第19話 全方位守護天使――オーバーキル・エンジェルズ その1
昼下がりの青空の下、春の訪れを告げる柔らかな日差しがアスコーナ村の教会に降り注いでいた――。
質素な造りだがそれなりに広い教会の中には、円十字が描かれたステンドグラスを通して陽の光が射し込んでいる。その温かな光は祭壇を明るく照らし、近くでひざまずく神父とシスターの上に影を落としていた――。
「「――お帰りなさいませ。ネイン様」」
中年男性の神父と若い女性のシスターは、目の前で立ち止まったネインに向かって頭を下げた。
「ルター神父、ミーサさん。ただいま戻りました」
ネインは自分にひざまずく2人を淡々と見下ろし、言葉を返す。その声と表情はチェルシーと話していた時よりもわずかに硬い。ネインは2人から目を逸らすと、すぐに背負い袋を横長のベンチに置き、黒のハーフマントを脱いで隣に並べる。それから腰の剣をベンチに立て掛け、言葉を続ける。
「神父様の情報どおりでした。おかげでヴァリアダンジョンの最下層で空間封印を解除し、ガルデリオンから特殊魔法核を取り出すことができました」
「おめでとうございます、ネイン様」
黒い祭服に身を包んだルター神父はうやうやしく祝辞を述べた。それから神父とシスターはそろって立ち上がり、表情のない顔でネインを見つめる。ネインは首のネックレスを外し、朱色の炎を宿した水晶を神父に差し出した。そのとたん炎は美しい白色に変化して、ゆらりと揺れた。
「これはたしかにガルデリオン・ファイア――」
神父は手にした炎を見つめ、さらに言う。
「どうやらお渡しした封印水晶も、完全に特殊魔法核と同化している様子です。これを所持していればガルデリオンと同等の魔力が使用可能になり、熱に対する完全耐性が備わるでしょう。そしてネイン様が最も必要としている特性、異世界種の魂を見分けることも可能なはず――。これでネイン様の旅の支度がすべて整ったことを、この場で認定させていただきます」
筋肉質な体つきの神父と細身のシスターは再びそろって頭を下げた。ネインは真紅のネックレスを受け取って首に戻し、2人に向かって礼を述べる。
「この7年間、お二人にはいろいろと協力していただき、本当にありがとうございました。それとこれはガッデムファイアと名付けました。ガルデリオンの名前を知っている人間は多いということでしたから」
「なるほど。ガッデムでございますか。それはたしか古代語で神殺しを意味する言葉――。万物を焼き尽くす炎の特性に適した命名かと存じます」
「……すいません。聖剣旅団の団長が最後に遺した言葉を使っただけなので、意味は知りませんでした。それで、神父様にいくつかお願いしたいことがあるんですが」
「はい、なんなりと」
神父は丁寧に頭を下げて言葉を続ける。
「我らは天使の最高位である五熾天使フロリス様より直々に、ネイン様の活動支援を命じられております。ゆえに第6位の正天使、ライナムであるこのバーチ・ルター、並びにミーサ・ピアレスは、あらゆる方面のいかなるご用命であろうと、可能な限り速やかに実行する所存であります」
「……はい。ほんといつも、いろいろお世話になってます……」
ネインはわずかに渋い表情を浮かべて頭を下げた。それからベンチに立て掛けていた青い鞘の剣を神父に手渡す。
「それは聖剣旅団の団長、アーサー・ペンドラゴンが使っていた剣です。銘はエクスカリバー。その純白の刀身からは光の刃を撃ち出し、鞘には一瞬で傷を癒やす強力な魔法が込められています」
「なるほど。クランブリン王国最強と噂される傭兵騎士が、そのような魔法剣を所持していることは耳にしておりました」
神父は青い鞘から純白の剣を引き抜いた。その刀身はステンドグラスを通して射し込む光を反射し、美しい輝きを周囲に放つ。
「これは見事な造りです――。しかし、この金属は白色ですが、ホーリウムとは少し異なります。どうやら特殊な魔法金属のようです」
「その剣はおそらく、この世界の武器ではありません。アーサー・ペンドラゴンは自分のことを異世界からの転生者と名乗っていました。そしてそのエクスカリバーは、彼をこの世界に転生させた女神が作ったそうです」
「つまりその傭兵騎士は異世界種の一人でしたか」
神父は剣を鞘に戻し、ネインに向かって頭を下げる。
