第2話 伝説の特殊魔法核――レジェンダリーエクスコア その2
ヴァリアダンジョン最下層の広大な空間を、無数の男たちが歩き回っていた――。
彼らは傭兵ギルド、聖剣旅団の団員たちだった。大地竜の群れとの戦闘を終えたばかりの傭兵たちは回復魔法による傷の手当てもそこそこに、誰もが石の床をにらみながらひたすら歩き続けている。そして時折、目を輝かせてしゃがみ込んでは、色とりどりの宝石をつまんで拾い上げ、各自の革袋にいそいそと突っ込んでいる。
彼らにとって今はダンジョン攻略で最も幸せなひと時――お宝回収の時間だった。
「う~ん、やっぱり変ねぇ。どうしてこんなに魔法核が落ちているんだろ?」
ネインと一緒に最下層の奥に向かって歩いていたエマが、小さな青い宝石を拾い上げて首をひねった。彼女の腰の革袋には既に無数の宝石が詰め込まれ、限界近くまで膨らんでいる。
「……おそらく、紅薔薇騎士団の派遣隊が倒したのだと思います」
慎重に歩数を数えていたネインが短く言った。ネインは落ちている宝石には目もくれず、すぐ目の前まで迫った黒い壁をまっすぐ見つめて歩いている。
「え? それって先月ここのモンスター退治に来て、全滅したって言われている国家騎士団でしょ? それが最下層までたどり着いていたってこと?」
「はい。オレはそう考えています。クランブリン王国の騎士団は定期的にダンジョンの掃討作戦を実施しているので、戦いにはかなり慣れていると聞いています。ですので、今回の派遣隊もダンジョン内の魔獣をすべて倒したと考えるのが妥当です。つまりオレたちがここに来るまでに遭遇した魔獣は、派遣隊が掃除したあとに自然発生した魔獣です」
「なぁるほどぉ。だから数が少なかったってわけね。でも、それじゃあどうして派遣隊は一人も戻ってこなかったんだろ?」
「それはたぶん、今回の派遣隊の中に優秀な人がいたからです」
「ほえ? それってどういうこと? 優秀な人がいたんなら無事に生還できたんじゃないの?」
「普通ならそうですが、その人は優秀すぎたんです。優秀すぎたせいでこの最下層に隠されていた秘密に気づいてしまった。そしてさらにその人は、地獄のふたまで開けてしまったんだと思います」
「ふーん、地獄のふたねぇ……」
エマは半信半疑の表情を浮かべ、足元を見渡しながら言葉を続ける。
「でもさぁ、そんなこと言われてもぜんぜんピンとこないんだよねぇ。そもそも、その地獄のふたの中にはいったい何が隠されているの? というか、どうしてネイン君がそんな秘密を知ってるの?」
「ここに地獄のふた――特殊な空間封印があることは、教会の神父様に教えてもらいました。ただし、中に何があるのかは開けてみないとわかりません」
「へぇ、教会の神父様がそんなことをねぇ……。ってことは、その封印とやらの中身はベリス教と何か関係があるってことなのかなぁ――って、も一個見っけ」
エマは再び青い宝石を素早く拾い、パンパンの革袋に押し込んだ。そしてふと思い出したように言葉を続ける。
「あー、でもそういえば、ここには昔、最強の光竜がいたっていう伝説があったよね」
「はい。今からおよそ600年前、クランブリンの初代国王が手にした聖竜剣ヴァリアウイングは、その光竜の特殊魔法核で作られたと言われています」
「うんうん、たしかにそういう話だった。つまり、そんなにすごい伝説の竜が本当にここにいたとしたら、そういう特殊な封印があってもおかしくはないかもね。そしてもしもその封印を開けたせいで派遣隊が全滅したのなら、たしかにそんな危険なものを放っておくわけにはいかない。だから王室は私たち聖剣旅団に調査を命じたってわけね」
「はい。そういうことだと聞いています――。一番奥に着きました」
ネインは一つうなずいて足を止め、目の前の黒い壁に手をついた。振り返ると、宝石を拾い集めている聖剣旅団の団員たちがかろうじて豆粒のように見える。
「これでこの空間の大きさは把握しました。予想よりもかなり広いですが、封印地点の目星はつきました。すぐに団長さんのところに戻りましょう」
「あいあい、オッケー。……あ、も一個発見。いやん、ラッキー」
エマは足下に転がっていた青い宝石をつまみ上げ、ネインに向かって微笑んだ。
「――おう、戻ってきたな」
