水槍(ウォーター・ランス)


 右手から数センチ離れたところに生成した水の槍をレインが思い切り敵に飛ばす。

 その槍を受け、ぐぅっと一瞬うめき声を漏らした火ノ宮。それでも、まだ奴にまともにダメージを与えられていない。

 ここは俺も行くべきだと思い、攻撃を放とうとする。

 しかし、放つ瞬間、火ノ宮の口角が上がった。それと同時に、発生した火柱。


「レイン!」


 炎に呑まれたレインを見て俺は、その名前を叫ぶ。

 火柱を発生させたのは当然のことながら火ノ宮だった。


 火柱が消え、レインと火ノ宮が姿を現す。

 未だ口角が上がったままの火ノ宮がレインに問う。


「火炎魔法 上り炎龍・破 効いたか?青髪の坊主。」

「まさか…。」

「何だ、意外とタフだな。つまらねぇ。」

「お前こそ、これだけやって倒れないのはなかなか…。それに、反撃まで…普通は出来ない。」

「そいつはどうも。」


 互いに相手を見ながら言い合う二人。

 一方は地上から、もう一方は上空からだ。

 そして、火ノ宮は俺を見て言う。


「刀の坊主も、力はそこまでねぇが戦えてる。それに、このコンビネーション。ふっ、これなら…」


 これなら…の次の言葉が何なのかは分からなかったが、奴はまた、どこか嬉しそうな顔をした。


「だが、まだ決めるにゃあ早いな。」

「何がだ?」

「いや、何でもねぇよ。それより坊主ども。」

「ッ…!」


 急に喋り出したかと思うと、奴はレインに向かって炎弾を放つ。もちろん、レインはそれを避けた。だが、炎弾がレインを通りすぎた瞬間、爆発した。

 そして、奴は一気にレインに接近し、拳を放つ。

 魔力感知で、接近に気づいたレインは爆発で崩した態勢で無理やり攻撃をかわす。

 レインが上空に立っていられるのは靴に秘密があり、魔力を使って足場を短時間固めることが出来る魔道具のおかげだ。当然俺も履いている。

 敵の攻撃をかわした直後、レインは態勢を一瞬で戻した。次があったからだ。炎を纏った拳と足の猛攻だ。


「本当にたかが娘っ子一人のためにマフィアを相手にするつもりなのか?」

「当たり…前!」


 火ノ宮が猛攻の中、話を続ける。

 レインがそれに答えたのをレインの元に向かいながら俺は聞いた。もちろん、俺も同感だ。諦められない。

 火ノ宮は、そうか、と何かに納得したように呟いた後、接近し斬りかかってきた俺の刀を拳でいなし、空いた片方の手でレインを掴み、俺にぶつける。


「うわっ!」

「うっ…。」


 ぶつかった俺たちは、地面に落下する。しかし、その落下先に高速で移動してきた火ノ宮は拳を引き、次の攻撃を放とうとする。

 空間を固めることができる靴で空間を固め、足場を作って踏ん張り、レインを持ったまま別の方向に落下した。

 そのおかげで攻撃を喰らわずに済んだ。代わりに、落下の衝撃で痛いが受け身は取った。問題ない。


「レイン!」

「ああ。」


 咄嗟に、体を起こし再び戦闘態勢に戻し、向かって来た敵の攻撃に対抗する。

 レインは銃を続けざまに撃つが、それを難なくかわしていく敵。

 その敵に接近し、刃を向かわせる。

 再びぶつかり合う刀と拳。


 すると、またもや火ノ宮が話かけてくる。


「あんなガキのために何でそこまで必死になれる?」

「何だと!?」

「言ったろ?最強のマフィアを相手にするからにゃあ命を懸けるわけだ。だが、お前らにとってあの娘はそこまでするほどの人間なのか?」

「当たり前だ!」

「あの娘が呪われた力を持っててもか?」

「は!?」

「一つ教えてやる。レーナ・アルファーノは呪われた能力の所有者だ。」

「呪…われた?」

「特殊な魔力があのガキん中には宿っててな。破壊出来んだよ、その魔力で何もかもをよ。」

「「……」」

「人間だって例外じゃねぇ。実際、あのガキは何度も人を殺してる。」


 鍔迫り合いの状態で知った事実に俺は、沸き上がってくる感情を覚えた。

 俺はその名前を知っている。


「―――なかっただろ…」

「あ?」

「望んじゃいなかっただろ!」

「なっ…!」


 刀に込める力を上げていく。自然と魔力が上がってくるのだ。

 知っている。俺は…俺が感じているこの嵐のような感情を。

 奴らに対する()()だ!


