第101話 襲いかかる正義――レッドパラソル VS マン・イン・ザ・ダーク その2
「我の名はアミリアム――。はるかなる時の彼方の契約の下、このクランブリンの地を守護する絶対者――アミリアム・スターラインだ」
真の名を告げたアムは、漆黒の剣を振り下ろして空を斬り、悲しみを宿した瞳でジャコンを見た。
「……さあ。覚悟はよいか、ジャコン・イグバよ。我が友メナ・スミンズの魂を癒やすため、おまえはここで死に絶えろ」
「なっ! なにが五星天だっ! ふざけんじゃねぇぞゴラァーっ!」
アムの底知れない実力を垣間見たジャコンは、ふらふらとあとずさっていた。しかしアムが死の宣告を口にしたとたん、奥歯を噛みしめてこぶしを握り、右手の青い指輪に精神を集中させた。すると指輪が強い光を放ち始め、召喚した無限の蟻どもがアムに向かって一斉に襲いかかった。
「こいつらは俺が召喚したんだっ! 俺の命令に逆らうことなんて絶対にできないっ! 本能的な恐怖なんか俺の命令で塗りつぶすっ! いけーっ! アリどもよっ! そのバケモノを食らい尽くせーっ!」
「まったく……。愚か者は、現実を見ても愚か者か……」
怒涛のように押し寄せてくる蟻どもを見渡しながら、アムは淡々と呟いた。それから漆黒の剣を瞬時に振り抜き、頭上の空間に黒い五芒星を刻み込んだ。その直後、津波と化した蟻どもがアムの体を一気に飲み込んだ。
四方八方から押し寄せた蟻どもは、アムが立っていた場所に続々と積み重なり、山のように盛り上がっていく。そのとたん、離れた位置で見ていたクルースが思わず声を張り上げた。
「アムーっ! くそっ! だから言わんこっちゃない! 待ってろ! いま行くっ! うおおおおおおーっ! 剣力――」
「……お待ちください、クルース様」
クルースがとっさに腰の剣を引き抜いて、自らの封印を解こうとした瞬間、隣に立つネンナが声をかけて動きを制した。
「ネンナさん止めないでくださいっ! 早くアムを助けないとっ!」
「落ち着いてよく見てください、クルース様。おまえごときの出番はない」
「えっ!?」
ネンナがアムの方を指さしたので、クルースも反射的に目を向けた。すると次の瞬間、黒い蟻の群れが、謎の黒に飲み込まれた。
「なっ!? なんだあれはっ!?」
それは異常な光景だった。
赤く燃える夕焼け空の下、石の広場は黒い蟻どもで埋め尽くされていた。崩れかけた3階建ての建物も、一面に広がっていたゴミの山もすべてが黒く染まっていた。しかしその黒い大地から、突如として巨大な黒い柱が立ち昇った。
「影っ!? いやっ! これはまさかっ! 影の大蛇かっ!?」
クルースは驚きのあまり目を剥いた。
それはまさに影でできた巨大な蛇だった。その暗黒の蛇は、まるで巨大な柱のように大地からまっすぐ天に向かい、再び石の広場に突っ込んでくる。そして地面を覆っていた蟻どもを飲み込みながら大地に潜った。さらに再び地上に飛び出してくると、闇の巨大な蛇はまるで水の中を泳ぐように地面を素早く駆け抜けながら、片っ端から膨大な数の蟻どもを飲み込んでいく――。
「ぶあっ!? バカなぁーっ!? これはまさかっっ! 真夜黒蛇だとぉーっっ!?」
ジャコンも突如として現れた影の蛇を見て度肝を抜かれた。
「ありえないっっ! こんなの絶対ありえないっっ! なんでこんなところにっっ! 伝説級精霊獣が出てくるんだぁーっっ!」
「……知れたこと。あれは我のしもべだからだ」
「なにぃーっ!?」
不意に漂った少女の声に、ジャコンはハッとして顔を向けた。すると先ほどまでと同じ場所にアムが無傷で立っていた。しかもアムの周囲の蟻どもは影の大蛇の一撃ですべて飲み込まれ、そこだけ空白地帯になっている。
「なあ、ジャコンよ。おまえのアリどもはたしかに厄介だ。しかし、無限に湧き続けるというのなら、無限に食らい続ければいいだけのこと――。そうは思わんか?」
