第46話 初めての転生――ハービンジャー・ガイダンス
昼下がりの青空の下、石畳の狭い通りを男と少女が連れ立って歩いていた――。
前を歩くのは背の高い中年男性で、金色の髪をあご先で切りそろえた少女がその背中についていく。黒縁メガネをかけた男の方は淡々とした表情だが、制服姿の少女の方は興味深そうに軒を連ねる石の建物を眺め、時折感心した声を漏らしている。すると不意に、短い黒髪の男が1軒の店の前で足を止めて口を開いた。
「あー、ここが俺の店だ。さっき教えたとおり、そこの看板のステータスを見てみろ」
「あ、はい。えっと……ステータス・オン」
少女は男に言われたとおり特殊スキルを発動し、店の前に置いてある立て看板を見下ろした。すると看板の前の空間に、普通の人間には見えない画面が現れた。その宙に浮かんだ画面を見たとたん、少女は思わず目を見開き、喜びの声を上げた。
「うわ! すごい! ほんとに見えた! ゲームみたい!」
「そうだ。ここは俺たち地球人にとってはゲームみたいな世界だからな。だから俺たち転生者管理官はゲームマスターと呼ばれている。おまえ、その看板に何て書いてあるか読めるか?」
「え? あ、はい。えっと――」
男に訊かれ、少女は画面に書かれた文章を読みながら口を動かす。
「転生者領事館……。中央大陸アンリブルン、クランブリン王国支部。転生者管理官、ザジ・レッドウッド――」
「よし。言語機能に問題はなさそうだな。それとさっきも言ったが、こういった領事館はすべての国の首都にある。大抵は街の門に領事館までの地図が隠されているから、街に入る時にはステータスが見える状態にしておくといい。さあ、中に入るぞ」
ザジは説明しながら店のドアの鍵を開けて、ハーブショップの中に入っていく。そして扉に鍵をかけてからカウンターの奥に腰を下ろし、向かいの椅子に少女を座らせる。
「……さて。歩きながら簡単に説明したが、ここは俺たち地球人にとっては異世界だ。だから物理法則や常識が地球とはかなり異なる。そういったことをこれから数日間で教えることをガイダンスと言うんだが、その前にまず、おまえの名前を決めておこう」
「名前ですか?」
「そうだ。既に転生管理神から聞いていると思うが、今日から始まる新しい人生に相応しい名前を自分で決めるんだ。そしたら、おまえのステータス画面にその名前を登録する。これはゲームマスターならいつでも変更できるから悩む必要はない。最初に頭に浮かんだ名前を言ってみろ」
「えっと、それじゃあ……」
訊かれたとたん、金髪の少女は細い肩を軽くすくめた。そして言いにくそうに言葉を続ける。
「ボクの新しい名前は、この体の持ち主だった人の名前にしてもいいですか……?」
「は?」
少女の返事を聞いた瞬間、ザジはポカンと口を開けた。
「いや、それは別にかまわないが、ほんとにいいのか? 同じ名前を使うと、そいつの家族や知り合いが探して会いに来るかも知れないから、いろいろ面倒だぞ?」
「はい。それは女神様から聞いていたのでわかっています。だけどボク、決めていたんです。転生したら、その人の人生を引き継ごうって――」
少女は自分の両手を見下ろし、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「えっと……転生先の体って、病気とか事故で死んじゃった人の体だって女神様から聞きました。だからきっと、この人もそうだったんだと思います。だけど、このままこの人がいなくなったら、この人のお父さんやお母さんはすごく悲しむと思うんです。だからボクは、新しい人生をボクとしてではなく、この人として生きていこうって、転生前から決めていたんです」
「ふーん、なるほどねぇ……。おまえはそういう性格なのか」
少女の話を聞きながら、ザジは片手で頭をかいた。
「やっぱり、変でしょうか……?」
「いや、別にいいんじゃないか。誰だって自分の人生を、自分の好きなように生きる権利がある。だからおまえがどんな選択をしたとしても、それはすべて正しいと俺は思う」