ネインとエマが最下層のほぼ中央まで戻ると、黒い塊に腰を下ろしていたアーサーが陽気な声をかけてきた。魔法核をあらかた拾い集めた団員たちも、あちらこちらで輪になって座り込んでいる。聖剣旅団が倒した大地竜どもの死体は既に跡形もなく消滅し、広大な空間はガランとしていた。
「どうだ、ネイン。扉の位置はわかったか?」
「はい。おそらく、そこです」
アーサーが質問すると、ネインは少し離れた空間を指さした。まだ体が成長し切っていないネインの目線と同じ高さの一点だ。しかし――そこには何もなかった。ただの空っぽな空中だ。アーサーとエマは半信半疑の目つきで首をわずかにひねったが、ネインは気にすることなく言葉を続ける。
「あそこが、この最下層の中心です。高さは不明ですが、ほぼ間違いなく人間が操作できる位置に封印は隠されているはずです」
「そうか。ま、この話を俺に伝えたのは君だからな。判断は任せるさ。それで、どうやってその見えない扉を開けるんだ?」
「これを使います」
ネインは背負い袋から細い金属製の筒を取り出し、中から丸まった二枚の紙を引っ張り出した。その広げられた紙にアーサーとエマが目を向けると、何やら複雑な魔法陣が描かれている。
「ほほぉ、なるほど。そいつは魔法刻紙だな」
「はい。これには第4階梯光魔法の感知光結界が込めてあります。これを使えば隠されている封印や魔獣の弱点がわかります。これで地獄のふたを出現させて、解錠スキルで鍵を開けます。ただし問題が一つあります」
「その扉の奥に何が隠れているかわからない――だな?」
ニヤリと笑ったアーサーに、ネインは表情のない顔であごを引いた。するとアーサーはさらに嬉しそうに顔を歪ませて口を開く。
「オウケェイ、ベイベー。望むところだ。ダンジョンの隠しギミックってのは男のロマンそのものだからな。こんなにワクテカするのはガチで久しぶりだぜ。そんで、準備にはどれくらい時間がかかるんだ?」
問われたとたん、ネインは黒のハーフマントと背負い袋をまとめて遠くに放り投げた。そして魔法刻紙の一枚を腰の後ろに差し込み、アーサーをまっすぐ見つめる。
「いつでもいけます」
「はっはーっっ! いいぞぉネインっ! そぉだっ! 男ってのはそうこなくちゃなぁっ! ぃぃぃぃぃよぉーしっっ! 聖剣旅団っっ! 全員集合っっ!」
アーサーは上機嫌で派手に両手を打ち鳴らし、腹の底から声を張り上げた。するとすべての団員たちが一斉に走り出して即座に集まり、アーサーを囲んで姿勢を正す。
「いいかぁおまえらぁーっ! この最下層に隠されている秘密の扉を今からネインが開放する! その中にはおそらく紅薔薇騎士団の派遣隊を全滅させた魔獣が隠れている! つまぁーりっ! 俺たち聖剣旅団の真の目的はぁーっ! その魔獣退治ってことだぁーっ! ぃぃぃぃ喜べおまえらぁーっ! ここまで敵がショボすぎたからなぁーっ! ようやく俺たちの全力が出せるってモンだぁーっ! そうだろぅっ!?」
団長の言葉に団員たちは拳を握って天を衝き、口々に気炎を吐き出す。荒くれ者どもの威勢のいい雄叫びがほとばしり、場の熱気が一気に盛り上がっていく。
「ぃよぉーしっ! おまえらぁーっ! さっさと戦いの準備に取りかかれぇーっ! 全員180秒で支度しなぁーっっ! フォーメーションは八方陣だぁーっっ!」
アーサーが再び両手を鋭く打ち合わせると、団員たちも再び一斉に走り出した。百戦錬磨の傭兵どもは手慣れた様子で戦闘準備を素早く整え、5、6人のチームを組んで八方に散っていく。
「おうおう。さすがは俺が作った戦闘系ギルド。いい動きするじゃねーか」
アーサーは部下たちの機敏な動きを眺め、満足そうにうなずいた。そして団員たちが中央に立つネインからじゅうぶんに距離を取って配置につくと、アーサーとエマもネインから離れて声を上げる。
「いいぞネイン! 戦闘準備は完了だ! 君は扉を開けたら全力で俺の方に走ってこい!」
「はい――」
ネインは淡々と答えて一つうなずく。それから魔法刻紙の一枚を頭上に掲げ、魔法を唱える。
「では、始めます。第4階梯光魔法――感知光結界」
瞬間――魔法刻紙が光の粒子となって宙に溶けた。
その直後、無数の白い光線が整然と縦横に走り、巨大な空間の隅々まで分割した。およそ1メートル間隔で発生した縦の光線と横の光線が直角に重なり合い、立体的な格子模様を描いている。
「す……すごい……なにこれ……」
エマが周囲の光線を見渡しながら呆然と呟いた。
