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沈丁花  作者: 錫
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幼い頃から、

奇妙なことに色とりどりの糸が見えていた。


見える糸は必ず何かと繋がっていた。


指で切れるほどのか細い糸もあれば、


糸というよりも縄のような太いものもあった。


何故だか、

自分につながっている糸はどれも細かったが、

ある時にふと見えた、

3つの糸は縄のような太さのものだった。


竜胆色(りんどういろ)白菫色(しろすみれいろ)葡萄色(えびいろ)


普段使わない色の名前のはずなのに、

何故だかその色の名前が頭に思い浮かんだ。


三色のうちニ色は先が霞みがかったように

見えなくなっていた。


残りの一色は友人の一人に繋がっていた。


このことは

家族を含めて誰にも話したことはなかった。






(ゆう)ー!学校そっちじゃねぇーぞー!

どこ行くつもりだ?」


「あれ??こっちでしたっけ?」


「こっちだわ……

また迷子になるつもりかよお前……」


友人の(あかり)くんにそう言われ腕を引っ張られた。


「あはは…

迷子になってるつもりはないんだけどね。」


「お前がそのつもりなくても人から見たら

充分迷子だわ。ほら行くぞ。」


本当にそんなつもりはないんだけどなぁ……


人が多い場所だと、

糸によって視界のほとんどが埋まっている。


唯一クリアに見えているのは、

三色の太い糸だけなわけで。


それはこの燈くんからも見えているんだけど、

たまに何故だか燈くんのいない方向に

同じ色が見える。


今回は間違えてそっちを追いかけてしまっただけ

なんだけど……。


「ん?なんだあれ……?」


「うわっ!」


前を歩いていた燈くんの背中にぶつかった。


立ち止まったみたいだ。


ぶつけた鼻をさすりながら、

燈くんの横から顔をのぞかせた。


私は目を見開いた。


だってそこには、

竜胆色の紐を首に巻きつけた黒い狐がいたのだから。


「狐か………?」


「狐ですね。」


燈くんと顔を見合わせて

もう一度狐の方に目線を向けた。


すると、狐が宙返りをしたと思ったら

目の前の景色がいつもと違う場所に変わっていた。


まるで、江戸時代のような瓦屋根が続いていた。



「は…………?」


「え…………?」


急いで後ろを振り返れば

そこには赤い大きな橋が見えた。


普通ならば反対側が見えそうなのだが、

先の方は霧に包まれており何も見えなかった。


「燈くん、これって……

「っ!悠、前!!狐が!!!」………狐?」


さっきまで目の前にいた黒い狐は、


全身真っ黒の着物を着た人間に変わっていた。


糸と同じ竜胆色の襟巻きだけが唯一先程の

狐と似ていた。



「ようこそ、人間の子供たちよ。

そして、おかえり。同胞たちよ。

此処は常世。浮世と対なる世界。

僕は、狐。この世の案内人さ。」


そう言った………それはニヤリと笑った。


「なあ、悠。狐って喋らねぇよな……?」


「喋りませんよ……たぶん」


「人間にならねぇよな……?

いや、化かすっていうから化けてんのか?!」


「燈くん、たしかに狐は化かしますけど」


燈くんと目の前の現実を受け入れられないでいると、


「にゃはははっ!!

気にするのは僕のことだけかい?

燈、悠。」


目の前の狐に名前を呼ばれた。


「なんで俺らの名前知ってんだよこいつ…」


燈くんが横で引きつった顔をしていた。


「それは、

此処が何処かってことですか…?」


そう聞けば狐はくるりと

私たちの後ろ側に回り込み橋を指差した。


「まあ、妥当なところかなぁ。


1つ、君たちの名前を知ってるのは

ずっと見てたから。


それこそ君たちが生まれた時からね。


2つ、ここはさっきも話したけど常世。


君らがいた世界は浮世。


あの橋が2つの世界をつなぐ場所さ。


君たちの言葉でわかりやすくいうならば

あの世とこの世かなぁ?


厳密には違うからさぁ。難しいね!」


ニヤッとした狐は

そのまま私たちの目の前にやってきた。


「はぁ???!!!ふざけてんのか!」


頭に血が上ったのか、

燈くんが目の前の狐の襟首を掴んだ。


「燈くん!!ストップ!!」


急いで燈くんを止めた。


狐が咳き込みながらこちらを睨んできた。


「けほっ……


か弱い僕になんてことするんだいっ!


この馬鹿力が!!


まったく君は本当に変わらない!


何度同じことを言わせる気だ!」


そういった狐に燈くんも睨み返した。


「は?初対面だし初めて言われたわ。」


「燈くん!………狐さんでしたっけ。


今いる場所はなんとなくですが、わかりました。


それで、私たちをなぜ此処に連れてきたんですか?」


狐の狐さんは首をくいっと後ろ動かして


「ついておいで。詳しい話をしよう。」


そう言うとそのまま歩き出した。


「………ついてくのかよ。


橋渡れば帰れんじゃねぇのか」


ぶすっとした燈くんにそう言われた。


確かに橋を渡れば帰れそうだが……


「あの橋、少し嫌な感じがする。


たぶん、私たちだけじゃ帰れないと思う。」


橋の向こうが意図的に見えなくなってる。


そんな気がする。


それに、いつもなら見える糸が見えない。


「………わかった。お前が言うなら信じる。


迷子にはなるけど感だけはいいからな。」


「なんか複雑ですけど……あ!


狐さん待ってください!