「そう……ですよね。そう言ってもらえると嬉しいです」
ザジの言葉を聞いて、少女はホッと息を吐き出した。その安心した顔を見ながら、ザジは淡々と口を開く。
「あー、つまりおまえは、転生しても現地人として静かに生きていきたいから、この国を転生先に選んだんだな?」
「はい。転生待ちの人はボク以外にもいっぱいいましたけど、ほとんど全員が空中大陸を選んでいたので、そこだけは絶対にイヤだなぁって思いましたから」
少女はそう言って、照れくさそうに微笑んだ。
「まあ、ソラミスが人気なのは仕方ないだろ。あそこが一番ファンタジーっぽいところだからな」
「でも、女神様の中では、中央大陸を担当しているエタルナ様が一番きれいだと思います」
「はは。それは好みの分かれるところだな」
少女の意見に、今度はザジが軽く笑う。
「ま、世間話はこれぐらいにして話を戻そう。それじゃあ、おまえの名前はその体の元の持ち主――ポーラ・パッシュで決定だ」
「ポーラ・パッシュ……。それがボクの新しい名前……」
自分の名前を知ったとたん、少女は両手を胸に当てて呟いた。するとザジは再び頭をかいて思案しながら言葉を漏らす。
「しかし、元の人間の人生を引き継ぐとなると、ガイダンスにあまり時間はかけられないな……。よし。何とか1日で基本的なことをすべて教えるから、明日にはポーラ・パッシュの人生に戻った方がいい。そうでないと大騒ぎになって面倒なことになるからな」
「それはたしかにそうですね。……あ、でも、どうやってポーラさんの家に戻ればいいんでしょう? ボク、ポーラさんのこと何も知らないんですけど」
「悪いが俺もまったく知らん」
ポーラの質問に、ザジは首を横に振った。
「だけどまあ、何とかなるだろ。おまえみたいなケースはかなり珍しいが、そういう人生を選んだ奴は他にもいると聞いたことがある。俺が耳にした話だと、そいつは一時的な記憶喪失を装って地元の警察組織に保護してもらい、家族に迎えに来てもらったそうだ」
「あ、なるほど。それは頭のいいやり方ですね。ボクもそうします」
その話を聞いたとたん、ポーラは再び安堵の息を1つ漏らした。その顔にザジは指を向けながら、話を始める。
「それじゃあ、優先度の高い項目から説明しよう。セブンルールは女神から聞いて知っているな?」
「あ、はい」
「よし。セブンルールは転生者に課せられた唯一の規則で、それさえ守ればあとは自由に生きていいことになっている。念のため覚えているかどうか確認するのが決まりだから、今ここで言ってみろ」
「はい。えっと――」
ザジに訊かれたポーラは、すぐに宙を見つめながら暗記した規則を口にした――。
1 現地人の大量虐殺の禁止。1度に100人以上を殺してはならない。
2 第9階梯以上の魔法使用の禁止。
3 大規模な土地破壊の禁止。
4 高度な機械製品の開発・生産の禁止。
5 地球の情報および、転生に関わる情報の漏洩禁止。
6 ゲートコインの複数枚所持の禁止。
7 転生管理神および、転生者管理官の指示は厳守。
「ただし、1番から6番は、転生管理神または転生者管理官の許可がある場合に限り、特例としてその行使を認められる――だったと思います」
「それと、セブンルールを破った場合は、すぐにゲームマスターに報告な」
「あ、はい、そうでした」
ザジの指摘に、ポーラは慌ててうなずいた。
「あとは、セブンルールを破ったうえに報告もしなかったら、かなりのペナルティを与えられるから気をつけろ。特に――」
そう言いながら、ザジは後ろの棚から小さな革袋を取り出し、中に入っていた白銀のコインをカウンターの上にすべて出した。そしてコインを1枚つまみ、言葉を続ける。
「重要なのは、このゲートコインだ。おまえにもさっき1枚渡したが、このコインさえ持っていれば、死んでも1度だけ生き返ることができる。つまりこいつは、命と同じ価値がある貴重なコインということだ。しかしセブンルールを破ると、その度合いに応じてペナルティが与えられる――」
ザジはポーラをまっすぐ見つめながら、今度はペナルティの項目について説明した――。
