第12話 絶対神の目覚め――ウェイクアップ・ジ・アグス その1
その世界の空には、無数の光の川がゆるやかに流れていた――。
太陽が地平線にさしかかった夕焼け空に、いくつもの光の筋が流れている。細い筋もあれば、束になった太い筋もある。いずれも色とりどりの小さな光の粒が寄り集まってできた光の川だ。その川は星空のように輝きながら、空の果てから果てへと、どこまでも無限に流れていく。
それは命を失って故郷に戻り、新たな命を授かる前にひと時の安らぎを得た、無数の魂の集まり――ソルラインだ。
その無数の光の川を、地上よりもはるかに近くで眺められる島がある。そこは空に浮かぶ巨大な島――浮遊城ハイマグス。広大な面積に6つの光輝く塔を持つその浮遊城は、安息神域セスタリアの空をソルラインと同じようにゆったりと漂っている。そして、その浮遊城の中央に建つアグスタワーの広間に今、一体の天使が姿を現した。
その空色の髪を持つ長身の天使は、広間の中央で長椅子に腰かける女神にゆっくりと近づき、穏やかな声で話しかける。
「――お待たせ致しました、惑星神ヴァルス様。ただいま我らが主が参ります」
「五熾天使ハイエム――。手間をかけましたね」
長い白銀の髪を持つ美しい女神は天使に向かって優雅に微笑みかけた。空色の髪の天使ハイエムはすぐさまその場でひざまずき、首を垂れる。
「もったいなきお言葉。ご用命がございましたら、いつでもお声がけください。それでは、失礼致します――」
ハイエムはゆっくりと立ち上がり、すぐに広間から立ち去っていく。すると不意に温かな光が漂い始めた。それは黄金色の光の粒だ。光の粒はいたる所から無数に湧き出し、広間中に満ちていく。そして次第にゆっくりと寄り集まり、巨大な光の柱を形作る。
ヴァルスはすぐに立ち上がり、光の柱の前でひざまずく。そして美しい白銀の髪を垂らして頭を下げた直後、光の柱の中から人の形をした存在が現れた。それは黄金色の髪を持つ、背の高い男性神だった。
「――至高にして絶対なる神、アグス様。ご来光、お慶び申し上げます」
「惑星神ヴァルス――」
黄金色に淡く輝く絶対神は、ヴァルスに一歩近づき言葉をかける。
「我を起こしたのはお主か」
「はい――。我らが父の安息を妨げましたこと、伏してお詫び申し上げます」
「よい。面を上げよ」
絶対神は黄金色のローブをひるがえし、長椅子に腰を下ろしてゆったりとくつろぐ。そして顔を上げたヴァルスを見つめ、自分の向かいの長椅子に手を向ける。ヴァルスは優雅な動きで歩を進め、長椅子に腰を下ろした。
「眠りの途中の我を起こすとはよほどのこと。何があった」
「その前にまず、お願いがございます。イグラシアとの情報接続はしばしお待ちください」
「よかろう」
「ありがとうございます。それでは、ご報告いたします。現能世界リアリスにおいて、懸念すべき問題が発生致しました」
「ふむ。また人間どもがお主を食らい尽くそうとしているのか?」
「いえ。現在の第9世代人類は安定期に入っております。第5世代人類より導入しました精神共鳴元素の還元システムを調節することで、エネルギー資源の開発は抑制してあります。それにより大幅な技術発展の兆候もなく、人口は10億前後を維持させることに成功しております」
「そうか。では問題はなんだ」
「こちらをご覧ください――」
ヴァルスは白く美しい手を伸ばし、長椅子の脇の空中に年表映像を表示させた。
「これは現在の人間世界で普及しているユニ歴の年表になります。現時点は2190年で、事の発端は今より13年前の2177年――。その年に、調界真竜様から情報の提供がありました。ご息女が人間世界の単独調査中に、とある事実に気づいたとのことでした」
「ほう。イクワリブリアムがまた子をなしたか」
「はい。行動力が非常に高い姫です。その姫から、人間世界に異常に強力な個体が大量発生していると報告があったそうです。しかし、惑星ヴァルスの管理は天浄聖域ミルディスに住まう我々女神の役目――。調界真竜様のご高配により情報を得た我々は即座に調査を開始しました。そしてその結果、我々は信じられない結論にたどり着きました。現能世界リアリスに、異世界からの侵入者が存在している可能性があります」