「レーナはそんなこと望んじゃいなかっただろ!言ってみやがれ!」

「…そうだな。あのガキの父親…ボスがその力をあのガキが望もうが、望むまいが無理やり引き出させた。だが、呪われていることには変わりない。あのガキが汚れきってるのは変わりないことだ。違うか?そうだよな?そんなガキにお前らがそこまでする価値が―――」

「あるに決まってんだろ!」


 レーナが、消える前に言った言葉。

 左目から一筋の涙を流し、頬を濡らしながら彼女は言ったのだ。


「助けて」と。


 それだけの言葉だった。だが、その言葉には彼女の、これまでの苦悩、悲しみ、痛み、そのすべてが詰まっていたように感じられた。

「助けて」。そんなとても単純な言葉が、あの時だけはひどく、重くて複雑なものに感じられた。

 彼女が、一体今まで何をして過ごしていたのか、検討もつかない。

 だが、ひとつだけ。たったひとつだけ分かっていることがあるんだ。もう嫌だと、苦しいと、怖いと、そこからどうにかして助け出して欲しいんだと彼女がまるで呻くような、喉に詰まっていた何かを必死に吐き出すような声で小さくそう叫んでいたんだ。

 だから…


「なんで戦うかだって?決まってる。助けてって、そう言われたんだ!ずっと隣にいた身内のお前らじゃなく、出会ってほんの数日しか経っていないはずの俺たちにだ。」

「な…それだけで…」

「十分過ぎるだろ?」

「ああ。命を懸けるには十分過ぎる。」


 俺に続き、レインもそう告げた。彼女が俺たちを選んだ。なら、それに答えるのは当然だ。レーナは俺たちにとっては、もう赤の他人ではない。()()()()()()


 レインは魔力銃で火ノ宮を狙って撃つ。

 もちろん避けようとする奴だったが俺は奴を押さえつけ、再び鍔迫り合いの状態になる。

 弾丸が、奴の横っ腹をえぐる。


「ぐっ…。天下の特殊攻撃魔導部隊の…言うことじゃ…ねぇな。お前らは、殺しに特化した部隊だろ…?」


 痛みを我慢しながら奴は言う。

 事実だ。特魔部隊が動く時はクリスタルモンスターの討伐。それ以外は他の組織が動くことになっている。

 だが、例外もある。強力な犯罪者が現れ、他の組織が対応出来ない時に限り、特魔部隊が指令を受け、敵ならば殲滅をモットーに動く。

 つまり…敵はすべて殺す。それが俺たちの仕事だ。


 だが…


「それでも…敵でも、俺たちは助けを求める人を見捨てて殺すことなんて出来ない…。」

「はっ…()鹿()な…奴らだ、な!」


 火ノ宮が今まで以上に拳に込める魔力を強める。

 だが、俺は押されるどころかそれを逆に押し返す。

 自分でもなぜここまで戦えるのか分からなかった。

 感情の嵐がより激しくなるのを感じる。

 そして、最大強化をしているにもかかわらず、どうしてか溢れ出てくる魔力が、俺の強化を強くしていくのも。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。」

「な…何だ…!」

()鹿()で結構…」

「守れるならそれでいい!」

「うぐっ…!」


 そうだ、相棒が言うように俺たちは()鹿()でいい!

 何かを失いそうになるあの恐怖に比べれば、そんなレッテル、無いに等しい!