PL1 警告。2回でPL2が適用される。
PL2 収容所で拘束される。
違反の度合いによって、数日から無期の拘束が適用される。
PL3 転生武具の没収および、使用権限のはく奪。
PL4 ゲートコインの没収および、使用権限のはく奪。
PL5 強制魂絶。
「――この5つのペナルティの中で、一番恐ろしいのがPL4だ。なぜだかわかるか?」
「えっと……ゲートコインが使えなくなると、生き返ることができなくなるからでしょうか……?」
「そうだ」
おそるおそる答えたポーラに、ザジは1つうなずいた。
「俺はさっき、ここはゲームみたいな世界だと言っただろ? それは死んでも生き返ることができるからだ。そしてゲートコインは1度使えば消えてしまうが、俺たちゲームマスターのところにくれば新しいゲートコインが手に入る。つまり、何度でも生き返ることができるというわけだ」
「なるほど……。だからここはゲームみたいな世界と言われて、転生者管理官はゲームマスターと呼ばれるんですね」
「そういうことだ。そして1度死んでも大丈夫という保険があるから、少しぐらいの無茶ができる。安心して世界中を冒険して回ることができるし、いろいろなことに挑戦して人生を豊かにすることができる。しかし、もしもその保険がなくなったら――」
ザジはいったん言葉を区切った。そして、右手の親指を下に向けながら続きを話す。
「……ゲートコインが使えない世界というのは、ただの現実だ。常に死と隣り合わせの恐怖の世界だ。もう2度と無茶なことはできなくなるし、冒険なんてもってのほかだ。しかも今まで安全だった分、死の恐怖は倍増する――。だからPL4をくらった転生者のほとんどは、家から外に出ることができなくなる。せっかく転生したっていうのに、異世界で引きこもりになってしまい、そのままひっそり死んでいくんだ」
「そ……それはたしかに、恐ろしいです……」
真剣なザジの顔を見て、ポーラは思わずごくりと唾をのみ込んだ。それから再びおそるおそるザジに尋ねる。
「でも、何でゲートコインは1枚しか持てないのでしょうか……?」
「それには深い理由がある。何枚も持たせると、頭が狂うからだ」
ザジは自分の額をつつきながらポーラに答えた。
「転生を開始した初期の頃は、すべての転生者にかなりの数のゲートコインを持たせていたそうだ。しかし何度死んでも大丈夫ってなると、行動に歯止めがきかなくなるヤツが続出したらしい。具体的に言うと、2人に1人は殺人鬼になったそうだ」
「ええっ!? さっ、殺人鬼っ!?」
「そうだ」
思わず両目を見開いたポーラに、ザジは1つうなずいた。
「どうやら人間っていうのは、死ぬという概念が薄くなると、他人を殺すことに罪悪感を覚えなくなるらしい。それで、ちょっとしたことで人を殺しまくる転生者が増えてしまい、女神たちは頭を悩ませた。そして試行錯誤の末、転生者にはゲートコインを1枚だけ持たせ、なくなったらゲームマスターのところまで取りに来させるというシステムに落ち着いたそうだ」
「なるほど、そんなことがあったんですね……」
ポーラは制服のポケットから白銀のコインを取り出して、じっと見つめた。
「そうですね……。たしかに何度死んでもすぐに生き返ることができたら、それはもう人間とは呼べないですよね……」
「そういうことだ。だからセブンルールは必ず守り、ゲートコインの取り扱いには気をつけた方がいい。それと、あまりにも悪質な転生者を見かけたら、すぐにゲームマスターに報告してくれ」
「はい、わかりました。でも、悪質っていうと、たとえばどんなことでしょうか?」
「先入観を持たせたくないから、特に基準はない。おまえが悪質だと思ったら、とりあえず報告してくれ。そしたら判断はこっちでする」
ザジは淡々と答え、それから言いにくそうに顔を歪めて言葉を続ける。
「……だが、そうだな。1つだけ教えておこう。これはあまり話したくないことなんだが、実は何年か前に、とてつもなく頭の狂った転生者がこの国にいたんだよ。そいつはこの王都に住む100万近くの人間を、特殊な魔法で皆殺しにしようとしやがったんだ」
