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第28話   冷静と野望の天秤――ザ・ブラッド・オブ・コバルタス その2




 コバルタス邸の広い前庭を、1台の洒落た馬車がゆっくりと走り去っていく――。


 初老の男は2階の応接室の大きな窓の前に立ち、遠ざかる馬車の姿を見下ろしていた。つい先ほどまでクルースと面会していたローガン・コバルタスだ。ローガンは瞳の中に氷と炎を宿らせながら、鋭い目つきで馬車の背中を見つめている。すると不意にノックの音が響き、長い金髪の若い女性が入ってきた。


「クルース・マクロン様とほか2名! お帰りになられました!」


「……クレアか。ご苦労だったな」


「ははっ! もったいなき御言葉おことば!」


 ローガンのねぎらいに、クレアはさらに姿勢を正して声を張り上げた。ローガンは思わず小さなため息をき、ソファに腰を下ろしてクレアに言う。


「2人の時はもう少し声を落とせ。それと大事な話がある。そこに座れ」


「はい。かしこまりました。それでは失礼いたします」


 クレアは素直に声のトーンを落とし、ソファに座って背すじを伸ばす。


「さて、クレアよ。昨夜戻ってきたばかりのおまえに、まだ言ってなかったな。デントラスへの特使、ご苦労であった。それとヘンリーが戦いで命を落とした以上、おまえが青蓮騎士団の団長になるのだ」


「御言葉ですがお父様――」


 クレアはわずかに奥歯を噛みしめ、言葉を続ける。


「自分はいまだ白天位はくてんいにすら至らぬ未熟者。えある青蓮騎士団の団長に相応しい実力を持ってはおりませぬ」


「よい。おまえはまだ21。伸びしろはある。それまではジョージのせがれのディーンを副団長にすれば面目は立つ。あやつはとりあえずこく天位だからな」


「それでジョージ叔父様はご納得されるでしょうか」


「あやつはをわきまえておる。兄の決定に異を唱えることはない。そんなことよりクレア。おまえは今の状況をどう考えておる」


「最悪と存じます」


 クレアは厳しい表情で父の顔をまっすぐ見た。


「我らがコバルタス家は7大貴族の一角であり、4騎士団の1つである青蓮騎士団の代表であります。しかしながらここ7代は王室騎士団の栄誉によくすること叶わず、その悲願はコバルタス家歴代最強と言われたヘンリーお兄様の戦死とともに打ち砕かれました」


「そうだ。我らはヘンリーを失い、そのうえ騎士団としての面子まで完膚かんぷなきまでに潰された。しかし、我らは誇りあるクランブリンの騎士。己の背中よりも、前に進む道を見据えねばならん」


 ローガンはこぶしに怒りを握りしめて言葉を続ける。


「我らが一番に考えねばならないことはこの国の未来だ。クランブリンの長い歴史において、王位継承権者の上位7名が同時に亡くなったことなど一度もない。これはいまだかつて経験したことのない危機だ。玉座ぎょくざが長期に渡って空位くういとなれば国民は不安になる。四方を囲む国々もよけいな色気を出すやもしれん。そうなる前に、3週間後に開かれる王位継承権者会談では必ずや新王を選出せねばならない」


「承知しております」


 父の言葉に、美貌の娘は一つうなずき言葉を続ける。


「今回の王位継承権者会談でセルビス殿下が新王に選ばれていれば、1週間後には即位の儀式が開かれておりました。その儀式に参加するため、第8位から第14位の王位継承権者の皆様は既にこの王都に向かって移動中です。次の会談では我ら青蓮騎士団の総力をもって警護に当たる所存です」


「問題はそこではない。我らの悲願は何だ、クレア」


「我ら青蓮騎士団から王の盾を輩出はいしゅつし、王室騎士団となることです」


「そうだ」


 ローガンはクレアを見つめてさらに言う。


「だから私は白百合騎士団のブレイデンと交渉して、カトレア・イストンが女王に選ばれた場合はおまえをカトレア姫の専属騎士にする約束を取り付けた」


「なるほど……その手がありましたか。カトレア姫の移動を護衛しているのは、たしか白百合騎士団のアルバート・グロック殿。そしてグロック殿は男性ですから、姫が女王に選ばれたら私と交代していただくということですね。さすがです、お父様」


 クレアは尊敬の眼差しで父を見た。しかしローガンは厳しい表情を崩さずに口を開く。


「しかしクレア。私の見立てでは……いや、誰の目にもカトレア姫が女王になる可能性はほとんどない。このままではほぼ間違いなく、第8王位継承権者のカーク・ノーランドが王に即位するだろう」


「そうなると王室騎士団の栄誉は我らではなく、ベラゴール家の金枝きんし騎士団に持っていかれてしまいます」


「それはわかっておる。そしてその流れをくつがえすことは今さらできん。ヘンリーに夢を託していた我らは一歩も二歩も出遅れてしまったのだ。だから私はヘンリーの死を知った時点で諦めた。もはや私が生きている間に、我らが王室騎士団になることは絶対に不可能だ」


 ローガンは硬い拳を己の膝に叩きつけた。初老の男の全身からにじみ出る悔しさを目の当たりにして、クレアも白い手で拳を握りしめる。しかしその直後、不意にローガンの瞳から闇が消え去り、代わりに野望の炎が揺らめいた。