 魔法を唱え、4つの水の槍を生成したレインは、それを火ノ宮に飛ばす。

 上空に高く飛び上がり回避する。


「いいねぇ。いいぜお前ら!そら、選別だ!受け取れ、坊主ども!」


 奴は手を突き出し、自らの目の前に巨大な魔法陣を出現させ、魔法詠唱を素早く唱え始める。


(てん)をも焦がす蒼き炎の化身よ すべてを見下す蒼き大空の支配者よ 我が魔力を糧に 顕現し 地を這う者どもを食らい 焼き尽くせ 我が望むは破壊なり―――― 」

「あ、熱い…」

「この魔法、上級魔法だ。」


 魔法陣が出現しただけで、その周りの温度が急激に上昇し、こちらにも伝わってくる。なるほど、上級魔法の詠唱がどんな物かはまだ知らないが、恐らくレインの言う通りあれがそうなのだろう。


「火炎魔法 (たつ)落とし!」


 火ノ宮が魔法を発動させる。

 すると、魔法陣から蒼き巨大な龍が俺たちをその顎で噛み砕かんと向かってくる。

 だが、こんなところで諦めてたまるか!


「水の力よ 我が元に集い 螺旋の渦と成せ 螺旋(スパイラル)(・ウォーター)

「桐島流剣術 ()の型 月光」


 レインが水の渦を俺の刀の周りに出現させ、俺は()の型を放つ。

 魔の型。それは俺が編み出した、光魔法が使える俺だけの技。

 月光のような光で敵を貫く魔法の技。

 それが今、レインの魔法と混じりあい、ひとつの魔法、合成魔法に生まれ変わる。


「「合成魔法 月光・螺旋陣!」」


 水の渦の中で、水が鏡の役割を果たし、光が凝縮されていく。

 俺にレインや火ノ宮のような熟達した魔術は無い。出来るのは、全力で技を放つことのみ。だがレインは水を鏡のように使い、光を反射し、一点集中させる。それ故に、この合成魔法は強力なものとなる!

 技を放つ。

 水の渦が龍に向かっているが本命は、その螺旋の中で所々に見える凝縮された光の光線だ。

 水は光のエネルギーがあの蒼い龍に届くまで守るための保護膜と龍への追加の攻撃を担っているのだ。


「行けぇーーーーー!」

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」


 水の渦に包まれた光が龍とぶつかる。

 くっ…若干俺たちが押し負けている…!

 こうして戦って実感する。やはり、火ノ宮は化け物だ。これだけ強力な魔術を使えるほどの魔力を有している。

 俺の魔力量はもともと普通の人より多くこの1ヶ月余りでそれが更に増えているが、奴には到底敵わない。

 レインも、俺とは比べものにならない魔力量だが、火ノ宮はそれをも凌駕している。


 それでも…負ける訳にはいかないんだ!

 あの子が…レーナが待っている、たった一人で。彼女を悲しませた。絶望へ突き落としてしまったのだ。

 だから、俺たちは越える!

 火ノ宮錬魔という男を!限界を!


 そして、彼女を必ず…!


「「負けるかぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」


 ドォーーーーーンッ


「「なっ…!」」


 突然、龍が爆ぜ、それに俺たちも俺たちの合成魔法も全てが呑み込まれる。



 ―――――――――――――


 数分後。

 意識を失っていた俺は目覚めた。

 上体だけを何とか起こし、辺りを見渡す。廃工場は吹き飛んでいて、まだ蒼い炎が辺りで燃えている。

 魔力も体力も使い果たしたのか、頭がくらくらしている。これはとても立てそうにない。

 右を見るとそこにはレインが倒れていたが、指先がピクッと動いてすぐに意識を取り戻した。そして、のそのそと俺と同じく上体だけ起こす。

 どうやら俺たちは生きているようだ。


「だ…大丈夫か?レイン…」

「…生きてはいる…けど魔力も体力もない。そっちは?」

「俺もお前と同じだよ…。ま、お前が守ってくんなかったら死んでたけど…。ありがとな。」

「どういたしまして…」


 そう。

 龍が爆ぜた時、俺たちはその蒼い炎に呑み込まれた。

 だが、レインが咄嗟に展開した全力の水の防御魔法のおかげで事なきを得た。


 大体の状況を整理した俺は、気づいた。

 火ノ宮錬魔だ。

 奴はどうなった?分からない。

 そう思っていると、声が聞こえた。


「ったく…痛ってぇなぁ……。」

「てめぇ…」

「く…倒せなかった…」


 その声の主はさっきまで俺たちが戦っていた火ノ宮だった。瓦礫から出てきた奴が立っていた。く…化け物め!あれだけやってまだ立ってるなんて。

 俺たちは戦闘態勢に入ろうとするも、立つことすらままならない。立たないといけないのに力が入らない。

 すると、奴は悪そうな顔をして俺たちに言う。


「いやぁ、残念だったな。俺を倒せなくてよ。」

「くそッ…」

「さぁて、お掃除の時間だ。」


 畜生!