「えぇっ!? みっ!? 皆殺し!? そんなっ!? なんでっ!?」
ザジの話に、ポーラは愕然として目を剥いた。
「その狂った転生者が何を考えていたのかは、今となってはもうわからない。そいつはゲームマスターである俺の言葉にも耳を貸さず、理由については何も語らなかったからな。だから結局、最後の最後は俺がレアル3を発動して処分したんだ」
「レアル3、ですか……?」
「ああ、レアルってのは交戦規定権限のことだ。粛清管理権を発動して、ゲームマスターだけに許可された懲罰武装の九天剣を使用することができる。その最強の武器を使ってPL5の強制魂絶を適用――つまり、凶悪な転生者を消滅させるのも、俺たちゲームマスターの仕事だからな」
「ワールドソードですか……。なんだかすごそうな武器ですね……」
「俺はガキじゃないからな。あんなド派手な武器は趣味じゃないから、なるべく使わせないようにしてくれよ」
そこまで話すと、ザジは深々と息を吐き出した。
「……ま、そこまでのサイコパスは滅多にいないだろうが、もしもそういうヤツを見かけたら教えてくれ」
「はい、わかりました……。その時は全速力で走ってきます……」
ポーラはこくりとうなずき、ゲートコインを再びポケットにしまい込んだ。
「さて。とりあえずセブンルールとペナルティについては説明したから、あとは転生武具について話してから、ちょっと休憩しよう。転生者は自分が希望する武器や魔道具を1つだけ女神に作ってもらえることになっている。おまえも女神に作ってもらっただろ?」
「あ、はい、作ってもらいました。でも……」
ポーラは答えながら眉を寄せて、制服のポケットを軽く叩いた。
「転生したら受け取れるって聞いていたんですけど、ちょっと見当たらなくて……」
「そう慌てるな。転生武具は貴重だから、ゲームマスターとのガイダンスの時に受け取る仕組みになっているんだ」
「あ、そうだったんですか」
その説明を聞いたとたん、ポーラは胸をなで下ろした。するとザジは首にかけていたネックレスの先端をシャツの中から引っ張り出し、銀色のプレートをポーラに向けた。
「ほら。このプレートを握って――転生武具・オン――と唱えるんだ。そしたら女神たちのいる次元回廊に次元接続して、おまえの転生武具が転送されてくる」
「あ、はい、わかりました」
ポーラはすぐに、鏡のように滑らかな金属のプレートを握った。そしてごくりと唾をのみ込み、口を開く。
「……転生武具・オン」
その瞬間、ポーラの手の中のプレートが光を放った。同時にポーラの目の前の空間が大きく歪み、小さな箱が現れた。ポーラはプレートから手を離し、宙に浮いた銀色の箱を両手で受け止める。そして嬉しそうに目を輝かせた。
「これがボクの、転生武具……」
「おいおい、それはまたずいぶんと小さいな。武器じゃなくて魔道具か?」
ザジはネックレスのプレートをシャツの中に再び突っ込み、ポーラの両手に収まるサイズの箱を見て首をひねった。
「はい、そうです。これはボクがエタルナ様に相談して作ってもらった特殊な魔道具で――」
ポーラは箱のふたを開けて、中身をザジの方に向けた。
「ボクだけのオリジナル転生武具――進化心臓です」
「ハートビート・エボリューション? でもおまえ、それは魔道具というより――」
ザジは箱の中身を見たとたん、怪訝そうに眉を寄せた。
「どう見ても、飲み薬のカプセルみたいなんだが……?」
「はい。これは飲み薬です」
ポーラはニコリと微笑んで答えると、箱に入っていた1つだけの小さなカプセルを口に含んで飲み込んだ。それから再びザジを見つめ、微笑みながら説明する。
「実はボク、戦闘にはぜんぜん興味がなかったので、武器も魔道具もほしくなかったんです。だけど転生武具は必ず作らないといけないって言われたので、何が必要かなって考えたんです。それで、高い能力値があれば便利かなって思ったんです」
「それはそうだろ。人間ってのは結局のところ、ステータスがすべてだからな」
「はい、ボクもそう思いました。だからエタルナ様に頼んで、心臓が鼓動するたびに能力値が上がる飲み薬を作ってもらったんです」