「……だがなクレア。我らにはまだ一筋の希望が残っておったのだ」


「希望……でございますか?」


「そうだ。昨夜おまえがこの屋敷に戻ってきたあと、ある人物が私に希望を運んできおったのだ」


 ローガンはゆっくりと腰を上げて机に向かう。そして書類の束を持って戻り、クレアの前のローテーブルに置いた。クレアは書類を見下ろしながら、再びソファに座った父に疑問を漏らす。


「これはいったい何の書類でしょうか?」


「よいかクレア。驚くでないぞ――。これらは()()()()()()()()()を証明する書類なのだ」


「ンなんとぉーっっ!」


 クレアは心の底から驚いた。さらに驚きのあまり声を張り上げて勢いよく立ち上がり、座っていたソファを後ろにぶっ飛ばした。


「……申し訳ございません、お父様。少々驚いてしまいました」


 クレアは淡々と頭を下げて謝罪し、倒れたソファを元に戻す。それから再び腰を下ろして父を見つめる。ローガンは何事もなかったかのように咳払いをして、話を続ける。


「この書類を持ってきたのは黒い執事服の不気味な男だった。おそらくどこかの落ちぶれた貴族の手の者だろう。この書類と引き換えにかなりの金貨を要求されたからな。しかしこれが本物なら金など大した問題ではない。だが……私にはとても信じられなかった。あの人畜無害なお人好しのサイラス王に、まさか隠し子がいるなんて夢にも思っていなかったからだ」


「はい。私も信じられません」


 クレアも力強くうなずき、さらに言う。


「おそれながら、サイラス王の奥方様は3人ともクソオンナです。そのせいでサイラス王は女性不信になったと聞いております」


「うむ。たしかに王妃おうひ側室そくしつのお二方の素行そこうは褒められたものではない。王の務めとして7人の王子をもうけたあとに、王が女性との接触を断ち切ったのはそのせいだ。だからこそ逆に、今日こんにちまで隠し子の存在を完璧に秘めておくことができたのだろう」


「ということは、これらの書類は本物ということですか?」


 クレアは目の前にある書類の束を見下ろして唾をのんだ。ローガンは書類の1枚を手に取り、記憶を探るように眺めながらクレアに話す。


「そうだ。私は一晩かけて何度も読み返したが。これらの書類には当時の状況が事細かに書き記してあった。隠し子が生まれたとし、日時、天候、産婆さんばの名前と証言、さらにはサイラス王の喜びようまで書いてある。実際に目の当たりにしないとそんなことが書けるはずがない。だから私は、この情報は嘘ではないと直感した。そして今朝、その裏付けを取ったのだ」


「今朝? ということはまさか、その隠し子にはブレイデン様と――」


「そうだ。人目を忍んで駆けつけてもらったあの2人こそ、サイラス王の隠し子の素性を知る生き証人だ。サイラス王が上流貴族の1人に我が子を託して育てさせたことは、もはや疑いようがない事実。ブレイデンの話によれば、その子だけは何としても薄汚い王室の世界から引き離したいと王は願っていたそうだ。しかし、王の直系はもはやその子一人のみ――。だからこそ、2人とも私の質問に素直に答えてくれたのだ」


 ローガンは手の中の書類をローテーブルに戻し、深い息を吐き出した。そして固唾をのんで自分を見つめているクレアに、ゆっくりと結論を告げる。


「つまり我々コバルタス家は、その正当なる王位継承権第8位の隠し子を、我らの全力をもって王座おうざに導かねばならん。そしてクレア――。おまえがその子を守る騎士となり、我らの悲願を達成するのだ」


「はいっ!」


 その瞬間、クレアは再び勢いよく立ち上がり、父に向かって敬礼した。


「その使命っ! お兄様が命を懸けたその悲願っ! 必ずや……必ずやっ! このクレア・コバルタスが見事果たして御覧に入れますっっ!」


 クレアはこぼれそうになった涙をこらえ、尊敬する父と、愛する亡き兄の魂に誓いを立てた。ローガンも娘の決意をまっすぐ見つめ、再び拳を握りしめる。


「よくぞ申した。それでこそ我らがコバルタスの血を受け継ぐ者。よいかクレア。血統けっとう審判官は既に手配してある。今日より三日後、おまえはその者とともに隠し子の元を訪れ、王の血筋であることを確認するのだ。そして確認が取れたらどんな手段を使ってもかまわん。その子の専属騎士となれ。おまえこそが、新たなクランブリンのあるじを守る盾となるのだ」


「はいっ! 委細すべて承知いたしましたっ!」


 クレアは再度姿勢を正し、それから最後の質問を口にする。


「それでお父様っ! 私のあるじとなられる御方のお名前を伺ってもよろしいでしょうかっ!」


「うむ――」


 ローガンもソファから立ち上がり、机の上の剣を握った。そして力のこもった低い声でクレアに告げる。


「クレアよ。よく聞くのだ。我らの新しき()()となる御方は、ソフィア・ミンス王立女学院のソフィア寮で生活する生徒の一人。その名は――()()()()()()()()()()()様だ」




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