 勝てなかった…。俺たちは殺される。

 こんなところで終わるのかよ…。


「と、言いたいところだが…さすがに疲れちまったなぁ。あー、殺すのめんどくせー。」

「な…」

「…」

「でもなぁー、殺らねぇと怒られちまうしなー。どうすっかなぁ。」


 考えるような仕草をする火ノ宮。

 すると、何か思い付いたのか、あっと呟き、そして俺たちにとある提案を申し出る。


「なぁ、お前ら7月4日まででいいからさ、誰にも見つからないようにしといてくれよ。」

「は?」


 俺は一瞬、こいつは一体何を言っているんだ?と思った。

 だが、奴は続ける。


「いやだから、お前らを殺すの面倒だから、五か国会議襲撃の作戦実行日まで、しばらく引きこもってろって言ってんだよ。」

「……」

「そしたら、お前らは死んでることになる。俺は楽チン、お前ら死なない…つまり、ウィンウィンってやつだ。」


 腰に手を当て、空いた手でピースサインをする火ノ宮。妙に笑顔だ。

 まぁ、理由は分かっているんだが… 俺は奴に尋ねる。


「おい、なんかお前、今組織の大事な計画を敵に漏らしてなかったか?」

「あ?ああ、大丈夫だ。俺はお前らを信じてる。」

「いや、敵を信用してどうする…」

「敵を助けようとか言う奴よりかは、幾分かましだと思うんだがな。」

「うるせー。」

「ま、何にしても大丈夫だ。お前らは()()()()を裏切らない。絶対にな。いやぁ、もっと俺に元気とやる気があればちゃんと命令は聞いていたんだがな。まぁ、仕方ないな。これは。」

「あー、はいはい。」

「刃…こいつ自分の気持ち隠すの下手…。」

「そうだな。どんだけ不器用なんだか…」


 全く。()鹿()はお前もだって言いたい。

 疲れたから帰る?

 同じ事考えてる奴ら見つけたから見逃しただけだろ?

 俺たちの言葉に、奴は「な、何のことだ…!」とか誤魔化そうとしてるが取り乱し過ぎだ。さっきまでの殺気だけで人を殺せそうな鬼気迫るような表情をしていた奴とは思えない。


「ま、とにかく上手く隠れとけ?じゃないと俺が怒られる。」

「分かってるよ。」

「おい、なんで俺に生暖かい視線を向ける…」

「「別に(笑)。」」

「うぅ…か、帰るからな。」


 そう言って、奴はトコトコと帰って行った。

 その後、座りながらジンタを探す。体が思うように動かないのだから仕方がない。

 戦いの間、ずっと姿を隠してたから、たぶん、いるだろ?


「ったく、俺たちは動けないんだから助けを呼ぶとかしてほしいんだがな。俺らの携帯壊れてるし…」

「もしかしたら、小型衛星が壊れてるかもしれない。」

「そうだな…、最悪歩いて戻らねぇと…。でも、スパイも…いるから隠れながら…じゃ…ない…と…」

「や、刃!」

「あ…れ?これは…もしか…して………」

「刃?しっかりしろ!刃!」

「……………………………」


 遠のいていく意識。その中でレインの声がうっすらと聞こえた。

 まぁ、あんな化け物相手にあそこまで戦ってたんだ。こうなるのは当然…だよな………。


 そうして、俺の意識は途絶えた。

たった一話で一万字以上書けてしまいました。それだけ作者は熱いバトルにしたかったのです。

この第二十一話を読み終わった後に「いやぁ、今回は今までで一番熱いバトルだったなぁ。」と思って頂けたなら幸いです。


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