「はっ。なるほど、そうきたか」
ポーラの話を聞いたとたん、ザジは呆れ半分、感心半分の声を漏らした。
「それで進化する心臓――ハートビート・エボリューションってことか」
「はい、そういうことです」
ポーラは空になった銀色の箱をカウンターの上に置き、嬉しそうに微笑みながら言葉を続ける。
「人間の心臓は、1日に約10万回鼓動するらしいんです。だから1日たつごとに、能力値がランダムに1ポイント上がるように設定してもらいました」
「ほぉ。1日に1ポイントだけってのは控え目に聞こえるが、よく考えるとけっこうすごいな。1年経てば自動的に365ポイントも上がるわけだから、それだけでも軽く白天位レベルに到達するだろ」
「そうなんです。エタルナ様の話だと、能力値には上限があるそうなので無限に強くなれるわけではないんですが、10年もすれば大賢者程度になら余裕でなれるって言われました。それにさっきの薬は1度飲めば永久に効果があるので、武器や魔道具みたいになくしたり盗まれたりする心配もありませんから」
「なるほど。何もしなくても、ただ生きているだけで最強になれる転生武具か――。そいつは何というか、静かな生活を望む人間には最高の能力かもしれないな」
ザジはそう言うとおもむろに立ち上がり、店の奥に向かって歩き出す。
「さてと。それじゃあ転生武具の受け渡しも終わったから、奥の部屋で休憩しよう。ついてこい」
「あ、はい」
ザジに言われ、ポーラはすぐに立ち上がった。そしてドアのない隣の部屋に入ったとたん、パチクリとまばたいた。
「うわ、すごい……。木の樽がいっぱいある……」
店の奥はカウンターのある接客スペースに比べ、3倍以上の面積がある広い造りになっていた。その薄暗い空間の左右の壁には頑丈な陳列棚がズラリと並び、子どもの背丈ほどの樽がすき間なくぎっしりと詰められている。
「……うちは一応ハーブショップだからな。樽の中身は薬草とか、ハーブを漬け込んだ酒とかだ。ふたを開けるとかなり臭うものもあるから、下手に触るなよ」
ザジは3段重ねの棚に近づき、木の樽を軽く叩きながら説明した。そして部屋の角のスペースに足を向け、壁の暖炉に火を熾す。さらに流し台の蛇口からブリキのヤカンに水を注ぎ、暖炉の中にヤカンをかける。そして近くの粗末なベッドと長椅子に顔を向けてポーラに言う。
「とりあえず、今夜はここに泊めてやる。おまえはソファを使え。トイレと風呂場はあっちだ」
「あ、はい。ありがとうございます」
ポーラはザジが指さした壁の扉を見てから、長椅子に視線を落とす。それから暖炉の近くの小さなテーブルに近づき、木の椅子に腰を下ろした。
「なんだかちょっと薄暗くて、隠れ家みたいな感じですね……」
「まあな」
ザジは石の壁に近づき、四角い鉄の板を横に引いた。すると鉄格子の窓が現れ、陽の光が薄暗い部屋の中に射し込んだ。
「実際のところ、俺たち転生者は、この世界の人間から見れば招かれざる異邦人だ。おまえの少し前に顔を出した転生者も言っていたが、俺たちは世界の片隅でコソコソ生きているぐらいがちょうどいいのさ」
「そうですね……。たぶん、ボクもそう思います」
ポーラは1つうなずき、それから暖炉に目を向けた。赤い炎に尻をなでられているブリキのヤカンは、既に白い息を吐いている。その沸いた湯でザジは2つのカップに茶をいれてテーブルに置き、ポーラの向かいの椅子に腰を下ろす。ポーラは礼を述べて熱い茶を一口含み、それからぽつりと呟いた。
「ボクの望みも、静かに生きていくことです。前の人生みたいな生活はもうイヤですから……。でも、もしもいつか強くなったら……」
「ん? なんだ。何かやりたいことでもあるのか?」
「ああ、いえ。これはやりたいことというより、ただの妄想なんですけど……」
ザジに訊かれて、ポーラは自分の心臓の上に手を当てた。それからクスリと笑って続きを話す。
「もしも、この進化心臓で、いつか大賢者並みに強くなったら……世界征服なんかしても、面白そうかなって」