「こんな大規模なセンシング・ライトレイなんて初めて見た……。これ、本当に魔法刻紙だけで発生させているの……?」
「そりゃそうだろ。魔法刻紙ってのは使う人間によって威力が変わるからな。それだけネインが気合いを入れてるってことだ。ただしその分、精神力の消耗もデカいけどな」
アーサーは胸を張って腕を組み、額に汗を浮かべながら魔法の発動を維持しているネインを見つめる。
すると不意に格子状の光線が収束を開始した。光線の間隔はあっという間に狭まっていき、ネインが指定したポイントの少し下に集中していく。そしてすべての光線が一点に凝縮した瞬間――光の魔法陣が出現した。
「……ほほう。あれが地獄のふたってヤツか」
それは球状の立体魔法陣だった。
アーサーはニヤリと笑い、淡く輝く魔法陣に目を凝らす。複雑な光の魔法文字が無数に浮かぶ魔法陣の直径は大人が両腕を広げたほどもある。その大きな光の球を見つめたまま、エマはひたすらまばたきを繰り返した。
「な、なに? なんなのあれ? あんな複雑な魔法陣なんて見たことない……。いったいどれだけ高度な封印なのよ。ネイン君には悪いけど、あんなの探索者の解錠スキルなんかで本当に開けられるの……?」
「さあな。だが、ネインはやる気らしいぜ」
アーサーはネインの方にあごをしゃくった。
するとほぼ同時にネインが魔法陣の中に細い両腕を突っ込んだ。そして複層的に配置された光の魔法文字を素早く動かし、配置を次々に変えていく。その手の動きに迷いは見えない――。ネインは目にも止まらぬ速さで魔法陣を撫でて払って、回して押して、光の文字を一か所に集中させていく。そして光の球の中央に何かの獣の形が構築された瞬間――魔法陣が一気に弾け飛んだ。
「ぃよぉしっ! ネインっ! こっちにこぉぉいっっ!」
魔法陣が白い光の粒子と化して砕けたとたん、アーサーが声を張り上げた。同時にネインも全力で走り出し――最短距離でアーサーの背後に飛び込んだ。
「どうだネインっ! 扉は開いたんだなっ!」
「はい! 上です! ヤツはもうっ! すぐそこにいますっ!」
「なにぃっ!?」
ネインがはるか高みにある闇色の天井を指さした瞬間、アーサーとエマも反射的に顔を上げた。するとそこには巨大すぎる魔法陣が浮かんでいた。
「なっなっなっ!? なにあれ!? なんなの!? あれはいったいなんなのよっ!?」
エマの口から驚愕の声が飛び出した。それは直系が数十メートルもある不気味な赤い魔法陣だった。
「オーマイガァ……。マジですげぇ……。あれはまさに、血と炎で作られた地獄のふたじゃねーか……」
アーサーも呆然と呟き、唾をのんだ。
そしてアーサーとエマの青い瞳は、魔法陣からゆっくりと姿を現し、地上に降りてくるモノに釘付けされた。それは圧倒的な異様を誇る、巨大な獣だった――。
「ステータス・オン……」
アーサーは驚愕に目を剥きながら特殊スキルを発動し、四本足の獣を凝視した。
その獣は、先ほど戦った7メートル級の大地竜より一回り以上も大きな化け物だった。しかも美しい黄金のたてがみに、見る者を畏怖させる漆黒の翼、そして灼熱の炎を想わせる赤くて長い尾を持つ獅子型の大魔獣だ――。
「ンなっ!? なんだとぉぅっ!? ばっ、ばかなっ! あれはっ! あのモンスターのステータスはっ……!」
獣を見つめるアーサーの口から動転した声が噴き出した。
「えっ? アーサー? どうしたの? あの化け物のステータスを見たの?」
「あ、ああ……。はっきりと見た。というか、今見ているんだが……しかし、さすがに信じられん。マジかよ……。あんな超弩級の化け物が、この世界に本当にいたとは……」
「な、なに? 超弩級の化け物ってどういうこと? なんなの? ねえ、あの化け物はいったいなんなの?」
「あれは最高位の精霊獣――ハイネイチャーです」
呆然としているアーサーの腕をつかんだエマに、ネインが淡々と告げた。その瞬間、エマは両目を限界まで見開いた。
「ハッ!? ハイネイチャーっ!? うそでしょ!? ネイン君はあの化け物を知ってるのっ!?」
「はい――」
取り乱すエマに、ネインは落ち着いた声で語って聞かせる。
「あれは万物すべてを焼き尽くす炎の化身――。そして、この世界に発生するモンスターの最上位に君臨する最強クラスの精霊獣。その名はガルデリオン――。あれはレジェンダリー・ハイネイチャー、ガルデリオンです」