「なに?」
ヴァルスの報告を耳にしたとたん、絶対神の眉がわずかに動いた。ヴァルスは複数の人名リストを空間に表示して、さらに報告を続ける。
「こちらは界竜の姫から提供されたリストです。姫はこれらの人間が、年齢と経験に見合わない異常な能力を所有し、さらに同じような人間が数多く存在していると報告しました。そしてたしかに我々の調査でも、これらの人間たちが特異な能力を所有していることを確認しました」
「特異な能力とはなんだ」
「まず、異常に高い知能と身体能力。精神共鳴元素への高い共鳴率。そして、非常に強力な魔法武器と魔道具の所持です」
「ふむ――」
絶対神はヴァルスを見つめて問いかける。
「人間には個体差を与えている。高い能力を持つ個体発生率が偏り、一時的に強力な魔法具を作成できる個体が増えたということではないのか?」
「はい。我々も当初はその可能性を前提に調査を進めておりました。ですが、こちらをご覧ください――」
ヴァルスは再び、空間に浮かぶ年表に手を向けた。すると年表は一気にはるか過去まで表示された。
「我々はその異常に強力な個体群を『異世界種――アナザーズ』と命名しました。そしてこれは、異世界種と推定される個体の発生数を年度ごとにまとめたものです。まず、最初に発生した異世界種は今から2228年前に一体。それから100年の間に数個体の発生が、およそ800年続きます」
「ふむ。問題のない数だな」
「はい。そのため我々も気づくことができませんでした。しかし異世界種の発生数は増加の一途をたどっていきます。以後は100年間に10名前後。そして1000年が経つと、100年間で数十名に増加。そして問題はユニ歴2127年以降――。その年から、10年間で1000名の異世界種が発生しております」
「なんだと? 増加率は?」
「爆発的です。さらに次の10年は2000名。その次の10年は3000名。そしてユニ歴2170年代になると1万名に増加――。現在の2190年代の発生予測数は3万名に上り、さらにこれまでの増加率に基づいて予測される今後の発生数は、2200年代に10万名。2210年代には50万名――」
ヴァルスは指を動かし、空中の年表に異世界種の発生予測数を表示させていく。その数は100万、1000万、5000万と驚異的に増えていく。
「そして、現在のユニ歴2190年から100年後、この惑星ヴァルスに存在すると予測される異世界種の数はおよそ――」
「66億6千万か」
「はい。この星は異世界種に占領されてしまいます」
「なるほど。それが本当ならたしかに懸念すべき問題だな。しかし、その個体群は間違いなく異世界からの侵入者なのか? 夢幻境サイメルに住む妖精の異常繁殖、または死霊の異常行動という可能性はないのか?」
「可能性としては考えられます。ですが、異世界種を異世界からの侵入者と断定した決定的な理由があります。異世界種は、我々の目には見えないのです」
「なんだと?」
絶対神は長椅子に腰を下ろしたままヴァルスの方に身を乗り出した。
「それはいったいどういう意味だ?」
「はい。それが調査に時間がかかった理由になります。これは界竜の姫に提供していただいたリストの人間を調査しようとした時に判明しました。まず、我々女神や、天使や界竜の皆様は安息神域セスタリアにそれぞれの居住領域を所有し、そこに住んでいます。そしてセスタリアから人間の住む現能世界リアリスを調べる時は、全知空間イグラシアに情報接続するのが通常の方法です」
「うむ。イグラシアにはこの宇宙のすべての情報が記録されているから当然だ。それがどうした」
「はい。それが実は、イグラシアを通すと異世界種の姿が見えなくなるのです」
「なんだと? それはありえない。イグラシアは絶対領域であり、宇宙そのものだ。この宇宙に存在する情報は必ずイグラシアに記録される。それが揺らぐことなど絶対にありえない」
「はい。そのとおりでございます。ゆえに、イグラシアを通して認識できない異世界種は、この宇宙の存在ではないと断定しました」