「さすがでございます、ネイン様。ガルデリオン・ファイアの……いえ、ガッデムファイアの性能を確認するために異世界種と思しき者を同行させていたとは、この第6位の正天使バーチ・ルター、感服致しましてございます」
「えっと、それでですね、神父様」
ネインはルターの言葉をあっさり受け流して話を続ける。
「そのエクスカリバーを厳重に保管してもらいたいのですが、お願いできますか?」
「かしこまりました。厳重ということは、最重要機密扱いということでよろしいでしょうか」
「はい。その剣の魔法はアーサー・ペンドラゴン以外には発動できないように制限されていますが、製造者である女神なら所有者の変更も可能なはずです。だとすれば、それほどの魔法剣を異世界種が放っておくとは思えません。今回は何とか倒すことができましたが、腕の立つ者がその剣を持てばかなりの脅威になります。そういうわけで、絶対に誰にも見つからないように保管してほしいんです」
「ご要望、たしかに承りました。――ですが、目的が敵の戦力の削減ということであれば、この剣を破壊するというのはいかがでしょうか」
「それは試してみたんですが、うまくいきませんでした」
ネインは神父が持つエクスカリバーを指さして軽く息を吐き出した。
「ホノマイトナイフで何とか切断してみたんですが、5分ほどで元通りに修復してしまったんです」
「なるほど、5分ですか――。そうすると、自動修復機能はホーリウムよりもかなり劣りますが、高度な魔法金属であることは間違いありません。ということは、この剣が放つ魔法波動の遮断が必要です。早速浮遊城より封印水晶を取り寄せて、この教会の地下に保管庫を設置致しましょう。その中で保管すれば、たとえ女神であっても探し出すことはできません」
「そうしてもらえると助かります。それともう一つ――」
ネインは自分の頭の横を指さしながら言葉を続ける。
「アーサー・ペンドラゴンには特殊なスキルがあって、対面した相手のステータスというのを見ることができました。どうやら頭の横に、その相手の能力値が見えるようです。見える内容は数値化した力・機敏・器用・知力・精神力・運・職業値、それと資質と職業、習得した魔法と職業スキルです」
「ほう。それは興味深いお話です。そのスキルの性質は、我々の天使権能『神聖真眼』、または悪魔権能『大罪魔眼』に非常によく似ております。ですが人間の能力は状況次第で大きく変動しますので、それをわざわざ数値化するのは効率的とは思えません」
神父が横に立つシスターに目を向けると、黒の修道服姿のミーサも首を縦に振る。その二人の様子を見て、ネインは言葉を付け加える。
「それはおそらく数字の方が人間には把握しやすいからだと思います。ですがそのスキルのせいで今回は苦労しました。オレが絶対魔法を習得していることが筒抜けだったからです。しかもアーサー・ペンドラゴンの口ぶりだと、異世界種なら誰でもそのスキルを使える可能性があります」
「なるほど。それはたしかに面倒です。勘のいい異世界種なら、ネイン様の正体に気づくやも知れません」
「そうなんです。それで神父様にお願いしたいのですが、イグラシアの情報を操作して、オレのステータスを偽装してもらえないでしょうか」
「偽装といいますと、ネイン様が習得された絶対魔法を異世界種の目に映らないようにするということでしょうか」
神父の確認にネインはうなずいて言葉を続ける。
「それと、オレの固有魔法と探索者以外の職業、できれば能力値も低く見せかけることができれば助かります。EISやDCSで能力値が上がると、異世界種に目をつけられる可能性がありますから」
「かしこまりました。ネイン様のご要望は本日中にフロリス様にお伝え申し上げます。それと、フロリス様よりご伝言を承っております」
「え? フロリス様から?」
ネインは思わず首をかしげた。最後にロゼ色の髪の天使と顔を合わせたのは6年も前のことで、それ以降は音沙汰がまったくなかったからだ。
「はい。ネイン様が旅立ちの準備を終えた時にお伝えするように命じられておりました」
「なるほど、そういうことですか」
ネインはとたんに納得し、神父の言葉に耳を傾ける。
「ネイン様もご存知のとおり、フロリス様はベリス教会に対し、異世界種に対抗する組織の立ち上げを命じました。そしてその組織がこの7年間で収集した異世界種の情報を、ネイン様にお渡しする手はずをこれから整えることになっております。おそらく今後数か月以内にベリス教会の担当者がネイン様に接触を図るはずです。ネイン様はその情報を受け取られてから行動を開始するようにと、フロリス様はおっしゃっておりました」
