78-カモミール。
「はい。めんどくさいんで今日はこれです」
先輩にプレーンのシフォンケーキは渡す。
「雑!!ちゃんとお洒落で美味しいの作ってよ?!せめてデコレーション!」
「試作しながらですからね?そんな余裕ないんですよねー。てことで帰りますね頑張ってください」
「え?帰るの?食べないの」
試作が……。というかレシピの方向性が決まらない。
それにプレーンのシフォンケーキとか別に食べたくないし?
「レシピ考えないといけないんで今日は帰りますよ?明日はまだ試作のですからね?」
「また昨日の奴ー?あれ微妙って言ってたじゃん」
「そりゃ少しは弄りますから全く同じじゃないです」
「ならそれでいいや。このケーキ全部食べていいの?」
「いいですよ」
シフォンケーキワンホール食う気か……。
流石先輩。
「ありがと!愛してるよ後輩くん!」
シフォンケーキを置いて紅茶を淹れ始める先輩。
先輩からの愛はケーキを大量に渡すだけで囁かれるらしいよ。全校の先輩好きの男子生徒諸君。
バレンタインデーにでも逆チョコしたらいいんじゃないのかな?
とりあえず先輩から貰うよりはいいと思う。
むしろバレンタイン何か作れとか言われそうだなぁ……。
面倒なことは考えなかったことにしてとっとと帰ってレシピを考えようかな。
「安い愛をありがとうございます。それじゃまた明日」
「安くないでしょ!またね〜」
安いよ。だってそれ原価75円くらいだし。ワンホールで。シフォンケーキはコスパが最強だからね?
「上手くいけばこれでレシピ終わらせたいなぁ。デザインはこれで気に入ってるんだけど」
とりあえず作ってみるか。
バナナを潰して生地に混ぜてバナナ風味の生地を焼く。
鍋に砂糖と水と洗った金柑をそのまま突っ込んで煮込みコンポートを作る。
みかん皮付きのまま極薄くスライスしてハートと三日月の型で抜いて重石をしてオーブンでパリパリになるまで焼いておく。
「これ結構時間かかるな。どこまで作って持ち込みしていいんだろう?飾り付けは持って行っていいのかな?後で確認しておくか……」
全部1からやってたら絶対間に合わない気がするけど、もしダメだったら開場前の時間でやり切るしかないのかな。
「出来るだけ楽なのに改良していこうかな……」
チョコレートをテンパリングして四角錐の型の外側チョコにつけてその上からデコレーションシートを貼って冷蔵庫で冷やす。
その間にバニラムースを作って金柑をバットにあけて氷水で冷やす。
「冷やす時間も考えないといけないんじゃ……」
当日冷凍庫とか氷とかあるのかな?
生地を冷ましてさっきと同じ型で抜いていく。
チョコレートのシールを剥がして型から外しす。
「初めて使ったけどこれ凄いな。こんなに綺麗に転写されるんだな。これなら先輩使うか」
後で頼んでみよう。
チョコレートにバニラムースを入れて金柑のコンポートを置いてまたムースで覆い、抜いた生地で蓋をする。
ひっくり返して先端に少しナイフ切り込みを入れてパリパリに焼いた蜜柑を差し込む。
仕上げに粉糖をふりかけて完成。
「綺麗な山になるもんだな。でもチョコが薄いから盛り付ける時に気をつけないと」
片付けをして先輩のところへ持っていこう。
今回は蘭ちゃんの分もわけとかないと食べ尽くされちゃいそうだな
箱に分けて先輩のプライベートルームになっている教室へ向かう。
コンクールの課題曲であろう曲を聴きながら廊下を歩く。
最初に先輩に出会った時はこれくらいの時間で夕暮れの綺麗なオレンジだったのに今はまだ少し薄い。あれくらいの夕暮れだと先輩は凄く映えて見惚れるくらいなんだけど。
先輩にはノスタルジックな雰囲気がぴったりだと思う。
黄昏てるだけでもういい写真が撮れるもんね。
考え事をしながら演奏が終わってるのにも気付かずにドアを開けて中に入る。
入ってすぐに何かにぶつかった。
あれ?ドアは開けたはずなのに……。それにドアみたいに硬い感触じゃくて柔らかい感触だ。
「もう後輩くん前みてよ」
顔を上げると先輩がいた。
「え?あ、先輩でしたか」
「あ。じゃないよ全く考え事しながらは危ないよ?」
「先輩がそこにいなきゃ危なくなかったですよ」
「ぶつかってきて置いて人のせい?!てか後輩くんって女の子と接触してるのに本当にいつもノーアクションノーリアクションだよね」
いつもは内心ドキドキしてますけど?
とは言えないから無難に返す。
「何かしたら犯罪じゃないですか。先輩は僕を犯罪者にしたいんですか。それとも先輩は変態だからそれが希ぼ……」
「あーわかったわかった!わかったらもういいよ!!その流れは私がただの変態にされるだけのパターンでしょ!私が悪かったから!!ケーキ食べよう?ね??」
先輩も学ぶことを覚えてきたか。成長してるなぁ。
「今日は試作ですけどいいですよね?」
「前と違うんだよね?同じでも食べるけど」
何日連続でもなんだかんだで食べるのは知ってますよ。
「違いますよ」
「おけー!それじゃ食べよっか!!」
紅茶を入れて紙皿を渡してくる。
「いつもと匂い違いませんか?」
「新しいの買ってきたんだよん」
この匂いはカモミールかな?先輩のくせにおしゃれなもの買ってきてるじゃないか。
店で買う姿はお嬢様みたいだったんだろうな。店の人は騙されてるね。
「これ飲んだことあるんですか?」
「ない!」
「飲まないで選んできたんですか……」
「名前が可愛かったからね〜」
「カモミールって可愛いですか?」
「後輩くん匂いで何か分かるんだね」
「お菓子に合わせるために勉強しましたからね」
「うわーガチじゃん……」
引いた目で見ないでくださいよ。楽器やる人が楽譜読めるなもんでしょ?
「お菓子も大変なんですよ」
「その成果だけをわたしにぶつけて!!成果だけをね!!」
楽しようとしてるし。今度先輩に地獄の紅茶レッスンでもするか?体で覚えてもらうためにひたすら飲み比べ会だけど。
「なら今度うちで紅茶飲みますか?」
「いくいく!ケーキももちろんつくよね?!」
「付きますよ」
何には何が合うか知るためにちゃんと用意しますよ?
地獄のレッスンとはつゆ知らずにいつにしようかななんて考えを巡らせ始める先輩。
知らぬが仏って言うし黙っておこう。
蘭ちゃんは普通に招待するかな?先輩の見張り係に。
「今度絶対ね!楽しみだなぁケーキ……」
いや、ほらもうケーキメインになってんじゃん。当日までそうやって妄想してればいいさ。