「なるほど。そういう推論か。しかしヴァルスよ。お主は一つ考え違いをしている。この宇宙に存在する情報は、すべて一つ残らず全知空間イグラシアに記録される。それがたとえ異世界からの侵入者であったとしても例外ではない」
「はい。アグス様のおっしゃるとおりでございます」
「ふむ。即座に認めるとは――つまり、そういうことか」
絶対神は再び背もたれに寄りかかり、言葉を続ける。
「惑星神ヴァルスよ。お主にわからぬことなど、この宇宙には存在しない。そのお主が我をこのタイミングで呼び起こし、さらにイグラシアへの情報接続を制限したということは、つまりお主はそれほどの危惧を抱いているということだな」
「はい。異世界種の侵略を防ぐために行動を開始するには、おそらく本日が限界点――。もはや一刻の猶予もございません。異世界種の正体を突き止めることのできなかった愚かなこの身をお許しください」
「許す。我に進言するのは苦渋の決断であっただろう。よくぞ申してくれた」
その言葉に、ヴァルスは長椅子から立ち上がり、ひざまずいて首を垂れた。
「――もったいなきお言葉。我らが父に対する非礼の数々、どうかお許し――はっ!」
「どうした」
不意に息をのんで顔を上げたヴァルスを見て、絶対神は眉を寄せた。ヴァルスの顔には驚愕の色がありありと浮かんでいる。この宇宙で最上位に属する女神が顔色を変えることなどありえない――。絶対神はそう考えながらさらに訊く。
「お主が驚くとは、よほどのことだな」
「……はい。申し上げます。たった今、現能世界リアリスにおいてカオスゲートが発動致しました」
「なに? どちらが使ったのだ」
「いえ。調界真竜様でも、悪魔神様でもありません。お二人とも、安息神域セスタリアに気配が感じられます」
「それはおかしい」
絶対神は憂いの表情を浮かべてヴァルスを見つめた。
「カオスゲートは第11階梯魔法――。この惑星ヴァルスで第10階梯以上の魔法を使えるのは我とお主、そしてイクワリブリアムとセイタンのみ。しかもお主が異世界種の報告をしにきたこのタイミングでカオスゲートが開くとは、さすがに偶然とは考えにくい」
「いかが致しましょうか」
ヴァルスはすぐに立ち上がり、絶対神の指示を待つ。
「うむ。――ハイエム」
絶対神は一瞬だけ思考を巡らせ、空色の髪を持つ天使の名を呼んだ。するとすぐに青い光の柱が発生し、ハイエムが姿を現した。ハイエムは長椅子の脇でひざまずき、首を垂れる。
「お呼びでしょうか」
「うむ。たった今リアリスにおいてカオスゲートが発動した。お主の部下を派遣して調査させよ。誰がよいか」
「はい。それではバルバエルが適任です。私の配下、13天使の中で最も有能です」
「ふむ。明天使のバルバエルか――。よし。ではヴァルスから発動地点を聞き、すぐに向かわせろ。発動した者、その目的、状況を報告させるのだ」
「かしこまりました」
「――五熾天使ハイエム。カオスゲートの発動場所はここです」
ハイエムが絶対神に返事をすると、ヴァルスがハイエムの額にそっと指を当てた。すると指先に浮かんだ小さな光がハイエムの頭に流れ込む。その光により、カオスゲートが発生した位置情報を受け取ったハイエムは一つうなずき、すぐに青い光の柱を発生させて退席した。
「惑星神ヴァルスよ。お主も下がってよい」
「はい。それでは失礼致します」
絶対神の許可を得たヴァルスも、すぐに白銀の柱を発生させて姿を消した。そして一人残った絶対神はおもむろに立ち上がり、両腕を上げて伸びをしながら大きなアクビをした。
「ふぁ~あ……。さーて、何だかよくわからんが、とりあえずイグラシアの状態でも見に行くとするかぁ~。まったく……。異世界種だか何だか知らないが、どーせ死霊の異常進化かなんかだろ……。ほんっと、ヴァルスはクソマジメすぎるんだよなぁ~。我は1億年ぐらい寝ないと寝た気がしないっていうのに、あ~、ほんっとダルい。ゴールデンクソダルい」
絶対神はさらに出てきたアクビを噛み殺し、尻をかきながら歩き出す。そして黄金色に輝くローブを颯爽とひるがえし、瞬時に姿を消した――。




