序章
昔、昔
ある2つの国を作った神様がおられた。
1つは常世
1つは浮世
常世には生けるものを生み出し
浮世には死せるものを生み出した。
2つの世界の間には大きな橋を作り、
行き来ができるようになされた。
神が世界を作り幾年も過ぎた頃、
常世にある新しきものたちが生まれた。
それは神が灯した炉の中の小さな炎。
徐々に燃え盛る炎は人の姿をとってみせた。
これは、炉の神。
常世と浮世の家を守りしもの。
神は葡萄色の前掛けを手渡した。
それは神の肩に留まりし渡鳥。
羽を大きく羽ばたかせ肩から飛び立ったかと思いきや瞬く間に人の姿に成り代わった。
これは、縁の神。
渡鳥のように様々な場所に赴き結ぶもの。
神は杜若色の羽織りを手渡した。
それは、浮世生まれの少女。
気がつけば神と共にいた少女。
与えられた機織の機械を巧みに使い反物を
仕上げておった。
これは機織の神。
私が作れないものをその手から生み出すもの。
神は白菫色の髪留めを手渡した。
そして、もう一つ。
それは、神の尾の1つ。
形とったそれは黒い狐。
まだ生まれ落ちたばかりの神の眷属。
これは、案内人。
両の世界で迷うものを導くもの。
神は自分の首についていた竜胆色の襟巻きを
狐の首に巻かれた。
四人は同時期に生まれしもの。
神からの贈り物を貰いしもの。
神の寵愛をうけしもの。
神が常世と浮世を離れてからも
彼らは二つの世界で穏やかな日々を
過ごしておった。
しかし、そんな日々は突然終わりを迎えた。
それは一千年に一度、この二つの世界を作りし
神が戻る時に開かれる祭り。
沈丁花祭りの季節だった。
機織は神に渡す新たな織物の製作を。
炉は沈丁花祭りにて食べる料理の数々を。
縁は沈丁花祭りの招待客への声かけを。
狐は沈丁花祭りの会場の準備を。
それぞれが、各々の場所で仕事をしていた。
そんな中、沈丁花祭りが開かれる前の晩。
炉の神と縁の神は、
それぞれの神からの贈り物を
機織と狐に託し、行方をくらました。
そして、翌日の沈丁花祭りに
神は、戻られなかった。
二人が消えて幾年かたった頃、
機織は縁の贈り物を身に纏い機織を続けていた。
狐は橋を行き交う人の流れを見つめていた。
炉と縁の2つの神は今も行方知らずのまま。
あの後から、
常世と浮世の橋は途絶えておる。
あちらに向かうすべも、
こちらに向かうすべも
もはや生を終わる他にはない。
小さな頃に、
お婆ちゃんに聞いた古い言い伝え。
昔、この地域には大きな橋があり、
私たちの浮世と呼ばれるこの世界と
常世と呼ばれるあちら側の世界を結んでいた。
しかし、
神や妖と共に生きた時代が終わりを告げた頃から
橋の話は寝物語として空想の話になっていた。
お婆ちゃんも
そんな昔からの物語の1つとして寝る前に
話してくれた。
でも、たぶん常世は本当にあるのだろう。
私はそれを信じている。