アムは淡々と言い放ち、手にした漆黒の剣を天に向ける。そして再び黒い五芒星を宙に刻んだとたん、今度は4体の真夜黒蛇が現れた。その黒い柱のような蛇どもは大地からまっすぐに立ち昇り、すぐさま四方に飛び込んでいく。そして大地を覆う黒い蟻どもを問答無用で食らっていく。
「あ……ありえない……。レジェンダリー・ハイネイチャーが5体なんて……そんなの絶対ありえない……」
「何を今さら――」
ほとんど茫然自失で呟いたジャコンに、アムは冷たい視線を投げた。
「ほとんどの人間からすれば、カロン宮殿にいた者をすべて食らい尽くすなんてありえない所業だ。しかし、おまえにはそれができた。それと同じように、おまえにできないことであっても我にはできる――。自分の小さな物差しに世界を当てはめようとするとは、おまえもその程度の男ということか」
「くそぉぅっ! このバケモノがっ! あんま調子ぶっこいてんじゃねーぞゴラァーっ!」
ジャコンは右手をこぶしに握り、精神を集中させて青い指輪を力強く輝かせた。そして大地から噴水のように無限の蟻を召喚し、アムに向かって突っ込ませた。
「バァカめぇーっっ! どんなに強いハイネイチャーでもっ! 手元にいなければ意味がないっっ! いまの無防備なおまえにぃーっっ! この数のアリどもを防ぐすべはないっっ!」
「……そうだな。たしかに手元にはいない」
まるで津波のように襲いかかってくる膨大な数の蟻どもを、アムは落ち着き払った顔で眺めながら言葉を続けた。
「しかし――足元はどうかな」
「なにぃっ!?」
その瞬間、ジャコンは仰天して目を丸くした。アムの背後の大地から6体目の大蛇が鎌首をもたげたからだ。しかもその暗黒の蛇は口を大きく開けたとたん、突進しながらアムと蟻どもをまとめて一気に飲み込んだ。
「なんだとぉーっ!? 自分ごと飲み込ませただとぉーっっ!?」
ジャコンは驚きの声を張り上げながら横に跳び、自分に向かって突っ込んできた大蛇の口をギリギリで避けた。しかしその直後、漆黒の剣を握ったアムが蛇の横腹から飛び出してきた。
「ぶぁっ!? バカなぁーっっ!?」
ジャコンは限界まで目を見開き、とっさに周囲の蟻を集めて壁を作った。しかしアムの剣は黒い閃光のように瞬時に走り、蟻の壁を切り裂いた。ジャコンはさらにバク転してアムから距離を取りながら、壁を2つ、3つと作っていく。するとアムはその黒い壁をすべて切り裂き、ジャコンにゆっくりと近づいていく。
「なっ! なぜだぁーっ! おまえはたしかにっ! あのハイネイチャーに飲み込まれたはずだっ!」
「……ムダな質問をするな。真夜黒蛇は我が召喚したのだ。我の命令に逆らうことは絶対にできない――。おまえもさっき、同じことを言っていたではないか」
アムはジャコンの前で足を止め、漆黒の剣を軽く振った。すると6体目の真夜黒蛇がアムの背後までやってきた。
「すべてを飲み込む闇の蛇を、攻撃と防御と移動に使う。それが我の編み出した魔法剣技――黒血剣だ」
「な……なんて無茶苦茶な……。そんな攻撃、防ぎようがないだろ……」
「ようやく悟ったか――」
アムは剣を天に向けて、ジャコンに向かって振り下ろす。そのとたん、他の5体の大蛇どももアムの周囲に集まってきた。
「さあ、ジャコン・イグバよ。そろそろ幕を閉じるとしよう。我が友を無残に殺したその因果、最大の恐怖とともにその身に刻め――。闇・死霊、第8階梯合成魔法――」
「だっ!? 第8階梯魔法だとぉーっ!?」
アムが全神経を漆黒の剣に集中させたとたん、6体の真夜黒蛇が黒い光の粒と化した。そしてその黒い光が宙の一点に凝縮し始めるのを目の当たりにしたジャコンは、アムに背中を向けて逃げ出した。
「……やれやれ。殺される覚悟もなしに、他人の命を奪ってきたのか。哀れな生き様だな、ジャコン・イグバよ――むっ?」
必死に逃げるジャコンを見ながら、アムは感情の消えた顔で呟いた。その直後、反射的に空を見上げた。何かが視界の隅に飛び込んできたからだ。すると、血のように赤く染まった空の彼方から、高速で飛翔してくる何かが見えた。それは青い刀と緑の刀を手に持った、2人組の少女だった。