ほら、燈くん早く行きましょう!」


「お、おう!狐野郎!!置いてくなや!」


狐さんがどんどん先に進んでおり少し小さくなった

背中を二人で走って追いかけた。



-----

---

--


「で、君たちを呼んだ理由だっけ。


お願いしたいことがあるんだよねぇ。」


狐さんに連れてこられたのはお茶屋さんだった。


先についていた狐さんによって、

お茶とお団子が頼まれていた。


狐さんは外の長椅子に腰掛けていた。


「お願い……?」


「そうお願い。

叶えてくれたら浮世に戻してあげるよ。」


ニコッと笑った狐さんは説明を始めた。


この常世にてこれから30日後に

とある祭りが開かれるらしい。


常世と浮世を作りし神に捧ぐ

沈丁花祭り(じんちょうげまつり)というものらしい。


「大体1000年前後でしてる祭りだったんだけど、

前回の時にまとめ役をしていた二人が

消えちゃってさ。


人手不足なんだよね〜。


元々常世と浮世の合同祭りだったんだけど、

最近の浮世はこちらを信じない者が多すぎてさぁ。


今更感はあるんだけどねぇ。


やらないわけにはいかないからさ!


どちらの世界の案内人の僕が独断と偏見で

浮世側の君たちに白羽の矢を立てたってワケ。」


団子を食べながらニコニコと言ってくる狐さんに、

燈くんと顔を見合わせた。


「つまり、なんだ……

お前が勝手に俺らをここに連れてきた挙句、

仕事を手伝わないと帰さないってことかぁ???」


燈くんが狐さんの胸元をまた掴んだ。


狐さんを揺らそうとしたその時、えいっと

横にあった団子を口に入れられていた。


驚いた燈くんが手を離すと

狐さんはそのまま距離を少し取り話を続けた。


「最後まで話を聞きなよ。まったく……。


君たちを浮世に帰すと、あとそうだなぁ……。


悠、君は目だね。


そして……燈、君は背中のソレ。


僕が治してあげるよ。


それが報酬でどうかな?


悪い条件じゃないと思うけどなぁ……」


私の目を治すってこれのこと……?


目の前にある、

燈くんと狐さんから伸びる糸を見た。


でも、わからないのは



「燈くんの背中……?」


彼の背中に何かあっただろうか……?


前にいた燈くんは舌打ちをした。


「………ちっ、余計なこと言いやがって。


おい、狐。こいつの目ってなんのことだ」


燈くんも私の目のことを知らないから、

狐さんにそう問いただした。


「あ。二人ともお互いに知らなかったのか。


ごめん、ごめん。悪気はないよ。


えーとそうだなぁ……


僕の口から言うのは憚れるなぁ………。


そうだ!」


申し訳なさそうな顔をした狐さんが、

なにかを思いついたのか

パンッと両の手を叩いた。


すると、さっきまで外にいたはずの私たちは

部屋の中にいた。


畳が敷き詰められたこの部屋の中には、


カタン……カタン……シャッ………ガンガン

カタン……カタン……シャッ………ガンガン


謎の音が鳴り響いていた。




「機織、邪魔してるよ。」


狐さんが音の発生している部屋の奥に声をかけた。


謎の音が止まり、奥から声が返ってきた。


「…………なにしにきたの。」


奥から出てきた人は杜若色の羽織を着ていた。


そして、

私の目には白菫色の糸が見えていた。


「そんなに怒らなくてもいいだろ?


ちょっと客人を連れてきたんだよ。


祭りまでの間、ここに置いてくれないかい?」


狐さんがそう尋ねた。


「………おい!

俺らはやるなんて一言も言ってねぇだろうが!!」


燈くんが狐さんに怒鳴った。


「っ…………狐、この子たち、」


「ん?そうだよ。機織。だから、お願い。


燈、君は受けるよ。


だって君たち二人は治したいでしょ?


それ。ちょっとだけ時間をあげるよ。


明日の朝、どうするか答えを聞かせておくれ」


狐さんはそう言うと、

機織と呼んでいた女の子を連れて

奥の部屋に向かった。


私と燈くんは、とりあえず座ることにした。


燈くんと向き合って座りこれからのことを

決めることにした。


でもその前に。


「………燈くん、

あの………私の目のことなんだけど……」


少し言いにくいが、先に言おうと思い声をかけた。


「悠、俺も背中のこと話さないとだな。

先に話すか?」


燈くんが先を譲ってくれたので、

私は目の話をした。


小さな頃から見えていた、

様々な色の糸のことを。


燈くんは静かに聴いてくれた。


「………たまにな、

お前がどこ見てんのかわかねぇことがあったけど

そういうことか……。」


「目に見えるものが

糸に覆われてることも多いので

見えないときはほとんど見えてないんです。

治せるなら、治したい。

燈くんは……?」


「俺は………見せた方がはやいな。


ちょっと上脱ぐぞ。」


燈くんは、上に来ていたカーディガンとYシャツを

脱ぎこちら側に背中を向けてきた。


見えたのは首から腰にかけて広がる

酷い火傷の跡だった。


「………両親曰く生まれた時かららしいんだ。


それなのにたまに燃えるように熱くなる。


そん時は背中の痛みが酷くて身動きが取れなくなる。


まるで、

まだ火の中にいて背中を焼かれてるようにな。」


服を着なおしてこちら側を見てきた。


「………俺のは言っちまえば

たまに痛むただの傷跡だ。


治せるなら治したいが、帰るのが優先だ。


最悪、俺だけ残ってお前は帰せって

言おうかと思ってたんだが……


目のことを考えると二人でやるしかないな。」


燈くんの背中はただの傷跡ではないのだろう。


恐らく、

私の目と同じ狐さんにしか治すことができない何か。


「……そうですね。


此処で狐さんの手伝いをして、帰りましょう。


二人で。」




視界の端に見える白菫と竜胆の糸が揺らめいた。


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