「数か月?」
神父の言葉にネインは軽く驚いた。その呆気に取られた顔に、神父は落ち着いた声でさらに言う。
「はい。ネイン様はこの7年間、ほとんど休むことなく活動されてきました。お体を鍛え、必要な魔法を習得し、必要な資金を稼ぎ、必要な武器と道具をそろえ、そしてついにガッデムファイアを入手されました。つまりこれはフロリス様のご厚情です。ほんの数か月ではありますが、この先の長い戦いに備え、今は休息をお取りください」
「いえ、そういうのは要りませんから」
フロリスの配慮を丁寧に説明した神父に対し、ネインは即座に手を横に振った。
「今はもうこれっぽっちも疲れていないので、いつでも異世界種を片っ端から滅ぼしにいけます。なので情報があるならすぐにもってきてください。明日までにお願いします」
「申し訳ございません、ネイン様」
いつになく意気込んで注文してきたネインに、神父も即座に言葉を返す。
「手続きはこれから始まりますので、明日までにはさすがに不可能でございます」
「じゃあ明後日」
「それも不可能でございます」
「じゃあ一週間後」
「それも厳しいかと」
「じゃあ10日後」
「それも難しいかと」
「そうですか。それじゃあ仕方ないですね。――2週間後」
「ご要望はフロリス様にお伝えしておきます」
「3週間後」
「ご要望はフロリス様にお伝えしておきます」
「4週間後」
「ご要望はフロリス様にお伝えしておきます」
「5週間後」
「ご要望はフロリス様にお伝えしておきます」
「――ところでネイン様。一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
不意に横からシスターミーサが口を挟んだ。指を一本ずつ増やしながら神父ににじり寄って交渉していたネインが顔を向けると、ミーサは指を立てたネインの右手を見つめながら口を開く。
「ヴァリアダンジョンの最下層に潜んでいた精霊獣ガルデリオンは、敵対する存在の数が多いほど能力が飛躍的に向上する特性を保有しています。そのためネイン様は一騎打ちを挑まれたと思いますが、お一人で撃破するのはいくらネイン様でも至難の業――。そうするとやはり、神聖契約スキルをお使いになられたのではないでしょうか」
「あ、はい。一度だけ――」
不意の質問に、ネインはわずかに首をかしげて付け加える。
「でも、ガルデリオンにではなく聖剣旅団に使いました」
「いずれのスキルを使われましたか?」
「アクレインです」
「さようでございますか。アクレインなら精神と肉体への負担はさほど大きくはありません。そうすると、何か別の強力な魔法を使われたのではないでしょうか?」
「はい。ガッデムファイアの力を利用して、第8と第9階梯の火炎魔法を使いました」
「なるほど。第9階梯魔法でしたか。――それでは少々失礼致します」
ネインの答えを聞いたとたん、ミーサはいきなりネインの右手を両手で握った。そして自分の目の前まで引き寄せ、淡い光を宿した瞳で念入りに観察する。さらにそのままネインの手の甲を小さな舌でぺろりと舐めて、いきなり手首に噛みついた。
「……ひゅーむ、ひゃっはり」
ミーサはネインの手首に噛みついたまま、何かを納得するように首を何度も縦に振る。
「あ……あの、ミーサさん? いきなりどうしたんですか?」
あまりにも唐突なミーサの奇矯な振る舞いに、ネインは呆気に取られながらおそるおそる尋ねた。するとミーサは手首を噛んだまましゃべり始める。
「ひぇひんひゃひゃひょひゃひゃひいひ、ひょーひょーひひゅひゃひゅひひぇひひゃっひゃいひゃふ」
「すいません。わかりません」
その瞬間、ネインは左手でミーサの顔面を突き放した。ミーサは慌てて口元のよだれをハンカチで拭き取り、姿勢を正して言い直す。
「大変失礼致しました。先ほどからネイン様のお体を拝見しておりましたところ、右腕の生命力が低下しているように見受けられました。それで触診で確認してみたのですが、ネイン様の魂に傷がついていることが判明しました」
「えっ? 魂に傷がついている? そんなことが起きるんですか?」
「はい。これはおそらく――ガッデムファイアの副作用かと思われます」