「――ジャコンさん! これはいったい何の騒ぎ!?」
上空から一気に急降下してきた少女たちはジャコンの前に着地した。そして長い黒髪を頭の後ろで結わえた少女が慌てて声を張り上げた。
「敵だっっ!」
ジャコンも少女たちに全速力で駆けつけながら叫んだ。
「しかも俺たちじゃ絶対に勝てない相手だっ! 転生者管理官級のとんでもないバケモノだっ! 逃げろっ! 今すぐ逃げるんだっ! おらっ! 早く飛べっっ!」
「わっ! わかったっ! 空姫っ!」
ジャコンに怒鳴られたとたん、金色の髪を頭の左右で短い房にした少女が、青い刀を素早く振った。すると少女たちとジャコンの体が浮き上がり、そのまま高速で上昇していく。
「……空を飛ぶ2人組。王位継承権者を暗殺した魔法使いどもか」
アムは遠ざかっていく3人の姿を見つめながら漆黒の剣を天に向けた。すると、アムの頭上で何かの形を成していた黒い光の粒が、長い筋を描きながら剣の先に集まり出した。そのとたん、離れた位置で控えていたクルースがアムの隣に駆けつけた。
「おいっ! アムっ! 今の2人組はまさかっ!」
「うむ。どうやらジャコン・イグバは、他の暗殺者とつながりがあったようだな」
「だったら見失う前に早く追いかけるぞっ!」
「その必要はない――」
今にも走り出さんばかりのクルースに、アムは淡々と言った。そして1歩前に出て、黒い光を集めた剣を赤い空に振り上げた。そのとたん、王都の上空に巨大な黒い五芒星が発生し、街中の影がうごめき出した。
「なっ!? なんだこれはっ!? おいっ! アムっ! おまえいったい何をしたっ!」
クルースは両目を見開いて石の広場を見渡した。6体の真夜黒蛇によって、広場にいた蟻とゴミの山はほとんどすべてが飲み込まれて消えていた。しかし広場のあちこちから、いきなり無数の大蛇が姿を現したからだ。
しかもその新しい真夜黒蛇どもは無限に体を伸ばして上空へと向かい、空を飛んで逃げる3人に襲いかかっていく。さらに巨大な影の蛇は王都の全域で発生し、街を破壊しながら続々と赤い空に昇り始めた。
「第8階梯魔法をキャンセルして、すべての魔力を真夜黒蛇の召喚に回した。ま、やっつけ仕事だから、数百匹ってところだな」
「数百って、おまえ……」
当たり前のような顔で答えたアムを見て、クルースは愕然とした。赤い空の上では無数の大蛇が暴れ狂い、ジャコンたち3人を足止めして襲いまくっている。さらに蛇どもが動くたびに街中の家々が倒壊し、破壊の轟音がひっきりなしに響き渡る。
「ダメだアムっ! 今すぐ蛇の召喚を中止しろっ!」
「断る」
破壊音に続いて人々の悲鳴や絶叫が空に飛び交ったとたん、クルースはアムに怒鳴った。しかしアムは、上空で大蛇どもと戦っているジャコンたちを遠目に眺めながら、首を小さく横に振った。
「ジャコンはメナのかたきだ。ヤツを確実に仕留めるまで、我が手を引くことはない」
「だからって王都を破壊してどうするっ! おそらくすでにかなりの被害が出ているはずだっ! スミンズさんのかたきを討つために、他の人たちを巻き添えにするなんて許されないだろっ!」
「かまわん。我が許す」
「ふざけるなっ!」
「ふざけてなどおらん。我にとって、友の命はこの国よりも重い。メナのかたきを討つためなら、王都の1つや2つが廃墟になろうとどうでもいい」
「ダメだっ! そんなことは絶対にダメだっ!」
クルースは声を張り上げながら剣を構えた。そのとたん、アムは軽くあごを上げてクルースを見た。
「ほう? 我に剣を向けるとは、なかなか思い切ったことをするではないか。たかが青白天位の青白騎士ふぜいが、我に勝てると思っているのか?」
「勝てなくても止めることぐらいはできるっ! ――剣力解放っ!」
クルースは精神を集中して第1の封印を解除した。そのとたん、瞳の中で光が弾けた。
