45-視線。
「よーし。弾こうかなー」
邪魔にならないように壁際にある椅子に移動する。
先輩は音を出して確かめている。
確認が終わったのか満足げに頷いて弾き始める。
それは最近ずっと先輩が放課後に練習していた曲だった。
初めて最初から聞くな。
たまに微笑みながら楽しそうに弾く先輩。
スイーツを前にした時とは違う笑顔に思わず見惚れてしまう。
やっぱりバイオリン弾いてる時が一番楽しそうだし可愛いと思う。
先輩がこちらに向いて目が合う。
赤くなって恥ずかしそうに目を逸らして体の向きを変えた。
演奏している時の無防備?な姿を見つめるのも可哀想なので椅子の背もたれに寄りかかり目を瞑って演奏を聴くことにした。
あ、ここ前に先輩が文句言ってたところだ。
きちんと練習してるんだなぁ……。
曲が終わるまで先輩の演奏をじっくりと堪能した。
「ふー。やっぱ違うねー」
目を開けて拍手をする。
「やっぱり上手ですね。違いは分からなかったですけど」
「ありがとう。うーんわたし的には自分のやつの方がすきだなぁ」
「僕は先輩が弾いたらどれでも満足ですよ」
多分5000円のやつで弾いても違いなんてわからない。
「流石にそれはないでしょ。よしそれじゃ次は後輩君の番ね!」
「え?いや僕弾けませんから」
「まぁまぁとりあえずこっちきて」
先輩に無理矢理椅子から連れ出されバイオリンを渡される。
「持ち方すら知らないんですけど」
「とりあえず真似すればいいってー。肩と顔で挟んで」
挟んでっで言われても。
これ先輩今まで使ってたやつじゃん……。
そのなんていうかあれだ。
温かいというかその……先輩の体温が残っててちょっと落ち着かない。
「は、挟みましたけど……」
「そしたら右手でこれ持って左手で弦押さえるだけだよ」
いやいやなんもわからないんですが。
「もーこうだよ。ほらここに親指置いて中指の第一関節で挟むの。他は自然にして」
右手を掴んで指を動かして弓の持ち方を伝えてくる。
先輩の柔らかな手の感触にどぎまぎする。
でもまぁ正直手を掴まれたりするのは少し慣れてきた。
慣れって怖いなぁ……。
どんどん先輩に染まっていくのか。
なんか嫌だね。
「ちょっと!聞いてるの?せっかくに教えてあげてるのに」
「僕は別に弾かなくてもいいんですが……」
「せっかくなんだし少しくらいいいでしょ。わがまま言わないの」
わがまま言ってるのは先輩なんですがね?
だいたい初心者にうん十万の弦楽器を弾かせないでほしい。
「そしたら左手で弦を押さえて弓で弾くだけ」
弾くだけって言われても……。
バイオリンってフレットとかないじゃん。
どこでどの音なるのかすら分からない。
「弾くだけも何も楽譜も音階も何も分からないんですが……」
「あーそうか……。感覚でなんとかならない?」
「なるわけないでしょ」
「じゃあわたしが動かすから覚えてね」
そう言って回り込んで後ろから手を伸ばして右手を握り、左手も添える。
後ろから半分抱きつかれるような形だ。
「とりあえず一番簡単なのね!ここら辺押さえて……」
流石に密着率が高過ぎてどきどきする。
本当にこの人はボディータッチを気にしなさすぎじゃないか?
普通に胸とか当たってるんですけど?
むしろもうわざとなんじゃないの……。
耳元で先輩が喋りながら手を動かす。