「もう1度言うぞアムっ! 蛇の召喚を今すぐ止めろっ! さもないとっ! ボクも本気で全力を出すぞっ!」
「かまわんぞ。さっさと第2の封印を解き、天から与えられた真の実力を見せてみろ。そして、おまえの星光剣が我の黒血剣にどこまで通じるか、心ゆくまで試すがよい」
アムはクルースに体を向けて、漆黒の剣を横に払った。
「このわからず屋がっ!」
「当たり前だ。理由もなく自分より他人を優先する人間など、この世には1人もおらん。この街の人間どもは我の痛みを理解しようとしないのに、どうして我が他人の痛みを理解せねばならんのだ」
「そんなことは決まっているっ! アムにとってスミンズさんが大事だったようにっ! 他の人たちにも大事な人がいるからだっ! そして今っ! 誰かにとって大事な人がっ! あの蛇どものせいで傷ついているっ! だからボクは止めたいんだっ!」
「……ふむ。それはたしかに一理あるな」
アムは剣を素早く走らせ、空を斬った。
「しかしな、クルースよ。我にとって有象無象など、どうでもいいのだ。むしろこの王都を破壊してしまえば、この国を守るという契約も無効になる。そうすれば、我も心置きなく最後の旅路に就くことができるというものだ」
「ふざけるなっ! そんな一方的な契約解除なんてボクは絶対に認めないぞっ! とにかくっ! 今すぐあの蛇どもを止めろっ! これは命令だっっ!」
「命令か……」
クルースはさらに力を込めてアムに怒鳴った。そのとたん、アムは悲しそうに微笑んだ。
「か弱い人間の分際で我に命令するか……。まったく……。おまえは本当に、コンラッドによく似ている……」
アムはポツリと呟きながら顔を上げた。そして王都の上空で、無数の真夜黒蛇に追い詰められている暗殺者たちを眺めながら、小さな息を吐き出した。
「……いいだろう。ネンナ」
「――はい、お嬢様」
不意に声をかけられたネンナは、車椅子を押してアムのそばに近づいた。そして拾っていた赤い傘をそっと差し出す。アムはその傘を受け取り、漆黒の剣を静かに収めた。するとすべての真夜黒蛇が瞬時に消え去り、破壊の轟音がかき消えた。
「求めるものが同じなら、道は自ずとつながっていく――。あのバカもよく言っていたな……」
「コンラッド様のことですね」
「うむ。我に生きろと命令した、あのバカ者だ……」
アムはネンナに1つうなずき、車椅子に腰を下ろした。そして背もたれに寄りかかり、疲れた顔で遠い空に目を向ける。赤から紫色に変わり始めた空には、すでにジャコンたちの姿はなく、天空で小さな星が煌めいた。
「たしかに、自分のために他人が巻き添えになることを、メナはよしとしないだろう。ゆえに、今はメナの優しさに免じて引いておく――。それでよいな、クルースよ」
「……ああ。そうしてもらえると助かるよ」
穏やかなアムの声を聞いたとたん、クルースは安堵の息を1つ漏らした。そして剣を鞘に収め、車椅子に近づいた。
「悪いな。怒りを我慢させて」
「かまわん。我も少し遊びすぎたからな。次にヤツらと顔を合わせたら、即座に首をはねてやろう。……まあ、ヤツらの顔を見ることはもうないだろうがな」
「え? それはいったいどういう意味だ?」
「そのままの意味だ。――行くぞ、ネンナ。メナが我らを待っている」
「はい、お嬢様」
アムの指示で、ネンナはゆっくりと車椅子を押し始めた。そして広場の出口に向かいながら、アムはさらに言葉を続けた。
「求めるものが同じなら、道は自ずとつながっていく――。つまりはそういうことだ」
「それはまさか――」
車椅子の隣を歩くクルースは、ハッとしてアムを見た。
「そうだ。ジャコン・イグバに恨みを持つ者は我だけではない。メナのかたきは、メナの想い人に譲ってやるのも悪くはなかろう……」
アムは再び夜空を見上げ、呟くようにそう言った。そして、わずかに潤んだ瞳で遠い星を眺めながら、心をこぼした。
「最後の手向けだ。せめてネインが戻る前に、きれいな服に替えてやろう。だからメナよ。安心して眠るがいい……」




